第2話 密林の村
太陽がちょうど自分たちの真上に来るころ、ミーの案内により、1人と2匹が木々の間をしばらく歩いていると、大きく開けた場所に到着した。そこ中央にはボロボロのしめ縄がしてある巨大木があり、空へ向かって枝を広げ、そこから青々とした葉を広げている。どうやらこの空間はこの大木によって光が遮られ、光を多く必要とするそれ以外の木々は育たないようだ。
「ここです」
「ここって……何もいねーじゃん」
シュリの言うように辺りを見てもコケや草丈の低い植物が生えているのみでミーのような生物を確認できないでいる。
「ちょっと待ってくださいです。族長に状況とを説明して連れてくるです」
そういうと、ミーはマリウスの手を振りほどき、中央の巨大木へ行くと木を登り始めた。
「おおー、すごいな。あんなちっこいのに木に登れるのか」
「そうだな。待つとするか、私も少し疲れた」
マリウスはウエストバッグから手書きの図鑑を取り出すとドリュアスとフォルウルフを調べ始める。この図鑑はどうやら50音順で並んでいる生物図鑑のようで目的のページはすぐに見つかる。そのページには右上に手書きの挿絵とその生物の情報が載っている。内容は以下の通りだ。
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名前 フォルウルフ
種族 魔獣
魔力 中
性格 凶暴
寿命 約20年
生育場所 密林や渓谷などにある横穴を巣穴に用いる
食性 肉食
念話 不可
崖や地面の横穴に生息する魔獣。肉食ではあるが自分の体格の2倍以下の生物を捕食する性質がある。雌雄は生まれた時から分かれており、胎生。巣にて雌雄が1対で繁殖行動を行う。主に1族でまとまって行動するが、繁殖期に入ると若い雄は1匹で行動し、雌を探す。体内の魔力は個体が群れの危機を感じた時、テレパシーを使い、危険信号の合図を送るために使われる。一族との結束力は強いが、別の同族集団には敵対行動をとることが多い。
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名前 ドリュアス
種族 魔族
魔力 小
性格 温厚
寿命 約1000年
生育場所 密林等の樹木の上部の枝
食性 草食 ※下記参照
念話 可
密林の奥深くに生息する魔族。※生命維持に必要なのは木々から吸収する生命力と少量の水。雌雄はないが、死後そこが緑豊かな土地であれば死体から新たに個体が発生する。(土地の状態によっては2体同時に発生することもある。)頭の葉には光合成等の機能はなく、日光を遮るためと仲間への合図や、警戒にに用いられる。樹木を育成を補助しながら生活する特性があり、それによって樹木は通常よりも長く生きる傾向がある。また、植物の成長を急激に早める魔法も所有している。このことから樹木と共生する性質があると考えられる。戦闘に関しての魔法、技能は持っていないため、同族との結束力が強く、集団生活する性質をもつ。その分多くの木々を必要とするため、密林や樹海等、木々の多く生育する場所に生育すると考えられる。友好関係を深めれば種族問わずとても協力的になる。
備考 友好関係を深めれば砂漠化などの環境問題を解決できる可能性あり。
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図鑑の先頭を見ると、種族や魔力などの分類の説明があり、種族には獣、人間、獣人、魔族、魔獣の5つと植物、魔樹に分類されており、例外はあるが人間、獣人、魔獣は念話が通じる種族だそうだ。また、魔力については魔力とは魔法を使うのに必要なエネルギーであり、様々な鉱石や魔樹、魔族、魔獣が保有しているが、人間や獣人、獣にはないエネルギー、そして、人間や獣人、獣は短時間なら大きな影響はないものの、魔力に長時間触れ続けていると、魔力に身体が蝕まれるようだ。
ちなみに聞いてみるとシュリは”自分は獣だから持っていない”と答えた。そして魔族、魔獣は魔族または魔獣、魔樹を、人間、獣人、獣には人間、獣人、獣、樹木でしか栄養を摂取できないという大きな違いがある。
