第7話 美織(7)君だから話せること


               ⑹


 僕と奈月は連れ立って、近くのファストフード店に入った。


 飛波はファストフード店は落ち着いて話ができないと言っていたが、たしかにあの内容では無理もない。


「ごめんね、つきあわせちゃって」


 奈月は、ミルクティーを口に運びながら言った。


「ちょっと誰かと話したくてさ。この頃、友達がみんな冷たくて」


 奈月は溜めこんだものを吐き出すかのように、勢い込んで話しだした。僕は頷きながらココアを啜った。聞くだけでいいのなら、いくらでもオーケーだ。


「あのさ、うちのお父さんが言ってたんだけど、昔はカップルでファストフードとか入ったら、男も女も同じように携帯電話を出して、画面を見ながらそれぞれ自分の世界に入ってたんだって。面白いと思わない?」


 僕は頷いた。僕も父から同じような話を聞かされたことがあった。


「……で、聞いてほしい話があるんだけど」


 奈月はそう前置くと、声を低めて切り出した。


岡野おかの先生いるでしょ?なんか休職になるみたい」


 僕は思わず「えっ」と声を上げていた。岡野先生は僕らのクラスの担任だった。 奈月にとってはテニス部の顧問でもある。


「休職って、なんでまた?」


「私も人づてに聞いた話だから詳しくは知らないんだけど、どうやらこっそり自宅でPCを使ってたらしいの。……しかも官公庁だか企業だかの回戦に入りこんでインターネットもやってたみたい」


「まさか」と、僕は声を上げた。岡野先生は体育の教師だけあって、百八十センチを超えるスポーツマンだった。自宅にこもってこっそりPCやネットをしているイメージはない。


「ね、やばいでしょ?下手したらこのまま免職になるかもしれないってうちの親が言ってたけど、あり得るよね。……だって犯罪だもんね」


 そうか、犯罪か……奈月のひそめられた眉を見て、僕は改めて思った。確かに国家によって禁じられていることをしている職員がいたら、職場としても処分せざるをえないだろう。


 僕が美織先生や飛波と話している内容を誰かに聞かれたら、僕も学校を辞めさせられるのだろうか?


「それだけじゃないんだ、実は。岡野先生って、テニス部のPCに興味を持ってる子たちを家に呼んで、操作してるところを見せたりしてたらしいの。私の親友や彼氏も行ってたみたい。これって絶対、やばいよね」


「そんなことまでしてたのか。下手すりゃ生徒も巻き添えじゃん」


 僕は自分の事は棚に上げて、岡野先生の軽率さを非難した。


「先生のPC熱がばれたのは、古いPCソフトをこっそり売ろうとしてたのに気づかれたからなんだって。生徒を家に呼んだのもそうだけど、ある時期からたがが外れたみたいに、やることが大胆になってったって」


「何かきっかけでもあったのかな」


「どうも、失恋みたい」


「失恋?岡野先生が?誰に?」


「白崎先生」


「なんだって?」


 僕は口をあんぐりさせた。先生同士でそんなさや当てがあったとは。


「男子は知らないかもしれないけど、私たちが一年生の時から岡野先生、白崎先生の事が好きだったみたい。何度もアタックしてたっていう話もあるし」


「本当かよ。で、二人は付き合ってたの?」


「ううん。たぶん白崎先生の方は、一度もオッケーしてないと思う。岡野先生は押せば何とかなると思ってたふしがあるけど、白崎先生の方はまるで興味なかったみたい」


「ふうん。それじゃあ、やけになるのも無理はないかもね」


 僕には美織先生が岡野先生のアプローチを断ったわけが理解できた。岡野先生はただ単にPCが好きなだけで、PCを使って何かをしようとしているわけではない。岡野先生よりもはるかに大胆なことを考えている美織先生にとって、隙の多い岡野先生は心強いどころか、危険なことこの上ない存在に違いない。


「でしょ?万が一、岡野先生と一緒になってPCにのめりこんだりしたら、白崎先生も免職になりかねないもの。……でも野間君、最近、よく白崎先生と話してるけど、やばい話じゃないよね?テニス部の子たちもそうだけど、私の周りの人たちに秘密が増えてるみたいで、不安なんだ」


「大丈夫、僕は危ないことはしないよ」


 僕は奈月を安心させるため、ついそう口にしていた。


「良かった。これからも時々、相談に乗ってね」


「うん。僕でよければ。でも、どうして僕なの?クラスの男子の中じゃ、頼りにならない方だと思うけど」


「そんなことないよ。野間君、いい意味で誰ともつるまないし、口が堅い感じがするから」


 僕ははっとした。美織先生や飛波のような秘密だらけの連中が僕に近寄ってくるのは、もしかしたら僕に打ち明けてすっきりしたいという理由からかもしれない。


 ……やれやれ、信用してくれるのはいいけど、打ち明けられた方の身にもなってほしい。


 僕はすっきりした表情でカップに口をつけている奈月を見ながら思った。


「ところでさ、野間君、北開道ほっかいどうって行ったことある?」


「北開道?……行ったことがあるっていうか、小三まで住んでたよ。どうして?」


「実はもしかしたら私、北開道に引っ越すかもしれないんだ」


「ふうん……じゃあ、高校は向こうの学校に行くの?」


「わかんない。もしお父さんが単身赴任で、お母さんと私が残るんだったら、このまま普通にこっちで進学するんだけど」


「遠いよな、北開道は。寒いし」


「うん。でも食べ物とかはちょっと楽しみだったりするんだけどね」


 僕はふと、父と母から聞いた昔話を思い出した。もともと母の地元は刹幌で、大学進学のために北海道に来た父と知り会い、父が統郷で就職してからは遠距離恋愛を続けたという。


 その際に、連絡を取り会う手段として威力を発揮したのがインターネットだったらしい。毎日、テレビ電話で話をしたというから、今では想像もつかない環境だったのだ。


「実はうちの母さんさ、刹幌の……」


 そこまで言いかけた時だった。僕らのテーブルに、人影が近づいてきた。


            〈第八回に続く〉


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