第27話 飛波(8)伝説のエンジニア


                 ⑻


 ホワイトフェスティバルの初日は、平日ということもあって外国人旅行客が目についた。


 僕らと姫川は地下街で待ち合わせをした。カラフルなセキセイインコが飛び交うガラス張りの檻の前で待っていると、ニット帽にリュックを背負った姫川が「やあやあ、お待たせ」と息を切らせて現れた。


「僕らが会う予定の真淵沢鉱三まぶちざわこうぞうって人は五丁目にある『ノスノテック』っていう会社の宣伝ブースにいるはずだ。毎年そこで甘酒を配ってるんで、僕らの間では通称『甘酒屋』って呼ばれてる」


「本職は何をしている人なんですか?」


「ノスノテックで雪を使った冷房の研究をしている人だよ。他にも低温科学、ナノテクなどを研究してるらしいけど、元々はロボットの技術者さ」


「その人が、どういう形で力を貸してくれるのかな」


 飛波が、鋭い突っ込みを入れた。姫川は答えあぐね、一瞬、言葉に詰まった。


「ええと、要するに昔、ニューロコンピューターを組みこんだロボットを開発してて、真淵沢さんの開発した技術が『アイドル』の基本構造にかなりつかわれているんだよ」


「つまり刹幌で起きているAIがらみの事件にも詳しいんじゃないかってことね」


「そういうこと。さあ、行こう。寒いから、二丁目くらいまで地下を通っていかないか」


「だめ。せっかくのホワイトフェスティバルなんだから、一丁目から全部見ましょ」


 飛波の強い口調に姫川はしぶしぶ、地上に通じる階段を示した。地上に出てからも姫川は「こんな氷細工、後からでも見られるだろう」などと不平を言って先に進もうとした。


「こんな綺麗なものに興味がないなんて。だからモテないんじゃない?」


 痛いところをつかれたのか、姫川は飛波に向かって「うるさいな」と歯をむき出した。


 さらに二区画ほど歩くと、メインの大雪像が姿を現した。今年公開の映画のキャラクターだろう。ビルほどの高さのキャラクターは古代の遺跡さながらで、眺めていると不思議な気分になった。


「おお、あのグループは去年、デビューした『メルティスマイル』だな。可愛いなあ」


 突然、姫川が叫ぶとリュックから大きなカメラを取りだし、観光客に混じってシャッターを切り始めた。


 雪像の前に設けられた雪のステージ上で、足を大胆に露出した女の子たちが、歌いながら踊っていた。この寒い中、根性があるなあと思いながら眺めていると、突然、後方から魚と熊の形をした着ぐるみが現れ、一緒に踊りだした。


