第35話 古屋(1)達人は市場に宿る
⑴
僕と飛波は、田貫小路から歩いて五分程度の場所にある『
『荷上市場』は、刹幌の創世川沿いに古くからある昔ながらの市場で、鮮魚店を中心に、小さな店が軒を連ねている。姫川をはじめとして、仲間たちが軒並み忙しかったため、僕と飛波だけが『アイドル』の部品を携えて市場に向かうことになったのだ。
市場の中に入ると薄暗い市場の内部は、ぽたぽたと水の垂れる音が絶え間なく聞こえ、強烈な海産物の匂いがあたりを支配していた。
田貫小路がすぐ近くにあるにも関わらず、まるでそこだけが知らない町のように感じられた。
飛波が強大な蟹やウニ、新巻き鮭などを物珍しげに眺めていた。近くに海がない地方で育ったのかもしれない。
目的の店は市場の内部にある、細長い小路の一角にあった。立ち飲み屋台のような小さな店で『寿司・海鮮丼』と書かれた煤けた看板が、天井から下がっていた。
「あのう……」
僕はガラスケースの向こう側で立ち働いて入る男性に、思いきって声をかけた。
手拭いを頭に巻いた、おそらくこの店の大将と思われる七十歳くらいの男性は、見るからに気難しそうな風貌をしていた。
「ん?なんだい、食事かい?」
大将は、訝るような視線を僕に向けた。たしかに平日の午前中、中学生に見えるカップルが現れたら胡散臭いと思うのは当然だ。
「ええと……食事を注文する前に、見ていただきたいものがあるんですが」
「見て欲しいものだって?」
大将の、眼鏡の奥の眼が細く尖った。
「ある人から教えてもらったんです。この店で、これがどこで作られた物かわかると……」
僕は真淵沢から預かった部品をバッグから出すと、おずおずと差し出した。
「ん?こいつは……」
大将の目が、ぎらりと光った。そのまま差しだしていると、大将は手を伸ばし、僕の手から部品を受け取った。
「ちょっと待っとれ」
大将は老眼鏡をずらしながら厨房の奥にある、ショーケース風のガラスの箱に部品を入れた。大将がスイッチを入れると、レーザービームのような光線が縦横に部品を舐め始めた。やがて、換気扇の横に据えられた小型モニターに部品の拡大映像が現れた。
「ううむ……どうも良く見えん。近頃、老眼が進んでな……おい!」
大将が厨房の奥に向かって声を張り上げた。すると、壁とばかり思っていた部分がこちらに向かって細く開き、大将と同年代の女性が姿を現した。
「なんですか、そうぞうしい」
「どうも、眼が悪くて良く見えん。お前、ちょっと見てくれ」
大将に言われ、どうやら女将と思われる女性は促されるままにモニターを覗き込んだ。
「お客さんが、持ってきたんだ。それをどこで作ったか、わからないかってさ」
「……それ、知り合いの真淵沢って人が、魚型のアイド……着ぐるみから落ちた奴を拾ってきたんです」
「……違うね」
「えっ?」
「こりゃ、魚じゃないね。貝の部品だね」
「貝?」
僕は困惑した。あの騒動で見た着ぐるみの中に、貝なんていただろうか。
「こいつは、
「じゃあ、大学内のどこかで作られたってことですか」
「おそらく、そうだろうねえ。……ああ、久しぶりに細かい字を見ると疲れるね」
そうぼやくと部品を調理台の上に置き、女将は再び厨房の奥へと姿を消した。
「どうしよう……これだけ手間をかけさせたんだから、やっぱり、何か注文すべきだよね」
「うん。私、海鮮丼がいいな。……ウニのいっぱい入った奴」
「何か食べるかね」
大将が、手拭いで手を拭きながら言った。
「はい。ええと、海鮮……」
僕がそう言いかけた時だった。ふいに横に、人の気配を感じた。見ると僕らの左手にコートを羽織り、口ひげを蓄えた外国人らしい男性が立っていた。
「#$’&(%z?+p=+|¥@#」
男性は良くわからない言葉で、僕らに向かって何事か呟いた。
「なんだって?」
大将が男性の言葉に反応し、目を大きく見開いた。
「どうしたんです?」
「お前さんたちを逮捕すると言っとるぞ、この男」
「冗談じゃない」
僕は思わず身を引きかけた。同時に、男性が僕と飛波に向かって手を伸ばした。
思わず手を振り払うと男性は眼に憎悪の色を浮かべ、ポケットに手を入れた。
僕が思わず身構え、飛波をかばおうとした時だった。隣の店先から突然、太い腕がつき出されたかと思うと、外国人男性の襟首をつかんだ。
唖然としていると店舗から鮮魚店のエプロンをつけた角刈りの男性が姿を現し、手にした巨大な薬缶で男性をいきなり殴りつけた。
「がっ」
床に崩れ落ちた男性を見て、角刈り男性は鼻をふんと鳴らした。どうやら隣の店の店主らしい。
「……物騒な真似しやがって。まったく、ここをどこだと思ってるんだ」
そう言うと角刈り男性は、僕らの方を見た。意外に優しそうな顔立ちだった。
「つい、手が出ちまった。……あんたたちの知り合いだったら申し訳ない」
「見たこともない男です……ただ、正体は何となく想像がつきます」
「ふむ、こいつは「下僕」だな」
「なんだあ?下僕?」
大将のつぶやきに、角刈り店長が反応した。
「AIに操られてる戦闘員さ。最近は、外国人が多いな」
大将は、それまでとうって変わった真剣な表情で僕らを見た。
「あんたたち、さっきの部品を作った奴と戦うなら、小型の解析装置を貸してやるよ。真淵沢なら、AI思考ジャマーくらい作れるはずだ」
「真淵沢さんを知ってるんですか?」
「わしの一番弟子だよ。……もっとも出来は決して良くなかったがね」
そう言うと、大将は奥の戸棚から岡持ちを思わせる銀色の箱を取りだし、カウンターの上に置いた。
「こいつを持っていけ。ちょっとばかし重いがな」
大将が言うと、腕組みをしながら僕らのやり取りを聞いていた角刈り店長も、口を開いた。
「市場の裏に、うちのバイトに使わせてたモーターアシストバイクがある。二台あるから、乗っていきな」
角刈り店長はそう言うと、顎で小路の奥を示した。
「モーターアシストバイクって……僕、乗ったことないですけど」
「要するに自転車さ。ちゃんと後ろに岡持ちを乗せる荷台もついてるよ。ちょっと方は古いが、うちの『タンホイザー号』は、そこいらの出前バイクよりはるかに高性能だぜ」
角刈り店長が自慢げに言った直後、突然、左手から強い光が僕らに向かって浴びせられた。
目を向けると、小路の幅一杯に、一人乗りフォークリフトに似た機械が立ちはだかっていた。運転者は乗っておらず、正面に据えられた巨大な二基のライトが、僕らを威嚇するように強い光を放っていた。機械の側面からは、多関節ロボットアームがこちらに向かってうねるような動きを見せていた。
〈第三十六回に続く〉
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