第2章 第1章 芽吹き出す種

第15話 シュリとハル

「さって、じゃ、準備するか」


 部屋からマリウスが去り、シュリはマルクス帝国へと向かうべく持ち物の整理を開始する。


「シュヴァルツ様、お食事の用意が……何をなさってるのですか?」


 シュリがカバンに荷物を詰めているところで、ハルが部屋へと入ってくる。初めは穏やかだったその顔は険しい者へと変化していく。


「ん? ああ、帝国へ行こうと思って」

「……マリウス様の御出立ですよね?」

「いやいや、俺も行くぜ?」


 シュリはカバンへの整理を行っており見えていないようだが、ハルの額にピクリと青筋ができる。


「シュヴァルツ様、まだ留守の分の業務が終わっておりませんが?」

「そうだな」


 ハルは怒りから体を小刻みに振るわせながら、シュリの武器を拾い上げ、背中に隠す。


「で、いつ出発なさるのですか?」

「んー、明日かな? あれ? 剣どこ行った?」


 ハルは右手を前に差し出し、力を込める。ハルの手には仄かに青い光が纏う。


光壁ライトウォール


 ハルは一言、呟く。それと同時にシュリの周囲に光の壁が球状に展開される。この壁は大きな力を1点に与えないと壊れない、時間制限のある壁で、本来は敵からの攻撃を防ぐために使われる。


「ん? お、おい卑怯だぞ! てか、高位魔法使うなよ!」

「いーえ、出しません。仕事が終わるまでここに居てもらいますからね」


 光の壁をどんどんと叩くシュリにハルの冷たい視線が付き刺さる。


「くっそ」

「あ、壊そうとしても無駄ですよ。武器はここにありますので」


 ハルは背中に隠した剣を見せる。シュリは観念したかのように胡坐をかく。


「なぜマリウス様のみで向かわせないのですか?」

「あいつ常識ってもんがねぇんだよ。フィーレの村で人間の兵士に突っ込もうとしたんだぞ?」

「……確かに問題がありますね」


 ハルはマリウスのあまりの常識のない行動に思わず苦笑いする。


「それにあいつのやること知ってるやつも俺くらいだし」

「では、クリントン様は?」

「いや、駄目だ」

「なぜです?」

「あいつはあいつでやることがあんだよ」

「……では私が行きましょう」

「だから俺以外……は?」


 シュリはあまりの予想外な発言に顔を上げる。そこにはうんうんと満足そうな顔で頷くハルの姿が映る。


「……なんだって?」

「いえ、ですから私が行きます」

「……なんでそうなる?」

「シュヴァルツ様は仕事がありますし、それに事情を知っているものは他に私くらいですので」


 ハルはニコリと笑う。シュリは唖然としたままハルを見つめる。


「で、でも、お前あの国のこと知らないし、それに姿はどうすんだよ!」

「それでしたら、私、ある程度は帝国の事を勉強してますし、シュヴァルツ様の持っているネックレスの予備があったはずです」

「い、いや、それでも」

「それにもし帝国にシュヴァルツ様の正体がばれたらどうするのですか? 私なら顔が割れてないし、バレても飛んで逃げればよいですしね」


 ハルの怒涛の言葉にシュリは「うぐぐ」と歯噛みしている。


「おい、ハルの仕事はどうすんだよ!」

「私の仕事はすでに終わっています。後はシュヴァルツ様の仕事のみですので。お暇をもらいますね」


 ハルは「では、そういう事で」と言い、部屋を出ていく。シュリは「……まじかぁ」と言いながら、床に転がった。


・・・


「では、行きましょう!」


 明朝マハト王国城門前、ハルの元気のいい言葉が草原にこだまする。門前にはハルとマリウス、シュリに馬車を引いたトールライダーと呼ばれる、全身に羽毛の生えた灰色のダチョウのような魔獣がいる。


「シュリよ、どうしてこうなった?」

「いや、俺もこうなるとは」


 二人はお互いに耳打ちをする。実のところ、マリウスは今朝まで道具の開発をした後、朝食を食べようとしたところハルの「出発しますよ」という一言から最低限の準備の下、っこに連れてこられた。


