第2話 日常生活にスパイスを

図書館の仕事は月一回の集会とそれぞれの担当曜日に

図書館を管理する仕事で俺たちは毎週金曜日の担当になった。

担当日の放課後、変な噂を立てられて今後の学生生活に

支障をきたすのも嫌だったので彼女よりも早く図書館へと向かった。

この時期の廊下は秋の終わりとあって肌寒い空気が床を流れ、

そのおかげで歩く足先の感覚は鈍っていた。


図書館の扉を開けると四十人ほど座れる机に対して

生徒は十数人ばかしの殺風景な景色が現れた。

これから毎週金曜日の大切な時間をこんなところで

過ごさなければならないのかと憂鬱な気分になりながら

扉近くの貸し出しカウンターに設置された席に腰を下ろした。

実際に図書委員の仕事は貸し出しの受付と勤務時間に対して

仕事量は極端に少なく、暇を持て余すことは分かっていたので

座ると鞄から家から持ってきた文庫本を開いて読み始めた。

なんせ、図書館の本はどれもお堅いもので

面白くない本の収集率は百パーセントの確立だ。

森の中の木より家の中の木を探す方が手っ取り早い。

休み時間に読んで挟んでいた栞までページをめくると

現実世界から離れるために読書を始めた。

本の面白さはシナリオだけなので映画と違い、

想像だけでご都合主義の映像を思い浮かべることができるところだ。


飛び立ってから五分ほどすると突然、

翼をもがれた俺は現実世界へと引き戻された。

翼をもいだ犯人はどの辺にも居る目立たないモブキャラの様な

名もない生徒だった。本の貸し出しのため、俺を訪ねてきたらしい。

他の奴に頼めよ、と思ったがもう一人がまだ来ていないので

対応できる人が俺しかいなかった。

面倒くさいな、と心中でツイートすると貸し出しの手続きを行い、

終わると再び現実世界から離れた。

だが、またしても数分後、現実世界へと引き戻され、

何度も繰り返されるエンドレスワールドに心中でストレスが構築されていた。

今度の主はもう一人の図書委員だった。

何か申しわけそうな顔をこちらに向けていたがその原因が

貸し出しカウンターの入り口付近で座り、

彼女の行く道を妨害していた俺だと気付いた。

「悪りぃ」

と席を立ち、道を開けると彼女はお礼をして前を横切っていたが

その動きはぎこちなかった。

不自然な挙動に若干の疑問を浮かべていたが

しかし、前を通った時にできた風に漂って匂ってきた甘いラベンダーの香りに

一瞬、思考回路が停止して疑問は吹き飛んでしまった。


その後、読書を再開すると一人の男子生徒が本を借りるために

彼女の方へ向かっていた。

やはり受付は男より女がするべきという世間の定義がよく分かったが

彼女は対応にてんやわんやで話もしどろもどろだった。

簡単な受け答えだけなのだがその挙動ぶりに

彼女は男性恐怖所なのではないかと一つの答えが導かれた。

だからさっきのやりとりもあれほど、挙動不審だったのだ。

俺は仕方なしに対応を変わり、手続きを済ました。

対応後、かすかではあるが

「あ、ありがとう…」

その声と共に彼女が頭を下げていた。

俺の中で彼女はクラスで孤立しているぶん、

お礼をするようなキャラではないと思っていた。

何も分からなかった彼女の一面を見た俺は少し驚いた。

それから男子生徒の対応はすべて俺が引き受けるようになった。

別段、彼女のためというわけでなく、仕事が捗らないからだ。

その後、幾度となく、毎週の金曜日を図書館で過ごしていると

彼女のクラスでは見せない顔が徐々に解き明かされていった。


彼女はクラスではおとなしく、活発的ではないが

図書館では雑務や本の整理を積極的に行い、

女子限定ではあるが受付はしっかりとこなしていた。

一年の時は姉の影響で大人しいキャラが定着していたぶん、

今の彼女を見るとまるで別人だ。

世間でいうところの『人は見た目のよらない』だ。

彼女はまるで水を得た魚のように輝いていて遠目から見ると

何だが楽しそうだった。

ここでは『加藤桜の存在』を知るものは少なく、

彼女にとって憩いの場なのだと隣で見ていてそう感じた。


図書委員になって三ヶ月が経った金曜日の放課後、

今日の仕事も終えて帰ろうとしたとき、

彼女からいきなり、思いがけない言葉をかけられた。

「この後、予定ない?」

唐突ない質問に驚いたが別段、予定が白紙だった俺は

「特にない」

と会社説明会の質疑応答のとき、一番してはいけない

NGワードを口にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る