39 SCENE -20-『ゴトー』
ルミエール・ジョスリーヌ様へ。
この部屋に入る最初の人が君であることを信じてこの手紙を残します。
僕は君に謝らなければならないことがあります。
僕は嘘つきでした。
どうしようもないクズでした。
誠意ある君を欺く最低最悪の偽善者でした。
あたかも君のためを思って近づいたように見せかけて、本当はまったく別のことを考えていたのですから。
僕は昔から、君のようなお金持ちが大嫌いでした。
かつて彼らは、僕の家に火をつけました。
たいした理由はなかったようです。僕が彼らよりも成績がいいから、彼らよりも目立っていたから。そんな幼稚な理由だったのだと思います。
あの火事によって、僕と母はほぼ全財産を失いました。
しかし、犯行当時十三歳だった彼らは何の罪にも問われませんでした。深夜、僕と母が寝入っているところを見計らって、わざと火を放ったにもかかわらずです。
彼らの親は皆土地の有力者たちで、こぞって事件をもみ消そうとしました。母の勤め先に圧力をかけ、裁判を起こそうものなら二度と料理人として働けなくしてやると、弁護士を通じて脅してきたこともあります。
結局、僕たちは彼らからはした金を掴まされて、北海道へと引っ越さざるを得なくなりました。
僕は君たちのようなお金持ちが心底憎くて仕方がありません。
他人の人生を弄んでおきながら、何も悪びれもせず、何の責任も取ろうとしない。君たちのようなひとでなしが反吐が出るほど嫌いでした。
その思いは日増しに強まっていき、僕の心の中で澱になっていたのです。
やられっぱなしでいるのは、もうウンザリだった。君たちが僕らを迫害し続けるなら、僕だって君たちから何かひとつくらい奪ってやりたかった。
あの手この手で君に近づき、時には母の事情までも利用して君からの信用を得ようとしたのも、すべてはそのためです。
ここまで言えばわかってもらえたでしょうか。
僕は君を守るつもりなどさらさらなかった。
君を傷つけることだけが目的のケダモノだったのです。
でも、僕は最後の最後で臆病風に吹かれ、目的を果たせませんでした。
ただ一人救いたかった母も病で亡くなり、僕にはもう生きている意味がありません。
だから僕は、二度と君の前に現れないと決めました。
君はとても優しい人だから、母が死んで生きる力を失くした僕をこの世に引き止めるために、その身を犠牲にしようしたのではありませんか?
自己犠牲を厭わない君の高潔さは、君の強さの証です。
しかしその強さは将来、君が本当に愛したいと願う誰かのために活かしてください。
僕のために身体を差し出す必要はありません。
僕のために魂を汚す必要もありません。
一時の同情心で人生を棒に振らないでください。
情けをかけるべき相手を間違えないでください。
僕は君に救われるべき人間ではありません。
なぜなら僕は君の敵だったのですから。
でも、もしも君が恩情をくれるのなら、どうかこのお金を母・
この十ヶ月ほどの間、八代先生には大変にお世話になりました。お金もたくさん援助してもらいました。このお金だけで足りるかどうかはわかりませんが、せめてもの感謝と謝罪の気持ちとして受け取ってもらいたいのです。
このまま僕がいなくなれば、このお金は長崎に住む顔も知らない祖父母に渡ることになるでしょう。母を苦しめ、死んでまで母を見捨てた彼らにだけは、このお金を受け取って欲しくありません。
身勝手なお願いだとはわかっています。それでも、どうかお願いします。
追伸。
僕と過ごした日々のことは、どうか忘れてください。
僕の顔も、声も、料理の味も、何もかも忘れてください。
すべてを忘れて、本当の自分として幸せに生きてください。
たとえこれから何があっても、僕の母のようにはならないでください。
君の友達でいたかった男からの、これが最後のお願いです。
袴田梧灯より。
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