第5話 1つ1つの小さな力

 マリウスたちは再びドリュアス達の村へとやってきた。


「……と、いうわけだ」


 マリウスはフィーレ村であった出来事と、交わした約束を族長ムーと、その他ドリュアス達へ伝える。


「私たちが人間を倒すです?」

「そうだ、お前たちがやるのだ」

「不可能です!」


 ムーは声を上げる。あまりに突拍子のない話に対し上った驚愕と怒りの混じった声だった。


「安心しろ、私は別に剣や盾を持ち戦えと言っているのではない。お前たちには魔法があるだろ、私の考えだとそれを用いればおそらくは100人小隊にも勝てるだろう。1人の犠牲も出さずにな」


 その言葉にドリュアスたちは驚愕の声を上げる。それもそのはず、ドリュアスとは温厚な生き物であり、体内の魔力も多くなく、むしろ少ないと言われる部類の種族だ。野生の凶暴な獣と戦闘をしようものなら数秒後にはただの肉塊になってしまうような、そんなだからだ。


「……ど、どうやって」

「確かにお前たちには力が無い、魔力も強力な魔法も。それは事実だ。たった1匹では戦おうとする相手にはなすすべもなく蹂躙されてしまうだろう。だがお前たちにはあの村人よりも勝っているものがある。何かわかるか?」


 自信の弱さを理解しているためか、それとも単に答えが出ないためか、弱さを肯定するように沈黙が訪れる。


「……わからないか。お前らとあの人間たち違い、それは数だ! 圧倒的なまでの数。確かに1匹のみでは力も弱い、だがどんなに力が弱くとも、それが3000ともなれば強大な力へと変換できる。そう、お前たちの持つ魔法を集約すればな」


 マリウスは、また無意識にニヤリと笑みを浮かべる。


「とにかく時間が無い。奴らはあと3時間強でやってくる。フィーレ村へ移動するぞ。全員だ」


 マリウスは約3000匹のドリュアスを引き連れ、フィーレ村へ向かった。


・・・


「……これほどの数いたのですか」


 丸太の上に座るフィーレ村村長ハロルドは、隣に座るドリュアス族長のムーに向かって話す。ムーの隣にはマリウスとシュリが丸太に座っている。


 現在、村人たちはドリュアスの魔法をより効率的により強大なものにするべく、ドリュアスと協力しつつ、マリウスが念話によって遠距離対話と語源翻訳をしながら、北にある畑を掘り返し、魔法陣を描いている。完成形は半径30mほどになるだろう。また、村人の何人かは兵士が来た時にマリウスたちに伝えるために兵士の来るであろう方向を監視している。


「知らなかったです?」


 ムーは返事をする。その返事には少しの怒りが含まれている。村人のせいではないと納得はしたものの、完全には許しはできていないようだ。


「そう怒んなって、これが終わればまた今まで通りだ」

「ま、それもそうです」


 しかし、納得はしているため、ムーは割り切った返事をした。


「にしても魔族と、それも普通なら意思の疎通のできないあなた方と話せるとは」

「まったくです。まさか人間と話すとはです」


 2人の長は全く同じ言葉、そして真反対の感情を持ってセリフを吐く。


「お前ら仲悪すぎだろ、これから仲良くやってけばいいのに」


 そんな2人にシュリは呆れたように言う。また、マリウスは全く同意見だと首を縦に振った。


「お前たちは協力するべきだ。お互い弱い立場にいるが、協力すれば大きな力が出せるのだからな。今回、それを私が証明しよう」


 マリウスは村にあったノートにペンで何かを書いている。


「証明できなければ住処無くなるです?」

「大丈夫だ、必ず成功する」


 ムーは尋ねるが、その問いに対して即座にマリウスは否定した。しかし、当のマリウスは自分がなぜこれほどまでに自信を持って言えるのかを理解していない。だが、なぜか身体のどこかで成功するという事を確信していた。


