第38話 古屋(4)機械仕掛けの友達


「いやあ、無事でよかった」


 岡持ちを下げて『ハヌマーン』に顔を出すと、真淵沢が飛び上がらんばかりに喜んだ。


「真淵沢さん、良かったといいながら、岡持ちしか見てませんよ」


 突っ込みを入れる姫川も、やはり関心は岡持ちにあるようだった。


「でも、これで敵の本拠地がやっと特定できそうですね」


「ああ、もちろん。……しかしまさか、極北大の中にあったとはな。ここからすぐじゃないか。一日あれば潜入の準備は整えられるし、いよいよ大詰めだな」


 僕は身震いした。極北大は仁本最大の敷地面積を持つ国立大学で、そのキャンパスは一つの街が丸ごと入るくらいの巨大さだった。


「でも、もう飛波ちゃんたちを危ない目に合わせるのは止めてくださいよ、真淵沢さん」


 姫川が言うと、真淵沢はふふんと鼻を鳴らした。


「大丈夫だ。これさえあれば、すぐにAI思考ジャマーが作れる。敵のさなかに飛び込んでも、そう簡単にやられはすまい」


「いや、そう言う問題じゃなくて……」


 姫川と真淵沢がとんちんかんなやり取りを繰り広げている横で、僕と飛波は逃走ですっかり空っぽになった胃袋に何を詰め込もうかと思案していた。


「私、この魚介フライカレーにしようかな。なにせ海鮮丼、食べそこなっちゃったもん」


 メニューの写真を見ると、器からはみ出しそうなフライが目に留まった。まったく、女性の生命力と言うのは底なしだ。そこまで考えてふと、僕は思った。


 人工人格のコピーになかなか『男性人格』が生まれなかった事を考えると、男性というのは人でもプログラムでも、とにかくひ弱な生き物なのだろうか?


 そんな思いにとらわれていた時だった。


「おかえりなさいませ!」


 甲高い声がなぜか、足元から聞こえてきた。


「馬鹿、お帰りなさいじゃなく、いらっしゃいませだろう」


 訂正した声もまた、同様に甲高い声だった。同時に、がしゃがしゃと機械仕掛けの玩具が動くような音が聞こえてきた。思わず下を見て僕はあっと叫んだ。猿と鳥の人形が、ぎこちない動きで僕らのテーブルに歩み寄ろうとしていたのだ。


「に……人形が動いてる……喋ってるよ」


 初めて『ハヌマーン』を訪れた時、奏絵さんが「生きてるわよ」と言った意味がようやく理解できた。この人形たちもまたAI……アイドルなのだ。


「こらこら、お前たち、お客さんを驚かせちゃいけないよ」


 店の奥から、椿山が姿を現した。


「この人形たち……椿山さんが作ったんですか?」


「そう。僕の大事な友達さ」


「あのうこれって……『氷月リラ』の支配下にはないんですか?」


 飛波がおずおずと聞いた。つまり「敵」になりうるのか、どうかってことだ。


「うん。それは百パーセント大丈夫。これくらい単純な構造だと、あいつらのコントロールは及ばないよ。むしろ心強い味方ってところかな」


「良かった……それじゃ、私は魚介フライをお願いするわ。辛さは4で」


「魚介の辛さ4ですね。少々、お待ちください~」


 二体の人形は、嬉しそうに跳ねながら、厨房の方へと消えた。僕ははたして僕らだけで氷月リラ、チキ母娘と戦えるのだろうかと、ほんの少し不安を覚えた。


「さて、現在の状況だけど、おそら極北大学のキャンパス内には、相当な数のAIやローダーが集まっていると思う。少しでも早くリラとチキのいる建物を発見し、潜入して破壊することが、勝利の条件だ」


 真淵沢が、興奮君に言った。


「ちょっと待って。どうしても破壊しなくちゃいけないのかな」


 飛波が、珍しく異を唱えた。


「メノさんも、本当にそれを望んでるの?AIかもしれないけど、自分のお姉さんでしょ。もし説得することが可能なら、破壊するより話し合った方がいいんじゃないかな」


 全員が、沈黙した。破壊するというのは、要するに殺すことだ。たしかにプログラムとはいえ、殺さずに済むのなら、それに越したことはない。彼らが「人格」と呼ぶにふさわしい意思や感情を持っていることは、メノと実際に会話してみてはっきりとわかった。


「まあたしかに、彼らがこちらの説得に応じてくれれるのであれば、和解もあり得ないことではないと思うが、しかし……」


 真淵沢はうーんと唸って腕組みをした。その時、厨房の方からけたたましい黒電話の音が聞こえてきた。


「はい、もしもし……ああ、奏絵ちゃん。……ええ、はい。迎えにですか。……野間君と飛波ちゃんの二人を?……わかりました。伝えておきます。……それじゃ」


 漏れ聞こえた会話の内容に、身を固くして様子をうかがっていると、通話を終えたらしい多嶋が姿を現した。


「野間君、飛波ちゃん、奏絵さんから電話があって、ちょっと一緒に探したい物があるから、光越のところまで来てくれって」


「今からですか」


「うん。そうみたい。これからお食事って時に悪いけど、ちょっと出られる?」


 僕と飛波は顔を見合わせた。飛波は少しばかり残念そうな目をしつつ、頷いた。


「わかりました。行きます」


 僕が答えると「我々がお供しまーす」と厨房から甲高い声が聞こえてきた。


「こら、お前たちがついていったら、逆に目立っちゃうだろうが」


 椿山の叱咤する声と、不満そうながちゃがちゃという音が聞こえ、僕らは思わず失笑した。席を立ち、上着に袖を通すと横で飛波が「また海鮮メニューを食べそこなっちゃった」と小声で言った。


             〈第三十九回に続く〉



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