第25話 飛波(6)アイドルを探して


               ⑹


「こいつはね『アイドル』を思いのままに操るためのパーツなんだよ」


 なんの前置きもなく聞いたら眉を潜められかねない文句を姫川竜彦ひめかわたつひこは言った。


 度の強そうな眼鏡にミリタリージャケット、肥満気味の体格という外見が、発言の異様さを一層濃くしていた。


「『アイドル』って言うのは『AI DOLL』と書くんだけど、人工知能によって制御されている人形やぬいぐるみのことなんだ。

 コンピューターが規制されているにもかかわらず、こいつらの需要は非常に高い。


 まず、自治体のイベントなんかに出演してる着ぐるみ。昔は中に入っている人間が動きから喋りからすべてを担っていたんだけど、今は人間はただ入っているだけか、もしくは無人なんだ。どれがアイドルで、どれがそうでないかは外見には判別しづらい。と言うか容易に判別されないように作られている」


 姫川は辛さ七番の厚切りベーコンカレーを啜りながら、熱弁した。


「どうして人工知能が搭載されるようになったんですか?」


「まだコンピューターの研究が大っぴらに許されていた時代、高度な知能を有するロボットの研究が急速に進んだ時期があった。

 家庭や医療の現場に役立つ道具としてね。しかし、便利さが歓迎される一方で、人間に似たアンドロイドが生活に混じる事への忌避観も強くなっていった。


そこで、高度な知能を持つぬいぐるみや人形の開発が進んだんだ。コンピューターの民間研究がある程度規制されて以降も、それらの技術は着ぐるみや重機に生かされた。そうやって我々の日常に紛れ込んできた「生きた着ぐるみ」がアイドルなのさ」


 姫川は一気に語り終えると、おしぼりで滝のように流れ落ちる汗をぬぐった。


「それを操るっていうのは?コントローラーで遠隔操作をするってこと?」


「そう。人工知能から一時的に意思を奪って、外部から操作するための装置だ」


「意思を持ってるんですか?アイドルっていうのは。それじゃあまるで……」


 ゼビオンだ、という言葉を僕はすんでのところで飲み下した。インターネットという言葉ですら危険なのに、ゼビオンなんて最も危険な単語を口にしたら、店から追い出されるかもしれない。


「人間みたいだっていうんだろう。実際、そういうことを言うやつもいる。何しろ最近、AIの原因不明の暴走が増えてるからね。あながち誇張した表現とも言いきれない」


「原因不明の暴走?」


「突然着ぐるみが暴れたり、重機がめちゃくちゃな動きを見せたりする事故が、この刹幌で相次いで起きているんだ。ニュースや新聞では、あまり大きく報じられないけどね」


「そうなんですか。……それで外から操作できる装置が必要なんですね」


「そう。……といっても、こいつは非公式のコントローラーだけどね。このパーツは外部からのマニュアル操作が非常に難しいと言われるM社のアイドルを動かすためのアンオフィシャルパーツなんだ」


「それをどうして外国人が狙ってたの?」


 飛波が棚上げになっていた疑問を口にした。


「よくわからない。M社に近い人間たちかもしれないし、パーツを売りさばこうと狙っているギャングかもしれない」


「姫川さんは、どうしてそのパーツを手に入れようとしたんですか?」


 飛波がたたみかけると姫川は「うっ」と言葉に詰まった。


「まあ……好奇心かな。難しいと言われるとやってみたくなるのがマニアなんだ」


 得意げに言う事でもあるまい。半ばあきれながら僕は思った。


「姫川さん。あなたを悪い人じゃないと見込んで、相談があるんです」


 飛波がいきなり身を乗り出して言った。至近距離から顔を覗き込まれ、姫川は「え?」と言ったきりその場に固まった。


「な、何かな?僕でよければ……いや、内容によるか。……君たち、中学生かい?」


「そうです。統郷から旅行中です」


 僕が口を挟んだ。怪訝そうに眉を寄せている姫川を尻目に、僕らは顔を見合わせた。今までの体験をどこまで話すべきか、暗黙の確認をするためだった。飛波がこっくりと頷き、僕は意を決して切り出した。


「姫川さん。僕らはインターネットカフェを探すために、刹幌まで来たんです」


「ネットカフェを探しに来たあ?」


 姫川は、椅子からとび上がらんばかりに驚いた。さすがにこの言葉は予想外だったのだろう。


「そうです。統郷ではPCやインターネットが厳しく制限されていますし、インターネットに関する大っぴらな商売は禁止されています。……だけど、この刹幌に、ひそかに営業しているインターネットカフェがあるらしいんです。聞いたこと、ありませんか?」


 僕はここぞとばかりにたたみかけた。姫川は慎重な態度の中にも、何か言いたげな空気を見せた。


「やれやれ、まったく無謀な中学生もいたもんだな……で、もし本当にそういう店があったとして、行って何をしたいんだい?ただネットがやりたいだけかい?」


 僕と飛波は顔を見合わせた。ここまで言ってしまったら、全て話すべきだろう。


「実は、統郷で色々と調べていたら、警察だか政府だかに睨まれて、つかまりそうになったんです。それでどうせならネットカフェがあるという刹幌に行って、一緒に戦う仲間を見つけようと思ったんです」


「なんだって、それじゃあ学校や親に内緒で来たのか。……ということは家出、いや、駆け落ちか……」


「違います、逃亡です。僕らはお尋ね者なんです」


 僕は姫川に、今までの経緯を丁寧に、噛み砕いて聞かせた。


「なんてこった……それじゃあネットカフェを見つけられなかったらすべてが終わりなのか。うーん、境遇には同情するが、いくら僕がPCに明るいと言ったって、こんなでかい話にはつきあえないなあ」


 姫川は腕組みをすると、険しい顔つきになった。僕は無理もないと思った。


「じゃあせめて、暗号を解くことに協力してもらえませんか?今の私たちには、カフェの存在だけが唯一の支えなんです」


 飛波が僕に代わって、懇願した。姫川の表情がふっと和らぐのがわかった。


「暗号?どんな」


「暗号と言っても、ゲームに出てくる予言みたいな文章です。刹幌まで来られたのはいいけど、手詰まりになってしまって」


 飛波は持ち歩いているバッグからノートを素早く取りだすと、暗号を書いてある頁をテーブルの上に広げて見せた。


「うっ……なんだこりゃ」


             〈第二十六回に続く〉

 

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