第40話 古屋(6)友と小さな援軍達


「美織先生……」


 僕の声は震えていた。美織先生は長い髪を肩の上にはね上げ、含み笑いをした。


「ちょっと見ない間に、顔つきも男っぽくなったわね。何があったのかしら?」


「美織先生……先生はいつから、AIの手先になったんですか」


「手先になんかなってないわ。私は、あなたの身柄が欲しいだけ」


「僕の?それっていったい……?」


「その様子じゃ、まだわかってないのね。……その子にいいように騙されてるってわけね」


 僕はぎょっとして飛波を見た。まさか、やっぱり古屋の言っていたことが……


「やめてっ!」


 突然、飛波の声がした。見ると、飛波が怒りに燃えるまなざしを美織先生に向けていた。


「これ以上、おかしなことを言わないでっ」


 飛波が怒りにまかせて熊を振りほどこうと身をよじった、その時だった。


「があっ」


 熊が奇妙な咆哮を上げて飛波を離した。急に解放され、前に倒れこんだ飛波を、僕は抱き留めた。熊に目をやると、そこに目を疑うような光景が出現していた。


「コイツメ、コイツメ」


 熊の頭にしがみついて小さな手で殴りつけているのは、椿山が作った猿型のAIだった。


「ついてきたのか!」


 僕が叫ぶと、それまで僕らを遠巻きに窺っていたトルーパーたちが、一斉に僕と飛波の周囲を取り囲んだ。やがて、がしゃんという音がして、熊の頭から猿型AIの姿が消えた。


「いったい、何がしたいんだ、美織先生」


 僕はトルーパーたちの頭の間から、美織先生に語りかけた。


「簡単よ。前にも言ったでしょ、その子に構うのはやめて、私と来なさいって」


「そうすれば、飛波は放っておいてくれるのか」


「あなたしだいよ」


 僕は飛波をそっと遠ざけると、正面のトルーパーを見据えた。


「そこを開けろ」


 トルーパーたちがさっと道を開けた。正面に、腕組みをして勝ち誇った表情を浮かべている美織先生の姿があった。


「だめよ、野間君!」飛波の絶叫が、背後から飛んできた。


「いい子ね。いつもそんな風に素直だと、私も助かるわ」


 美織先生がそう言い放った直後、凄まじい炸裂音と共に剥製の熊が一体、消滅した。


 僕は背後を振り返った。見覚えのある人物が、そこに立っていた。


「こいつは少しばかり慣れが必要だな。出力がコントロールしにくい」


「郷堂!」


 包丁らしき物を手に立っていたのは、郷堂修吾だった。


「そこの刃物店で最新型のプラズマ包丁を貸してくれたんだが、どうにも危なっかしくて困るな、これは」


 唖然としていると、僕の目の前を風を切って何かがかすめた。次の瞬間、複数のトルーパーの頭上で何かが炸裂した。赤や緑の液体が飛び散り、何とも言えない臭いがあたりに漂ったかと思うと、トルーパーたちが次々と地面に崩れて行った。


「そいつは、そこの青果店で開発中のフルーツ・ボムだ。害はないが機械に入りこむと電子機器が使用不能になる」


 修吾が愉快そうに言い放った。よく見るとフルーツ・ボムでトルーパーたちの頭を爆撃しているのは、やはり椿山が作った鳥型のAIだった。


「……あなた、私の邪魔をする気?」


美織が色をなして修吾を見た。修吾は美織の憎悪に満ちた眼差しを、平然と受け止めた。


「そうだよ、姉さん。そろそろ、目を覚ましてほしくてね」


 姉さん、だって?


「あいにくだけど、私にはこういう道しかないのよ。お節介はほどほどにして」


 美織先生は、少しだけ苦し気な表情を浮かべると、後ずさった。


「野間君、また会いましょう。今度会った時こそ、あなたは私の物になるのよ」


 美織先生が勝ち誇ったように言うと、閉じていたシャッターが轟音とともに開き始めた。


 シャッターの向こうには、高所作業用の車両を改造したと思われるイデオローダーが控えていた。美織先生が指を鳴らすと、先端にバスケットをつけたアームがゆっくりと美織先生の傍らに降りてきた。美織先生は優雅な所作でバスケットに乗り込むと、ドアを閉めた。


「野間君」


「えっ」


「私と来るなら……今よ」


 僕が答えに窮していると、ローダーはその場で転回し、派手な音を立てて立ち去った。日の没した薄闇の中に美織先生の高笑いがこだまし、僕はその場に呆然と佇んだ。


「郷堂……君と美織先生は、いったいどんな関係なんだい?」


 僕は胸にわだかまっていた疑問を、修吾にぶつけた。


「そうだな、もう話してもいいかもしれないな。あの人は、僕の……義理の姉だ」


            〈第四十一回に続く〉


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