第一陣 戦闘開始のほら貝は、遥か北で鳴る

 江東こうとう区開放同盟による越中えっちゅうじま勝幡しょばた商業高校と有明ありあけ蟹江かにえ高校急襲――「江南こうなん完封戦かんぷうせん」。


 これまでは、平和へいわ版図はんとを広げて軍事力を防衛のためだけに使用してきた開放同盟だったが、いよいよ初めての侵略戦争を起こし、大勝利と呼んで遜色の無い結果を出した。


 すなわち、で敵、野戦陣の策敵能力を無力化。

 その間にスキューバダイビングで埋め立て地を囲む海へ潜り、両校傍から揚陸。

 そして開戦と共に手薄な本陣を百五十もの大群で一気に制圧し、両校生徒会長を強引に交渉のテーブルへ着かせたのだ。


 この戦争に至る前、解放同盟は二校に対して再三にわたり、代表自ら同盟への参加を促していた。

 その条件は公平で、二校にとっては損なく益高いものだったのだが、いずこからか「開放同盟への参加は従属校としてこき使われる」などと事実無根のデマが広まり、両校はかたくなに同盟参加を拒むようになっていたのだ。


 校境付近では小競り合いが日に日に激化し、近隣住民への被害も増大していった。

 そこで、お互いの消耗が外敵の侵攻を容易にする前にと、解放同盟は強硬手段に打って出たのだ。


 ……おさである、織田おだ花音かのんの意向に耳をふさぎ、泣き顔に目をつぶりながら。いやむしろ、さんざん悪口を言って大泣きさせながら。


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 「江南完封戦」から二週間を経て現在、四月二十日。

 墨田すみだ区――今川領の中を逃げる男女の姿があった。


 髪はバサバサで制服もだらしなく着込んだ、野犬といった風情の男子は怒りマークを顔中に張り付けて。

 真っ赤なストレートヘアを腰まで伸ばした女子の方はふくれっ面で。


 墨田区の北の端から南を目指しつつ、冗談を交えながらも途切れることの無い口げんかを延々と続け、駆け抜けている。


 江東区、東陽町とうようちょう駅のすぐ北に立つ清洲きよす高校。

 その白と若草色の調和が眩しいセーラー服に身を包んだ花音は、敵の陸上部員をも易々と引き離すほどの速さで走る佐久間さくま郁袮あやねに肩車され、あわあわと目を回しつつも左手を置いた頭に向かって文句を言い続けていた。


「っというわけで、来るのが遅いって話しよ。わかった?」

「分かるわけあるかーーーー! 毎度毎度敵さんのど真ん中に出現しやがって! 回収する身にもなれ!」

「なによう! じゃあ郁袮は、おばあちゃんが風呂敷いっぱいのキャベツを抱えてふうふう言ってたらどうするのよ!」

「いまさらバストアップしてどうする気か問いただす! てか、目先の親切でどれだけの不幸をまき散らす気だ! 今頃本陣は大騒ぎになってるぞ!」


 横道から、建物の上から、あらゆるところから迫り来るゴム製の矢をかいくぐり、二人は走る。

 いや、男子の方は走り、女子の方は「やっぱりキャベツって効くのかな?」などと考えながら右手でちょっとだけ平均に足りない胸を撫でている。


 そんな二人が今いるのは墨田区内、つまり敵領土。

 しかもその最奥部、南西に東京スカイツリーがそびえ立つ、曳舟ひきふね駅前の小さな商店街だ。


 なぜ敵領に二人がいるかというと、くだんのおばあさんの目的地が今川領だったからとしか説明のしようも無い。


 どういうわけか、「親切」を発動すると敵味方問わず誰の目にも見えなくなり、決まって敵領のど真ん中に出現する赤髪の少女――江東区解放同盟代表・清洲高校生徒会長で二年生の織田花音と、その親衛隊長を二週間前に言い渡された一年生の佐久間さくま郁袮あやねは今川領の最北端で合流すると、近隣高校からごまんと迫った追っ手から大慌てで逃げ出したのだ。


「世界中のおばあちゃんは、みんなあたしのおばあちゃん! 親切にして当然!」

「昨日は迷子の子の手を引いてあたしの子供って言い出したからドン引きした!」

「あたしが出合った人は、み~んな家族なんだよ? ……うえ……なんか酔ってきた。ゆっくり走って! 揺すられすぎで吐きそう! きらきら~ってやつ、出る!」

「ぎゃーぎゃーうるせえぞ厄病やくびょう女神がみっ! 俺の頭上にもんじゃ焼き展開しやがったら荒川にぶち込んでやるからな!」

「うぷ…………。つ、月島つきしままで落ち延びたらごまかせると思うから、隅田川の方に投げ入れてください……」

「月島? なんでそんなとこ……あ。月島名物だったっけ。なにお前、ほんとにもんじゃなの? 今、どの辺?」

「……砲塔、下方へ八十五度修正。セーフティーロック、一番から五番まで解除」

「ぎゃー! この体勢じゃ全弾当たる! 我慢して! 今しばらくのご辛抱を!」


 丸く大きく鋭い、まるで獣のような目つきの郁袮は、その精悍な顔を右へ左へと傾け、世界でも五指に数えることが出来る悲劇を回避しようと必死になった。

 が、左手で彼の頭を支えにしている蛇口の方は、ちょっと遅れてターゲットをオートホーミングしていく。


 ぶかぶかな黒縁メガネの奥、ちょっと垂れぎみながらパッチリとした瞳に涙をたぷたぷに溜めつつ「何か」と戦い続ける花音は、燃えるようにきらめく赤い髪をなびかせながら、ほっぺたをぱんぱんに膨らませていた。


 ……そんな一「区」の主とその馬に迫る敵は、次第に厚みと質を増していくのだった。


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 少子化により生徒数が激減した教育機関は、予期せぬ事態に見舞われた。


 生徒数が少ないことにより、生徒間の関係が浅く慣れ合いになっていき、そのため学校教育で自然と身につくはずの競争意識、独立心というものが育ちにくくなったのである。


 ゆとりを超えた「なれあい世代」と呼ばれる新社会人が世に溢れ、GNI(国民総所得)が激減したことを懸念した東京都は、条例によりこの粗悪な環境へとメスを入れた。


 その条例の名は、「学校間抗争システム」。


 東京二十三区に建つすべての高校を東京都立として義務教育化、近隣校との学業運動文化活動による戦いを強要し、地域住民によるバックアップと高校への明確な納税とを課したこの条例は、最初の一年間は愛校心、競争心、そして自立をはぐくむ素晴らしい効果を生みだした。


 だが、学校の運営権利を教師から学生へと移した上に地元校への応援をヒートアップさせたため、地域と学校とが必要以上に結びつき、二年目には他校生徒へサービスを悪くする商店街が生まれ、他区の生徒が入ったら無条件で暴力をふるう地域などが現れ始めた。


