第3話 日常生活に変化を

学校も下校時間ギリギリだったのでとりあえず、

帰り道にあるカフェに移動した。

店内は客が一人とカウンター奥にマスターが立っているだけだった。

学校付近にあるカフェだが店が活気に満ち溢れていないのは単純に

目の前の道路を通る人が少ないことに原因があった。

扉から一番遠い奥の席に着くと俺は紅茶、彼女はコーヒーを頼んだ。

同い年でコーヒーを飲める彼女に対して劣等感を抱きながら

テーブルに置かれた紅茶を一口飲み、彼女が言葉を発するのを待った。

男性恐怖症でありながら男である俺を誘うのは勇気がいるようで

緊張しているのが目に見えて分かった。

五分くらい経っただろうか。

ようやく彼女は口を開き、いつもの様にしどろもどろになりながら喋った。

「あ、あのねぇ、松下君…。今日はお礼が言いたくて…。

い、委員の仕事じゃ、男子全員の受付を任せちゃって御免なさい。」

そう言うと鞄から紺一色の巾着袋に緑のリボンを結んだ

プレゼントのようなものを取り出した。

「た、たいした物じゃないけど、う、受け取って下さい。」

と両手を精一杯伸ばしてプレゼントを突きつけた。

はたから見たら彼女が精一杯手編みしたマフラーを彼氏に

渡している光景にしか見えなく、若干の恥ずかしさを覚えながらも

「たいした物じゃない物を受け取らせていただきます。

別に礼なんてよかったのに、ありがとな。」

悪戯交じりに言いながら彼女が差し出したプレゼントを受け取った。

受け取ったとき、中身は極薄の文庫本のように感じたが

中身を開けようとはせず、そのまま鞄の中に入れた。

ここで開けてしまってはただでさえ、緊張しているのに

更に気を遣わせてしまい、死んでしまう可能性があると考慮したからだ。

今後の交友関係に支障が出ても困る。


店を出て別れ際に彼女は

「これからも宜しくね。」

と一言だけ告げて去っていった。

その仕草に胸が一瞬高鳴り、「あぁ」としか返事をすることができなかった。

家に帰ると一目散に部屋の中に走っていった。

別段、プレゼントを期待していたわけではなく、

家族に見られるのが嫌だったのだ。

いわいる思春期特有のアレだ。


話は変わるが『アレ』とは便利なもので色々と使い道がある。

「主人がアレなもので」「アレを取ってきて」

などどんな場面にも使える万能薬だ。

日本人が一度は使う言葉と言っても過言ではない。

これからも是非、使わせて頂きます。


話を戻すが部屋に入ると鞄から文庫本と思っていたプレゼントを開けた。

実際に中身を見ると濃い深緑色の背景に様々な体勢をした

パンダが描かれているブックカバーだった。

そういえば、いつも図書館では何の保護もしていない

文庫本を読んでいたのでそのことがきっかけでブックカバーを選んだのだろう。

早速、読んでいる本に取り付け、閉じたり開いたりして

感触を確かめたがなかなかどうして違和感のない感触に感動を覚えた。


次の金曜日、

いつも通りに図書館で本を読んでいると

いつも通りの時間に彼女が扉を開け、

いつも通りに彼女御用達の指定席に座った。

ただ、いつもと違う点といえば

読んでいる本にブックカバーがついている点だけだった。

彼女はそのことに気付いたのか、かすかに笑い声が聞こえ、

俺は照れた顔を本で隠してそっぽ向いた。


それからはいつも通りに時間が過ぎ、

下校時間がきたので帰ろうと校門前を通過したときだった。

後ろから声を掛けられた気がしてふり返ると

そこには彼女がいて一言だけ

「使ってくれてありがとう。」

そう言って走り去っていった彼女の後姿はとても綺麗だった。

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