「ま、大丈夫だろう。こいつ……マリウスがそういうんならな」


 シュリはマリウスの何かを理解しているらしく、同じくマリウスに同意する。


「「……そうですか」」


 2人の長は同時に返事を返す。


「さて、終わったようだ。我々も行くとするか」


 マリウスはノートを閉じ、瞼を閉じ、”俯瞰”を発動させると魔法陣ができたことを伝えた。


 北を見ても、その大きさから全体図ははっきりとは見えないものの、マリウスの目には六芒星とその周囲に描かれる幾何学的な様々な文字によりなる魔法陣が写った。


「ふむ、良い出来だな」


 マリウスは次の指示をドリュアス達に出しながら、魔法陣の中心に向かった。


・・・


 太陽が傾き、周囲を朱色に染めるころ、すべての準備が終わった。現在、魔法陣には、村に一番近い円周上にいるマリウスとムーのみが確認でき、他のドリュアスや村人たちの姿は周囲には確認できない。


 そんな夕刻、村の遠方から30ばかりの影がフィーレ村へ向かってくる。それはらは皆一様馬に乗っており、同じ模様の入った鎧と刀、盾を身に着けている。どうやら先ほどシュリが撃退したマルクス帝国の兵士たちの仲間のようだ。


 兵士たちはフィーレ村の畑に佇む魔族、マリウスを確認するとさらに馬を加速させるべく手綱を持ち上げる。だが、その手はマリウスの声により止まった。


「人間どもよ止まれ!」


 兵士たちは一度その馬並を止める。


「貴様! 何者だ!」

「私はここフィーレの密林に住む魔族、ドリュアスの族長ムーです」


 その声に対し、返事を行ったのはドリュアスの族長ムーだ。マリウスの念話により、ムーの声が兵士たちに伝えられる。


「お前たち人間は我ら魔族の領土である森へ許可なく侵入し、そして破壊したです。そんな奴らを再び領土付近へ近づけるなど、言語道断です! もし、これ以上の侵入を行うのであれば武力を持ってそれを阻むです!」」


 その言葉を聞いた兵士たちは声を上げて笑い出す。弱小種族であるドリュアスが武力行使すると言ったためだろう。


「なるほど、我らの領土であるフィーレ村へ侵入しあまつさえ刃向うというのか、よかろう! 我らもフィーレ村のため、貴様らから武力を持ってフィーレ村を取り返そう!」


 兵士たちは取ってつけたような、しかし、納得のいく大義名分を得たためか、剣を抜き放つ。


 マリウスはそのことを確認すると、一言言葉を放つ。


「やれ」


 その言葉を放った途端に、魔法陣の周囲の地面に隠れていた3000匹のドリュアス達が地中から姿を現し、ドリュアス唯一の魔法を行使する。それにより兵士の周囲の堀、魔法陣が緑褐色に輝きだす。兵士たちは光に対して驚きの声を上げ、逃げようと手綱を振り上げる。が、それは周囲の地面から生えてきた9つの植物により阻まれる。


 急に飛び出してきた植物に馬は驚き、数人の兵士はその反動で地に落ちた。その間も植物はぐんぐんと成長していき、僅か数秒の間で兵士たちの周囲は僅かな隙間を残し、樹木の壁で覆われる。


 みるみるうちに成長する超巨大樹の周りでも変化が起きていた。地中から巨大なジャガイモやサツマイモが顔を出す。それらは魔法陣中央の木々ほどではないにしろ、成長というには過剰すぎる成長をしている。


「おお、素晴らしい」


 マリウスはぽつりとつぶやく。魔法陣からは未だに緑褐色の輝とともに成長する超巨大樹。星のエネルギーをすべて吸い出すかのようにその全長を伸ばし、枝を伸ばし、その青々とした葉を広げながら成長を続ける光景は、とても神秘的であった。


 どうにか超巨大樹から抜け出した兵士たちもあるものはサツマイモの蔓が絡みつき、あるものはジャガイモの巨体で押しつぶされる。


 約1分間、魔法により急激な成長を終えた樹木とその周囲の作物。巨大樹の全長は500m、9本の木と木が捻じれあったような形の木の幹は半径5mを超えているようだ。周囲の作物も魔法陣の中心から遠くなればなるほど成長が少ないが、巨大樹の周囲の作物はその大きさを元の30倍ほどに成長していた。