図鑑で調べている途中、シュリの様子を見てみるとフェアウルフを解体していた。手馴れているのか見事な手際で解体しているのが確認できる。
(それにしてもドリュアスとは、見た目に似合わず凶暴な名前だな)
そうこうしているうちにミーが後ろに1匹の体長10㎝強のドリュアスを連れてやって来た。
「お待たせしましたです。我が村の族長、ムーです」
ミーの後ろにいるムーと呼ばれたドリュアスはミーの前へ出るとマリウスに向かって言う。どうやら、この”です”という語尾は一族共通らしい。
「シュリ殿、ミーを助けてくださってありがとです。私の名前はムー、この村の族長です」
どうやら勘違いをされているようだ。
「いえ、私の名前はマリウス。シュリはこの白いのです」
「おお、そうですか。改めてありがとです」
「なんてこたねぇよ」
シュリは予想していたのか、なんともないという雰囲気で受け答えをする。
「ミーから聞いたですが、助けてくれるですか?」
「できることならやりますが。しかし、他のものはどうした?」
「助けてくれるのであれば呼ぶです」
どうやら族長というだけあって慎重なようだ。どうしたものかと考えていると森の中から2匹のドリュアスが駆けてくる。
2匹は族長の前に急停止すると、マリウスに気づき少し驚くが、特に動きを見せないと分かると、絶え絶えの息も整えようとせずしゃべりだす。
「族長! 族長! 大変です!」
「マーとクーですか。どうしたですか?」
「人間たちが木を! 木を!!」
「マー、クー、落ち着くです」
ムーが二匹を落ち着かせると、マーとクーは話し始めた。話を聞くと、どうやら二匹はミーと同様に調査に出かけたドリュアスで、調査をしていると三日前まで西端の木々がかつてない速度で切り倒されていると言う。木々の生命力を主食とするドリュアスには無視できない事態のようだ……が、
(西端か、端の木々が切り倒されたところでここまでの被害は及ばないはずだが、そこまで焦る必要はあるのか?)
マリウスが疑問を感じる中、ドリュアスたちの話は進んでいく。
「族長、どうするですか?」
「なるほど、しかたないです。とりあえず皆を集めるです」
ムーがそういうと頭頂部に頭の葉を押さえる。ムーの顔が少し緑色になると頭頂部に押さえられた葉が細かく震え始める。
ピーーーーーー
周囲に甲高い音が響き渡る。マリウスとシュリは思わず耳を塞ぐ。鳴りやんだ数秒後、周囲の木々の枝からヒョコヒョコと薄黄色の可愛らしい人形のような顔が出てくる。
「元気に帰ってきたです!」
「マーたちが帰ってきたです!」
「皆無事です?」
口ぐちに仲間の安否を心配しながらドリュアスたちは降りてマーとクーの下へ集まる。どうやらドリュアスの中ではミーは大きい部類に入るらしく、他のものの体長は5㎝~15㎝ほどだ。
「皆、私の下に集まるです!」
族長の一声によりそれまで自由に動いていたドリュアス達は族長ムーの一声により一斉にムーの目の前へ整列する。その数約3000。身長のせいでマリウスの目には約3000枚の木の葉が一斉に動き出すように見える。
「見事な統率力だな」
マリウスが関心しているとムーは族長らしく、高くはあるが威厳の感じさせる声で話し出す。
「皆の衆、西端の森が今、人間たちによって切り倒されているです。今までも木は伐り倒されていたですが、今はその約10倍の速さで切り倒されていると調査員の報告があったです。これは由々しき事態です。森が無くなれば我ら種族は生きていけず、それだけではなく魔王様より管理を任されたこの森も無くなってしまうです」
ドリュアスたちは住処のピンチを聞いたせいかざわついている。中には泣き出しているものもいる。ムーはそれを予測していたように声を一段と大きくする。
「だが! 私たちの危機にミーが助けを呼んでくれたです! それがこの御二方、マリウス殿とシュリ殿です! ミーの話によれば、なんとこのシュリ殿は1人でフェアウルフと対峙し、無傷の勝利をしたです!」
いままで蚊帳の外だったため、急に名前を呼ばれたマリウスとシュリは驚きのせいか顔を見合せる。
(なるほど、確かにこの状況ならそうそう断れない……族長殿は意外と策士だな)