 学校組織、つまり生徒会を長とする支配体制が地域に浸透し、地域の境界線が生まれ、領土争いによる学生間のいざこざが発生するようになっても、それこそ思惑通りと言わんばかりに東京都はこれを加速化する条例を追加制定していくばかりだった。


 そして三年目、ついに「考課こうか測定そくてい」――相手高校の占領を目的とした武力闘争に関する条例が制定され、本格的な群雄割拠の時代へと突入していくことになったのだ。


 それから七年。

 東京都は疲労と猜疑さいぎしん混沌こんとんとに包まれた、笑顔と希望の無い、冷たい土地と化していた。


 だから誰しも、自らの野望を抱きながらも、心の底で求めていたのだ。


 この世界を救ってくれる、救世主の登場を。


 ……たとえそれが、人類史上初めて、「天気の種類の一つ」と気象庁に認定された赤髪メガネであったとしても。


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 所変わって江東区北方。亀戸天神社かめいどてんじんしゃの境内という心安らぐ地に、似つかわしくない剣呑けんのんな空気をまとった屈強な男女がひしめき合っていた。


 松平まつだいら亜寿沙あずさ主宰しゅさいとする岡崎おかざき高校、刈谷かりや学院大学刈谷高校、作手つくで商業高校の江北こうほく三校と呼ばれる勢力はこの地に野営本陣を構え、南西、一キロほど離れた錦糸きんし公園に陣取る墨田区八校との「考課測定」に備えていたのだが、大量に動員された都の職員や安全管理のために配備された警察官、自衛隊員、すべての関係者の頭に怒りマークを張り付けてあまりある珍事……、いや、この界隈にはかなり浸透してきた出来事のせいで、明らかに気勢を削がれていた。


 江北三校と共闘という名目で都に考課測定への参加を表明した江東区解放同盟は、その代表の単騎駆け、もとい、単騎逃げにより、想定されていた戦闘地域を三キロほど北にずらしてしまったのである。


 今も江北本陣周辺にいる都の職員が十人ほど携帯電話に怒鳴り声を叩きつけ、その半分以上が慌てて墨田区側へ向かって走り出す姿を見て取れる。

 そんな彼らの背を見送りつつ深く嘆息した人物が、本陣中央に置かれたパイプ椅子から音も無く立ち上がった。


「またあの人ですか。仕方ないですね、必要最低限の兵を残し、撤収します」


 岡崎高校のスタンダードな紺のセーラー服にゆるふわなセミロングが映える、江北三校主宰にして岡崎高校生徒会長、二年生の松平亜寿沙が告げると、すぐ傍に控えていた高校生にしては随分と色気を放つ女性が、グロスの弾ける音と共に唇を開き、前髪に隠れた右の目を主に向けつつ確認を取った。


「好機、と、見えなくも無いけどね。いいの、退いて?」

「もともと、今日の考課測定は意味の無いものですし。酒井さかい先輩は陣払いの指揮をお願いします。区境の守備には石川君を当たらせましょう」

「彼、今日こそ亜寿沙に良いとこ見せるんだって張り切ってたのに。残念」

「いえ、この混乱の中、しっかり領地を守ってくれたら評価してあげますよ?」


 色恋の欠片かけらもない返事にやれやれと肩をすくめた刈谷かりや学院大学刈谷高校生徒会幹事、三年生の酒井さかい麻紀那まきなは、からし色のブレザーから襟付きのベストを覗かせながら近習きんじゅに向かって手をかざし、無言のままに本陣の撤営を命じた。


 亜寿沙は本陣の隅の方に腰掛けたままの二人組に目を向け、麻紀那に問いかける。


「この事態、彼らは情報を掴んでいないのでしょうか」


 麻紀那は、慌しく作業する皆を見張りつつ振り向かずに返事をした。


「そう見えるだけよ。あの二人にはちゃんと分かっているみたいよ。小声で何か話してるし」

「……まさか江北の事情にも、気付いているのでしょうか」

「さあ? でも、明日には分かることだし、隠さなくてもいいんじゃない?」

「織田代表には、ちゃんと自分の口から言おうと思っていたのです。……それも、叶わないことになるかもしれませんが」


 亜寿沙は、常に寂しさを湛えた顔をいつにも増して曇らせながら、スカートの裾を軽く握りしめた。


「……そう。まあ、これも乱世らんせならわしと思って我慢なさい」


 そう言いつつ離れていく麻紀那の栗毛に目を送り、亜寿沙は小さな手を胸の前で握りしめながら、一人呟いた。


「織田……、花音、さん」


 自分には想像もつかないほど大きな理想を掲げる盟友の名を呼び、遥か北に目線を送る。


 いや、もはやこの言葉は間違いだ。亜寿沙にとって花音は既に、盟友「だった」女性になることが決まっていたのだ。


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「おい木下きのした。気付いているか?」

「当然ですわ。さすが江東こうとうしに女神がみ、よくもまあほんの一呼吸で、おもむきの無い大人達を、臆病なわらべ達を、このように狼狽ろうばいへとなさしめますこと」


 江北こうほく本陣の隅っこで、都の職員や松平亜寿沙の目もはばからず、とは言えからかっている様子でもなく飄々ひょうひょうと言ってのけるのは、清洲きよす高校生徒会庶務、一年生の木下きのした霞蒲羅かふら


 入学早々生徒会に召抱えられた彼女は、国内有数の家具メーカー、その社長令嬢である。


 風貌はイタリア人の母親に酷似しており、青い瞳に真っ白な肌、胸まで伸ばした透き通るように輝く金髪は、ちょっと巻きを強めにかけたグランジロングで、後ろ髪をハーフアップにしている。


 籐の揺り椅子など戦場に持ち込み、金糸でさりげなく刺繍された真っ白な日傘に肌を守られつつ呑気に文庫本のページをめくると、


丹羽にわ氏。此方こなたは、お紅茶を所望いたしますわ」


 十五歳にしては驚くほど大人びた、少し鼻にかかった声で、そう命じた。


「そういうのは織田に頼め、ばかもの」


 その隣で外部バッテリーのケーブルを繋げっ放しにしたスマートフォンをぽつり、またぽつりと操作して、霞蒲羅かふらと目も合わせず喋る男は二年生の丹羽にわ樹雄たてお


 生徒会書記にして剣道部副部長の彼は、いつもの無表情なへの字口から出る低く深みのある声で、後輩のわがままをたしなめた。


 だが、少し色素が欠け、グレーとも青ともつかない不思議な色合いの長髪を揺らしながらブレザーのポケットに携帯を押し込むと、パイプイスの横に置いた手提げ袋から銀の水筒と紙コップを取り出した。