「……な、なんと、これは」

「おお! すごいです! すごいです!!」


 いつの間にか、マリウスの後ろへ集まっていた村の人間たちは唖然とした顔をしながら声を上げる。一方でドリュアス達は自ら生み出した勝利に歓喜の声を上げている。


 ”植育”それはドリュアスの持つ固有魔法で、言葉の通り魔力を変換し、木々や作物など、植物を急成長させる魔法である。しかし、この魔法には、もう1つの能力があり、魔力量に比例し、その注がれる魔力が大きければ大きいほど、植物の成長限界を大きく突破し、成長させることができる魔法である。そのため、周囲の作物までも通常ではありえない大きさに成長した。


 また今回、魔法陣の中心には9つの苗木を潜ませた。そのため、兵士たちの周りで木々が成長し、兵士たちを囲うような形でその行く手を阻んだ。


「うまくいったな」

「当たり前だ」


 マリウスとシュリは短く言葉を交わすと、ムーを連れ巨大樹に向かう。


 巨大樹には20人強の兵士がその中に閉じ込められている。巨大樹には1つの人1人が通れる大きさが穴が開いている。だが、その中からは誰も出てくる気配がない。


 マリウスが巨大樹の中を覗き込むと兵士たちは皆、木々の根に手足を絡み取られており、とても動ける様子ではない。マリウスはムーと共に巨大樹の中に侵入すると、兵士たち一人ひとりに視線を向ける。


 兵士たちの中に、1段と豪華な装飾がされているうつ伏せ兵士を見つけたマリウスはそれに向かって話しだした。 


「貴様がこの部隊の隊長か?」

「あ、ああ、そうだが」


 その声は恐怖に震えながらも、視線はしっかりとマリウスを見据えている。


(腐っても1国の兵士というわけか)


 マリウスはそう認識を新たにすると、隊長と認めた兵士の前に落ちている剣を拾い上げ、兵士に向かって振るう。


 兵士は殺されると思いながら固く目を閉じる。が、一向にやってこない痛みに対してその眼を開けた。その視界にはマリウスが兵士の右手を絡め取っている木の根をその剣で断ち切ろうとする光景が見える。


「私たちはお前たちを殺そうなどとは考えてはいない。もちろん、今後の行動によってはその可能性が無いわけではないが。ともかく、ひとまず話をしよう。」


 マリウスは兵士の四肢を開放すると、剣を手に持ったまま傍に隆起している木の根に座る。


「おっと、もし不審な動きがあったら貴様らの仲間とは会えなくなることを忘れるな。安心しろ、何もしなければこちらも何もしない……一応名前を聞いておこうか」


 立ち上がった兵士に対してマリウスは再度忠告をする。


「俺の名前はバーンズ、この部隊を指揮する部隊長だ。で、話ってのはなんだ?」


 バーンズは周囲に目を配りながら言った。バーンズの目には青い肌をした魔族であるマリウス、体長10㎝程の白いネズミのシュリ、そして、同じく体長10㎝程の人形のような体をしたドリュアス、ムーの姿が映る。


「ま、話すのはこいつだ」


 突然喋り出すネズミに対して体をびくりと反応させるバーンズだったが、シュリの向ける顔の方向、ムーへと目を向ける。


「私の名前はムー、ここフィーレの密林で暮らすドリュアスの族長です」

「ぞく……ちょう……」


 バーンズの反応は驚きであった。なぜなら、彼らはドリュアスをただの知能の低い弱小種族で、到底人間のようなコミュニティを作れるとは考えていなかったためだ。


 バーンズが驚いている間も、ムーは言葉を続ける。


「ここ、フィーレの密林は我らドリュアスが魔王様から授かった大切な領土です。魔王様の命により、人間との契約以外でこの森の木々を伐り倒してはならないと仰せつかっておりますです。そのため、この森への被害はたとえ魔族であろうと魔王様への反逆、人間であれば宣戦布告と受け取っても構わないです」


 突然のムーのセリフにさらに驚きを加速させるバーンズであったが、ふとあることを思い出して鼻で笑うようにセリフを吐く。


「ふん、何を言う。魔族は力のみで己の地位を定める社会。その社会ではお前のような弱小種族はゴミ同前と聞いたが、そんなお前たちに対してその魔王様は何かするとは考えられないがな」


 一思いにセリフを吐いたのち、思い出したかのようにマリウスへ視線を向ける。しかし、魔族を嘲笑ったバーンズに対し、マリウスはなんの反応も示さない。それを良かれと思ったのか、バーンズは言葉を続けようとするが、その言葉をシュリが止める。


