第4話 日常生活に告白を

プレゼントの一件以来、金曜日の仕事帰りには

二人でよくカフェに通うようになっていた。

以前よりも話す回数は増え、自然と喋れるようになっていた。

次第に男子に対しても恐怖心が弱まり、今では普通に受付をこなしている。

図書委員を始めて五ヶ月が経つ中で彼女に対する印象が変わっていった。


季節は三月に入り、明日は先輩の卒業式だ。

加藤咲が学校卒業とあって周りは生徒も教員も盛り上がっていた。

学校のシンボル的存在がいなくなるのだから無理もない。

ただ、反対に彼女がいなくなれば、学校には何も残らないのかと

問いたくなる。

体育館で卒業式が執り行われた後、部活仲間の先輩後輩内で

感動の送別会が各部で繰り広げられていた。

帰宅部である俺には尊敬する先輩も溺愛する後輩もいないので

早々にその場を退散し、誰もいない図書館へと赴いた。


廊下は春の暖かさに包まれ、睡魔を誘っていた。

どうにかして睡魔の誘惑を逃れ、図書館の扉を開けると

目の前には彼女の姿が飛び込んできた。


彼女もまた、帰宅部の一員であるからしてあの場には

居ずらかったのであろう。

彼女は読書の最中だったのか、両手で本を開いている状態だった。

扉の音に驚いたのか、彼女は眼を見開いてこちらを見ていた。

「悪りぃ、邪魔した。」

詫びを入れて俺はいつものカウンターの指定席に座り、

持ってきた本を読み始めようとしていた。

図書館は卒業式とあって俺と彼女以外は誰もおらず、

読書をするのに持ってこいの状況だったがその静寂を打ち破るものがいた。

この状況下で打ち破ることのできる人物は

二人しかいないし、ましてや俺は沈黙を破ろうとは考えていない。


犯人は彼女だった。


「今日は卒業式だね。」

「あぁ、そうだな。」

沈黙の破り言葉はひどく悲しそうな声で始まった。

「私ね、小さい頃から学校の中でも家族の中でも

お姉ちゃんと比べられていたの。」

「そりゃたまったもんじゃねぇな。

あんなターミネーターみたいな人なんて誰も勝てるわけねぇよ。」

「ハハァ、お姉ちゃんがターミネーターって今まで誰も

そんなこと、言ったことないよ。」

彼女の笑い声は今にもかき消されそうなか細い声で笑っていた。

「だってそうだろう。あんな才色兼備の完璧人間なのに

人を見る目はとてつもなく冷たい人をターミネーターと言わず、

なんて言うんだ。」

「松下君はすごいね、お姉ちゃんの本性を見抜けるんだ。

家族でも私しか見抜いたことないのに。」

「まあ、普段ぼっちでいると他人のことを客観的に見ることが

できるようになるんだよ。」

「あたしと同じだね。私もぼっちだから…。

でもね、周りに松下君みたいにお姉ちゃんを見ている人はいなくて

皆、『お姉ちゃんは凄い』としか言わないの。

そしたら段々、私の存在に嫌悪感を抱く人が出てきたの。」

彼女の声は段々と低く、震えていった。

「今では両親もお姉ちゃんしか見てないし、そしたら

だんだんね、私って欠陥品なのかなって……。」

そこで彼女の言葉は途切れ、彼女を見ると顔を塞ぎ込んで

肩を落としていた。スカートには顔から落ちた水滴の跡がはっきりと見えた。

その姿は長年、自分の心中に押し留めていた本当の姿かもしれないかと思った。

そして俺にこうして打ち明けたことは今までの十数年間、

信頼できる友人がいなかったのだろう。

彼女の本音を聞いて彼女の闇の部分を知り、どうするべきかを考えた。

たぶん、ここで何を言っても彼女が抱えている根本的な問題にはならない。

俺には人一人救える力なんて持ち合わせてはいない。

それでもこうして彼女がこうして話してくれたことに対して

答えなければいけない使命感に駆られた。


「そうだな、お前は欠陥品だよ。」


酷く低いトーンで喋りだし、その言葉に対して彼女は

落とした彼女を更に落とし込んだ。そんな彼女を見ながら

俺は俺が一番嫌いな偽善的な言葉を口にした。

「だって世の中に完璧人間なんていやしねぇよ。

皆、欠陥品だ。俺だって英語は喋れないし、ましてや

料理なんてできない。お前のお姉ちゃんも中国語とか

全世界の言語を喋れるわけじゃない。

だからお前は欠陥品で俺も欠陥品だ。」


俺が今できる精一杯の言葉だった。

それからしばらく長い沈黙が続いた。

正直、長かったのかすらはっきりと覚えていないくらい

時間の感覚が狂っていた。

そして彼女は

「ありがとう…。」

その言葉を残して図書館から去っていった。



四月に入り、新しい委員を決める季節がやっていた。

誰かが手を挙げては誰も手を挙げない反対意見を

確認してはひたすら黒板に誰かの名前を書き連ねていく作業が行われていた。

一方、俺はいうと睡魔という大敵と戦い、惨敗を期していた。

その間にも各委員が着々と決まり、惨敗から立ち直る頃には

全ての各役員が決まっていた。

寝ぼけた目をこすりながら徐々にピントの合っていく視界の中で

黒板を見つめているとひとつの委員のところで目が止まった。

目を細めて改めて黒板を凝視するとそこには

『図書委員/松崎裕也・山田優香』

と書かれてあった。



彼女は4月には家族で県外に引っ越していたためにこの学校から転校していた。

おそらくは姉が主な原因なのだろう。

卒業式以来、彼女とは会っていなく、この事実を突きつけられたのは

高校3年の始業式のことだった。


彼女はこのことを知ってあの卒業式に告白したのだろう。



でも俺は彼女に対して何かしてやれたのか?

それだけが心の中に残った。

しかし、その答えは再び彼女に逢うまで一生分からないだろう。


気付くと天井からチャイムの音が聞こえた。

現在、金曜日の放課後になったところだ。

今までなら図書館へとその足は赴いていたが

今日からはまた帰宅部の一員としてまっすぐ家へと足は赴いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

にのまえ @sikazakura4563

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