「じきに滝川から連絡が来るだろう。そうしたら、木下は軍を率いてやつの指示に従え。私は帰る」


 水筒の蓋を開け、中身を紙コップに半分ほど注いで霞蒲羅の方へ突き出すと、高飛車な後輩は目を丸くした後、優しく微笑んだ。


彼方あなたはコーヒー党と記憶しておりますが」

「この間、分けてやったら眉根をしかめていただろうに」

「あれは香りがきついので。無粋ぶすいを湯で割ったかのようで此方こなたの趣向にならいません」


 霞蒲羅は紙コップを受け取ると、香りを楽しんでから少しだけ口を付けた。


「そんな大層なこだわりを押し付けられても困る。ただのティーバッグ物だ。文句は受け付けていないぞ」


 樹雄は蓋に紅茶を取り分けて口をつけ、そして先日の霞蒲羅と同じような表情を浮かべた。


「文句など、とんでもない。此方の趣味を尊重して下さったのでしょう。なかなか出来ることではありません。褒めて差し上げます」

「いらん。これを褒められたら立つ瀬が無い。とんでもないものができたものだ」


 樹雄はしかめた眉根のまま一気にコップを空けると、蓋をきつめに締めながら、


「長く浸けていればいいというものではないのだな、渋くて敵わん。木下も捨ててよいぞ」


 そう言うと、霞蒲羅はころころと笑い始め、


「お食事、お茶、如何様いかようなものでも先に立つのは心根こころね。本日のお茶は格別ですわ」


 再び紙コップに口を付けると、その味に満足といった風情でほっと息をついた。

 そして、


彼方あなたがおモテになる理由、非常によく分かります」


 などと言いつつ、不機嫌顔になった樹雄を横目で見つめた。


「私がモテる? 何をバカな。滝川たきがわでもあるまいし」

徐珠亜ジョシュアさんは確かに人気がありますが……DDですので。心配りと艶姿あですがたに華がある男子といえば、誰しも彼方の名を上げるでしょう。しかし、当の本人は女嫌いでいらっしゃる」

「別に嫌ってはいない。だが、女との付き合いは面倒極まりないとは思っている。良くない発言とは思うが」

「とんでもない! 是が非でもそのままで! このまま健全に進化を続け、高純度のノンケ攻めを目指してくださいませ!」

「……またそれか。木下、お前の言っている言葉がたまに理解できないことがあるのだが。私はバカにされているのか?」

「いいえ、これは褒め言葉。もしそうなった場合、徐珠亜さんをオラオラ受けとして任命する所存! どうぞめちゃくちゃになさってくださいまし!」


 自分にはまったく理解のできない霞蒲羅の病気。

 これが始まると何を言っても無駄ということを副官にしてからの二週間でいやというほど思い知らされた樹雄は、ため息をつきながら水筒を紙袋へ戻し、代わりにゲーム機を取り出して電源を入れた。


 霞蒲羅は満面で陶酔しつつ両手を組んで何かを妄想し、最後には立ち上がって手を広げ、


「嗚呼! なんという桃源郷! 此方こなたはそこに咲く、一輪の椿つばきの花になりたい!」


 江北本陣にいるすべての者が驚いて注視するほどの大声を上げ、自分の体を抱きしめながらプルプルと震え続けるのだった。


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 江北軍の混乱も相当なものなのだが、墨田陣営側はそんな比ではない。

 先ほどからひっきりなしに報告される情報と、各部隊へ出される指示とが幾重いくえにも折り重なり、一見、誰にも正確な状況が理解できていないようにすら見える。


 だがその中心、パイプイスに座る、金髪を逆立てて真っ黒なパンクファッションに身を包んだ女性だけは仔細まですべてを把握しながら報告を聞いていた。


「駄目です! 西への誘導失敗しました!」

東武とうぶ橋を封鎖しろ! きた十間じっけんがわを突破されたら一気に逃げられるぞ!」

「そうだ! 通行止めにしても構わん! 近くの兵を全部回せ!」

「どうした? 奴等の姿が見えないとはどういうことだ?」

「なに! 小梅こうめ橋から抜けられただと? 太原たいげんさん!」


 新米の通信兵が金髪の女性に指示を仰ぐと、他の者も一斉に彼女を見た。


 周りの様子と温度感がまるで異なる金髪の女性――府中ふちゅう高校生徒会副会長、三年生の太原たいげんまいは、編みタイツの足を組み替え、厚底のブーツをゆらゆらとさせながら指示を出した。


「三ツ目通りの守備兵力をすべて蔵前橋くらまえばし通りへ南下させろ。さっきまでと同じだ、スリーマンセルを二十メートルおきに三つ並べて南へのルートをすべて封鎖しろ。追い立て部隊の隊長は瀬名せなだったな。ヤツには、頑張って馬のケツにかじり付いてみせろと伝えておけ」


 通信兵たちは一斉に返事をすると、慌てて防衛線の再構築を始めた。

 その様子に鼻を鳴らしながら立ち上がった舞は、本部の隅に仁王立ちする、長髪を金に染めた大男の元へ近付いた。


「…………どう、だ」

「江東の貧乏びんぼう女神がみが手に入れた馬は大したもんだよ。下手に動くと瞬間的に薄くなった場所を抜かれる。まさか気配を読めるとかそういうのじゃあ無いだろうから、よっぽどの戦術眼を持っているんだろうねえ」

「…………ここで奴を押さえれば、戦いが、一つ減る。…………頼むぞ、舞」


 府中高校生徒会長、墨田八校の実質的な頂点に立つ今川いまがわ勇兵ゆうへいは、舞を見下ろしつつ、その肩を優しく叩いた。


 舞は、百六十五センチの身長にプラスして十センチの厚底ブーツを履いている。 だが、そんな彼女も百九十五センチもの勇兵の隣に立つと、彼を見上げることになるのだ。


 真っ黒な革のボンテージにタイトミニといういでたちの舞と並んだ勇兵は、長袖のワイシャツを下から二つだけボタンで止め、赤茶けた片胸用のブレストプレートをその内側に覗かせている。


 そんな勇兵に、肩に手を添えられて不器用な笑いを浮かべた舞は、


「まあ、敵が優秀だからこそ逆に打てる手もあるんだ。空城くうじょうって、分かるだろ? 必ずここで捕らえるから、安心しろ」


 そう言いながら、慣れていない様子で勇兵の手を払うと、


「アンタはこの錦糸きんし公園の北の方で隠れていてくれ。松平の助勢に来ていた丹羽の軍が姫様を迎えに来るとしたら、アタイらが引き払うここだ。滝川は、相手の裏をかくことが好きな奴だからな」

