本編
02 PROLOGUE
「……バカだおまえは」
固く閉ざされた両開きの扉を前に、ジョーは静かに独りごちた。
すぐ側のベンチではマキがずっとめそめそ泣いている。隣に座ったカエデに力強く抱きとめられながら、いつまでも嗚咽を漏らして泣いている。
扉の上に取りつけられた長方形のランプには「手術中」の文字。その赤い輝きが目に痛くて、ジョーは力なく俯いた。
清潔感を装う薬品の澄んだ匂いも、うしろの廊下を行き交う看護士たちの喧騒も、何もかもが煩わしくて仕方がない。
「バカだよおまえは」
だらりと下げられたジョーの拳は血管が浮かび上がるほど、骨がきしむほど、強く硬く握りしめられている。
やがて指の隙間から血液が染み出した。薄い灰色をしたリノリウムの床に、点々と赤い粒が滴り落ちる。
こんなものではすまない。こんな痛みですめば、あいつはこんなところに入れられることなんてなかった。
こんな、スポイトで垂らした程度の微々たる出血なんて。
こんな、己の頬を伝い落ちる熱い涙と変わらないくらい些細な血痕なんて。
「おまえは大バカヤローだッッッ!!」
真横の壁を殴りつけても、思い切り床を蹴り飛ばしても、涎があふれるほど歯噛みしても、何の意味もない。
俺の足掻きはあいつのために何も成さない。
扉のこちら側に残された自分には、あいつのために何もしてやることはできないのだ。
「…………おまえは」
呆然とそうつぶやいて、ジョーは床に崩れ落ちた。
悲哀に満ちた面持ちで、救いを求める堅信なる子羊のような眼差しで、目の前に立ちふさがる灰色の自動扉を見上げる。
その奥で、幾多もの刃物で切り刻まれているであろうその男の存在を感じながら、ただずっと、目の前だけを見つめる。
ジョーは掠れた喉から絞り出すようにして、もう一度、その男へ語りかけた。
「おまえは……あんなんで、ホントに幸せだったのかよ……」
決して開くことのない扉に、頭上に真っ赤なランプが灯されたその扉をかきむしるようにしながら、語りかけ続ける。
「ゴトー……俺は、俺は…………」
俺は、今度こそおまえに何をしてやれる?
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