「ようは魔王が戦争の意思を見せればいいってわけだな?」


 シュリはニヤリと笑う。そして、カバンから1枚の紙を出す。その紙には魔王の調印のされた戦争開始の命令を指示する内容が書かれていた。


「な、なぜ……なぜこんなものが!? いや、ありえない。早すぎる」


 バーンズは恐怖に震える。なぜなら今回の採掘はまだ始まったばかりの計画で、また、先ほどのバーンズのセリフの通り、魔族とは弱者に関心のない物が多い。そのため、この数日ですでにこのような紙が出回るのはおかしいと感じたためだ。


 実はここにある調印はドリュアスの持つ契約書の調印をシュリがネズミらしくその前歯で掘ってできたもので、よくよく見ればその調印の形はところどころ歪であるが、混乱するバーンズには気付けなかったようだ。


 マリウスはバーンズの不安に対し、追撃するように次の言葉を言う。


「もし、戦争を起こしたくなければ今すぐこの地から手を引け。私は魔王の命によりこの地にやってきた。この命令書はまだここ、フィーレの密林のみにしか送っていない。魔王曰く、手を引けばこの命令を取り下げるそうだが、どうする?」


 マリウスはバーンズに囁きかける。もちろん魔王の命というのは嘘であるが、しかし、現在錯乱しているバーンズには疑う余地はなく、バーンズはその命令書をびりびりに破ると、マリウスに向かって拳を放った。


「このくそ野郎があぁぁ! ……あ、ぐ」

「静かにしな」


 しかし、その拳はマリウスにあたる手前で止まる。バーンズの首元にはいつの間にかバーンズの肩に移動したシュリの剣があてられていた。その剣の鋭利さを示すかのごとく、首から一筋の血が流れ落ちる。


「手を引くか、続けて戦争するか、2つに1つだ。どうする? 今ここで決めろ」


 シュリの言葉に冷や汗を流し、思案しようとするが、直後から開始されたシュリのカウントダウンによってバーンズはすぐさま承諾する。


「わ、わかった! わかったって! 俺たちはここから手を引く! 退くからその剣を下してくれ!」


 バーンズの必死な承諾に、シュリは一つため息をつくと剣を首筋から離した。その直後、ドサリとバーンズが倒れる。


「次来たら命が無いことを覚えておけ」


 マリウスはそう最後に言葉を残すと、手に持っていた剣を兵士の足元へ投げた。ガシャンと巨大樹の中には似つかわしくない金属音が鳴り響く。


「っさて、帰るか」


 シュリの言葉でマリウスとムーは巨大樹から出て行った。


 剣を投げつけられたバーンズは、おもむろに首筋へと手を当てる。そこには脂汗と共に未だ流れ落ちる血の不快な、しかし生きている感触を感じた。バーンズは四肢を投げ出し、先ほどの出来事を思い出す。


 その出来事の中で最も鮮明に記憶してしまった、首筋に剣を当てられた時に放たれた1匹のネズミからは到底出るとは思えない、恐るべき、圧倒的なまでの殺気を。


・・・


 マリウスたちが巨大樹を出てからすぐ、その部隊の部隊長バーンズは巨大樹や、巨大作物につかまった兵士たちを助け、逃げるように撤退していった。


「「「「うおぉぉぉぉぉ!」」」」


 部隊の撤退を見送るとドリュアスたちと村人たちは、一斉に歓声を上げた。二度と来ることのない虐げられる生活に歓喜したのだ。


 そして、1つ不思議なことが起こった。マリウス、シュリ、ムーが村人の前を歩くと村人たちはまるで崇拝するように頭を下げていく。


「ん? どうしたんだこいつら?」


 シュリは疑問を投げかける。その光景はどう見ても感謝にはいくらなんでも過剰であり、まるで神を奉っているかのような雰囲気を醸し出していたためだ。


「よし、計画通りだな」


 マリウスはぼそりと呟くと、ドリュアス達を集める。ドリュアスが集まる中、顔を上げる村人は誰1人としていなかった。


「皆、顔を上げろ」


 集まり終え、マリウスが一言言葉を言う。その言葉に村人たちは顔を上げる。全員の顔が上がると、ムーは1歩前へ出て、演説を始める。


「今回、私達ドリュアスは人間の兵士を撃退したです。しかし、私達だけではあれほどの魔法を使えなかったのも事実です。だからお前たち人間の助力には感謝しているです。だから、今後も契約以上のフィーレの木々を伐り倒さないなら、今回の事は不問にしてやるです」