「…………それを、潰せば…………いいのか?」

「アタイが連絡するまで待っててくれ。タイミングが重要なんだ。ま、その前にこっちで捕まえりゃ済むんだけどな」


 舞が少し離れた地べたに座る四人に手を振ると、彼らはやれやれと立ち上がりながらかたわらへ置いた機材を担ぎ出した。

 その様子を見つつ、勇兵は舞に語りかける。


「解放同盟は…………、代表の織田は、身体障害者を領区外に追放するという政策を採っていると聞く…………。そんなやからに、二十三区を取らせるわけには、いかん」

「どうだろうねえ、その話し。アタイには眉唾なんだが。とは言え江北を墨田にけしかけたのは間違いなく解放同盟の滝川だ。その恨みはある。ここでヤツラを潰すぞ」


 そう、そのせいで、要らない事態が起きたのだ。

 何度も戦ううち、まさか勇兵さんが江北の大将――松平亜寿沙を気に入ることになるなんて。


「…………気を、付けるんだ。お前は家族だからな。傷ついて欲しく…………ない」


 これを聞いた舞は、真っ赤になりながら勇兵を見上げ、


「ばっ、ばかやろう! 何度も言ってるじゃねえか! アタイはアンタの家族になった覚えはねえ!」


 赤茶のブレストアーマーを殴りつけつつ、素直じゃない自分を心の中でののしった。


「…………やつの言霊スキルに、気を…………付けろ。あれは…………、舞の、天敵だ」


 だが、勇兵はどこまでも優しく言葉をかけて来る。

 舞は危うくその暖かさに溺れてしまいそうになったが、軽くかぶりを振ってなんとか思いとどまった。


 自分が彼にしてきたことを、自分が彼にしてもらったことを考えれば、これ以上甘える訳にはいかない。

 対等にならなければ。いや、自分が彼より強くなるんだ。


 大切な者と言ってくれる。家族と呼んでくれる。今は、それだけでいい。


 そんな気持ちを誤魔化すために、舞はいつもと同じ、勝気な笑みを浮かべた。

 そしてやれやれと大仰にあきれるポーズをとりながら、


「知らねえのか、勇兵。あれはスキルじゃねえんだぜ。あれはただの……」


 続く言葉に、勇兵は珍しく感情をあらわにした。


「…………ばか、な」


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 花音を担いで逃げ始めた時から、郁袮はその異常に気付いていた。 


 小学校一年生の夏から四年間、山の中で凶暴な獣と戦い続けてきた郁袮にとって、知恵も使わず殺気き出しで襲ってくる敵兵の気配を感知して逃げおおせることなど造作ぞうさも無いことだ。


 だが、墨田の兵は静かに、しかし確実に進路を封鎖してくる。


「さすが、墨田の黒衣こくい宰相さいしょう。やばいぞ、これ」


 郁袮は近隣から伝わってくる敵の気配が退いていくのを感じたが、同時に、南方五百メートルほど先をびっしりと塞がれた様子も感知していた。


 その静かな恐怖、初めて「人知じんち」と戦うことの恐ろしさに負け、さっきから何かをずっと喋り続ける能天気に相談してみることにした。


「南は無理だ! ここから東に抜けて江北領に逃げ込んでもいいか?」

「だからね、白馬に乗った王子様がいつか交際を申し込んでくるのよ! もちろん年上の!」

「てめえ、シラスとかヒジキとか、緊張感を含有してる物ちょっとは食え! あと、現実を見ろお花畑女。世界に残ってる王国は二十個くらいしかねえんだぞ? 形式的に王家が残ってるとこもあるけど。王子なんてジョブ、何人もいねえ」

「まじで? じゃあ、騎士の隊長様とかでもいいや。でも白馬は必須!」


 半目になりつつ、相談相手を間違えた俺が悪うございましたと心で反省して、郁袮は散発的に降り注ぐ矢を避けつつ、勝手に東へと進路を取った。


 北に墨田区、南に江東区。

 これらはほぼ東西に区境を持っているが、区境の東、二分の一ほどが北へ突出している。

 この地域に三つの高校があり、これらは江東区解放同盟に属しておらず、「江北三校」と呼ばれる独立した勢力だ。


 南へのルートが遮断された今、墨田区への共闘関係にある江北領へ逃げ、そこを通らせてもらうのが安全だろう。


「騎士ってクラスも、今は相当少ないと思うけどね……。なあ花音、お前の騎士になるって誓った男じゃ駄目なのか?」

「なにそれ? ああ、郁袮のこと? だってあんた年下だし、それに騎士って言うよりは、あたしの馬じゃん」

「失礼な! はあ~。俺はなんでこんな女に一生仕えるとか誓っちまったんだ」


 見晴らしの良い十字路にさしかかると、左右からゴム矢が襲い掛かってきた。

 腕の良い射手によるものだったのだろう、一本は郁袮のスラックスをかすめ、一本は花音のなびく後ろ髪を躍らせた。


「そんなこと言いながらも律儀りちぎよね~。一度こくったからって好きでい続けてくれるなんて」

「違いますー。四六時中一緒にいるからよく分かった。俺がちゃんと責任取る」

「なにそれ? あたしのこと、どんどん好きになってくってやつ?」

「日に日にだいっ嫌いになってくんだよ! ドヤ顔で覗き込むな! 髪の毛で前が見えん! 俺にしとけって言ってるのは、お前みたいに厄介な女、好きになってくれる男なんて一生現れねえって意味だよ」

「失礼ね! だったらまず、頑張って牛乳飲んで年上になってみせなさいよ!」

「お前の頭はノーベル牛乳賞だったのか? 牛乳に時空を超越する効果が発見されたら世界中の科学者達がショックで一斉にハゲるわ! ……っと、次、左に注意しろ。結構敵がいる」


 そんな口げんかをしながらも、郁袮は敵の気配を察知していた。

 そして伏兵を感知した交差点へとスピードを上げて突入する。


 花音も真剣な表情に変え、左に顔を向けて身構えた。

 もともと素直な花音だが、こと、敵の察知については郁袮に全幅の信頼を寄せているのだ。


 だがどれだけ敵の位置を察知出来ようとも、彼らの放った矢が当たる時は当たる。

 郁袮の警告も空しく、その頭上からごつんと鈍い音が聞こえた。


 ……矢の先端はゴム製ながら、当たり所によっては昏倒こんとうすることもある。

 膂力りょりょくのある射手が放った矢は、ボクサーのパンチ並みの破壊力を持つ。


 その矢が、花音に直撃した。


 今回は当たり所が良かったのだろう、せいぜい「すっごく痛い!」という程度で済んだため、バランスを崩しつつも花音は落馬をまぬかれてなんとか踏みとどまった。


「大丈夫か! 花音!」


 だが頭の痛みではなく、信頼を裏切られた胸の痛みの方が花音にとっては重要だったようで、未だにガンガンと痛むをさすりながらふくれっつらと共に呟いた。


「……右から撃たれた」

「そのよう、ですね」

「左って言うから左向いてたのに!」

「知らねえよ! こんな敵のど真ん中で決まった方からだけ撃たれるわけあるか! これに懲りたら、後先考えずに誰彼構わず親切にするんじゃねえぞ!」

「……やだ」

「だったら文句言うな! 自分のせいでこんなことになってるんだろうが!」

「左から来るって言ったもん。……言ったもん」

「何を子供みてえな……、待て。なんだその鼻声。泣くなよ? こんなとこで、止めてくれ」

「なが……だいもん」


 いままで日の光が暑いくらいに射していた頭上が、薄い雲にかげり始めた。


 花音かのんが泣くと敵の気配を探りにくくなる上に、走るどころかまともに歩くことすら困難になる。

 つまり、郁袮あやねの持ち味を根こそぎ奪ってしまうのだ。


 さすがに慌てた郁袮は、ちょっと優しい口調に変えながら機嫌を取り始めた。


「俺が悪かったから。ほら、今度は右に見える立体駐車場の上に矢をつがえてる奴がいる。あれに集中してれば平気だから。な?」


 泣きそうな時に優しくされると、もっと泣きそうになってしまう。

 あと一つショックを与えるだけで、爆発することだろう。


 鼻をすすりながら郁袮が指差す右上に顔を向けた花音の後頭部に、その最後のショックが鈍い音を立てて命中した。


 直撃した矢は赤髪を束で引きちぎりつつ、花音のメガネを鼻先までずり下げた。

 郁袮は慌てて花音が落馬しそうになるのを支えてあげながら一度立ち止まり、


「他には敵さんいないから! 泣くんじゃねえ!」

「ふぇぇ」

「俺はリアリストだと言ってるだろ! 頼むからぽんぽん超常現象引き起こすな!」


 先ほどからかげり始めた地上は、今や真っ暗と呼んでいいほどに光が届いておらず光センサー付きの街灯までともり始めた。

 恐る恐る空を見上げた郁袮の目に、この地から光を奪った者の正体が映る。


 ……いつもの奴だった。


 そこには、赤い目が無数に開きそうなほど禍々しい雲が浮かんでいた。


「これはただの偶然だ。俺は信じないぞ。そう、ゲリラ豪雨の一種なんだ。だから絶対泣くんじゃねえぞ、花音!」

「うぅ……、ぐすっ」


 垂れ目に涙をたぷたぷに溜めた花音は、決壊直前でぎりぎり踏みとどまった。

 自分が泣けば、郁袮に迷惑がかかる。その想いで、なんとか耐えた。


 たった二週間の付き合いだがその関係は非常に濃密で、彼には何度も助けてもらっていた。

 自分を好きだと言ってくれる、その想いに応えてあげることはできないけど、この大切な後輩に迷惑をかけてはいけない。

 他には敵がいないと彼が言うならそうなのだろう。きっと平気なのだろう。


 花音がそう考えて、ようやく呼吸が落ち着いた瞬間、すっかり忘れていた駐車場の上の弓兵が放った矢におでこを撃ちぬかれて、落馬した。


「……俺は認めんぞ。ただの偶然だ」


 そう自分に言い聞かせながら振り向いた郁袮の鼻にぽつりと雫が落ちた。

 そして彼の見つめる先、猫のパンツを丸出しにした花音が大きく口を開けた瞬間、


 どざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 雨、という単語が形容詞だった場合、その表現では足りない。

 まるで瀑布ばくふの真下に立っているような打撃に膝をかがめつつ耐え、おそらく大声で泣いているであろう花音を肩に担いだ。


 雨女なんて、認めない。

 そう、こいつが泣くたびに雨が降るなんてただの偶然だ。


 それが、出会ってから二週間の間にたったの三十回続いただけだ。


 これも、ただの三十一回目。


 リアリストである郁袮は、自分に言い聞かせた。

 そして射撃を無効化した反面、捕縛の危険が増したこの状況をどうしたものかと頭を痛めながら、よろよろと歩き始めるのだった。


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 猿江さるえ恩賜おんし公園。

 東西にわたる江東区と墨田区との区境、その中央付近に位置するこの公園は江東区解放同盟が墨田区に対して陣を敷く場合、必ず前線司令部が置かれる要衝だ。


 現在、三百人の兵がここに入り、江北と墨田との動向を探っていた。


「報告!」


 その陣の中央後方。

 通信兵を見下ろしながらアウトドアチェアへ優雅に腰掛けている江東区解放同盟軍司令官、滝川たきがわ徐珠亜ジョシュアへ、はっと目を引くような美少女が快活な声をかけた。


「今川軍、墨田区内に退いた模様! これに合わせて松平軍も退却の準備を進めています!」

「ありゃ? 何かあったのかな。もうちょっと理由を探るように皆に伝えといてね。あと史菜ふみなちゃんのネイル、今日も可愛いね~」

「あ、ありがと滝川君……、じゃなかった! 了解です司令官!」


 通信士の二年生は真っ赤になりながらお辞儀をして小走りに去り、周りの同僚から肘で小突かれている。

 そんな皆に手を振りつつ、同級生に敬語を使われるのも面映おもはゆいものだなと座り慣れない指令官用の野戦椅子から立ち上がった徐珠亜は、不意に横からマスクのせいでくぐもった声をかけられた。


「職権濫用にも程がある。通信兵を可愛い子ばっかりに変えやがって」


 芝生を踏みしめる音を立てつつ男勝りな口調で近寄ってきた女性は、清洲高校生徒会幹事、三年生の佐久間さくま愛団ちかまる

 郁袮あやねの姉である。


 可愛らしさと活動的な爽やかさとで有名な清洲高校のセーラー服も、その長い裾が愛団の足元を隠してしまうと物騒なヤンキーにしか見えなくなるから不思議だ。

 逆に上着はやたらと短く、しっかり覗き見ることが出来る愛団のおなかにはサスペンダー代わりのチェーンベルトが張り付き、右手に木刀、口にはカラスマスク、真っ黒な長髪も相まって、昭和のスケバンとしか言いようの無いいでたちで徐珠亜の横に並んだ。


 百七十センチの長身にすらりとした体、そのくせ胸はセーラー服を押し上げるほどという抜群のプロポーションを持つものの、この異様が先に目を奪い、スタイルを話題にされることはあまり無い。

 そんな彼女が来ただけで、今までの暢気のんきな雰囲気が一気に引き締まり、もはや徐珠亜たちの方へ目を向けようと思う者は一人もいなくなった。


 だが解放同盟の「歩く規律」の風格に当てられることもなく、徐珠亜は気楽な口調で彼女に話しかける。


「なんてったって、本陣が一番安全だからね~。こんな時代だからって、顔に傷でも付いたら可愛そうじゃない?」


 清洲高校生徒会副会長、二年生の滝川徐珠亜は、この四月から解放同盟全軍を預かる司令官となった。


 本来、彼の持ち味はバランス感覚の良い戦略眼なので参謀や軍師の方が向いているのだが、他に適当な役員がいないために司令官へ抜擢されたのだ。

 とは言え、解放同盟は校数のわりに兵員数が少ないため、軍師と司令官とを同時にこなしても日課のナンパには支障をきたしていない。


 筋肉が薄く乗った細身な徐珠亜は百六十八センチ。

 グレーアッシュにしたちょっと長めのスイングショートのボリュームのせいで、もう三センチは高い印象がある。

 ノルウェーに帰化した元日本人の母と日本に帰化した元ロシア人の父とのハーフという、一発では絶対に覚えられない特殊な生まれのこの男は、甘いマスクに甘い声、派手な服装に装飾品、調子のいい話題と自然なボディータッチが見事な、そう、一言で言うと、


