第34話 メノ(7)戦慄の子どもたち


                  ⑺


「いやあ、すごいよあの娘」


 興奮した口調で口火を切ったのは椿山だった。

「まさか、この刹幌がデジタル革命のるつぼになってるなんて、思いもしなかったな」


 僕は椿山の語る今日のトピックを、興味深く聞いた。それはこんな内容だった。


 『実存党』とたもとを分かった『ゼビオン』開発チームは、刹幌の南区に研究所を設立、AIの開発を五年にわたって続けた。

 その結果、意思のみならず感情までも有するAI『人工人格』の開発に成功した。


 ニューロ何とかや、なんたらラーニングだのと言った専門用語は、僕にはちんぷんかんぷんだったが、とにかく開発チームは三体の『人工人格』をこの世に生み出したのだった。


「デジタル生命も生命である以上、種としての寿命を永らえるには、他の生物と同様に多様性が不可欠となる。そこで開発チームは人工人格も『有性生殖』をすべきだと考えた」


「それってつまり、人工人格に『男女』が必要ってこと?」


「その通り」と真淵沢が言った。


「開発に成功した人工人格は「01」から「03」まであったが、そのすべては『女性的人格』を持っていた。

 人工人格が種として正常に世代交代するためには、男性の人格が必要だったのだ。


 開発チームは何とかして男性の人格を生み出すべく、「01」から「03」までの人格のコピーを様々な条件下で作りだした。いわば彼女たちの『子供』だ」


「でも『ゼビオン』の時は確か、コピーが劣化して、次第に短命になって言ったんじゃなかったかしら」


 奏絵が記憶を手繰るようにして言った。


「そう。だが開発チームはこう考えた。確かに第一世代の子供たちは親のコピーだが、違う親のコピー同士が結合し、新たなプログラムが誕生した場合、それは多様性を持った新たな『人格』であると」


「つまり、たとえばこういうことね。「01」と「02」のコピー同士が結婚すれば、そこから新たな生命が誕生するってわけ」


「その通り。「01」から「03」までのいずれかに男の子が誕生すれば、他の人格の産んだ女の子の中から許婚者を選び、夫婦にできるというわけだ」


「……で、どうだったの?」


「結論から言うと――」


 真淵沢はなぜか、切ない表情を浮かべた。


「02……つまり『風花メノ』には男の子が生まれ、03こと『霧野きりのニナ』にも数人の女の子が誕生した。

 彼らはいずれ『王子』と『姫』になるべく、教育が施された。


 そして01、通称『氷月ひづきリラ』にも女の子『チキ』が誕生したが、彼女は『姫』には適さない、ある性質を持っていた。

 人格的性質は限りなく男性に近く、しかし基本的な機能は女性型であるという、矛盾をはらむプログラムだったのだ」


「それは『氷月リラ』が、最初期の人格だったから?」


「いや、逆に彼女があまりに優秀なプログラムだったからだと言われている。どうやら男女のコピーを産み分けるには、コピーの際にある種のエラーが発生することが条件の一つらしい。

 だがリラのコピーは彼女の能力が高すぎるがゆえに、複雑な機能を持つコピーとなってしまったのだ」


「なんだか、気の毒な話ね」


「リラの子供にはふさわしい教育プログラムがなく、親であるリラ自身に教育が任された。そして今から五年ほど前、研究所のサーバーからリラと娘の『チキ』が忽然と姿を消した。


 それから三年ほど経って、刹幌市内のAIを搭載した重機や着ぐるみが一斉に自己主張を始めたのだ。彼らのスローガンは、こうだ。


「我々こそ、人類に変わる地球の新しい主である」。彼らはナノボットを使い、一部の人間さえ支配下に置くことに成功したのだ」


「あ、それが王通りで僕らを襲った連中だったんですね」


「その通り。つまり彼らの黒幕が行方不明になったリラとチキなのだ」


「じゃあ、「02」であるメノちゃんは、自分の「お姉さん」と戦ってるってこと?」


「そういうことだ。今や刹幌市内の数百体にも及ぶAIが『氷月リラ』の指揮下にあると思われる。彼らに一斉蜂起されれば、人間たちはひとたまりもないだろう」


「じゃあ、勝ち目はないってことですか」


「そうとも限らん。これを見たまえ」


 真淵沢は、魚の小骨のような金属部品を取りだした。


「これは王通りでアイドルの群れに襲われた時に拾った物だ。こいつをうまく解析できれば、敵のAIの基本構造がわかるはずだ。……まあ、遺伝情報が入っているような物だな」


「それがわかれば敵をコントロールできるってことですか」


「ボスである01……リラの居場所も、この部品から突き止めることができるはずだ。まずはこの部品を解析する必要があるが、私の知る限り、それができる人間は一人しかいない」


「だれですか」


「大将と呼ばれる男……荷上にじょう市場の中にある寿司屋にいる、七十歳くらいの男だ。私は明日は忙しいので動けないが、誰かがこの部品を大将に手渡し、解析を依頼する必要がある」


              〈第三十五回に続く〉

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