第21話 飛波(2)あの歌を聞かせて


                 ⑵


 刹幌の中心部には三つの繁華街エリアがある。ステーションのある『刹幌』と、ホワイトフェスティバルで有名な『王通おうどおり』、そして歓楽街として名をはせる『笹木野ささきの』だ。


「光越はたしか王通りだから、少し歩かなくちゃだわ」


「行きかた、わかる?」


「地下伝いに行けることは知ってる。迷ったらその辺の通行人に聞けばいいのよ」


 そう言うと飛波は前に立ってすたすたと歩き始めた。やれやれ、お気楽な事だ。


 刹幌と王通りの間は数百メートルほど隔たっており、その間を巨大な地下歩道がつないでいる。僕らはどうにか地下歩道の入り口を探し当てると、光越を目指して歩き出した。


 地下歩道は真冬でも暖かく、地上と変わりない雑踏でにぎわっていた。昔、父から聞いた話では、この空間は商業目的のテナント建設が許されておらず、旅行会社やアクセサリーショップなどの出張ショップに貸し出しているのだという。


「あっ、何かやってる」


 三分の一ほど進んだところで、ふいに飛波が声を上げ、足を止めた。視線をたどると、壁際の一角に小さな人だかりができていた。目を凝らすと、人垣の間から椅子に座ってギターを弾く女性が見えた。


「あっ、あの人……」


 僕の呟きに飛波が「どうしたの?」と反応した。


「昔、近所にいたお姉さんだと思う……ちょっと聞いていっていいかな」


「いいよ。行こう」


 夏実に言われた時間までにはまだ間があった。僕らは人垣の後ろに紛れ込んだ。


 近くで見た僕は、弾き語りの女性が知人の根橋奏絵もとはしかなえであることを確信した。


 統郷に来たばかりの頃、マンションの同じ階に住んでいた女子大生だ。シンガーソングライターになるのが夢だと言っていたが、まさか刹幌に住んでいるとは。


 奏絵の歌はマイナー調のポップスで、ビブラートの少ない歌声が切ない歌詞によくあっていた。演奏を終え、奏絵が頭を下げると聴衆から拍手が起こった。


 最後の曲だったのか、曲が終わると奏絵は後ろで控えていた男性に、場所を明け渡した。どうやら出番が終わったらしい。僕らは立ち去る聴衆に紛れて人垣を離れ、壁際で楽器を片付けている奏絵に近づいた。


「あのう……」


 僕はおずおずと声をかけた。奏絵ははっとしたように顔を上げ、目をしばたたかせた。やがて僕を思い出したのか「あっ」と声を上げた。


「明日人君じゃない。ひさしぶりね。どうしたの、旅行?」


 奏絵は夏実が飛波に見せたのと全く同じ反応を返した。僕は「うん、ちょっと……」と言葉を濁した。


「そちらは……もしかして、ガールフレンド?」


「いや、あの、全然。……きょうはどうしたんです?コンサート?」


「うん。路上……じゃない、地下歩道ライブね」


「刹幌にいるとは思いませんでした。夢をかなえたんですね」


「うーん、どうかなあ。自主製作でアルバムは出したけどね。まだまだ。今日はどこに泊まるの?親戚の所?」


「ええと……友達のおばさんの所に泊まる予定です」


 僕は飛波の方をちらと見た。奏絵はああ、そういうこと、というように頷いた。


「そうだ、私、ラジオのパーソナリティーもやってるから、よかったら聞いて。……東京に帰ったら聞けなくなっちゃうけど」


 奏絵はそう言うと、僕に名刺を渡した。そこには自宅の物らしい連絡先と、ラジオ番組の放送時間帯、周波数が記されていた。


「じゃあ、またね。ええと……」


 奏絵は飛波の方を見た。飛波はすっと背を伸ばすと「縁飛波といいます。野間君のクラスメートです」と言った。


「飛波さんか。いいお名前ね。それじゃ旅行、楽しんでね」


 奏絵は僕らに手を振ると、ギターケースを手に僕らとは逆の方向に姿を消した。


             〈第二十二回に続く〉


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