第17話 2人の皇帝
「なんてことしてくれたんですか!」
冷たい牢屋にハルの声が響く。衛兵が去った牢屋は煌々と燃える松明がハルとマリウスのいる牢屋を照らす。
ここはマルクス帝国の地下にある牢屋。牢屋の道は入口から真っ直ぐに続いており、道の左右に檻によって仕切られた牢屋が設置されている。牢屋とはいってもここは一時的に収容される場所のようで、周囲の牢屋にはそれほど多くの収容者は無く、ここに入る際に持ち物などを取られることはなかった。
「だから言っただろ? 乱暴な方法だと」
隣の牢屋にいるマリウスは答えるが、その声に悪びれた様子はない。
「いや、これ城には入ったけど皇帝様には会えませんよ? というか、なに渡したんですか?」
ハルは顔に青筋を浮かべる。が、石壁によって遮られているため、その顔はマリウスには見えない。
「安心しろ。しばらくすれば解放されるさ」
マリウスには危機感が無いのか、欠伸を1つついた。
「しかしあれだな、この時間を街の散策に当てたいものだ」
「何言ってんですか! ・・・・・・はぁ」
「お主達、何者だ? 見ない顔だが」
どこからか声がする。マリウスとハルは周囲を確認し、声の主を見つける。マリウスの牢屋の右前、ハルからは見えない角度の牢屋に金色の髭を蓄えた初老の老人が座っていた。しかし、その身なりは平民の者ではないと1発で分かるもので、羽織っているローブはあらゆる場所に細かい細工がしてある。また、その扱いも違い、マリウスたちが麻が敷かれているのみに対し、その牢屋には見るからにフカフカのベッドや、机や椅子も置かれている。
「あなたは?」
「おお、失礼した。私はクロード・リ・マルクス。7代目の元皇帝だ」
「皇帝?」
マリウスは訝しげに観察する。確かにそれを証明するような身なりと扱いはされている。
「皇帝殿であったか。失礼、私の名前はマリウス。行商人をしている。さきほどの無礼を許してほしい」
「マリウス・・・・・・はて、どこかで聞き覚えが・・・・・・?」
クロードは首を捻る。だが答えは出ないようで考えるのをやめる。
「しかし、皇帝ともあろう方がなぜこのような場所に?」
「お主、知らないのか?」
「い、いや、ここ数年国へは帰っていなくてな」
どうやら皇帝がここに居ることは周知の事実らしく、とっさのウソをつきつつマリウスはうっすらと冷や汗をかく。クロードは一瞬目を細めるが、何かを悟ったように向き直る。
「そうか、商人たるもの情報は命だぞ?」
「心得ておく」
「で、私がここに居る理由だったな。この間魔族と戦ったのは知っているか?」
「ああ、それは知っている」
「知っているとは思うが、停戦協定を受諾したのは私だ。その為か私へ反発する者も多くてな。今回の戦いでその導火線が切れたらしく、この通りというわけだ」
クロードは乾いた笑いをする。だが、その笑い声にはどこか空虚だ。
(元々魔族との停戦は教会あたりから反発でもかっていたのだろうか)
「してマリウスよ、お主たちはなぜここに? お連れがずいぶんと騒いでいたが」
クロードは柔らかな笑みを浮かべる。そこには先ほどのような悲しさは無く、慈愛に満ちている。
「いや、皇帝に会おうと思ってな」
「エドワードにか、なぜだ?」
「あれだ、新武器というものが気になってな」
クロードは新武器という言葉に一瞬顔を顰める。すぐに顔を戻すが、その顔の険しさは僅かに残る。
「武器・・・・・・か」
「ああ、あとこれを探しにな」
マリウスは何気なく記憶の入った緑の水晶を見せる。クロードはそれを見ると目を大きく見開く。
「・・・・・・それをどこで?」
「これを知っているのか?」
クロードは目を伏せる。何かを考えているようだ。しばらくして、何かを決意したような顔でマリウスに向き直る。
「お主、先代魔王を知っておるのか?」
「・・・・・・ああ、そうだが」
マリウスはクロードからでた先代魔王という言葉に驚きを隠せないでいる。まさか、自分の探しているものを皇帝が知っているとは思っていなかったらしい。思わぬチャンスにマリウスは戸惑う。
「そう・・・・・・だな・・・・・・明日の夜、コルネの酒場で待っていてはくれんか? いや、まずはここから出ねばなるまいか」
「私たちはおそらくもうすぐ出れるだろう。明日コルネの酒場だな、わかった、待っている」
「マリウスというのはここに居るか!?」
クロードは何かを言いかけるが、それよりも早く衛兵がマリウスを呼ぶ。
「私がマリウスだ」
「お前か。皇帝陛下がお呼びだ。来い」
「私の連れも頼むぞ」
マリウスとハルの牢屋の鍵が開けられる。マリウスは出ていく際、クロードはマリウスに視線を向ける。その視線には何かを探るようなものが含まれていた。
・・・
マリウスとハルは城の会議室に通される。会議室には長机と周囲に置いてある何席もの椅子があり、周囲には5人ほどの衛兵。最奥には現皇帝エドワード・リ・マルクスが座っている。
「良く来たね。先ほどの扱いを許してほしい」
エドワードは薄く笑いながら謝罪を口にする。だが、その笑みには少々陰りを感じる。
「こちらこそお会いできて光栄です」
マリウスとハルは一礼をする。そして、エドワードに勧められ椅子に座る。
