第4話 契約
「で、どうするシュリよ」
訝しげな、または怯えた視線を送る村人を横切り、いまだうずくまる兵士たちの前にきたマリウスはシュリに向かって質問する。
「とりあえず、あれ出して」
「そうだな」
マリウスはバックから1枚の紙を取り出す。どうやら交渉に使うべく、族長のムーからこの森に関する契約書を預かっていたようだ。
「んじゃ、後よろしく」
「……私が言うのか」
シュリは面倒なのか、マリウスに丸投げする。シュリに呆れつつ、ドリュアスとの契約内容を読み上げていく。
「と、いうわけだ。貴様らはこの契約を破棄しているが……許可は取っているのか?」
マリウスは尋ねる。しかし、兵士からの返答はない。
「ふむ、やはりか。事情は分からんがここは領土の中間だ。なぜここの木々を切り倒している?」
マリウスは再び問う。しかし、兵士からの返答は別のものだった。
「そのためだけなら話し合いでいいだろ!」
その言葉にシュリはピクリと無い眉を動かす。そして、マリウスの魔法を通して言葉を放った。
「お前らなぁ、急にこんなネズミや魔族が来て話し合いなんてするやつがいるか? そんなわけねぇだろ! 第一、先に契約を破ったのはお前らだぞ? ま、お前らを切ったのは確かだから事が済んだら治してやるよ」
急にネズミの言葉を理解したことや言われたことにびくりとする兵士たち。
「ま、とにかく木の伐採は中止しろとお前らの上司に言えや。文句あるなら今度は魔王様直々に来てもらうからな」
「ま、魔王……わかった、いったん手を引こう」
兵士たちは”魔王”という言葉にびくりとすると、その言葉に恐怖したのか承諾をする。
「よし、わかったな。なら約束通り治してやるからとりあえず武装解除しろ」
シュリの言葉に対し、シュリに恐怖している数人は武装解除するが、残りの兵士の1人が声を上げる。
「なぜ武装解除せねばならない!」
「あったりめーだろ、お前らどうせ治った途端に襲う可能性もあるしな」
正論を言われ、黙る兵士に対し、武装解除した兵士に近づきさらにシュリは言葉をつづける。
「それになぁ……今お前たちを殺してもいいんだぜ?」
シュリは手に持っている剣を兵士の1人の首筋にあてた。兵士の首筋からは一筋の血が流れ出る。
「わ、わかった。武装を解除しよう」
仲間を人質に取られたためか、残りの兵士も次々と武装を解除していく。
「よし、全員したな。じゃ、とりあえずマリウス、武器をこいつらの手の届かないとこに集めてくれ」
マリウスは未だその場から動けない兵士たちを一瞥し、兵士たちの武器を集める。
「とりあえず傷を治してやるよ。ちょっと待ってな」
マリウスが武器を集める中、シュリは草陰の中へと走り出す。マリウスが武器を1か所に集め終わる頃、シュリはカバンを持ってやってきた。
シュリはカバンから一振りのネズミサイズの小さな白い杖と中心が青黒く光る丸い指輪サイズの球を取り出す。杖の持つ部分は捻じれた形をしており、先端には青い球が捻じれた杖に絡め捕られるようにして付いていた。
「よっし、治すからそこから動くなよ」
言われなくても動かない、というか動けない兵士たちは「罠か?」と思いつつも、動かないでいた。だが、1人の肩口に傷を負った兵士は足に怪我を負っていないため、その場から後ずさる。どうやら警戒をしているようだ。
「おいおい、殺すならさっき殺しているわ。ま、治りたくないならいいけどな」
シュリはそういうと、杖を地面に刺し、青黒い球を前に手を当て、何かの詠唱を唱える。すると、何かの文字が六芒星の周囲に浮かぶ白い魔法陣が杖を中心に広がっていく。その魔方陣はいつしか村全体へ広がる。
「全ての生命よ、その傷を癒せ。”
シュリが魔法を発動させると、兵士たち全員のの傷はみるみる塞がっていく。また、鞭を受けていた村人の背中もまた回復していく。どうやら範囲型の回復魔法らしい。魔法の効果が終わると、中心が青黒かった球の色が少し色褪せる。
兵士たちは立ち上がり、動作の確認をする。そして、切られる前と同じと理解する。
「じゃ、さっさとお前らの上司の下に行け」
「ぶ、武器を返してもらおう」
「治っても敵は敵だ。それはできねぇ。さっさと帰りな」
シュリに手ひどくやられたせいか、兵士たちは渋々と村から出て行った。
「あぁー、疲れた」