「というかなぜ今日なのだ? 聞いてないぞ」

「それは……すまん、多分俺のせいだ」


 シュリは昨日の発言を思い出し、謝罪をする。ハルを見ると、まるで遠足前の子供のようにはしゃいでいる。


「ほら、速くいきましょう! あ、あと、ちゃんと仕事してくださいよ」

「う、わ、わかってるよ」

「では、マリウス様乗ってください」


 ハルはマリウスをせかし、馬車に乗せる。ハルは「行ってきまーす!」と言うと、トールライダーの手綱を操り、あっという間に平原を駆けて行った。


「……あいつら大丈夫か?」


 シュリはあまりの出発の速さにやれやれと息を吐き出しながら城へ戻っていった。


・・・


「おい」


 マリウスとハルが乗るトールライダーはその持ち前の脚力を活かし、馬車を引きながらぐんぐんと広い平原を駆けていく。


「おい!」

「なにか?」


 トールライダーの風を切る音で小さな音はかき消されてしまう。


「私は何も聞いてないぞ! なんでお前と共に行く? なんなんだこの生物は? 食糧はどうする?」

「ちゃんと説明しますから、落ち着いてください!」


 マリウスの言葉にハルは大きな声で諌める。そして、トールライダーの速度を落とし、1つ1つ答えていく。


「まずシュリ様の事ですが、あなたが常識に欠け、誰かがついていないとダメとのことで、仕事が無く、事情の知る私が今回同行させていただくことになりました。また、この魔獣はトールライダーと言ってこの大陸に広く用いられる運搬用の獣です。最後に食糧ですが、ここにある程度積み込んでありますし、最悪人間の領地に住む魔族に貰うこともできるでしょう」

「ふむ、では帝国に入る算段はあるのか?」

「ええ、私達はこれから帝国へ行商人として忍び込みます。おそらく3日ほどで帝国へ着くでしょう。そこで検問があるでしょうが、手形などが無くてもお金を払えば通れるので大丈夫でしょう」


 ハルは白い歯を見せながら腰の皮袋を叩く。皮袋からは金属のぶつかる音がした。


「さすがだな」

「え?」

「いや、あのシュリをうまく扱い、そして、昨日の今日というのに準備が完璧だ」

「お褒めにあずかり光栄です」


 ハルはさわやかな笑みを見せる。マリウスはそんなハルにまた質問を投げかける。


「そういえば、シュリとはどのように出会ったのだ? ずいぶんと仲が良く見えたが」

「……シュヴァルツ様は私の命の恩人ですから」


 ハルは空を見上げる。雲1つ無い澄み渡った空はどこまでも続いているように見えた。


「私とシュヴァルツ様は7年前、バロス皇国でが出会いました。バロス皇国は現在もですが奴隷制度を敷いており、私はそこで奴隷として売られていました」


・・・


――7年前


 バロス皇国の地下。松明の明かりが石の壁を薄暗く照らすじめじめとした空間。そこに並べられた檻の1つにハルピュイア・バーバーはいた。


 その肌は現在とは違い、白く、服も麻でできたボロを着ており、手と足、首には金属でできた錠が付けられており、この錠には魔法を封じる力がある。他の檻にはリザードマンやなどの魔族が同じような形でそれぞれ檻に入れられている。


ガチャ


 この空間にある唯一の格子でできた扉が開き、2人の屈強な男と、1人のでっぷりと肥えた男が入ってきた。


「あとはここに居るやつらだけだ」


 屈強な男は肥えた男に乱暴に言い放つ。無論、肥えた男はその乱暴な言葉に顔を顰めつつ、檻の中を次々と舐めるように見る。


「……やはり魔族はどれも良いのがおらんのぉ。サキュバスはもう持ってるしのぉ……お?」


 肥えた男はハルの檻の前でその目を見開く。


「……これはハーピィか?」

「ああ、そうだ。高いぞ」

「そうか、良く捕まえられたのぉ」


 肥えた男はハルの身体をじっくりと見る。その目はハルにとって不快であった様で、思わず後ずさりをする。


「よし決めた。こいつにするぞ」


 肥えた男はハルを指さしながら屈強な男に話す。屈強な男は手でこちらへ来るように指示を出し、肥えた男と共に出て行った。


「……」


 ハルには人間の言葉は理解できない。しかし、自分の置かれている状況を理解しており、今までこのように目の前で立ち止まった檻に入った魔族たちはどこかへ連れてかれていくのを見ていた。そのため、次は自分の番という事を理解した。


