第16話 潜入する者たち

「お、着いたみたいですね」


 シュリの言葉通り、遠くに城の城門が見える。城壁は高くそびえており、何者も通さないような威圧感を感じる。


 マルクス帝国。2年前に皇帝が変わって以来、凄まじい勢いで小国を飲み込んでいる国である。マリウスの行ったフィーレ村もその1つである。


 マリウスとシュリは野宿をしながらここに来たわけだが、道中はもちろん魔物にも襲われたわけだが、魔物たちはハルの見事な風魔法で倒された。ハル曰く、得意なのは火の魔法だそうだが、森林や草原など、燃えそうな環境だったため、2番目に得意な風の魔法を用いたそうだ。道中、トールライダーの運転も練習したおかげで今ではしっかりと操ることができる。


「しかし、見事な城壁だな」


 マリウスの素直な感想を聞きながら、ハルは首に下げた宝石を用いて変身魔法を行使する。薄い光に包まれたハルのはみるみる内にその肌を白くさせ、その髪は黒く染められていく。尖っていた耳も人間特有の丸みを帯びた物になり、腕に生えた羽毛も腕に張り付きなじむようにして人間の腕へと変化していく。


「マリウス様もそろそろ変装を」


 人間の中では美人の部類に入るであろう変身を遂げたハルはマリウスに向かって助言する。マリウスも自らの変身魔法を行使する。その青い肌は人間特有の色に変わり、角が頭へと引っ込む。数十秒後、そこには長い黒髪を後ろに垂らした褐色の好青年がいた。


「……これでいいか?」

「ええ、素晴らしいで出来です」


 ハルは素直に褒めると、トールライダーを城門へと走らせる。


・・・


「おい、止まれ」


 開け放たれた城門前、マリウスとハルの乗っている馬車は城門前の兵士によって止められる。衛兵はマリウスたちに訝しげな目を向けながら他の衛兵を呼ぶ。兵士の声に城門の脇にある扉から3人の衛兵が出てくる。


「見ない顔だが、帝国に何しに来た?」

「私たちは行商人です。採掘した鉱石をここへ運んできました」


 ハルは衛兵の鋭い視線を気にすることなく平然と嘘の理由を並べる。衛兵は他の者に指示をだし、馬車の中を調べさせる。


 馬車の中は表面上は鉱石類が積んでおり、一見するだけでは鉱石を運んだ行商人に思われるだろう。


「……で、通行手形は?」


 馬車を調べた衛兵は未だに疑り深い視線をハルに向ける。ハルはまた平然とした顔で答える。


「それが、道中魔獣に襲われてしまって……その際に紛失してしまいました」

「紛失……ねえ」


 紛失という言葉を聞いて衛兵の目はさらに厳しいものになる。その視線にハルはにっこりとさわやかな笑顔で答える。


「……にしてはどこも傷ついていないように見えるが」

「ええ、向こうで修復しましたので……あ、すみません。手形の代わりと言ってはなんですが、これを」


 ハルは腰に下げてある皮袋から4枚ほど金貨を取り出し、衛兵へ渡す。衛兵は一瞬目を見開くが、その顔はすぐに醜悪なものへと変わる。


「これでよろしいでしょうか?」

「いや、足りんな」


 その醜悪な顔を変えようともせずに衛兵はその視線をハルの腰に付けた皮袋へとやる。どうやらすべて寄越せと言っているらしい。ハルは溜息を一つつくと皮袋を衛兵へと投げる。


「仕方ありませんね、これでいいですか?」

「ええ、行商人様。ではお通りください」


 衛兵は先ほどとは打って変わってにこやかな営業スマイルへと顔を変え、対応をする。マリウスはその顔に少し嫌悪感を覚えながら門を通った。


 門の先は馬車が2台ほど通ることができるであろう帝国の大通りとなっており、地面も石畳によって舗装されたもので馬車で移動していても揺れは少ない。左右には民家と思わしき住宅や宿、飲食店などが並んでいる


「しかし良かったのか?」


 マリウスはハルに問う。その内容はもちろん先ほど袋ごと衛兵に渡したことだ。


「大丈夫です。あの中には大した額は入っておりません。それに我々はここに入るために来たのですから」


 ハルはさわやかな顔をマリウスに向ける。しかし、その眼差しはひどく真剣なものだ。


「そうだな」


 二人はトールライダーを走らせる。その間、マリウスが左右を歩く人々や露店の商品に目を奪われるが、馬車なので問題なく目的地へと到着する。


「ここは?」

「ゴートン・エドワード様の屋敷です」


 マリウスは見上げる。そこは貴族の屋敷が並ぶ地域でその中の1つの屋敷の前で足を止める。見事な造りの屋敷の前へ着くと、ハルは馬車から降り、屋敷へ続く石畳を何の躊躇もなく進んで行く。