「で、これはなんなんだい? とても興味深いが」
エドワードは机に置かれている、マリウスが衛兵に渡した正八面体の青く透き通った水晶を指す。
「私の見たことのない陣を用いているね。
「ええ、その通りです。古代に使われたとされる五芒星の魔法陣を用いたものです。皇帝陛下にぜひ見せたく持ってまいりました」
エドワードは関心の声を上げる。しかし、その目線はすぐに別の物に向けられる。
「して、お前はどこでこれを?」
エドワードは一枚の紙をマリウスたちへと向ける。紙には何かの設計図が描かれている。
「お前はこれが何か知っているのか?」
「ええ、もちろんです」
エドワードはマリウスに鋭い視線を向ける。その目には僅かばかりの殺意が含まれていた。
「これをどこで?」
「私も長く旅をしていましたのでね」
マリウスの答えにならない答えにエドワードは静かに業を煮やす。マリウスがエドワードに渡したのは、先の戦争でも使われた魔導銃器――ブラスターの設計図だ。エドワードはこの未知の設計図の持ち主であるマリウスから情報を聞き出すまでは手を出せないでいた。
「こちらからも質問をよろしいですか?」
「なんだ?」
「皇帝陛下はどこでそれを手に入れましたか?」
マリウスはエドワードに対し、鋭い視線を向ける。その視線には僅かばかりの怒気が混ざってしまう。
「自身が答えないのに同じ質問を返すとは・・・・・・どういうことだ?」
「その答えに関しても皇帝陛下が答えてくださった後にお答えしましょう」
エドワードはマリウスを睨み返す。エドワードは腹の中は煮えくり返っていた。マリウスの言葉を訳すなら、自分の質問を優先して答えろということ。つまり、マリウスはこの国の最高権力者であるエドワードを差し置いて、こちらの指示を聞けと言っているようなものだ。
エドワードは腹の中に溜まったものを空気と共に吐き出すようにふぅと溜息をつく。エドワードにとってマリウスは未知の存在であり、また、貴重な情報源の他ならない。エドワードは今後の事を考え、下手に出ることを決意する。
「自国で開発した・・・・・・と言ってもこれを持っているという事はそれも虚言だと分かってしまうか」
「ええ、もちろん」
「そうか・・・・・・では話そう。これは父上の部屋にあったものだ。だから詳しい出所は知らん」
「そう・・・・・・ですか」
「で、なぜお前はこれを?」
エドワードはこちらに向ける視線をさらに鋭くさせる。
「・・・・・・私が設計した、といったら?」
マリウスは慎重に言葉を放つ。だが、その言葉に対し、ブラスターの威力を知る周囲はざわつく。そして、マリウスをバカにしたように笑い出した。それも当然だろう。今まで
「・・・・・・それは真か?」
「ええ、そうです。そうでないとこんな危険な事しませんよ」
マリウスはにっこりと挑発するように笑いかける。
「私の以前作成した設計図が無くなっていてな。それを探していたら帝国で使われていた。製作者として気にならないわけがない」
エドワードはマリウスを注視する。皇帝という職務はその性質上、周囲に嘘が蔓延るのが常。その嘘を見破り、上手く扱うのは皇帝という地位のものにとっては日常茶飯事である。エドワードはそんな皇帝たちの中でも特にそれが優れており、相手の言動をはじめ、顔の変化や手の動作などからそれを判別するのに長けている。だが、そんなエドワードの目をもってしても、このマリウスの発言を嘘と判断できなかった。
「そうか、ではそれが真実として、お前はどうそれを証明する?」
「証明・・・・・・ですか。どうやって?」
「そうだな、ではこのブラスターの性能よりも高い性能の設計図を描いて見せよ。期限は・・・・・・1月でどうだ?」
「ええ、承知しました」
マリウスはあっさりと承諾する。おそらくブラスターの制作自体かなりの時間がかかったのだろう。だが、そんな未知の技術を使用するこの設計図の改良案の提出をあっさりと承諾したマリウスは自身にそれだけの力を持つと確信している証拠だ。エドワードは期待の目をマリウスに向けずにはいられなかった。
「ところで皇帝陛下、あなたは何を求めているのですか?」
「何・・・・・・とは?」
マリウスの唐突な質問にほんの少し、言葉を詰まらせる。
「いえ、皇帝陛下は先日魔族との戦いの際、ブラスターがありながら魔族に勝利をしなかったとお聞きしたもので」
「な、何を言う!」
マリウスの発言に対し、周囲の衛兵が声を荒げる。が、それもエドワードが手を上げ止める。
「事実だ、そう騒ぐな」
「し、しかし・・・・・・」
「で、何を求めているのか・・・・・・だったな」
「ええ、領地や魔族に関心が無い様に思えまして」
「まぁその通りだ。だが、その問いの答えはまた機会があったらにしよう」
エドワードは「では1月後、期待しているぞ」と言い残し、この場から去っていった。マリウスはその背中を見送りながら思案する。今後、どのようにしてこの国と友好関係を築くのかを。
「マリウス様、行きましょうか」
隣で静聴していたエマはマリウスに視線を向ける。その視線には困惑と怒りが混ざっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます