第14話 ある兵士の1週間
石煉瓦でつくられた神聖な空間に煌びやかなステンドグラスがはめ込まれ、そこからステンドグラスによって様々な色に変化した朝日が刺す教会に茶色い短髪の男はいた。
「神よ、どうかご加護を」
男の名前はルッツ・ガルシア。今日から1週間後のヘーレン平野での戦いに参加する兵士の1人だ。彼は戦場に赴くという事で神に祈りをささげている。
「熱心ですね。この1週間毎朝きていますが、もしや魔族と?」
ルッツにに神父服を着た初老の男性が話しかける。
「ええ、その通りです神父様。今日が出発の日です」
ルッツは笑いながら言う。しかし、その顔は固く、ひきつった笑いを作り出す。
「そうですか、神のご加護があらんことを」
神父は十字架の付いたネックレスの前で十字を切る。ルッツはそれに対して一礼する。
「神父様、ありがとうございます。では、私はこれで」
「おや、その首の物は?」
神父はルッツの首に下げてある十字架を模った水晶を指さす。
「ああ、これですか。とある商人から戦いへ赴く兵士たちへの無料配布で頂きました」
「そうですか、それはよい事ですね。神のご加護が形として表れていますからね」
神父はうんうんと頷くと、「では」と言って去っていく。
「ありがとうございます」
ルッツは神父へ1礼すると教会を出て行った。
「……誰だあんなもん配りやがったのは?」
神父の声は誰もいない教会内に小さくこだました。
・・・
「その銃は王から賜った大切な武器! 皆の者、その武器は自身の命よりも重いと思え!」
堅牢に作られた城壁の内側、いくつかの馬車と総勢20000を超える兵士たちが城の中庭に集まっていた。ルッツもその中の1人として軍部代表であり軍隊長であるマーク・ロビンソンの話を聞いていた。
「では、現皇帝エドワード様からお話がある。心して聞け!」
皇帝が出てくると聞いて周囲がざわつく。ルッツもまた、それに驚いていた。今までこのような場所に皇帝が来た事など無いからである。
エドワードは兵士たちの前に立つと、手で兵の声を諌める。
「ごきげんよう、皆の者。今回君たちには訓練してもらったとおり、その銃を用いて戦ってもらう。その活躍を私も見届けようと考え、戦場へと向かう。君たちの活躍を期待しているよ」
短い挨拶の後、エドワードはもう終わったとばかりに去る。その後、今後の行動予定の確認や馬車への荷物の積み込みが行われる。
「なぁ、お前はどう思う?」
積み込みの最中、同じ兵士で友人であるマックスが話しかけてくる。ルッツは荷物をマックスに渡しながら答える。
「どうって?」
「いや、エドワード様の事だよ」
「まぁ、珍しい人だよね。わざわざ戦場に来るなんて」
「だろ? それにさ、この武器だってどうやって作ったのやら」
マックスは運んだ荷物に入っている銃を顎で指す。
「なんでも
「……まじで?」
「さぁ? ただ噂ではこれを使って各国を侵略するとかなんとか……今回の戦いも実験のためでもあるらしい」
「実験で俺たちを殺し合いをさせるのか」
自国の王が自分たちを戦争の道具としか見ていないのでは? という考えがめぐり、身震いをする。
「これで最後だ」
「よっこらしょっと」
最後の荷物を積み込み終わり、一行は出発をする。明朝ではあるが、戦いに赴く兵士たちへエールを送るために町の人々が道の沿道で兵士たちを見送る。ルッツは一抹の不安を感じながら戦場へと赴いた。
・・・
「しっかし遠いなぁ」
帝国を出て3日、帝国の兵士たちは休みを取りながら徒歩で平原へと歩く。そんな中、マックスは欠伸をしながらぼんやりと呟いた。
「ま、仕方ないだろ。これだけの人数の馬なんて用意できないんだから」
ルッツは後ろに続く自分と同じ兵士を見ながら答える。後ろの兵士たちは皆一様に黙々と歩いている。
「そりゃそうだけどよ、皇帝はまだしも軍隊長も馬車に乗ってるんだぜ? 俺も楽したいよ」
「無理だろ。俺らみたいな貴族でもない兵士がなれるのはせいぜい部隊長くらいだろ」
マックスはまた欠伸をする。そんなマックスを見ながらルッツはふと、マックスの首元へ目を向ける。
「そういえば、十字架はどうしたんだ?」
「ん? 十字架? あれ?」
「忘れたのか?」
「みたいだな」
マックスは笑う。皇帝がエドワードに代わってからというもの、教会の力は以前よりも弱くなり、その関係からか、マックスのような信仰心の薄い人々がでてきている。
「……地獄に落ちるぞ」
「だいじょーぶだって……多分。てかあの噂知ってるか?」
「噂?」
首をかしげる。そんなルッツに対してマックスは嫌な笑いを作りつつ、コホンと咳払いをして説明をする。
「なんでもこの間、フィーレ村での話らしいんだけどな。そこへ調査へ行った人が追い返されたって話なんだけど」
「フィーレ村っつったらバーンズ隊長の部隊が行ったとこだろ?」
「そう、そこ。でな、バーンズ隊長が逃げ帰った原因を調べに行ったんだけど、そこでついでに金を掘り出そうとしたらどこからか声がしたらしいんだ」
「そりゃ、村人がいるんだから声くらいかけてくるだろ」
ルッツの言葉に「いやいや、そうじゃなくて」と否定をする。
「なんでもそこは村からはある程度離れていたらしく、声はすぐそばで聞こえたとか」
「なんて?」
「『出ていけ』って。それも四方八方の全体から。それでも作業を続けようとしたらしいんだが、こう、振り下ろしたスコップを抜こうとしたら抜けなくなったんだと。そんで原因を確認しようと草陰に手を伸ばしたら草が独りでに絡まってきたんだと」
「……で?」
マックスはルッツの薄い反応に落胆する。
「で? って……おま、お前、もう少し言いようがあるだろ」
「ところでその後どうなったんだ?」
「普通に村人に助けらて戻ってきたらしい」
「なーんだ、そんだけか。ま、多分疲れからの幻聴と幻覚だろ」
「まったく、夢のないやつだな」
(宗教を信仰してないやつに言われたくないんだけど)
「にしてもまだつかないのか」
「まだ3日だしな」
二人のくだらない雑談は続く。
・・・
約20000の兵士を連れ、一行は平原付近の森に到着した。兵士たちへ支給される魔導銃器を配り終わったところだ。
「向こうも準備ができたようだな」
「ああ」
二人は平原の指定の場所に移動する。二人ともラージシールドを構えた兵の後ろで銃を放つ役を担っており、二人の肩には魔導銃器―ブラスラーを所持している。また、二人の後ろには同じような装備をした兵士が2列おり、その後ろには銃弾と魔力水晶の入った木箱が置かれている。
「はぁ、死なないといいんだが」
「だ、大丈夫だろ。俺らにはこれがある」
緊張感の漂う戦場でマックスは元気づけるように銃を叩きながら言う。だが、その声は震えており、今にも泣きだしそうな子供のようだ。
「……神のご加護を」
ルッツは首元から下げた十字架を握りしめ、呟く。全員の配置が完了したようで、周囲には草の擦れる音以外に音は聞こえない。
ゴーン
平原に開戦の銅鑼が鳴り響き、魔族側の地上部隊が雄叫びと共に走り出す。ルッツはたちはラージシードの間からブラスターを向こうに向ける。それの先端には丸い穴が開いており、その鋼鉄の塊は光を反射し、存在感を主張するように輝いている。
(まだだ、まだ引き付けるんだ)
ルッツの銃身が震える。その間にもリザードマンと思しき魔族が雄叫びを上げながらこちらへ向かってくる。
「撃てぇ!」
バババババァン!
軍隊長の命令と共にルッツはその引き金を引く。兵士たちの雄叫びをかき消すように銃弾が爆発魔法によって魔族たちの身体を傷つける。
(あ、当たった)
ルッツの放った銃弾は1人のリザードマンへ当たる。しかし、当たり所が悪かったのか、そのリザードマンは立ち上がりこちらへ再度突撃をし始める。
「次弾用意!」
ルッツは作戦の通り、列の最後尾に移動し弾の補充に向かう。魔力水晶は最大10発までは補充なしで発動できるため、変えない。
(このまま遠距離で終わらせられればいいけど)
ルッツは銃に弾を込め終わり、弾を撃ち終わった兵士と場所を入れ換わる。前の兵士が弾を撃ち、そして、ルッツが銃を向け、弾を放とうとすると、ルッツのいた場所に影ができる。
(なんだ?)
ルッツは見上げる。と、その瞬間、木箱がルッツの兜へとぶつかる。
「ぐあっ!」
かなりの衝撃が頭に伝わる。
「ルッツ! 大丈夫か!? ルッ……」
混濁する意識の中、マックスの声が耳に響く。そして、ルッツは気を失った。
・・・
「ぐ……うう」
ルッツは目を覚ます。辺りを見回すと、前方には何人かの兵士がリザードマンと、横にはワーウルフと戦闘している様子が視界に入る。上空を見上げると、ハーピィがこちらへ魔法を放つためにこちらに手を向けている。
「くっそ、やらせるか!」
ルッツは自分の銃をハーピィへと向ける。未だ混濁する意識の中、照準を合わせ弾を放つ。銃は狙いの通りにハーピィの 左肩へと命中する。その痛みのせいか、ハーピィは地面へと落ちる。
「ギャァァァ!」
ルッツはとどめを刺すためハーピィの落下地点へと向かう。
「グ、グゥゥ」
ハーピィは痛みに唸る。ルッツは腰に下げた剣を引き抜き、剣を構える。が、すぐにその場を飛び退く。直後、ルッツの足元に火球が弾ける。
「上かっ!」
見上げると、そこには別のハーピィが次の魔法を放つ準備をしている。
(弓を持ってくればよかった)
上空への対策は後ろへ控える兵士の役目であり、その後衛の陣が崩されたため上空への対応が遅れているようだ。
(クソッ、どうする)
しかし、そのハーピィも魔法を打つ前に撃ち落とされる。後ろを向くと、マックスが銃を構えていた。マックスはその後、すぐさまワーウルフと戦う兵士たちに加勢をする。
「年貢の納め時だな」
ルッツは一言そういうと、目の前で肩を抑えるハーピィに剣を向ける。しかし、そのハーピィに先ほど撃ち落とされたハーピィが覆いかぶさる。
(なんだ? 命乞いか?)