「おお、アイドルにアイドルか。後ろのみんなも、頑張れよ」


 姫川の言葉を聞いて、僕ははっとした。そうか、あの着ぐるみが姫川の言っていた『アイドル』か。人間が入っているようだが、実はAIによって自分の考えで動いているのだ。


「よし、撮ったぞ。さあ、行こう」


「アイドルなんて、後からでも見られるでしょ」


 にこにこしながら戻ってきた姫川に、飛波はさげすむようなまなざしを向けた。


 大雪像を横目に次の会場に向かうと、ご当地メニューの屋台に混じって白いプレハブの建物が姿を現した。

 プレハブの壁面に『雪と低温を科学するノスノテック』とあり、白いウインドブレーカーに身を包んだ男女が、コップに入った飲料を配っていた。


「あそこだな」姫川が言った。


 僕らは飲料を受け取る人々の列に並んだ。コップを配っている男女の中に、白髪交じりの年配の男性がいた。男性は姫川の姿を捉えると、にやりと笑った。


「姫川君か。今年も現れたな。あいにくだが、ここで動いとるアイドルに、私が直接設計した物はないぞ」


 男性から湯気を上げているコップを受け取ると、姫川も不敵に笑った。


「いえ、今年はちょっと面白い話を持って来たんですよ、真淵沢さん」


「面白い話だと?」真淵沢と呼ばれた男性は、眉を動かした。


「ええ。お暇だったら、ちょっとお耳に入れようかなと思いまして」


「あいにく、暇ではないな。こうして甘酒を配らなければならないし、雪像の一部にわたしの考案したシステムが使われていてな。そのアドバイザーも兼ねて来ておるのだ」


「そうですか。それは残念だなあ」


 姫川は甘酒を一口すすると、真淵沢の耳に何事か囁いた。


「なんだと。確かにその店の存在は聞いたことがあるが……しかし、まさか。……うむ、ちょっと待っていろ。少しだったら時間がなくもない」


 そう言うと、真淵沢は近くにいた同僚らしい人物に何かを告げた。


「よし、ではそこの飲食ブースで話を聞こう。ただし十分だ。いいな」


「結構です」


 僕らは連れ立って、簡単な椅子とテーブルが用意された一角に移動した。テーブルを確保した姫川は、椅子が足りないことに気づくと「ちょっと待って」とあたりを見回した。


「僕らは立ってもいいですよ………んっ?真淵沢さん、どうかしたんですか?」


 僕は真淵沢が背後を見つめたまま、微動だにしなくなったことに気づいた。


「あの連中……」


 真淵沢の示した方向を見遣ると、田貫小路で見た外国人が迫ってくる所だった。


 姫川が青くなって、慌てふためき出した。パーツを取り戻すべく追ってきたのだろうか。


「逃げよう。奴らは何をするかわからない」


 姫川は外国人たちと逆の方向を指さした。


「とんだとばっちりだな」


 僕らは王通り公園を西に向かって駆け出した。あの連中から逃げおおせるには次の会場との境目からいったん、右か左の車道側に出て地下に入るしかないだろう。


「真淵沢さん、次の信号で左に曲がって下さい」


「やむを得んな。まったく、まだ仕事が残っているというのに」


 先頭の姫川が息を切らせながら、信号の手前まで来た、その時だった。


「うわっ!」


信号待ちをしていた観光客の一群が、一斉に僕らの方を振り返った。外国人だけでなく、あきらかに仁本人と思われるカップルや親子連れ、学生も全員、僕らを凝視していた。


「経口タイプのナノボットを吸わされたな。みんな、操られてる!」


 姫川が叫んだ。僕らはくるりと踵を返すと、反対方向に駆け出した。正面からは外国人たちが迫りつつあった。

 真淵沢が咄嗟に「こっちだ!」と叫んで右に曲がった。雪像を眺めたり写真を撮ったりしている人ごみの間を縫って、僕らは逆側の順路を目指した。


「きゃっ」


 突然、飛波が声を上げた。見るとイカの形をした着ぐるみに、触手で腕を掴まれていた。 


「まずい。会場内のアイドルは全部、敵のコントロール下だ!」


「ぐあっ」


 今度は真淵沢がクマ型の着ぐるみに抱きすくめられていた。僕と姫川の方にもそれぞれ、魚型と鳥型の着ぐるみが迫ってきつつあった。


「姫川君、これを!」


 真淵沢が着ぐるみに頭を齧られながら、黒い箱を放った。姫川は強く頷くと、手を伸ばして箱を受け取った。その動きに気を取られた一瞬、鳥型着ぐるみの羽根が僕を脱きすくめていた。目の前に大きな嘴が迫り、僕は思わず顔を捻じ曲げた。


「もう少し、みんなちょっと我慢してくれっ」


姫川は箱に、僕が拾ったパーツを接続した。姫川も魚型の着ぐるみに頭を二割ほど呑まれかけていた。


「ぐうううっ」


 苦し気なうめき声に驚いて顔を向け、見えた光景に僕はぞっとした。真淵沢の頭部がすっぽりとクマの口に飲み込まれていた。いくらなんでも人を丸飲みにはしないだろう、熊。


「もう少しです、……ああっ、僕もやばいっ、食べないでえっ」


 姫川が箱の上に指を滑らせながら、悲鳴を上げた。気が付くと、鳥の口から飛び出した赤いアームが僕の口をこじ開けようとしていた。開いた嘴の奥からは、銃口のようなものが覗いていた。あそこからナノボットとやらを打ちだすのだろうか。いやだ。


              〈第二十八回に続く〉


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