20 SCENE -10-『ゴトー』

 降りしきる長雨を見上げていた。

 ゴトーは人混みを避けるため、新校舎と旧校舎をつなぐ空中廊下の上まで逃げてきた。屋根のない野外だから人気もないし、そもそもこの場所では何の催しも開かれていない。校内の浮ついた雰囲気から逃れるにはもってこいの穴場だった。

 正午を回った頃だというのに、空は相変わらず鼠色。分厚い雲が太陽光を遮断し、祭り時には似つかわしくない陰気な空模様が広がっている。

 気分が塞ぎがちになるのはこんな天候のせいにしようとしたが、自分はいつだって塞ぎがちだと気づいて自嘲する。

 溜息にも似た呼気が白い蒸気となって霧散した。

 転校したばかりのゴトーは、文化祭において何の仕事も任されなかった。教室に居ても邪魔者扱いされるし、帰宅部だから部活の出し物にも縁がない。そもそも、貴重なお金を使ってまで遊びたいとも思えないから行く場所がない。手持ち無沙汰を紛らわすために体育館で吹奏楽部の演奏会を聞いたものの、演奏が終わったら暇になってしまった。

 ふと演奏会のことを思い出す。

(ワルツ君、格好良かったなぁ)

 数々の演目のなかで特に観客からの好評を博したのが、ワルツらによるクラリネット五重奏だった。観客受けの良い有名なアニメのテーマソングを選んだこともさることながら、彼らの演奏技術は抜きん出ていた。音楽を解しない粗忽者と自負するゴトーでさえも、彼らの演奏には心震わされた。伝え聞いたところによると、彼らは昨年の都大会で金賞を獲得したほどの実力者たちなのだという。

 ワルツたちは今しかない学生時代を精一杯に謳歌している。みな活気に溢れ、仲間達とともに切磋琢磨しあっている。

 とても美しい、理想的な青春群像がそこにはあった。

 そしてそれは、ゴトーにとっては近づくことすらできない偶像でもあった。

 ゴトーにとって学校は学業を修める場所であり、それ以外には何の意味もない。極論すれば、勉学する場所さえあればそれが学校である理由すらないのだ。

 仲間たちと手を取り合い、助け合い、認め合う。そんな絵空事が実現できるなどという希望をゴトーは持ち合わせていなかった。

 そもそもゴトーには、これまでの学生生活において仲間と呼べる者はおろか、友達一人いたためしがない。

 なぜならゴトーにとって、まわりの人間はみな等しく加害者でしかないからだ。

 まわりと違う者は常に迫害される。出る杭は必ず打たれる。望むと望まざると目だってしまう人間は、非があろうとなかろうと潰されてしまう。そしてゴトーは、ずっと虐げられる側にいた。

 自分が誠意をもって相手に接したところで、相手が自分に誠意を持ってくれるとは限らない。期待した分だけ裏切られた気持ちになるくらいなら、始めから誰ともかかわらなければいい。

 いまのゴトーは、かつて思い描いた理想の成れの果てだ。小学校、中学校、高校と生育の階段を登るたびに、自分の理想がいかに浮世離れしていたかを思い知らされた。

 この時代に、誰かを信じることなど何の価値もない。

 仲間たちと輝かしいまでの笑みを浮かべていたワルツたちの表情さえ、すべて嘘で塗り固めたものに見えてしまう。

 もう自分の心はこんなにも穢れている。

 そうとわかっていても、自分ではどうすることもできない。

 誰ともかかわりあいたくないと、心が悲鳴をあげている。

(それでも――)