 数分後、屈強な男たちがハルの檻の前へとやってくる。男たちは檻の扉を開け、ハルの首に繋がる鎖を引き、檻から出るように促す。


 ハルは抵抗する。だが、その抵抗は屈強な男の手から放たれる電撃によって無力化される。


「……」


 ハルはその鋭い眼光で睨み付けるが、男はそれを無視し、ハルを引きずるように鎖を引く。


 その時、天井から破壊音が鳴り響く。


「……なんだ?」


 男は見上げる。だが、地下の為上階の様子を知ることができない。


「戻ってろ」


 男はハルを蹴りあげ檻へと戻す。そして、檻を閉めようとした瞬間、大きな金属音と共に格子の扉が勢いよく開く。そこに立っていたのは華奢な体をした少女だった。上半身には黒いキャミソールに革製の真っ赤なショートジャケット、下半身は真っ赤なホットパンツという軽装に顔全体を覆うフルフェイスの兜、そしてその華奢な体に似つかわしくない二振りのロングソードを手に携えている。


「……チッ」


 男は小さな舌打ちをすると腰の剣を抜き放ち、少女に向ける。


「何者だ?」

「……」


 少女は答えない。だが、少女もまた、向けられた剣に答えるように剣を男へと構える。


「うおぉぉぉ!」


 男は少女に向かって剣を振り下ろす。が、それよりも早く少女は手に持った剣で男の腹を切り裂いた。


「う……ぐぅぅ……」


 一瞬で決まった勝負。男は切られた痛みで崩れ落ちる。少女はそれに構うことなくつかつかと檻の前へと進む。


 少女は手に持った剣を檻に向かって振りぬき、次々と檻の格子をバターの様に切り裂いていく。


 すべてを切り裂き終わった少女は男の身体をまさぐり、錠の鍵を見つけると、それを魔族の檻へと投げ、その後満足したのか地下を出て行った。


・・・


「といった形でシュヴァルツ様と出会いました」


 ハルは嬉々とした表情をマリウスに向ける。


「ほぉ、ならば今の関係も分かるな。しかし、どうやってその場所から逃げたのだ?」

「それもシュヴァルツ様が分かりやすいように逃げ道を用意してくださって、そこに捕まっていた魔族や獣人は全て自由の身となりました。その後、ほぼすべての者が自分の元居た場所へ帰ったようですが、私はシュヴァルツ様を探し、その時からお付きとして共に行動しておりました」


 ハルの顔はいつの間にかとても穏やかな、それでいて昔を懐かしむような顔になっている。


「それから私は言葉が通じないなりに精一杯恩返しをしていました。そして、それから2年後、先代魔王……つまりマリウス様、あなたと出会いました」


 ハルは語る。シュリとハルは2年間、ほとんど野宿だったそうだが、帝国内ではその特徴的な翼と手を隠して行動をしていたそうだ。そしてシュリがハルを助けて2年後、つまり今から5年前にシュリに魔王討伐の命が下った。しかし、マリウスの説得により、シュリはマリウスと行動をはじめ、ハルは魔王の側近という形で魔王城で過ごしていたそうだ。


「だからマリウス様には感謝しているんです! マリウス様のおかげでシュヴァルツ様と意思の疎通が可能になったんですから」


 ハルは今度は穏やかな笑みをこちらに向ける。その顔からはどこか懐かしい様にマリウスには感じられた。


(……もしかしたらハルが居なければ私はすでに殺されていたかもしれないな)


 マリウスはふとハルを見る。ハルはすでに顔を草原の先に向け、トールライダーを操作している。シュリの殺気を知っているマリウスは実は無くなっていたかもしれない命に身震いしつつ、ハルの存在に心の中で感謝を送った。


「……でもシュリ様は先代と違って仕事をちゃんとしないし、急に消えちゃうし、それさえ治してくれれば……」

「……」


 マリウスは何も言わずにハルの小言を聞きながら草原の映りゆく景色に目をやった。

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