シュリは背中をボキボキと鳴らし、戦いの疲れをほぐす。
「さっきの詠唱はなんだ?」
マリウスは尋ねる。なぜならマリウスは、自分の持つ2つの魔法のうちの1つ”俯瞰”を発動するとき、詠唱などをせず、イメージの保管によって魔法を発動させたためだ。
「ああ、そのことか。それはな、種族の違いによるものだ。魔族ってのは体内に魔力があるからイメージだけで魔法を発動できる。だが、俺みたいな人間や獣人、獣は違う。体内に魔力が無いから詠唱によって魔力の質を変化させ、魔力を誘導する必要がある。だからさっき詠唱をしたんだ。ま、道具とかで簡略化はできるが」
シュリは「ちなみにこれが魔力の源だ。魔力の漏れないよう特殊な加工がされている」と青黒い球を突きながら続けた。
「なるほど、そういう事か。ではその杖は?」
「これか? これは魔法を起動起動するための道具だな」
マリウスは納得をすると「では、そろそろ村人の話を聞くか」と言いながら村側へ振り返る。しかし、村人たちはこちらを怯えた目で見ながら半身を家屋に隠している。
(まぁ、当然か……)
先ほどの戦闘のためか、はたまた、魔族に怯えるためか、マリウスが村人へ視線を向けるとビクリと体を震わせ身を隠す。しかし、不思議なことに彼らは逃げ出すようなそぶりを見せないでいる。
「? なんであいつら隠れているんだ?」
シュリは自らの疑問を口にする中、マリウスはスッっと息を吸い込むと、村中に響く大きな声で言葉を放つ。
「私はドリュアス達の族長代理で来たマリウス! 森林伐採の件でこの村の代表者と話をしたく、ここに参った!」
マリウスの声に村人達は顔を見合わせる。その顔には期待と不安が織り交ざったような表情をしている。数刻後、一人の褐色の肌をした初老の男性が姿を見せる。来ている服はみすぼらしいが、その顔には多くの皺が刻まれており、この村の年長者という事を感じることができる。
「私がこの村の村長、ハロルドです。何かお話があるようですので汚いですが私の家で話をしませんか?」
マリウスはその言葉を承諾すると、シュリにマーを呼ばせた後、村長の家へと向かった。
・・・
マリウスと、マーを連れたシュリはハロルドの家へ通される。入口には扉はなく、簾が掛かっているのみで、内装は木製のものが多い。また、中にも扉というものはなく、部屋はすべて簾によって区切られている。マリウス、シュリ、マーは、ハロルドに勧められた藁製の座布団に座り、改めて自己紹介を行った後、口を開く。
「私たちは先ほど兵士たちにも言ったとおり、ドリュアス一族との契約を破ったことに対して、なぜそのようなことを行ったのかを聞きたい。ハロルドさん、兵士たちはなぜ使いもしないのにここの木々を切り倒すのだ?」
マリウスは疑問を口にする。マリウスはここへ来る直前村の周囲を見て回っていた。村の周囲には伐採させた後、1か所に集められているものの、ただ放置されている木材を発見した。また、見回りの間に馬に乗った兵士たちの後ろ姿も目撃していたが、そこには、輓獣などの木材を運ぶようなものは見受けられなかった。そのことからマリウスは、兵士たちが木材の為ではない何かのために木を伐採していたと推測した。この言葉はそのために出た疑問だった。
「……私どもは国の末端のただの村人です。そのため、国の命は受けますがその詳しい内容は知りませんが、彼らは何かを掘り出すためにここに来たようです。そのために気が邪魔なため、木々を伐らせていたようです」
「国とはどこの国だ?」
マリウスの言葉に対し、ハロルドは少し驚くが、魔族には興味のない事だったのだろうかと思い直し、質問に返答する。
「この村はマルクス帝国、第8代エドワード・リ・マルクス皇帝の収める領地です」
シュリは何かを思い出したようで、顔をしかめる。
「ふむ、因みにここに埋まっているもので心当たりはあるか?」
村長は少し考えたあと、「金……ですかね」と答えをだす。
「しかし、ここの金は全て魔力に犯されているため、貨幣的な価値はないはずです」
シュリに詳しく聞くと、どうやら金は世界で流通している貨幣に使われている金属だそうだ。しかし、人間の身体に長時間魔力を晒すと、身体に不調をきたす。そして、現在の技術では透過率の高いもの意外、魔力を抽出する方法が無いため、金が魔力を帯びている状態で身近に触れる貨幣へ変えると、人体への影響を無視できないため、貨幣価値がないそうだ。
