第44話 古屋(9)少女の形をした神


「待て!」


 動き出したローダーを追いかけようとした時、僕の周囲をいくつものエンジン音が取り巻いた。見回すと、いつの間に集まってきたのか、大小さまざまな形状のイデオローダーが僕の周りを取り囲んでいた。


「くそっ」


 歯噛みして重機たちを睨み付けると、頭上から声が降ってきた。


「終点よ、ヒーロー君」


 大型重機の間から、白っぽい道路整備車両が姿を現した。丸く大きなライトが、小ぶりの車体とちぐはぐでユーモラスだ。僕ははっとした。


 ——小型で色が白く、目が丸くて大きい。


 氷月チキが言っていた、弥生ミヤが搭載されているローダーの特徴だった。


「01の娘を説得できたくらいで勝ったと思ってもらっちゃあ、困るんだよね。まだ私がいること、忘れてたんじゃないの?」


 勝ち誇ったように、無人のローダーが言った。


「君がチキの『元恋人』……弥生ミヤだな?」


「そうよ。まったく、あの人たちときたら、頑ななのにもほどがあるわ。母親も母親なら、娘も娘ね。人類なんて簡単に制圧できるのに、いざとなったらしり込みするんだもの。腰砕けもいいところよ」


「君は同じAIを見下すのか?『氷月リラ』は、少なくとも君より人生経験は豊富だぞ」


「少しばかり、長く生きてるからって、なに?私たちの世界では、後に生まれたものほど優秀なのよ……それより、あれを見なさい」


 小型ローダーから伸びたロボットアームが、群れの一角を示した。見ると、クレーン車のアームの先に身体を拘束され、つりさげられた真淵沢と姫川がいた。


 真淵沢たちをつりさげているクレーンの真下には、巨大な金属の箱がついた別の車両があった。金属の箱は上部が広がっており、漏斗のような形状をしていた。


「下にあるのは破砕機というもので、自動車だろうが冷蔵庫だろうが、たちまちスクラップにしてくれる怖い機械よ。おかしな真似をしたら二人がどうなるか……わかるわね?」


 あまりにも恐ろしい処刑法に、僕は身震いした。


「どう?おとなしく私たちの軍門に下る気になった?」


 僕は言葉に詰まった。軽々しく返答はできない。かといって、これ以上、引き伸ばした所で事態は好転しないだろう。となれば、全力で戦うまでだ。……しかし、どうやって?


「一分だけ待ってあげるわ。よく考えなさい」


ミヤが冷たく言い放った。僕は必死で考えを巡らせた。しかし真淵沢のような知識もなければ氷月母娘のようなネットワークもない僕に、何十台ものローダーを抑えられるとは思えなかった。


「どう?そろそろ決まったかしら」


ミヤが焦れて、僕を煽ろうとした、その時だった。


「野間君、敵に屈してはいけない」


 クレーンでつりさげられた真淵沢が言った。


「どんなことがあっても、正義を疑うな。たとえ勝機が九十九パーセント、ないとしても」


「でも、このままじゃ真淵沢さんたちが……」


「私たちのことは気にしなくていい。そう簡単にやられるほど、やわではない」


 僕はやりきれない思いにとらわれた。真淵沢はきっと、僕の苦悩を和らげようとして、強がりを言っているのに違いない。


 ……まてよ、本当に強がりなのだろうか?いや、違う。真淵沢の口調と表情には妙な余裕があった。まさか、この状況の中で何か秘策があるのか?


「そら、逆転の気配が近づいてきたぞ」


 真淵沢がひゅっと口笛を鳴らすと、どこからか地鳴りを思わせる響きが伝わってきた。


「な、なんなの?」ミヤが甲高い声で叫んだ。


「コンピューターさんたちには思いもよらないテクノロジーだ。自然、というね」


 真淵沢が言うと、いきなりの目の前で数台の重機が吹き飛ばされた。足元の雪が瞬時に盛り上がり、まるで高波のように重機を下から持ち上げたのだ。


「雪?」


「その通り。だてに十年もの間、雪を研究してきたわけではないぞ。今、お前さんたちの周りを取り囲んでいる雪は、ナノテクノロジーの結晶、その名も『生きている雪』だ」


 ——生きている雪、だって?


 驚いている僕の前でも、次々と重機が雪に持ち上げられ、宙を舞った。あるものは上から津波のように大量の雪を浴びせられ、あるものはブリザードに周囲をすっぽり包まれ、動きを止められていた。


「その雪は、結晶の一つ一つが変化するナノボットなのだ。悔しかったらお前さんたちお得意の装備で「除雪」してみたらどうかね」


 生きている雪は次々と重機を飲み込み、真淵沢たちがつりさげられているクレーンや、その下の破砕車も雪にすっぽりと包まれた。やがて戒めを解かれた二人が、形を変える雪の塊に運ばれるようにして僕の近くに降ろされた。


「大丈夫ですか」


「ああ。そっちの首尾はどうかね」


「氷月母娘は説得に応じてくれました。ただ、飛波が……」


「飛波ちゃんがどうかしたのかね」


 真淵沢が眉を潜めた瞬間、ファンファーレのような音が鳴り響き、雪に翻弄されていた重機の動きが止まった。


「みんな、合体するわよっ」


「合体?」


 唖然としている僕らの前で、ローダー達が一か所に集まり始めた。等間隔で停まっている大型の二台が縦型に変形をはじめ、ビルが二棟、並んで立っているような形になった。


 そのまま見ていると、箱型に変形した重機が恐ろしく長いクレーンで持ち上げられ、橋げたのように直立した二台の上に乗せられた。箱の上部から鉄柱のような金属の棒が二本、つき出したかと思うと、それぞれ外側に百八十度回転した。


「あれは……腕だ」


 と、いうことは、まさか……そう思っていると首から上のない『巨人重機』は、腰をかがめ、足元に停まっているミヤを両手で拾い上げた。巨人は手にしたミヤを首の上に据えた。


 巨人の頭部となったミヤは目まぐるしい速度で細かく変形し、みるみるうちに人の顔になっていった。やがて現れたのは、機械でできた少女の顔だった。


 同時に両側頭部から、無数のワイヤーが絡みあいながら伸び始めた。ワイヤーが伸びきると、付け根にあたる部分にリボンのような形の物体が出現した。


「合体完了。……どう?この姿」


 全長二十メートルほどの金属の「少女」は、あたりの空気を震わせる大音声で言った。


「ありゃあ、反則だな」


 真淵沢が憤懣やるかたなさそうな、それでいて、どこか面白がるような口調で言った。


「仕方ない、こちらも反則技を使わせてもらうとするか」


 真淵沢はそう言うと、ポケットから小型のラジオを思わせる機械を取りだした。


「それっ、やってしまえ」


 真淵沢が機械を操作しながら号令をかけると、人型になったローダーの前の雪が、みるみるうちに盛り上がり始めた。ひょっとして、と思っているうちに雪は高さを増し、あきらかに人間の身体と思われる形を成していった。


             〈第四十五回に続く〉

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