ハーピィはこちらを睨み付けながら、魔法を放つでもなく、口を開く。
「やめてくれ!」
「!?」
ハーピィはルッツに向かって声を上げる。ルッツはそれに対して戸惑いを見せた。通常、人間は魔族の言葉を理解できず、また逆もしかり。そのためか、教会でも魔族は神に反するものとして扱われている。唯一意思の疎通ができたのは4年前に停戦協定を持ちかけてきた魔族のみと聞いている。そのため、振るうために挙げた剣が中空で止まる。
「……言葉が分かるのか!?」
「……」
敵に塩を送る様な事をしたくないのか答えない。
「おい、答えろ!」
ルッツは首元に剣を当てるが、それでも答えようとする気配がない。
ゴーン
「全軍、撤退ぃぃぃ!」
平原に銅鑼の音が鳴り響き、その直後、軍隊長の大きな声が平原に響き渡る。
「おい、撤退だぞ!」
後ろからマックスが叫ぶ。向こうでの戦闘が終わり、魔族軍の兵士たちも撤退するようでこちらへ向かってくる。
(くそっ、これ以上留まるのは難しいか)
ルッツはその剣をハーピィの首元から離し、鞘へ納める。今ここで首を切り落とせば向こうから来る魔族の者たちに殺される危険があるためだ。
ルッツはハーピィに背を向け撤退を始める。こちらへ向かってくる魔族の兵士はどれも傷ついており、中にはけが人や死体を背負ってくるものもいるためか、ルッツに警戒はするものの攻撃を加えようというものはいない。
そんな魔族を尻目にルッツは自軍の陣営へと戻った。
・・・
戦闘の被害は甚大で、こちらの兵士が半数以上やられ、向こうも半数以上の死人が出るほどであった。そのため、戦後の処理を終えた兵士たちは夜の闇の中、野営をしつつ、兵士たちは亡くなった兵士たちへの祈りを捧げ、涙を流していた。
「なんとか生きられたな」
「ああ」
戦後の処理が終わり、ルッツとマックスは地面へ腰かける。
「……たくさん死んだな」
「……ああ」
ルッツ達の目の前には死んだ兵士たちのために簡易的に作られた墓が並んでいる。墓の前では兵士たちが潤んだ目で、あるいは絶望によって淀んだ目で座っていた。
「なぁマックス、そう言えば戦いの中で変なことがあったんだ」
ルッツはふと思い出したようにマックスに話しかける。
「なんだ?」
「俺は戦いの最後の方でハーピィと対峙してたんだ」
「ああ、それは見えてた。俺がお前を助けたやつだろ?」
「で、その時にとどめを刺そうと剣を振り上げたんだが、そのハーピィが『やめてくれ』って言ったんだ」
「……魔族にまで憐みとは、優しいな、お前」
マックスは全く信じていないようだ。
「いや、確かに聞こえた……魔族の言葉が理解できたんだ」
「……あのな、知ってると思うが魔族ってのは人間とは対話できない野蛮な種族なの。信仰心の篤いお前なら知ってるだろ?」
「ああ、知ってるとも。でも、もしこれが真実なら戦わなくても大丈夫なんじゃないか?」
マックスは肩を竦め、息を吐き出す。そして、諭すように言葉を続ける。
「あのなルッツ。魔族ってのはいつ寝首をかかれるかもわからない野蛮な種族だ。仮に対話できたとしてもそんな奴らがその状況を作り出すわけないって」
「でも、実際に停戦協定を申し出たじゃないか」
「それはな、今はもう故人となってしまったシュヴァルツ様のおかげなんだよ。あの方のおかげで帝国を脅威に感じたやつが停戦を申し出ただけなの。今回の戦いでは人間が脅威だと再認識させるためにやったんだぞ?」
「……それもそうか」
ルッツは肩を落とす。そんなルッツにマックスは肩を叩き「もう今日は休め」と宥める。
(だけど、対話できれば今回みたいには……いや、やめよう)
ルッツは疲れた体を横にする。周囲には未だ亡くなった者たちに対しての祈りが捧げられている。上空を見上げれば周囲の暗い雰囲気とは対照的に満点の星が夜空を彩っていた。
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