第13話 血に染まる平原
「……すばらしい」
約20000もの兵士の列の後方から観察しているエドワードは呟く。戦闘開始直後に放たれた”魔導銃器―ブラスター”。その威力は凄まじく、種族最強の高度を誇るリザードマンの鱗を貫通した。
「次弾用意!」
銃を構える10000人の3列に並んだ兵たちが列を入れ替える。
――魔導銃器―ブラスター
銃口の根元に魔力の貯蔵してあるを取り付け、その魔力を金属をとおして内部にある爆発魔法の付与された水晶へと送り込み、魔法を発動させる。その爆発力を長い銃身から推進力に変え、内部に装填された銃弾を放つ仕組みだ。装填弾数は1弾までだが、上部の貯蔵水晶と銃弾を補充するだけで放つことができ、今回のように2~3列で回すことで実質連続で弾を放つことができる。
「しかし、開始早々ここまで有利になるとは、流石はエドワード様」
エドワードの側近は素直に感嘆の声を上げる。戦場は未だに人間側の有利に動いていた。
・・・
「くそ、このままじゃ、まずい」
マリウスは頭を抱えながら苦悶する。前線では未だ多くの者が攻撃を受けている。幸いにも、前線のリザードマンの多くは銃弾が鎧と鱗によって威力を削がれ、大きな傷を負っていないものが多いが、ゴブリン達はそうではないようで、多くの者が動かぬものとなっている。
『おい、どうするマリウス!』
魔族全員の兜に備え付けられた”念話石”からシュリの声が聞こえる。シュリにはマリウスのマントを渡している。その為か、ほとんど銃弾はマントの能力によって貫通し、傷を受けていないようだ。
『そのまま進め! 動けない者は回復薬を!』
マリウスは全体に指示を出す。その指示に従い、未だ銃弾の雨が鳴りやまない中をリザードマンたちは進む。
『投擲部隊、幻惑粉塵を投げろ! 補助部隊は防御魔法と回復魔法をしながら進軍! 騎馬隊、飛行部隊は進軍だ!』
マリウスの指示に従い、サイクロプスとトレント、ミノタウロスは体内に入ると幻惑作用を促す植物を粉塵にした箱を敵の陣地へと、ラミア、ヴァンパイア、サキュバスが魔法により、リザードマン達の周囲に魔法により、その鱗をさらに硬くした。
投擲部隊の投擲により、人間の兵士たちの真上に粉塵が舞う。その効果により、銃撃の雨が弱まる。さらに補助部隊によって展開される防御魔法によりリザードマンの身体は鎧越しであれば銃弾による傷がかなり浅くなった。後方より足の速いワーウルフとユニコーンやバイコーンに乗ったデュラハンが駆けていき、ハーピィやデーモンが空を舞う。
敵は遠距離からの銃撃の効きが弱くなったからか、ラージシールドによる防御を解き、後ろに控えていた銃と剣を持った兵士を先行させる。
「うぉらぁ!」
平原に雄叫びが響き渡り、人間とリザードマンが衝突し、剣と剣による金属音を響かせる。が、数は向こうの方が多く、至近距離からの銃撃により、リザードマンが押される。
騎馬隊たちより先に着いたハーピィやデーモンは上空から火炎や電撃の魔法を放ち、応戦をする。しかし、その飛行部隊もまた、粉塵の効果を受けていないものや効果が解けたものにより撃ち落とされる。
『ワーウルフは後衛の奴らを叩け!』
マリウスの命令により、ワーウルフはリザードマンの横を素通りし、銃を持った後衛の兵士たちに特攻をかける。後衛の兵士たちはその素早さと上空のハーピィ達の事もあり、リザードマンを無視する騎馬隊に意表を突かれ、その防衛陣を崩された。
『投擲部隊、出ろ!』
平均体長3mを超え、大きな棍棒や斧を持つミノタウロス、サイクロプス、トレントたちが戦場へと向かう。
平原の中央ではリザードマンとデュラハンが、ハーピィ達飛行部隊とラミア達補助部隊の援護を受けながら約20倍の人数を相手に戦っている。その奥ではワーウルフが至近距離からの攻撃で銃を放つ人間たちを持ち前の身のこなしで攪乱している。サイクロプス達投擲部隊もリザードマン達に追いつき、ラージシールドを構える兵をその巨腕でなぎ倒している。
しかし、相手の数はこちらとは5倍もの開きがある。更にその手には皆一様にブラスターを持っているため、魔族の兵たちの数は段々と減っている。
「お前ら! まだいけるな!?」
「「「「「おう!」」」」」