マリウスが感心していると、ムーはこちらを振り返り、返事を求める。その眼はすがる様でありながら断られる可能性を微塵も考えていない目をしていた。また、その奥には約3000匹の可愛らしい目がこちらを見ている。
(……か、かわいい)
シュリがドリュアスに見とれている中、マリウスはシュリの反応を待たずして返事をする。
「わかった。我々もできる限り手伝おう。いいな?」
「あ、ああ」
1人と1匹の返事にドリュアスたちはキャッキャと歓声ををあげる。案の定、マリウスがフェアウルフを倒していると勘違いしているため、マリウスに対して”ウルフキラー”という称号がついていたが……。
トントン拍子で進んでいく状況にマリウスはめまいを覚えつつ、やるべきことを思案し始めた。
(やれやれ、なんだかんだで引き受けちまったか……フェアウルフは俺がやったのに)
マリウスの承諾とマリウスに対する称賛に少々の不満を抱いているシュリだった
・・・
族長がシュリがフォルウルフを倒したことを皆に知らせた後、マリウス達に詳しい話をするべく、食事中のマリウスたちに族長ムーは話を始めた。ちなみに食事内容だが、携帯食料の半分はシュリのものだったようで、シュリは携帯食料の中の干し肉を食べている。一方マリウスはシュリに”もったいない。食えるものは食え”と言いながら、シュリの手持ちのナイフと粗めの鉄を持ちいてファイヤースターターの要領で点火し、フォルウルフの肉を焼たのをマリウスが食している。ちなみに魔族と人間は味覚が大きく違うらしく、マリウスがシュリの食べている干し肉を食べたところ、形容しがたい味を感じ、すぐに吐き出した。
ムーの話によると、魔族と人間は太古の昔から争っており、この森は魔王と呼ばれる魔族を統率する王により統括している地と人間の統括している地の中間地点であるそうだ。彼らはこの地の統括を任されているが、中間地点という事もあり、人間の森林伐採も一定許容値は認める契約をしたため、定期的に森の外れにあるのフィーレ村という人間の村の人々が木を切っていると契約書と共に説明される。そして数年前、一時期は絶滅の危機に瀕していたドリュアス達を、1代前の魔王が助けたこともあり、その恩から森を守ることを使命としていた。そんな一族という種全体の命を救った恩人から託されたこのフィーレの密林に、契約以上の害を与えている人間に対して反感を買っているのが現状である。
また、ドリュアスについて聞くと、ドリュアスは基本的に自分の食糧となる1本の木に住みつき、その木と共に生涯を終える傾向があるようだ。また、ドリュアスの魔法は図鑑に書いてあるよりも強力なもので、10匹が魔法陣と共に1本の苗木に魔法を行使すれば、相乗効果によりたちまちその苗木は立派な樹木へと成長するそうだ。これは、人数を増やせばまた更に巨大な樹木になるとか。
「なるほど、その前魔王への恩返しも兼て人間たちに対抗しようというわけだな?」
マリウスが確認すると族長ムーは力強く頷く。そんな彼らの思いとは裏腹にその戦いで仮に全滅してしまっては魔王が種を助けた意味が無くなってしまうのではとマリウスは感じていたが、彼らの死すらいとわない妄信的なまでの思いを感じた今、それを言えないでいた。
「……一つ気になるんだけど、その森林伐採ってホントに村の人間がやってんの?」
マリウスが何もしゃべらないため、しびれを切らしたシュリが率直な疑問を投げかけた。
「どういうことです?」
「いや、だってなんで村人たちは今まで守っていた契約をわざわざ破ってまで木を切るメリットが無いじゃん。それに何かアクシデントがあってそのために木材が必要になったとしても、普通は許可を貰ってから切るもんじゃない? 木は1本切り倒すのに相当労力を使うのにそれを急に10倍の速度で伐採をしているってことは他の助力者がいるってこと」
シュリが一息に言い終わる。誰も反論できないでいると、シュリはやれやれと肩を竦める。
「ま、とにかく今必要なのは正しい情報。マリウス、とりあえず一度その村に行くぞ」
全滅するよりはいいかとマリウスは思い至り、調査をするべく、シュリと、村への案内役としてマーをつれ、フィーレ村へ向かった。
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