 ムーは言い終わり、反論はないか人々を見る。しかし、その人々の目はなぜか希望に満ち溢れた目をしていた。そんな村人の眼差しを受け、少したじろぐムーに対してフィーレ村族長であるハロルドは代表して言葉を綴った。


「ムー殿、此度は間接的とはいえ我々を助けていただき感謝しています。あなた方の魔法はとても素晴らしく、我々は目を奪われました。そして、撃退の中、我々への贈り物までしていただいて……なんとお礼を言ったらいいか。もしよろしければ今後、我々と共に暮らしてはくれないでしょうか? どうかお願いします」


 実はこの村はもともと人間に適した食糧が作りにくい土地となっていた。なぜなら地中には魔力に犯された金が埋まっており、その魔力を微小ではあるが作物が吸い出してしまう。そのため、村人は年を重ねるごとに緩やかではあるものの衰弱してしまう傾向であった。しかし、今回行った莫大な魔力を用いた魔法には、地中に埋まっている金のにある魔力も用いられていた。そのため地中の金の魔力は無くなり、さらに地上には安全かつ巨大な作物が成長している。そんな光景を目の当たりにした彼らはドリュアスに対して特別な、まるで救世主のような考えを抱いた。そのため、ハロルドはドリュアス達との共存を、できなくとも、感謝を捧げた。


 まさかの発言にドリュアス達とシュリはたじろいでいた。しかし、マリウスはこのことを見越して計画を練ったため、驚いてはいなかった。


「ふぇ? きょ、共存です?へ?」


 ムーは訳が分からないといった様子で、なぜ人間たちが自分たちにこれほどの敬意を払っているのかわからないでいた。そんなムーにマリウスは助言する。


「ムーよ、前にも言ったとは思うがお前たちは弱い。そしてこの人間たちもだ。しかし、その力が合わされば今後も今回のような形で強者を屠れるだろう。だから共存を受け入れてはどうだ? なに、魔王に言ったりはしないさ」


 マリウスの助言により、ムーは少し考え、その後にまずは一定期間のみ承諾をする。


 承諾を受けた村人たちは歓喜に打ち震えた。シュリはやれやれといった感じでその光景を見る。そして、何かを納得するように頷きマリウスに言う。


「またこんなことをやっちまうとは。さすがはマリウスだな」

「ん? 以前にも行ったことがあるのか?」


 シュリのという発言に疑問を口にするマリウスだが、シュリはなんでもないというと、未だ歓喜する村人たちに目をやる。


「……はやく世界がこんな風にならないかな」


 シュリは誰にも聞こえない声量でつぶやくと、今後の予定をまとめるべく、マリウスと話をし出した。


・・・


 村人たちの歓喜も鳴りやみ、2日後の朝を迎えたフィーレ村では、語源の講習を行っていた。マリウスは”念話”により人間とドリュアス、どちらの言葉も理解しているため、今後、自分が居なくなった時のために教えているのだ。


「……と、言うわけだ。後の、詳しい訳などはこのノートに書いてある。もしお前たちが意思疎通をしたいならばこのノートを見ながら独学でやれ。私は向かうところがある」


 一通り、基礎的な語源を教え終えたマリウスは自分がこの村から去ることを伝える。このことは前々からわかっていた事なので特に反論はない。


「いい加減出発しようぜ……ふぁーぁ」


 シュリは欠伸をしながらマリウスに言う。シュリは何もしていなかったのかというと、そうではなく、トワの湖に向かうべく、マリウスの食糧を調達していた。そのためか、眠たげな眼をマリウスに向けていた。


「そうだな。では今後、2種族間で共に助け合い暮らすことを期待している」


 マリウスは最後のセリフとばかりにそう言い放ち、シュリと共にフィーレの密林へと向かった。


 後ろからは村人や、ドリュアス達の感謝の声が聞こえる。その声を背中に受けつつ、二人は去った。


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