シュリの鼓舞により、皆やる気を見せるものの、もはや怪我をしていない者は無く、皆、疲労を見せている。
魔族たちは持ち前の能力と魔法で、人間たちは数と新兵器で戦っているこの戦場の状況を一言で表すなら”拮抗”だろう。時間が経つにつれ、立っているものが少なくなっていく。そして、
「ハル、これを」
「……はい」
マリウスはハルに1枚の筒状に巻かれた紙を渡す。ハルはそれを受け取るとすぐに戦場の向こうへと向かう。
・・・
ハルはマリウスから受け取った紙を持ち、戦場を飛ぶ。その頃には戦場は混戦状態になっており、装填数が1発のブラスターはハルを狙う余裕が無いようで、ハルに弾が飛んでくる気配がない。
(これなら大丈夫そうですね)
ハルはシュリの無事を確認し、そのまま上空を進む。ハルは目標の開けた野営地を見つける。野営地には数人の警備兵とテント、そしてマルクス帝国皇帝エドワード・リ・マルクスの姿があった。
「エドワード殿、我が国の王からだ、受け取れ」
ハルはそういうと、マリウスから受け取った紙を投げ、その場からすぐ去った。
「……なんだ?」
エドワードは紙を受け取ると、その内容を確認する。
・・・
銅鑼の音が戦場に鳴り響く。
「全軍、撤退ぃぃぃ!」
『全軍、後方に気を付けつつ撤退だ』
「撤退! 撤退だ!」
マリウスは指示を出す。その言葉に魔族軍の者たちは困惑するが、シュリの声で撤退をし始める。人間側も隊長らしき人物の声に撤退を始める。
両軍ともかなりの数の負傷者、死者を出しており、その体は疲弊しきっている。その為か、撤退命令に反論するものは少ない。また、反論するものも他の者に撤退を促される。
この戦いは両者の撤退、つまり引き分けに終わった。平原は血に染まり真っ赤な色をしている。戦いを終えた兵士たちは、あるものは足を引きずりながら、あるものは死んだ兵士を担ぎながら自軍の陣地へと戻っていく。
「しかし、よかったのですか?」
エドワードに側近が話しかける。その顔は疑問と困惑でできている。
「ああ、データは十分に取れたろう。それに、引き際というものも、大事だろ? 無駄に兵の数を減らすこともなかろう」
エドワードはまるでチェスでもしているかのように軽く言う。その顔は満足しているようで笑みを浮かべていた。
「ま、勝つつもりだったがな」
実際、今回の戦闘ではマリウスが初めに全軍を進軍させていればブラスターの餌食に合っていただろう。それを小出しにし、投擲による攪乱をすることにより全滅を免れた。また、仮にブラスターが連続で使用できていれば、魔族軍の全滅も時間の問題だっただろう。
エドワードはハルに投げ渡された紙に目を落とす。そこには今回の戦闘は引き分けで手を打とうというものだった。銅鑼はそれを承諾する合図に使われた。
「やはりこの魔王は面白い」
「……どうされました?」
「いや、ともかくブラスターの改良が急務だな。技術開発部の資金を倍に増やすか」
「左様ですな」
エドワードは笑みを浮かべる。その顔はまるで対等な獲物を見つけ、歓喜する獣のようだった。
・・・
傷を負った魔族の兵が帰ってくる。皆、どこかしら傷を負っており、その体が赤く染まっている。また、半数以上の兵が命を落としており、そのほとんどが初めに前線に立っていたゴブリンだった。
ハルの指示の下、生存者の確認や死者の弔いなどが行われている。
辺りが鉄のにおいに満ちている中、シュリが帰ってくる。
「帰ったぞ」
シュリはマリウスの近くへと来る。その体は血に染まっており、もはやどれが自分の血でどれが他のかが分からないほどだ。
「あー、やっぱ人を着るのはキッツいなぁ」
シュリは軽口で言う。が、その顔は苦渋に満ちた顔だ。
「おい、大丈夫か?」
返答がないマリウスに問いかける。マリウスは先ほどから付近の木に手を当て俯いている。
「おえぇぇぇ」
マリウスの足元から、ビチャビチャという音と共に、辺りに少し、酸っぱい臭いが漂う。
「……大丈夫か?」
「あ、ああ、すまない」
自らの指揮により、多くの命が無くなる。それも、自分が想定できていた最悪のシナリオで。その重圧と罪悪感により、緊張の解けたマリウスは嘔吐という形で、現実からの拒否反応を起こしていた。
「無理すんなよ。今回はこっちの想定外の動きをされたんだ。それでこれ以上の「違う」」
