第41話 古屋(7)哀しき運命の姉弟


「姉の母親が僕の父と出会ったのは、『ゼビオン』の研究施設でだった」


 修吾は『風花メノ号』の座席で、少しづつ自分の生い立ちを語り始めた。


「当時、僕は生まれたばかりで、まだ何もわからない乳児だった。父は毎日、研究施設に寝泊まりし、人工知能の研究に没頭していた。そこで知り会ったのが、姉さんの……つまり美織の母親だ。


 当時、美織は十二歳。研究者でシングルマザーだった母親に連れられて、よく研究室に顔を出していたらしい。一緒に研究を続けるうちに、父と美織の母は、別れがたい関係になっていった。


 美織も僕の父になついたことから、父は母との離婚を考えるようになっていった。

 やがて僕が二歳の時、父は母と正式に離婚し、美織の母親と一緒になった。僕が初めて『姉』に会ったのは十歳の時で、正直、嬉しいとも思わなかった」


 修吾は一気に語り終えると、重いため息をついた。なるほど、そんな経緯があったのでは姉といえど、いい印象の持ちようもないだろう。僕は修吾に同情した。


「姉が僕のいる中学に教師として赴任してきた時、正直、僕は驚いた。嫌悪感すら抱いたが、あえて無視することにした。そのころから彼女は『ゼビオン』を自分の手で復活させるという野望を抱き始めていた。僕には狂気の沙汰としか思えなかったけどね」


「それで美織先生が僕と親しいという噂を聞いて、引き離そうと思ったわけだ」


「彼女の執着がどれほど恐ろしいか、想像がついたからね。実際、君は学校にいられなくなってここに来ているわけだから、あながち僕の危惧も外れてはいなかったわけだ」


「……で?これからどうするの?美織先生が『氷月リラ』の手先になったのかどうかはわからないんだけど、僕らと一緒に戦ってくれるのかい?」


「ああ、ここまで来たからには、何かしら協力させてもらうよ」


 修吾は窓の外にちらつく雪を眺めながら言った。


『じゃあ、きまりね。最終決戦のプランを話し合いましょう』


 メノがいつになく険しい口調で言った。


『リラの活動を止めるには、二つの装置が必要よ。まず、彼女に近づくと反応する探知機。それと、彼女に接続して、初期化する装置。……いわば息の根を止める機械ね』


「本当に、それでいいんですか。お姉さんを殺すなんて」


 飛波が言った。珍しくメノが沈黙し、重苦しい時が流れた。


『もし、あなたたちに説得ができるのなら、そうして貰えれば嬉しい。でも……』


「聞く耳を持たないようなら、ためらわず初期化してほしい、ですか」


 飛波が絞り出すような口調で言った。少し間を置いて、メノの声がした。


『……ええ。もしそういう流れになったら、それ以外に彼女を救う方法はないわ』


「博物館にうまく入れたとして、リラとチキを見つけるには、どうすればいいですか?」


「それは、私が説明しよう」


 僕の問いに、真淵沢が応じた。真淵沢は大きなバッグを足元に置くと、中から太めのボールペンに似た円筒を取りだした。真ん中に小さな水槽のような透明の空間があり、緑色の球体が浮いていた。


「この球体は最新型の超小型コンピューターなんだ。この球体が、敵に近づくにつれて赤くなってくる。点滅し出したら、半径二メートル以内にいるということだ」


 真淵沢から円筒を手渡された姫川が言った。姫川は、円筒の後ろから伸びたケーブルの先のコネクタをつまむと僕らの方に示した。


「見つけたら、ポートにこいつを接続する。『氷月リラ』はおそらく、コンピューターらしくない物に偽装されているだろうから、反応があったら、迷わず調べてみてくれ。ポートにさえ接続できれば、一切、操作しなくてもこの超小型コンピューターが敵のニューロンを自動的に破壊するはずだ」


 ボールペンそっくりの円筒には、ご丁寧にも首にかけるストラップまで付けられていた。


「それからこいつはAI思考ジャマー。『アイドル』や『イデオローダー』にはもちろん、『トルーパー』にも効果がある。半径五メートルにしか効かないのと、向こうが慣れると効果がなくなってしまうのが難点だけど、相手を混乱させて時間を稼ぐにはもってこいだ」


 そう言うと、姫川は缶バッヂにそっくりな円盤を取りだした。裏面に安全ピンがつけられているところを見ると、衣服や帽子につけろということなのだろう。


「ちなみに表面の絵はキツネやアザラシなど何種類かある。好きなのを選べるよ」


 選んでどうする。効果と関係あるのかいと僕は内心で突っ込みを入れた。


「後は武器だけど」と椿山が言った。


「建物の中で物騒なものを振り回すわけにはいかないから、最小限にとどめるよ。屋内ではこいつが有効だと思う。小型のフルーツ・ボムだ」


椿山がポケットから取り出したのは、オレンジやぶどうだった。


「あんまり長く持っているとおがりすぎて……」


「おがり……何?」


「あ、ごめん。育ち過ぎってこと。勝手に爆発することがあるから、気を付けて」


 そう言うと、椿山はオレンジを飛波に手渡した。飛波は持て余すようなそぶりを見せた後「はい」と言って僕の手に押し付けた。


「野間君と飛波君の二人は、総合博物館にもぐりこんで『氷月リラ』のサーバーを探し出して欲しい。

 私と姫川君はキャンパスのどこかにいる、イデオローダーたちのボスを探す。全ローダーに指令を出している指揮官を探し出し、動作不能にするのだ。

 それぞれ任務を成功させたら、博物館の前で落ち合おう」


「気をつけてください。僕らもイデオローダーに取り囲まれたことがあります」


「大丈夫、何も正面切って一戦、交えようってわけじゃない。目的さえ果たせば、あとは逃げるが勝ちさ」


 真淵沢は珍しく、歯を見せて笑った。そのらしくない素振りからも、決戦を前に彼が緊張していることがうかがえた。


            〈第四十二回に続く〉



 

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