18 OTHERS -03-『強欲』
イヤホンを耳に捻じ込んで、ぼくは音だけの世界に没入する。
「まさか私を連れ出すための建前じゃなくて、本当に場所を聞きたかったとは恐れ入りました」
「ご、ごめんね、ルミエールさん。僕の話をちゃんと聞いてくれる人が、君以外教室に残ってなさそうだったから、つい……」
「一応、わたしとウジイエ先生が連れ立って校舎内を一通り案内したはずなんだけど。旧校舎は滅多に使わないから、説明を省いちゃったんだよね」
「いえっ、カエデさんを悪く言ったわけじゃないんですよ。ただ少しだけ、彼の空気の読めなさ加減というか、読みすぎ加減がうざいっていうか――」
「んん? ジョーいま、うざいって言った?」
「言っていません。『煩い』の聞き間違いでしょう」
「うざくてすみませんでした……」
「だから言ってねぇ――言ってないです。お気になさらずに」
食いしばった歯がギリギリと軋む。
イヤホンを押し当てる指に思わず力が入ってしまう。
「観客席に段を設けるだけなら、体育館の倉庫にも踏み台がしまってあるのでは?」
「行ったんだけど、部活組の人たちが全部持っていったみたいで、なくなってたんだ。近くにいた先生から、グラウンド側の地下倉庫に古い資材があるかもしれないって聞いたんだけど、外の階段は廃材で塞がれてて降りられなくて。だから校舎に戻ってきたんだけど、今度は地下にいくための階段が見つからなくて……」
「非常用通路の奥にある階段だもん、普通に歩いてたら見つかりっこないよ。気にしないで?」
「手間取らせてすみませんでした……」
「もう謝らなくていいですから、ちゃっちゃと運んでしまいましょう。はい、身体の大きなあなたなら10個くらい余裕でしょう?」
「えっ、ちょっ、重すぎっ、無理――」
そうしてしばらく、聞くに堪えない談笑が続く。
ああもう、ジョスリーヌちゃん以外誰も喋るんじゃないっ!!
彼女の美声を聞き逃すだろうがっ!!
デスクに拳を叩きつける。
そして、それにしてもと溜息を一つ。
冷淡な拒絶の声もよかったけれど、少し怒ったジョスリーヌちゃんもまた魅力に溢れている。彼女の声は何度聞いても飽きることがない。あとで彼女の音声の部分だけトリミングしよう。
ジョスリーヌちゃんとゴミ二人がいなくなったあとは数十分ほど無音が続いた。
目を見開いてディスプレイを確認しても、イコライザーは心停止さながらの直線しか写し出さない。
今日はもう記録が残っていないのだろう。
そう思ってパソコンのディスプレイをスリープさせようとしたら、画面の端に気になるものが写っていた。
逆算して午後7時ごろの時間に、大きな波形が表示されている。
ぼくは改めてイヤホンを耳に挿し直す。
「くそがあああああっっっ!! あンのクソアマがあああああああっっっ!!」
あまりに大きな音声が鼓膜を直撃する。
慌てて音量ボリュームを小さくした。
な、なんなんだこれ、怒鳴り声?
その続きを再生してみる。
「ふざけろ外人、俺らに恥かかせやがって……!!」
「ああもう気分悪いっ、なんであたしらが責められなきゃなんないのよ」
「ぜったい許さないあのクソビッチ、痛い目見せてやんなきゃ気がすまないっ!!」
「おっ、いいねそれ、その話乗った」
「あたしも。いびり倒してガン泣きさせてやる」
「いじる?」
「いや、いじめる。ってか、いっそのことヤッちまうか?」
「それなら文化祭当日にしようよ。去年卒業したセンパイたちにも声かけてさ。ちょうどうってつけなのがいるし」
「ここなら客も来ねーし、見回りも半日に1回あるかないかだし、外から閉じ込めちまえば逃げられねーしなあ!」
下卑た笑い声を聞くのが嫌で、ぼくは耳からイヤホンを取り払った。
これは……とんでもないことになった。
ジョスリーヌちゃんに伝える?
それとも先生に言って……
いやダメだ。そんなことをしたら、ぼくがしていることがすべてバレてしまう。それじゃ面白くない。
どうせ言えないのなら、もっと面白いほうがいい。
そうだな、どんな手順ならいいだろう。
ぼくは使える道具と手駒を指で数え始める。
録り貯めたジョスリーヌちゃんの声に囲まれながら、鼻歌交じりに作戦を練る。
……これでいこう。
これなら一石二鳥。ゴミ共をジョスリーヌちゃんの前から一掃できる。
おまえら、首を洗って待ってろ。ぼくが全員消し去ってやる。
ゴトーっ!!
おまえもだっ!!
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