「……だからお前は、柴田しばたに「ちゃら男」とか呼ばれるんだ」

「ごめん、ちかちゃん。その名前を出すときは、もちっと小声で頼むよ」


 一言で言うと、それである。


「しかし、ネイルか。滝川はマメな上によく気が付く。女性的な思考回路なのだな」

「そうなのかな? まあ、結構話しの展開も変わるほうだし、女の子と喋ってる方が波長も合う気がするけど」

「アレと喋る時もか?」


 愛団ちかまるは、肩に担いだ木刀の先を背後に向けた。

 その先には江東区解放同盟の代表とSP、後は親衛隊長という名の馬しかいない。


「かのんちゃんと喋ると、頭が疲れる。会話がキャッチボールにならないんだもん。あれじゃただのボール拾いだ」

「アレこそ、理想と空想が脳直のうちょくでだだ漏れる、女性思考の究極系だ。アレと会話できて、初めて一人前の女性思考と言えるだろう」

「理想と空想ねえ。そんなんでいいのかね、今や一万人近い高校生を束ねる代表が」


 徐珠亜が細い線の顎先で後ろをくいっと指し示すと、愛団はゆっくりと頷き、


「アレは、アレで良いんだ。アレが巨大な理想を掲げてくれるおかげで、我らも戦いに張りが出る。アレは、アレで良い」

「……それっぽいこと言ってるけど、かのんちゃんなら何でもいいんだろ?」


 この指摘に、愛団は目を細めて遠くを見つめながら、


「あんなに可愛いのだ。あれこそ正義。いやもはや、すべての正義を駆逐くちくすることができる唯一無二の正義だろう」

「正義を駆逐しちゃだめだろ」


 徐珠亜は笑いながら愛団をたしなめたが、それにしてももう少し花音に厳しくして欲しい。


「勘弁してくれよ。みんながそうやって甘やかすから、あいつは調子に乗ってふらふら消えるんじゃないか。この間、百人の敵のど真ん中に出現した時はさすがにもう駄目だと思った。なんだよあれ、へったくそなミスターXか」


 スコットランドヤードを知らない愛団が眉根を寄せた姿を横目に見ながら、徐珠亜は本陣の一番奥に設置された総大将用の安いパイプイスへと体を向けた。

 そこには、あまりに酷い病気への対策に、四人から十人にまで増やしたSP……平たく言うと、壁代わりの見張りが隙間も空けずに立ち並んでいる。


「まあ、さすがにあれをすり抜けたらたいしたもんだ」


 愛団も徐珠亜にならって振り返り、そして二人は、屈強な十人に囲まれた空っぽの席に、今やっと気付いた。


「「イリュージョン!」」


 徐珠亜と愛団は同時に叫ぶと、北の空を見上げた。

 そこには、いつも見慣れた禍々しい色の雲が物理的にありえないほどの雨を叩き落しながら脈動していた。


「つ、通信兵! いや、俺の方が早いか!」


 徐珠亜は制服のの内ポケットそれぞれからスマートフォンを取り出してトランプのように両手で広げて持つと、一度にすべてを操作し始めた。


「ふむ。ならば本陣は西から陽動に出るのが良かろう。本命は丹羽達、だな?」


 徐珠亜から肯定のニュアンスの目配せを受けた愛団は、愛用のカラスマスクを人差し指で二度叩き、大声ではないものの、支配力で強制的に縛りつける力を秘めた声を上げた。


「本陣! 戦闘準備! 二俣ふたまた大学第一高校へ示威じい攻撃をかけるぞ! まさかオレの部隊にノロマはいねえだろうなあ! 三十秒で報告を済ませろ!」


 三百を数える江東区解放同盟本陣は一斉に立ち上がり、得物えものを掴んで整列した。機材や私物は置いていく。今は、時間が一秒でも惜しい。


「報告! 解放同盟本陣、出撃準備完了!」


 徐珠亜にネイルを褒められた二年生が、張りのあるいい声で叫んだ。


 愛団が、薄氷に例えられている切れ長の目を向けると、その子は表情を強張らせて震えているようだった。

 まあ、無理も無い。これから、その手に持った木製の薙刀で、同じ高校生を殴りつけに行くんだ。数名とは言え、毎年のように死者も出る。これは本物の戦争なんだ。


 愛団は、その子に対して最も優しい対応をしてあげることにした。


 余計なことを考えるから心が揺れる。一刻も早く、敵にぶつけてやる。

 そう決めた。


 そして引きずる直前までの長いスカートを翻して三百人の前へ立つと、


「さあおまえら! 墨田の雑兵ぞうひょう共に、本物の強さって奴を見せてやるぞ!」


『うおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』


 地面が振動するような叫び声を背に浴びつつ、墨田区の南西に立つ二俣大学第一高校へ向けて走り出した。

 それは誰もが全力で走らねば追いつけないような、余計なことを考える気も起きないような速さだった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 東京スカイツリーの足元にあるショッピング街「ソラマチ」。

 ファッション、食べ物、各地から名のあるブランドを集めて作られたハイソな施設に、この地では見かけない制服を着た背の高い二人の高校生がいた。

 その男女は偵察という名目で暇な本陣を抜け出して来たのだが、平時から敵領へ遊びに出るこの二人にとってそんな言い訳は必要無いのかもしれない。


 二人組の片方は、短く刈った白っぽい金髪をソフトモヒカンにした百八十センチの大男。

 彼はチンピラのような目つきで、隣を歩く女性に愚痴ぐちを漏らした。


「おお、なんでスカイツリーに人形焼き売ってんだ? わけ分からねえ」

「いぃんじゃねぇかぁ? 美味うめぇしよぉ」


 そしてもう一人、女の方は柔和にゅうわ恵比須えびすがおからは全く想像もつかないほどにガラの悪い小文字だらけのエル言葉で返事をすると、男が胸元に持っている箱へ手を伸ばして二つの小さな饅頭をつまみ上げた。


 そのうち一つを持ったまま、一つをひょいと口に頬張るタレ目のニコニコ顔は、清州高校生徒会会計監査、二年生の柴田しばた流胡るう


 のんびりとしたペースで百七十八センチの長身をゆらゆらさせながら歩くと、短いスカートの裾よりも長い、ほんの少し赤みがかって見えるボリューミーなロングヘアーが後を追うように呑気に揺れる。

 雑な手入れにも見える彼女の髪は、良く見るとかなりこだわったレイヤーが入っており、しっかりと女性らしさを演出していた。


 そんな流胡の右を歩くソフトモヒカンは、生徒会会計、二年生の佐々さっさ悠斗ゆうと

 やくざと言われても信用されそうな目つきに褐色の肌。脱色したかのような白っぽい金色の眉と髪で金のネックレスでも巻いていそうな風貌だが、装飾品の類はどこにも見当たらない。


