第30話 メノ(2)彼女は知っている


                 ⑵


『そうねー、何から話そうかな。あのねー、そもそも私は、統郷で『ゼビオン』を造ってた人たちがこっちにやってきて開発した、改良型のAIだったの』


 メノの話は刺激的だった。姫川は鼻の穴を大きく膨らませ、興奮ぶりを露わにしていた。


『世間ではデジタルを規制しようとする政府と、デジタル擁護をもくろむ草の根勢力との戦いって見られてるけど、実際は違うのよね』


 僕は耳を疑った。デジタルと反デジタルの戦いが存在しないのなら、一体、統郷で僕をつけ狙っていたのは誰なんだ?


『そもそも、今の政府を作った『実存党』の党首、森田川徹二はもともと『ゼビオン』の開発スタッフだったの。一足早くプロジェクトからは離脱したけどね。

 彼はいずれ訪れるであろう、デジタル生命と人間の共生社会を見越して、その地盤を作るべく『アクチュアル・ユニオン』を興したの』


「デジタル生命と人間の共生社会?」


『ゼビオンが知性を獲得してゆく過程で、森田川はいずれデジタル知生体が意思を持った『人格』になることを予測したわけ。そうなると、もう新しい『種』よね。

人間と同等か、それ以上の能力を持った新たな『種』が現れたとして、人間はどう思うかしら?』


「脅威を覚えるでしょうね。より優れた種に人類がとって代わられるのではないかと」


『そうでーす。そこで森田川は考えたの。共生社会を築く際、最も大きな支障となるのは、能力の差ではなく意識の溝だって。

 つまり機械と人間が、互いの思考や感覚の特性を尊重しあって、共有できる領域と立ちいってはいけない領域を明確にしておけば、立派に『共存』できると考えたわけ』


「……じゃあまさか『実存党』は」


『デジタルの存在しない世界を実験的にシミュレートさせて、人間とデジタルは本来、互いに補い合うべきパートナーであることを大衆の意識に浸透させる……そのために立ち上げられた政党よ。


 自分たちは与党となって統郷の街にデジタル規制の網をかけ、かつての仲間たちは遠く離れた町で、人類に敵意を持たない最新型のデジタル知能を開発していた……その成果が私ってわけ』


「じゃあ、あなたは意思を持ったAIなんですね」


『そういうこと。『人工人格』って呼んでね』


「人工人格……」


「じゃあ統郷で僕を追っていたのは、誰なんですか。政府や警察じゃないんですか?」


 僕はメノに問いをぶつけた。一体僕らは何のために、刹幌までやってきたのか。


『それはおいおいわかるわ。焦らないで。少なくとも政府や警察じゃないわよ』


「それじゃあ、王通りで襲ってきた連中は?野間君たちを統郷で襲ったやつらとは違うんだね?」


 真淵沢が口を挟んだ。そう、メノの話が事実だとすると、それも疑問だった。


「そう。あなたたちを襲うよう命じたのは、私と同じAI。人類制圧をもくろむAIがさしむけた連中よ。ちなみに『アイドル』と呼ばれるのは主に着ぐるみや人形で、さっきみたいな意思を持った重機は「イデオローダー」って呼ばれてるわ』


「悪のAI、というわけですか」


『悪と呼んでいいのかはわからないけど……』


 ふいにメノが口ごもった。同じAI同士、同情する部分でもあるのだろうか。


「でも、王通りには『アイドル』だけじゃなく人間もいましたよ」


『AIの支配下で生きてゆくことを望んでいる人間たちが、少なからずいるってことね。……一度に話すと混乱するから、今日はここでやめておかない?私もそろそろ、路線に戻りたくなってきちゃった』


「また明日、乗ってもいいですか?……それと、僕らを乗せている間『風花メノ号』はほかのお客を乗せないんですか?」


『うふふ、『風花メノ号』はまだ他にもあるの。そっちは普通にレールの上を走ってるわ……本物は私一人だけどね』


「また敵が襲ってきますよね」


『たぶんね。でも私にはあなたたちがいるし、荒鳩もいるわ。そうでしょ?』


「はい、お嬢様」


『さあ、もうそろそろ帰るわ。田貫小路の前で降ろすわね』


 そういうとメノ号はぐるりと向きを変え、都心部に向かって走りだした。


           〈第三十一回に続く〉


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