 ハルは扉の前へ着くと、3度ノックをする。数秒後、屋敷からはマリウスの見たことある青年が姿を現した。


「何のご用でしょうか?」


 屋敷から顔を出した青年――マルクはハルに尋ねる。ハルはさわやかな笑みでそれを迎え、小さく言葉を発した。


「エマ・クリントン様の使いの者です。ゴートンさんに会いに来ました」


 マルクはという言葉にびくりと体を反応させる。が、すぐに「どうぞ」と扉を開け放った。


「馬車を入れても?」

「ええ、大丈夫です」


 ハルはマリウスに手でこっちに来るように伝える。マリウスは見事な手綱さばきでトールライダーを操り、屋敷内の庭の一角に止めた。


「久しぶりだな」

「・・・・・・そうですね」


 マリウスは顔の部分だけ変身魔法を解く。だが、エマの城ではあまり接点が無いせいかマリウスの問いに対するマルクの返答が少し遅れる。


「で、ゴートンさんには会えるでしょうか?」

「ええ、ここではなんですので、お二人とも中へどうぞ」


 マルクはハル達を屋敷の中へと案内する。屋敷の中は外見同様見事な装飾や調度品、細部まで装飾のしてある家具が所々に置かれている。


「お二人ともお下がりください」


 マルクは書斎にある本棚まで来ると、本棚の隅にある本を引き出す。本は途中まで動き、カチリと音が鳴った。


ゴゴゴ・・・・・・


 地鳴りのような音と共に本棚が横へとずれる。そして、その下にはぽっかりと空いた穴と下へと続く階段が出現した。


「着いてきてください」


 マルクは階段脇に吊り下げられたカンテラを持つ。カンテラの中には拳大の石が緑色に輝いていた。


 一行は階段を下り、その先にある扉を開ける。扉の先には周囲が本棚で囲まれている部屋があった。


「父上、エマ様のご友人が来られました」


 マルクの声に部屋の奥にある扉が開く。そこからゴートンが現れた。マリウスとハルは変身魔法を解き、魔族の姿にその体を変化させる。


「おお、お久しぶりですマリウス様・・・・・・お隣は?」

「ハルピュイア・バーバー、魔王様の側近をしております。今後ともお見知りおきを」


 ハルはゴートンに見事な一礼をする。ゴートンもそれにつられおずおずと一礼を返す。マルクは役目が終わったとばかりに来た道を戻る。


「魔王・・・・・・ですか。最近魔王様は変わったと聞きましたが」

「ええ、その通りです。ですので現在の魔王様はゴートンさんの知らない方が行っていますが、その方も先代の遺志を継いでいますのでご安心ください」


 ハルは雄弁に語る。まるでその言葉に嘘が無いかのように。どうやら元勇者のシュリが魔王の座に着いている事は明かさないようだ。


「では、勇者様との関係も?」

「ええ」


 ハルはその笑顔を崩さずに答える。しかし、馬車旅をしていたマリウスには夜中に何度も襲ってくる魔物に向ける感情の一旦である殺気を僅かに感じる。この話題はこれ以上続けないほうがよさそうだ。マリウスは話題を変える咳払いをする。


「で、私達がここへ来た理由だが、これを見たことないか?」


 マリウスはカバンから緑色に発光するマリウスの記憶の入った水晶を取り出し、ゴートンに見せる。


「これは・・・・・・なんでしょうか? 見たことがありません。よく似た物なら知っていますが」


 ゴートンは首を振る。どうやらここには置いてないらしい。水晶をしまうマリウスの顔は落胆の色を示している。


(ここに無いとなると、他に当てが無いな)


「どうしましょうか?」


 ハルはマリウスに向き直る。ハルにも特に当てがないようだ。マリウスは少し頭を悩ませ、ハッと顔を上げる。


「・・・・・・王へ会いに行くか」

「・・・・・・今なんて?」

「王に会いに行く」


 マリウスは断言する。


「聞きますが、なぜ?」

「彼らの武器が気になる。ハルの知っての通り、彼らは魔導銃器を作っていた。もしかしたらあれは私が原因かもしれない」


 マリウスの言葉は重い。それは戦火の中死んでいった者たちの為か、他の理由か。


「どのようにお会いするつもりですか?」

「安心しろ、策はある」


 マリウスは笑うが、ハルはそれに少し不安を感じた。


「ともかくありがとうございました。また何かあれば前の様に情報をお願いします」


 ハルは腰に付けたカバンから幾枚の金貨を置く。どうやら衛兵に渡した金貨はほんの一部だったらしい。ゴートンは拒否するが、ハルはその笑顔を崩さず受け取るよう促す。そんな行動が何回か続くが、ゴートンはとうとう押し負け、金貨を受け取る。