 とは言えこの威圧感だ。

 シャツの裾をパンツから出して片手をポケットに突っ込むだけで、正面から来る大人達は皆、目線も合わせずに道をあけていく。


「てめぇはよぉ、ひとさまぁ怖がらせて歩くんじゃぁねえょ」

「ああ? そんなつもりねえぞ? それより食いながらしゃべるんじゃねえ」


 人形焼きをもぐもぐと頬張りながら話す流胡は二つ目の人形焼きを頬張ると、さらに二つ、箱からかすめ取った。


「せめてよぉ、ポケットに手ぇ突っ込むのぉ、やめろゃ」

「おお、手ぐれえ、誰でも突っ込むだろうが。それとも俺だから駄目な法律でもあるってのか?」

「あぁ、あるょ。見た目がこえーことを自覚しろぉ。日本の法律だと、てめぇが外を歩いたら傷害罪なんだぞぉ?」

「……じゃあ、しょうがねえ」


 むっとしつつも素直に片手をポケットから出した悠斗の目に、今までよりも素早い動きで人形焼きを奪い取る流胡の右手が映った。


「おお! 半分も食うんじゃねえ! 見えるかコラ、これは十二ヶ入りだろうが!」


 悠斗が低く叫ぶと、雑踏の中にさらに広いスペースができた。

 スマホに夢中で気付かない者が近寄るたびに周りの皆がひやひやしている。


「いいかぁ小学校。男ってやつはぁ、女のやることに目くじら立てるもんじゃぁねぇんだょ」


 ゴツイ体に小学生のような感性を持つ悠斗は流胡に小学校とあだ名されており、普段からいいようにもて遊ばれている。

 こういう、男心をくすぐる言い方をするとまったく反撃できなくなるのだ。


「おお、そういうもんなのか。でもよう、それじゃあ、女の方が得じゃねえか」

「あぁそだょ? 二人の時はぁ、そういうもんだぁ。でもな、バランスは取れてるんだょ。てめぇはぁ、メイクしてっかぁ?」

「ああ? するわけねえだろ、気持ち悪い」


 朝起きるとこの形になっているという便利な髪型の悠斗は、一週間でせいぜい十秒くらいしか鏡を見ない。気持ち悪そうな顔を浮かべてにらんだ彼に、流胡るうは肩をすくめながら言った。


「だろぅ? 女はぁ、毎日メイクに時間とぉ、金をかけるんだょ」

「おお、てめえもしてるのか? 分からねえけど」

「してるよぉ。べたべた塗りたくるのがメイクじゃぁねぇ。女って奴は、一日一時間は鏡に向かうもんだぁ」


 自分は出がけに一分も鏡を覗かない上にノーメイクなのだが、流胡は騙しきった。


「女はぁ、一人の時に金と時間を失うんだぁ。男はその分、二人の時に金と時間を使うもんなんだょ」

「おお、まてこら。二人の時にどうやって時間を余分に使えるんだよ」

「だぁから小学校なんだよてめぇは。それが分かるっくれぇに、もうちっと男を磨きなぁ。でも、金のことは分かったろぅ? ほれ、もう一個よこしなぁ」

「……ああ、そういうことならしょうがねえ」


 悠斗が流胡に騙されるがまま素直に箱を差し出すと、残っていた人形焼きがすべて流胡の右手に収まった。


 釈然とはしないが、そうするのが男だと言われた以上引き下がるわけに行かない。悠斗は空箱を両手で握りつぶすと、ゴミ箱は無いものかと周囲を見渡し始めた。


 ……本人は、ただその仕草をしただけだ。

 彼の周囲からさらに人がいなくなったのは、勝手に怖がる一般市民と、昔から損にしか働いたことの無い風貌のせいである。


 チンピラまなこが周囲へにらみを利かせている様にしか見えない悠斗の隣で、やれやれと肩をすくめた流胡の携帯が鳴った。


「どうしたちゃら男ぉ。って、うるっせぇなぁてめぇ! 声でけぇんだょぉ!」


 耳から離した携帯をしかめっ面でにらみつけた流胡は、徐珠亜の悲壮な叫び声を聞くうち、恵比須えびすがおの口端をゆがませ始めた。


「おぃおぃ、たぁのしそうなことになってんじゃねぇか。うちら? 今、ソラマチ出るとこ。……だから怒鳴るなって。んで、メガネと野良犬はどこにいるんだぁ?」


 流胡と悠斗は建物から一旦外へ出ると、南の空に目印を発見した。


「あぁ……。ありゃぁ無理だぁ、遠いって。それよりよぅ。ひとついいアイデアがあるぜぇ。……なんだぁ、最初っからそのつもりだったのかょ」


 流胡は悠斗の方を見やりつつ、親指を背中へ……、ここから真北、三百メートルという目と鼻の先にある墨田の本校、府中ふちゅう高校を指差した。


「分ぁかってるょ、無茶はしねぇ。でも、守ってるの、百かそこいらだろぉ? それじゃぁ無茶のうちに入らねぇなぁ」


 悠斗は何も尋ねずにポケットからテーピングを取り出して、小指と薬指とを曲げ、手の平にまとめて巻きながら流胡の後ろを歩き出した。

 その方角は、指差した方向とは異なり、地下にある押上おしあげ駅への入り口だ。


 だが、ここを潜って地下通路を進んだ先から地上に出れば、府中高校まで二百メートル。

 敵にどれだけの猛者もさがいようと楽勝という距離だ。


「おっと、忘れてたょ。いつもの通り、あのか~わいいメガネには内緒にしとけょ。うち、あれ以来暴力は振るってないんだからょ。………に笑ってんだちゃら男ぉ! てめぇもだょ、小学校ぉ!」


 流胡は携帯を切りながら、左手でパンチを繰り出した。

 悠斗はそれを笑いながら避けると、テーピングを流胡に放るのだった。


 駅への階段を下りながら、流胡は拳にした左手をぐるぐる巻きにしていく。

 そんな彼女は、花音に暴力を封じられているのだ。

 が、彼女が見ていないところでは、「江東の鬼」とあざなされるほどの暴れっぷり。

 百の敵では相手にならぬとの言葉も、あながち虚言では無いというほどの達人だ。


 ……階段を上り、この二人とすれ違おうとする者は、慌てて今来た通路へ引き返していく。

 先ほどソラマチで恐怖していた者は皆、悠斗を見てのものだったのだが今は違う。


 誰しもが叫び、慄き、恐怖する。

 太古の昔から、遺伝子へ刷り込まれている反応。


「……うちの天使ちゃんに怖い思いさせやがってぇ。その百倍は怖がらせてやんねぇとなぁ」


 いつもの恵比寿顔はどこへ消え失せたのか。今そこには、眉根をぐっと落としこんで野獣のような目を見開いた、


「ひ……、お、鬼だーーーーーーっ!」


 黒の中に赤い色を宿す瞳で舌なめずりをする鬼が、愉快そうに笑っていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここは墨田区、今川いまがわ勇兵ゆうへいの居城とも言える府中ふちゅう高校。

