第37話 古屋(3)速やかに潜行せよ


 地下に降り立った僕らを待っていたのは、異様に長い地下歩道だった。


「この通路はバスセンターを経由してそのまま王通りまで続いている。とりあえずひたすら歩いていけば、いずれ地下伝いに田貫小路まで戻れるよ」


「敵は来ないかしら」


「いくら何でもブルドーザーやパワーショベルは入りこめないだろう」


 僕らは連れ立って、元の形態に戻った自転車を押しながら歩き始めた。


 時折、すれ違う歩行者が、僕らを怪訝そうな目で見た。だが、いちいち気にしてなんかいられない。


「結構、来たね」


「そうだね。でもまだ半分も……えっ?」


 後方で、機械が上げる駆動音が聞こえた。僕らは同時に振り返った。二十メートルほど後ろに、ポリッシャーのついた屋内清掃用のローダーが二台、こちらを向いて停まっていた。ローダーにはやはり、細長いロボットアームが装備されていた。


「あれは……」


「間違いない、イデオローダーだ。こんなところまで追ってきたのか。……行こう。王通りまで自転車に乗って行くんだ」


 僕らは再び、自転車に跨った。同時に、強い光が背後から僕らを照らした。


「走れっ」


 僕らは広い地下道を、自転車で走り始めた。地下道は中央に太い円柱があり、僕らはその左側を走行した。


「きゃあっ」


 突然、飛波の悲鳴が聞こえた。見ると、隣の車体から飛波の姿が消え失せていた。


 悲鳴の出どころを探ると、円柱の右側を走行しているローダーのアームが、飛波の身体を掴んで、高々と持ち上げていた。


「飛波っ」


 僕は絶叫した。驚いたことに、自転車は運転手を失ってもそのまま倒れることなく走行し続けていた。どうやらサドルから離れると、自動的にオートパイロットに切り替わるらしかった。


 飛波の自転車が速度を緩め、視界から消えたのを見届けた僕は、円柱に寄せるようにローダーとの間隔を縮めた。


「タンホイザー、こっちも自動運転で頼むっ」


 そう叫ぶと、僕は重機が繰り出してきたアームに自分から飛びついた。高々と上げられたアームの位置から、真下の運転席が見えた。飛波は無人のシートにぐったりと体を預けていた。今だ。僕はアームから手を離すと、運転席に飛び降りた。


「飛波っ!」


「……野間君!自転車は?」


「勝手に走ってる。僕が「行くよ」って言ったら、一緒に飛び出すんだ」


 僕がそう耳打ちすると、飛波はぎょっとしたように目を見開いた。


「いったい、何をする気?」


「びっくりさせてやるんだ。こうやって!」


 僕は運転席の切り替えスイッチを『マニュアル』にすると、いきなりブレーキを踏んだ。急制動がかかり、僕は飛波を抱きかかえたまま、前につんのめった。


「行くよ!」


 僕は運転席のドアを開け放つと、左側の通路に向かって飛び出した。固い床面にしたたか体を打ちつけながら、僕らは転がっていった。次の瞬間、後方から追いついてきた二台目のローダーが、前方で停車したローダーに激突する音が聞こえた。


 僕は転がった拍子に離れた飛波を見た。飛波はあおむけになって胸を上下させ、あえぐような呼吸をしていた。


「飛波、大丈夫か?」


「うん……意外に無茶するのね、野間君って」


「まあね。緊急手段だったからね」


 僕は起き上がると飛波に近寄り、助け起した。動きを止めた二台のローダーを二人で見つめていると、僕らの傍らに、オートパイロットにしていた二台の自転車が滑るように停車した。


「充電が終わりましたが、乗りますか?」


「いや……やめておくよ。地下歩道を自転車で走るのは、やっぱり危険すぎる。このまま、田貫小路まで押していくよ」


 僕が言うと、飛波は苦笑しながら、無言でこっくり頷いた。


             〈第三十八回に続く〉

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