第10話 都倉(2)忘れ去られし遊戯


 その後も飛波は、六人がけのテーブルに時折、興味深げな視線を送った。


 飛波はターゲットと目が合うと、気恥ずかしそうにさっと視線をそらした。もちろん、わざとターゲットが緊張を解いた瞬間を狙ってまなざしを送っているのだが、向こうからはわからないのだ。


 あれで同い年かよ。怖い怖い。僕は飛波の演技力に舌を巻いた。そのまま様子を見ていると、やがて飛波のテーブルに男性店員が戻ってきた。


「あいすみません、やはりご希望のゲームに詳しい従業員は只今、多忙で体が空かないとの事です。基本的なプレイ内容なら私にも多少はわかりますが、それ以上となると……」


 男性店員が困ったように次の言葉を探しかけた、その時だった。


「あのう」


 いきなり都倉が横合いから声をかけた。よし、来たぞ。僕は事の成り行きを固唾を呑んで見守った。


「もしよかったら、僕がお教えしましょうか?」


「え?……ええと、あの」


「あ、別に怪しいものではありません。ただ『プラネットダークネス』のことを知りたいようだったから、その……僕、詳しいんで、もしよかったら教わって……いや、教えてあげ……ご説明しましょうか?」


 都倉は紳士的なところを見せようとして、かえって怪しい雰囲気を醸し出しているようだった。


「あの、お客様さえよろしければ……」


「教えていただければ、私は助かります……でも、いいんですか?ゲームの途中じゃなかったんですか?」


「いや、あの、もう全然いいです。じゃ、こっちの方に……すみません、少し移動してもいいですか?」


 都倉は店員が去ったのを確かめると、もそもそと鈍重な動きで飛波のいる席に移動した。


 いまのところ、ミッションは順調に達成されているようだ。……さて、問題はどのタイミングで割り込むかだ。僕は深呼吸した。


 予定では十分ほど話を聞いた後、飛波が「あの、ちょっと変なこと聞いていいですか?」と切り出す手順になっていた。ターゲットの表情が渋い物になったら僕の出番だ。


 笑顔が嫌味にならないよう、表情を工夫していると、気になる言葉が飛び込んできた。


「オンライン?」


 さほど大きな声ではなかったが、僕の耳はしっかりと捉えていた。よし、僕の出番だ。


 僕はさりげなく席を立つと、都倉から見えづらい角度で飛波の席に近づいた。


「いや、知ってるか知らないかと言えば、そりゃ、知らなくはないけど……」


 都倉はしどろもどろだった。禁断のオンラインゲームについて女の子に知識を披露しようかしまいか、あきらかに躊躇していた。


「でもさ、何だって君、そんなに古いゲームの事を知りたがるんだい」


 ターゲットが探りをいれてきた。今だ。


「よう、飛波じゃないか」


 僕はできるだけ軽薄に聞こえるよう、いつもは使わないようないやらしい口調で言った。


「あ、野間君」


 ターゲットがびくりと反応し、僕の方を見た。僕は正直どきどきしていた。飛波を名前で呼ぶのは初めてだった。しかし一応、同級生という設定なのだから仕方がない。


「な……とっ、友達かい?」


 突然現れた僕に敵意を向けたものかどうか、都倉が迷っているのがありありとわかった。もしこの子が迷惑がっているようだったら、俺が追い払ってやろう。そう考えているのに違いない。


「クラスメイトです。やっぱりゲームに詳しい男子で」


「ゲームに……」


 どのくらいのマニアだろう、という怯えの目で都倉が僕を見るのがわかった。僕は一瞬、ひるんだ。神坂ならまだしも、僕に怯えられても困る。


「飛波もこんなマニアな店に来るんだな。オタクばっかりだぜ、ここ」


 僕はできるだけ軽く聞こえるように言った。都倉が眉間に不快気な皺を刻んだのが、見るまでもなくわかった。


「へえ、そうなんだ。そういうお店とは知らなかったな」


 無邪気に驚く飛波に都倉は慌てて「違う違う」と訂正して見せた。


「純粋にゲーム好きな人たちが集まる社交場だよ、このお店は」


「どうかな」


 僕はここが正念場とばかりに思いっきり嫌味たらしく言った。


「結構いるっていうぞ。博識なのをいいことにナンパ目的で来る客がさ」


 どうやら僕の一言が致命打になったらしく、都倉は顔を紅潮させるとやおら激高した。


「失礼なことを言うなよ、君。……中学生か?君は。子供のくせにおかしな勘ぐりはやめろ」


「あ、これはどうもすいません。つい、先入観で。……ところで飛波、プラネットダークネス・オンラインについて知りたいんなら、俺が教えてやれるけど、聞くか?」


「あ、聞きたい」


 席を立ちかけた飛波を、慌てて都倉が制した。


「き、聞くなら僕の方が詳しいと思うよ」


「だって、さっきは知っていると言えば知ってるくらいだって……」


「そ、それでもさ、その辺のゲームオタクよりはよっぽど詳しいと思うよ。それにほら、社会人で説明の仕方も慣れてるしさ。そこの中学生君なんか「ゼビオン事件」の前のゲームなんかよく知らないだろ?その点……」


 そこまで言って都倉ははっと口を噤んだ。いつの間にか店内が静まり返っていた。調子に乗ってうっかり、危険なキーワードを口にしてしまったことに気づいたのだろう、紅潮していた顔は一瞬で紙のように白くなった。


「い、いや……だから、ようするに昔のこともそれなりに知ってるってことで、色々と興味深い話もしてあげられると思うな」


 周囲からの厳しい視線に萎縮したのか、都倉は急に小声になった。


「ふうん。……まあ、飛波次第だけどさ。どうすんの?」


 僕が聞くと、飛波は眉を寄せて迷っているようなそぶりを見せた。


「じゃあ、野間君には悪いけど、今日は少しだけ、この人の話を聞こうかな」


 飛波がおずおずとそう述べた途端、都倉の目に歓喜の光が溢れた。


「ふうん……まあ、いいや。じゃあ、気をつけろよ」


 僕はさして惜しむようなそぶりも見せず、あっさりと引きさがった。


「ぼ、僕でいいのかい?……もし、本当にさっきの話の続きをするんだったら、ここよりももう少し、落ち着ける場所の方がよくはないかな?」


「わかりました。でも私、五時までに帰らないといけないから、遠くへは行けませんよ」


「と、遠くない、遠くない。すぐ近くだよ、うん」


 都倉は飛波の気が変わらないうちにと焦っているのか、慌ててジャケットに袖を通し始めた。二人が店を出て行くと、僕はふうっとため息をついた。飛波に指示された役割はここまでだった。一仕事やりとげた安堵感で、僕は椅子にぐったりともたれかかった。


              〈第十一回に続く〉


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