 東京スカイツリーから北へ三百メートルほどに位置するこの要所には、五百人を超える墨田区の高校生が待機していた。


 さっきまで校庭に待機していた皆は急な通り雨……気象庁もさじを投げた江東区界隈の名物現象に見舞われて、体育館へ逃げ込んだところである。


 そんな体育館の隅で、ぶかぶかな詰襟つめえりの袖から見え隠れする指先でせわしなく丸メガネをいじる五分刈りの男子生徒に、屈強な男女が四人、威圧的に詰め寄っていた。


「てめえ、朝比奈あさひな! 大将首がすぐ傍でうろうろしてるってのに、待機ってなどういう理屈だって聞いてるんだよ!」

「府中高校以外の者に手柄を取られたくないという魂胆でしょうか?」

「まじ? せこいのよ、このコバンザメ!」

「今川さんのお気に入りだからって、調子こいてんじゃねえぞ!」


 頭の上から浴びせられる怒号に多少腹を立てた様子が感じられる、府中高校生徒会書記にして今川勇兵の副官である二年生の朝比奈あさひな拓朗たくろうは、メガネを外し、再びかけ直し、慌しくその位置をかちゃかちゃと変えながら、


「みなさん、なんとか頼みますよ? あっしの命令に従いたくないのも分かりやすけど、ここを落とされたらおしまいですぜ? それに、今更出てもあの駿馬しゅんめにゃ追いつけねえって話しですぜ?」


 理屈は正しいのだが、この独特の喋り口調が功を焦る墨田区各校――今川勇兵の支配下に置かれた各校生徒会長の怒りの炎に油を注ぐことになったようだ。


 四人はいよいよ詰め寄り、一人が拓朗の腕を掴んだその時、彼のぶかぶかな制服に一人の少女がすがりついた。


うい、あぶねえからこっちに来ちゃあいけねえですよ? ほら、椅子に座っててくだせえ」

「たくろ。けんか? だめ。いたいのはだめなろ」


 まるで小学生のような少女が拓朗を見上げている様を見て、四人はあからさまな舌打ちをしながら一歩退いた。


 赤をベースにして黒ラインのチェック模様があしらわれたジャンパースカートに、清楚なフリルのブラウスという府中高校の制服に身を包んだこの少女の名は、今川いまがわうい

 墨田区全八校を束ね、書面上では現在の東京二十三区内最大の権力者である。


 とは言え、これはもちろん実力による積み重ね、あるいは簒奪さんだつの結果ではない。

 今川勇兵は二週間ほど前、妹である愛が府中高校に入学すると、その日のうちに生徒会長を譲渡。自らは軍務に専念するため総司令官となり、政務は愛とその近習きんじゅに任せたのである。


 愛は色素の薄い短髪ばかりの頭をゆらして、乳歯のような歯を見せつつ各校生徒会長を見上げた。

 その様子は、二、三才の子供が知らない大人の前に立っている姿となんら変わらないものだった。


「お前ら、いいかげんにしねえか。兵隊が足らないなら太原たいげんさんか今川さんから指示が出るだろう。それがない以上、留守居役である朝比奈に従うのが筋だろうが」


 周りが注目し始めた六人にゆっくり近寄りつつ声をかけてきたのは、両国りょうごく駅前にある二俣ふたまた大学第一高校生徒会長、三年生の松井まついしずか

 ひっつめにした栗色の長髪に、水色のブラウスの裾を出し切ったいでたちはそれだけで威圧感を持つ、墨田区の重鎮の一人だ。


 彼女の登場に、さすがに形勢が悪いと踏んだ四人は人ごみへと紛れていった。


「松井さん、お手間を取らせてすいやせん。ほれ、愛もありがとうって言っちゃあくれやせんかね?」

「ありあと、しずちゃん」

「朝比奈、てめえがここの仕切りなんだ。もっとしゃきっとしろや」

「面目ねえ」


 厳しい言葉と裏腹に、静は愛へニヤリと笑顔を向けると、


「朝比奈がいじめられてるって思って助けに来たのか? でもなあ、そりゃあ舐めすぎだぜ新しいご当主よ。こいつは、あんな連中より断然強い男なんだぜ?」

「か、勘弁して下せえ」


 拓朗は恐縮して縮こまったのだが、


「いや、あいつらを黙らせるのに勇兵や舞の名前を出せば一発だろうに。俺にゃ無理だったからあいつらの名前を使ったが、お前は自分の看板で戦ったんだ。真似できねえよ」

「そんなことねえです。皆さんを鎮めることすらできなかったわけっすから」

「ふん……。ま、いいや。あいつらの力、ここに留めて置く事に意味あるんだろ? だったらこれで丸く収まったわけだし」

「へい。相手は、あの滝川です。太原先輩には悪いですけど、墨田でやつに勝てる戦略家はいねえと思いやす」


 静は拓朗の話しが始まると、汚れた床にスカートであることも気にせず胡坐で座り込んだ。

 すると愛も真似をしようとしたので拓朗は腕を引いてそれを止め、素早く詰襟を脱いで床に敷き、その上に座らせてあげた。


 その様子を見て楽しそうに笑った静は、


「で? 墨田切っての戦略家としては、ここを攻めて来るって見てるのか?」

「あっしが戦略家なんて名乗れるわけねえんですけど……。解放同盟には一騎当千が幾人かいやすんで、各所でそれっぽく織田花音の救出行動をするのに隠して、ここに何人か送り込んでくるってことも有り得やす。留守居役としちゃあ、臆病風にも吹かれるってもんですよ?」


 拓朗の淀みない読みに感心して嘆息した静が、顎を掻きつつ愛の方を見たその時、


「で、伝令! ソラマチに江東区開放同盟役員、柴田しばた佐々さっさの二人が現れました! 兵は連れていません! 二人だけです!」


 静はタイムリーなこの報告に、にやけながら拓朗を見上げたが、当の本人は真剣な表情で、


小原おはら軍は全員で奴らに当たって下せえ! 松井軍は、府中高校と奴らとの間に縦深に並んで二人が突っ込んで来ないように備えて! 天野あまの軍! 全軍で哨戒しょうかいに当たって下せえ! この二人が囮って可能性がありやすんで! 小笠原おがさわら軍、大宮おおみや軍は校内にあって会長をお守りしてくだせい! いざ、出陣!」


 早口で独特な口調ながら、拓朗の指示は簡潔で一兵卒いちへいそつまで容易に理解できる。

 がゆえに、全員が素早く初動をとれるという貴重なメリットがある。


 五百人でごった返し、各所でそれぞれに大声が響く体育館であるにも関わらず、自分が従うべき指示、とるべき行動を惑うことなく動き始める軍勢を見て、静はまた声を上げて笑った。


「松井さん、笑ってる場合じゃねえです。敵は二人とはいえ、十分にお気をつけて」

「ははっ! ああ分かってるよ、有能な留守居役どの。主の守りは任せておけ!」


 立ち上がった静は愛へ手を振ると、自分を待つ部下の元へ悠々と歩きだした。

 そして、


「江東の鬼、か。悪くねえ」


 両手の指をゴキリと鳴らしながら、名のある敵との戦いを思い、頬を紅潮させるのだった。

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