「そんな危険なものが埋まっているこの場所に住んでいて大丈夫なのか?」
「ええ、どうやら地中に埋まっているためか害を感じたことはありません」
マリウスは思案する。なぜ兵士たちは価値のない物のために魔族の領土にもかかわらず木々を伐採していたのかを。しかし、情報量の少なさからか、答えは出るはずもなく、話を次へと進める。
「なるほど、お前たちが故意に木を切っていないことは分かった。ではもう1つ聞こう。なぜ村人が兵士たちに鞭を打たれていたのだ? 同じ国民だろう」
その言葉に対してハロルドは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「先ほども言ったとおり私たちはしょせん国民の末端。私たちが死のうが彼らには特に痛手にはならない。そのため、私たちは使い捨てのように彼らに使われるのです」
ハロルドは表情を変えず、苦しそうに言葉を紡ぐ。村長の言葉に対して、マリウスは一瞬笑みを浮かべる。
「そうか、なるほどなるほど、つまりこの村はあの兵士たちに恨みを抱いていると」
「そ、そんなことは……!」
村長は否定の声を上げようとするが、今までの仕打ちを思い出したためか、言葉を詰まらせる。
「無理に否定するな。ここにいるのは1人と1匹の魔族と獣と同じような仕打ちを受けたお前と同じ人間だけだ」
マリウスの言葉に詰まらせた息をハァと吐く。そしてマリウスへと本心をぶつける。
「あなたの言うとおり、私たちは彼らにいい印象を抱いておりません。そして逃げようにも南は魔族の領、北に行くにはお金が大量にかかる。そのため、どうすることもできないのが現状です」
「そうか、大変だったな……もし、私がその兵士たちを退けると言ったらどうする?」
マリウスの言葉に一瞬明るくなるが、すぐにもとの苦しげな顔に戻る。
「お気持ちは嬉しいのですが、あなたは魔族、そして私は人間。本来対立関係にあるものに助けられるとなれば私達の立場がありません。処刑されてしまう可能性もある。それに、1度退けたとしてもおそらく彼らはまたやってくるでしょう」
ハロルドは諦めるように言葉を放つ。その言葉に対してマリウスはまたニヤリと笑みを浮かべた。
「それは分かっている。しかし、私の案は私やシュリが彼らを退けるのではない。あくまでここに住まうものが行う」
「私達には到底そんなことできませんよ」
弱々しく言うハロルドに対して、マリウスは言葉を続ける。
「なにを勘違いしている。彼らを退けるのはこの森に住む魔族、ドリュアスだ」
マリウスはマーの頭に手を置き、ハロルドを見据える。
「元々、私たちが来たのは彼らドリュアスの住む森の木々を断りなく、契約以上伐採されたためだ。我々は伐採をやめてくれればそれでいい。それに傷を与えても契約を盾にすれば向こうも何も言えまい」
ハロルドはマーを見つめる。マーのその可愛らしいとしか形容できない姿に不安を覚える。
「とにかく、だ。ドリュアス達が事を成功させた暁には、お前たちは今後、無断で木々を伐採することを禁じさせてもらおう」
「そ、そんな……!」
「安心しろ、ある程度はドリュアス達に言っておこう……で、どうする?」
ドリュアスはそういうとやけにニヤついた笑みで返事を待つ。どうやらその笑みに自分で気付いていないようで、隠そうともしない。
「……わかりました、任せます」
ハロルドは最後の望みとばかりに祈るように手を組み、返事をした。
「よし、承った。……それとお前たちには準備段階で仕事があるかもしれん。その時は手伝え」
「わ、わかりました」
「さて、奴らはあとどれくらいで来る?」
「近くの村でも同じような事をしていると聞いたことがあります。そのため、往復を考えるとおよそ4時間ほどかと」
「そうか、では準備をするとしよう」
マリウスはそう言葉を残すと、シュリとマーを連れ、出ていく。マリウスが出て行った背中を見送り、ハロルドは1つ、ため息をついた。
約1時間後、マリウスは約3000体のドリュアス達を引き連れやってきた。
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