 それでもゴトーは、ジョーにだけは笑っていて欲しかった。

 そのためにはどうすればいいのか、まるで見当もつかないけれど。

 ただ一つ確かなことは、ジョーをあのままにしておけば『彼』がいつか壊れてしまうということだ。

 ジョーの演技は完璧だ。『彼』の礼儀作法は大人のそれを軽く凌駕している。誰がどう見ても、ジョーは正真正銘の優等生だった。

 でも、その演技をし続けることで『彼』にどれほどの負荷がかかっているだろう。

 そしてそれは、恐らくジョー自身も把握しきれていない。

 ジョーにはもっと自然体でいられる時間が必要なのだと思う。

 もしもゴトーがジョーにとっての避難場所になれたのなら、どれほどの助けになるのか、それはわからない。

 それでも、たとえお節介だと憎まれ口を叩かれようとも、ゴトーはジョーを見守っていたかった。

 突然の強風。雨粒が体中に飛散してきたため、たまらずゴトーは校舎へと逃げ帰った。

 残暑の厳しい十月頭といえど、長時間雨風に晒されれば身体も冷える。ゴトーは震える身体をさするように、ジャージについた水滴を払い落としていく。

 アキラのことを考えていない間は、ずっとジョーのことばかり考えている。自分でもなんて不気味なヤツなんだと呆れてしまう。ジョーがゴトーを警戒していたのも頷ける。

 それでも懲りずにジョーの姿を追っている自分は、相当に重症だと思わず笑ってしまった。

 通りすがりの来校者たちが形相を変えて、ゴトーを避けていく。巨躯の男が突然ほくそ笑んだら、何事かと脅えもするだろう。ゴトーは可能なかぎり無表情に務めて、新校舎の一階まで降りていった。