「では、行きましょうマリウス様」


 ハルは要は済んだとばかりに部屋を出ようとする。ハルの勢いに押されマリウスも共に出ていく。


「あ、あとしばらくトールライダーを置いて行きますのでご了承ください」


 ハルはにこやかな笑顔を去り際に振りまく。どうやら先ほどの金貨はこれの為でもあったようだ。ある意味恐い女性だとマリウスは思いつつゴートンの屋敷を去っていった。


・・・


「で、どうします?」


 町を歩くハルは尋ねる。現在、マリウスたちは城へと続く道を歩いて行く。ゴートンの屋敷を出たばかりのせいか、周囲には同じように豪華な屋敷しか見受けられず、閑静な道となっている。


「私の推測では、皇帝は周囲の国々を取り込むつもりだろう」

「それはそうでしょう。マハト王国は元々ここと交戦状態だったのですから」


 マリウスは首を振る。


「いや、おそらくバロス皇国も取り込むつもりだ」

「・・・・・・根拠は?」

「彼の今回の戦闘の目的はなんだと思う?」


 ハルは少し考え、その元々出ている答え以外の答えが出ないため正直に答える。


「それは、マハト王国の侵略の第一歩にするつもりだったのでは?」

「確かにそれもあっただろう。だが、それは本来の目的ではない。おそらく今回の戦闘の目的は魔導銃器・・・・・・つまり新武器の実験だろう」


 マリウスはその顔に深い影を落としながら自らの思考を披露していく。


「もし、本当に侵略するつもりであれば宣戦布告など行わないだろう。ただでさえ人間には魔族は不浄の者と、死すべきものと思われているのだからな。奇襲でもなんでもするべきだ。そして、私の停戦願いを聞き入れたこともそれの理由づけになる」

「なるほど。で、どのようにして会おうと?」


 ハルの問いに対し、マリウスはカバンから1つの正八面体の青く透き通った水晶を取り出す。


「これは戦争前、私が作っていたものでな。時間操作のできる魔具だ」

「時間操作・・・・・・ですか」


 ハルは少し困惑したような顔をする。現在、魔族や人間の使える魔法の中に時間を操作できるものなど無く、噂ですら聞いたことが無いためだ。


「ま、とはいってもまだ未完成の代物で周囲一定空間の時間の遅延には成功した。これを献上すればおそらくは・・・・・・というわけだ」


 ハルはなぜそんなものを相手に渡すのか未だに納得がいかないようで、困惑の表情を見せる。


「しかし、それが敵の手に渡った場合の私たちの被害は甚大ではないのですか?」

「いや、それは無いだろう。この水晶は莫大な魔力を必要とし、効果も数十秒と短い。まぁ、いうなれば欠陥品だからな、これを渡せば・・・・・・」


 マリウスは言葉を飲み込む。この魔具は古代の遺物アーティファクトの魔法陣が組み込まれており、おそらくこれを研究すればマルクス帝国の魔法水準は大きく飛躍するだろう。そして、もしそうなればそれがもたらす被害の大きさは想像ができない。


(私の研究では五芒星はこの世界の環境に適してはいない魔法。これ単体ではどうすることもできないはずだが・・・・・・)


「ま、おそらくは少々強引な手段にはなると思うが、許してくれ」

「はぁ、そうですか」


 ハルは言い知れぬ不安を胸に抱えつつ、マリウスに任せることにした。


 マルクスたちは城の城門前へ到着した。跳ね橋の向こうにある城門は固く閉ざされており、その門前には1人の衛兵がいるのみだ。衛兵は特にやることが無いためか、ボーっと空を眺めている。


「頼みがあるのだが」


 マリウスの声にハッとし、衛兵は我に返る。


「なんでしょうか?」

「エドワード皇帝に渡したいものがある。調べてもらって構わないが、お願いできるか?」


 マリウスはカバンから先ほどの水晶と1枚の手紙を渡す。衛兵はそれを受け取ると、「少々お待ちを」と言って別の衛兵と交代をし、城の中へと入っていった。


 そして数分後、城門の前には衛兵たちに捉えられるマリウスとハルの姿があった。

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