 雨から逃れようと校舎に入ってくる人々が多すぎて、人探しどころではない。人より頭一つ突き出た身長をもつゴトーをもってしても、思うように歩くことができなかった。

 一旦人気のないところまで避難しようと、旧校舎側へと方向転換する。

 すると、振り向いた目の前に茶色い頭が現れた。

 ワルツであった。

「あ、ゴトーちゃんだ。お疲れっす」

 ストローの刺さった紙コップとフランクフルト三本を両手で持ちながら、ワルツは上機嫌に話しかけてきた。

「ゴトーちゃん、コンサート聞きに来てくれてたでしょ? すげー後ろの方にいても丸わかりだよね、君」

「えっと、ごめんね」

「いやごめんて? うぜー目障りだって話じゃなくて、来てくれてありがとうって話」

「……あの、すごいよかったよ、演奏」

「お褒めに預かり光栄です」

 フランクフルトを持った手を胸の前に沿え、恭しく礼をするワルツ。ふざけているにせよ、彼がすると嫌味に感じないから不思議だ。

「『トッカータとフーガ奇譚帳』のオープニングテーマ、その……臨場感があった」

「へいへい」

「なんていうか、感動した」

「あざーす」

「身体が震えたっていうか、完璧だった。えっと……すごかった」

「ごめんちょっとタンマ、そんな一生懸命に褒めないでくんない? 恥ずかしくて死ぬってば」

 耳の先まで真っ赤にして、ワルツはぶんぶんと手を振った。フランクフルトの油が飛び散ることに気が回らないほど、彼は身悶えていた。

 本当にころころと表情の変わる人だと、ちょっとだけ羨ましくなってしまう。

「それよりさ、もし時間が空いてるなら視聴覚室に行かない? ムツキ氏率いる映研の連中の自主制作映画がで公開してますぜ、旦那?」

 殊更に無料という部分を強調するワルツ。ゴトーの懐事情を知ったうえで言っているのならば大した洞察力だと思った。

 こんなふうに誰かに誘われた経験がほとんどないから、こんなときにどんな顔をすればいいのかわからない。

 申し出は素直に嬉しい。しかし、どこかで彼の善意を疑っている自分がいる。

 ワルツは悪い人間には見えない。ただ、他人が何を考えているかなんて推し量ることは難しい。ジョーの気持ちでさえ、脳を総動員してやっと推察しかけて失敗するほどなのに。

 それに、彼について行けばジョーを探すどころではなくなってしまう。

 ゴトーの逡巡を察知したのか、慌ててワルツが言葉を足してきた。

「ああゴメンゴメン、別に無理強いするわけじゃないんだ。もし気が向いたらって話でさ。気を悪くしないで?」

「いや、嫌がってるわけじゃ、ないんだけど……」

「ホント!? それなら――」

 そうワルツが言いかけたとき、彼のズボンからバイブレーションの音がした。

 ゴトーに断りを入れてから、ワルツはフランクフルト三本とコップを片手に集め、残った片手で携帯電話を開いた。

 恐らく誰かからのメールを受信したのだろう、画面に浮かぶ文字列を目で追っているようだった。

「なんだよムウちゃんからだわ。なんか、映研の座席が全然足りないから、今すぐ地下倉庫まで予備を取りに行って欲しいってさ。えー、何でオレなんだよー、俺関係ないじゃーん……」

「……もしよければ、代わりに僕が行こうか?」

「えぇっ!? いやでも、なんか悪いじゃん」

「だってほら、ワルツ君、両手が塞がってるし」

「あー、まあ……」

 ワルツは遠慮しているのか、しばしのあいだ唸っていた。

「それなら、先に行っててくれる? これ胃の中に収めたら追っかけるから」

 ワルツは気まずそうに礼を述べてから、急いでフランクフルトを咀嚼し始めた。

 ゴトーはその姿に苦笑しつつ、一足先に地下倉庫へと向かった。

 新校舎から旧校舎へと移動する最中、ゴトーは先日の練習風景について思いを馳せた。

 たった数分間だけ披露されたジョーの演技。『彼』の優雅な振る舞いが、わざと低めに落とした麗しい声が、そのすべてが渾然一体となって、圧倒的な存在感を放っていた。教室がまるで書き割りで描かれた洋館の一部と化してしまったかのような錯覚すら起こされた。

 ジョーの達者な演技は、常日頃から演技をし続けているからこその賜物なのだろう。その域に達するまでにどれだけの苦労を重ねたのか、想像に難くない。

 ただ、あの件での心配事は他にもある。

 ジョーの演技は確かに見事なものだった。だがそれは、それまで散々練習してきた役者担当の生徒たちが霞んで見えてしまうほどの演技でもあった。

 あのようなやり方で実力の差を見せ付けられた生徒たちが、心中穏やかでいられるはずはない。正義感が強すぎて、タダでさえ周りと衝突してしまいがちなジョーのことだ、どんな逆恨みをされても不思議ではない。

 今後はもっと注視して見守る必要があるだろう。

 そんなことを考えながら、ゴトーは旧校舎の非常通路前までやって来た。

 扉の先へ進もうとしたところ、廊下の奥で見知った生徒が談笑していた。

 午前の部で役者担当だった生徒たちだ。

 扉が開かれる音に反応して、四人の生徒が一斉にこちらを向く。

「あん? なんだよゴトーちゃん、こんな所に何か様か?」

 A紳士役の男子がヘラヘラしながら声を掛けてきた。

「えっと、客席が足りなくなったから、取りに行ってほしいって頼まれて」

「あーそれね。入れ違いになったかな、さっきあたしらが教室に持ってっといたから。お疲れさんでした」

 スマートフォンに目を落としながら手をひらひらと振るD夫人役の女子。

 妙な雰囲気だった。

 ゴトーは『演劇』の客席が足りなくなったとは言わなかったのに、彼らは『演劇』の客席を運んだと主張した。

 万が一、『映画』と同時に『演劇』の客席も足りなくなったとしても疑問はある。普段から掃除当番をさぼったり、クラスの誰かにちょっかいを出してばかりの彼らが、そんな殊勝な行いをするだろうか。

 それにゴトーを見回す表情がいつにも増して嘲笑的で、言動すべてに含みを感じる。

 なにより、ゴトーと彼らの間にぶちまけられたジュース。

 灰色の光沢をもった廊下に広がる、浅黒い液体。

 色合いからして、恐らくはコーラだろう。

 心臓が大きく脈打った。

(…………まさか)

 最悪の想像が脳裏をよぎる。

 ゴトーの表情が強張った瞬間、四人の表情も一変した。

 他の三人よりもがたいの大きい無頼漢C役の男子が肩を回しながら向かって来る。

「用件は済んだだろ? そこに突っ立てても仕事なんかねえよ。さっさと消えろ」

 確か彼はバスケット部に所属していたはず。彼はゴトーに迫る長身を活かして、ゴトーの前に立ちはだかった。

 その後ろでは、少女B役の女子がしきりに階段の下をのぞき見ていた。

 もう間違いない。

 彼らはジョーに危害を加えたのだ。

「ルミエールさん!!」

 突然走り出したゴトーの挙動にひるむことなく、無頼漢Cはゴトーの足止めをする。

 素早い動作で背後に回られ、腕を捻りあげられた。その勢いのまま壁に押さえつけられる。

「ルミエールがなんだって? あいつはここにはいねーよ転校生」

「そんなの嘘だっ」

「嘘がどうとかどうでもいいんだよっ、抵抗すんならもっと極めンぞゴラァ!!」

(ジョー!)

 まさかこんなに早く、問題が起こってしまうなんて。

 これではいったい何のためにジョーを見守ってきたのかわからない。

 こんなところで、『彼』の幸せを奪わせはしない。

「うわあああああああああああああっっっ!!」

 ゴトーはありったけの力を背中に混めて、無頼漢Cを後ろへ押し返した。

 無頼漢Cは窓枠へ頭を打ちつけ悶絶している。

 その隙にゴトーは地下倉庫への階段へ駆けて行く。

 紳士Aが追撃を図ったが、ゴトーはそれを全身でタックルして阻止。二人して地面に縺れこんだが、紳士Aの身体を土台にしてゴトーは立ち上がった。

 女生徒二人はゴトーの形相に脅えて、勝手に道を譲ってくれた。

 ゴトーは消灯された階段を大慌てで下っていく。

 幾つかの空き部屋を通り過ぎて、ゴトーはようやく地下倉庫へとたどりついた。

 閉ざされた両開きの扉を力任せに開くと――

 そこには、悲劇が待ち受けていた。

 大学生くらいと思しき三人の男が、寄ってたかって一人の女の子に群がっている。

 着ていたジャージはぐしゃぐしゃに脱ぎ捨てられ、未成熟な胸がはだけさせられている。

 そして今や、彼女が身につけているのは脱がせかけられたパンツ一枚だけだった。

 扉が開けられた瞬間、男たちはゴトーを見上げて驚愕の表情を浮かべた。

 一方でゴトーは、少女のあられもない姿を前に凍り付いていた。

 頭が真っ白になる。

 景色が色を失い、すべてが白黒になる。

 だから、男の一人が殴りかかってくるのも視界に捉えられなかった。

 右頬骨が熱さで痺れ、体勢が崩れかかる。

 すかさず男がもう一人やってきてゴトーの腹部に前蹴りを繰り出してきた。

 喉の奥から胃液が飛び出し、辛酸が舌を焼く。

 あとはひたすら一方的な暴行の雨あられだった。中々倒れないゴトーに対して二人がかりで殴る蹴るを繰り返してきた。

 体中に打撲を受けてもなお、ゴトーの思考は止まったままだった。

 何が起きているのか理解できなかった。

 いや、目に見えたものの意味はわかっていたのかもしれない。ただ、脳がそれを理解することを拒否していた。

 こんなもの、何かの間違いだ。

 そこに居る女の子がゴトーの知り合いであるはずがない。

 ましてや――

「しつけぇんだよこのデカブツ!!」

 胸ぐらを掴まれ、足を引っ掛けられ、ゴトーはついに重心を崩した。

 倉庫の中で肩膝をつき、反射的に顔を見上げた。

 その時、組み敷かれた彼女と目が合った。

 ガムテープで口を塞がれ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃに崩れた相好が目に飛び込んできた。

 それを見た瞬間。

 ゴトーの中で、何かがぷつりと音を立てて切れた。

「――――――――――ッッッ!!」

 吐き出された雄たけびは、もはや文字に書き起こすこともできないほどの荒々しさを伴った。

 攻撃の手を止めない二人を力づくで振り払い、ゴトーは少女に覆いかぶさる男へと一直線に突進する。

 脅えた表情で見上げる男の首根っこを両手で掴み、少女から引き離す。

 そして今度は、先ほど男が少女にやっていたのと同じように、ゴトーが男に馬乗りになった。

 慌てた男は口汚く威嚇しながらゴトーを殴り返してきた。

 しかし、首を締め上げるゴトーの力は緩まらない。

 万力を思わせる程の握力が男の首に襲い掛かる。

 男は顔を真っ赤にしながらも、抵抗を試みた。ゴトーを殴るのを止めた手が、ゴトーの腕へと弱弱しくまとわりつく。

 やがて男は失禁し、倉庫の床を濡らした。

 それでもゴトーは指に力をこめ続けた。

「お、おいっ、これ、やべぇんじゃねっすか!?」

「とにかく逃げンぞ、巻き添いなんてシャレになんねーよ!!」

 倉庫の扉を開け放ったまま、二人の男が走り去っていく。

 しかしゴトーには、その足音すらも耳に入っていなかった。

 ゴトーはひたすら、自分が組み敷いた男を見下ろしていた。

「おまえたちがいるから――」

 呪詛のような響きを持つ言葉が口をついた。

 果たしてそれが意識して出された言葉だったのかは、ゴトー自身にもわからない。

 言葉に応じるように、ゴトーの両手に更なる力が注ぎ込まれる。

 男は両目を見開いて、口元から泡を吹き出していた。

――!!」

「が、はぁっ――」

 断末魔とも呼べない汚らしい呻き声が男の口から漏れ出た。

 そのとき、ゴトーの背中に何かがぶつかった。

「もういいゴトー!! それ以上やったら死んじまうっ!!」

(――――ッ!!)

 荒れ狂う怒りと悲しみに支配された意識に、悲痛な叫び声が入り込んできた。

 はっと横に顔を向けると、半裸の少女がゴトーの腕に必死にしがみついていた。

 少女の横顔を見て、ようやくゴトーは正気に戻った。

 失われた色彩が蘇ってくる。

 薄汚れた磨り窓ガラスから差し込むわずかな光が、少女の白い肩を照らした。

「俺は大丈夫だから、もう、やめてくれ。おまえが人殺しになるのは、嫌だ……!」

 少女は顔を伏せて、嗚咽を堪えて、そう言った。

 普段の姿からは想像もつかない、あまりに弱弱しい声だった。

 ゴトーの手から力が抜けていく。それと同時に、少女の腕がゴトーの手を男の首から引き離した。

 力を込めすぎた反動か、手の震えが止まらなかった。

 恐る恐る男を見下ろすと、男は激しく咳き込んでもがいていた。

 その様子を見て胸をなでおろすわけでもなく、ゴトーはただ中空へと視線を逃した。

 自分がしでかしたことの重大さに放心状態となっていたのだ。

 仄暗い倉庫で三人の人間がへたり込んでいる。そんな現場に、何人かの教職員たちが駆け込んで来たのはそのすぐあとのことだった。

普段は誰も出入りしない地下倉庫が騒然となっていても、ゴトーは何の反応も示さない。

 そして少女は教職員たちに介抱され、やがて倉庫から連れ出されて行く。

 一方でゴトーは乱暴に引っ立てられ、咳き込んでいる男もろとも粗雑に倉庫から追い出された。

 倉庫から出て行く際に、教職員の陰に隠れた一人の男子生徒の存在に気がつく。

 ゴトーはすれ違いざまに、朦朧とした意識の中で男子生徒の顔を見た。

 口元に当てた手の隙間から、僅かに犬歯が覗いている。

 ムツキだった。

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