シュリは慰めようとするが、マリウスはそれを即座に否定する。
「私は想定していた。今回の作戦であれが使われることを。それに対して対策を怠った私が原因にある……そう、私が彼らを殺したのだ」
マリウスの声は重く、暗い。そんなマリウスに対してシュリは溜息を1つ吐く。
「お前なぁ、そりゃあこの戦闘で作戦、指揮を執ったのはお前だよ。だけどこれを始めたのは向こうだし、殺したのは俺たちだ。気にするなとは言わないがあんまり気に病むなよ」
シュリの慰めに対しても、マリウスの顔は沈んだままだ。シュリはマリウスの下から離れ、戦後処理へと行く。
「……私が……殺した」
マリウスはぽつりと呟いた。
・・・
――3日後
戦後処理も終わり、今回の戦いでの死者や負傷者も分かり、その家族に対する資金援助などを行っているころ、マリウスは魔王城の1室にいた。
ベッドにシンプルな机と椅子、石煉瓦の壁の前に立っているクローゼットと木製の扉、窓とシンプルな造りの部屋。その椅子にマリウスは座っている。戦争後、マリウスはこの部屋に籠り、椅子の上で項垂れている。
(私が……私が殺した……)
記憶を失ってから初めて人の死を目の当たりにする。それも自らの指示によって。自分が殺したものの重み、罪悪感、自分への叱責……様々な思いからこの3日間、ただただ項垂れ、繰り返される思考から未だ脱却できないでいる。
「おい、少しは手伝えよ」
扉が開き、魔族の姿をしたシュリが顔を出す。戦後処理の仕事によりこの3日間まともな睡眠をとっていないシュリの目元にはクマができており、その顔には疲れが溜まっている。
「……」
「なぁ、こっちも大変なんだよぉ」
シュリはマリウスの前にある椅子にドカリと座る。
「あー、なんか頭がボーっとする」
「……シュリ、私はどうすればいいのだろうか」
「あ?」
シュリは頭をもたげ、マリウスを見る。マリウスは未だに俯いたまま喋り出す。
「今回の戦いで私は多くのものを殺してしまった。……結果としては引き分けに終わったが、また次の戦いでは多くの者が死ぬ。……私はどうすればいい? どうすれば……」
シュリはなんの返答もせずにただ聞いている。
「……私のような、多くを殺してしまう者はどうすれば……いっそ死んだ方が……」
「おい、今なんつった」
シュリはその目でマリウスを真っ直ぐと睨み付ける。
「多くの者を殺してしまう私は死んだ方がいいかと思ってな」
マリウスは乾いた笑いを上げる。笑い声が空しく響く中、シュリはスッと椅子から立ち上がり、マリウスへと近づく。
ドカッ
マリウスは左頬に響く衝撃によって、椅子から地面へと吹き飛ばされる。
「死ぬ? あ? 舐めてんのか?」
マリウスは頬の痛みに耐えながら、マリウスを見上げる。その憮然たる表情から、相当な怒りを孕んでいることが分かる。
「まさかお前、死んだ者の償いとか言って死ぬつもりじゃねぇよな? もしそうなら手伝ってやるよ。お前を殺して、エマに頼んで生き返らして、何度だって殺してやるよ」
シュリはものすごい剣幕で捲し立てる。
「だがなぁ、お前ひとり死んだところで何になんだ? お前が死んだってなぁ、そんなんで償えると思ってんのか? 自惚れんじゃねぇ! そんなの糞の足しにもなるわけねぇだろ!」
シュリは異端叫ぶのをやめ、落ち着いた言葉で話し始める。だが、その言葉には未だ殺気がこもっている。
「3日前は気にすんなって言ったがな、そんなんじゃ甘かったな。一生悔いろ、一生苦しめ、それに耐えられず死んで逃げるんなら、俺が死んだのを後悔するまで殺し続けてやるよ」
シュリは言い終わると、マリウスを真っ直ぐに見る。
「で、どうすんだ?」
「私は……」
未だ答えの出せないためか、マリウスは口籠る。
「てかよ、お前は死人出さずにこの状況帰られると思ってんのか? 殺すぞ」
シュリは荒々しく部屋を出ていく。まるで嵐が去った後のような部屋でマリウスはまた思考の海へと潜る。だが、その思考の中は先ほどとは違い、自分にできる事を探すものだった。
・・・
「で?」
魔王の部屋で事務処理を行っているシュリの下へマリウスがやってきた。シュリはマリウス顔を見ると、その顔を歪ませる。あからさまに不機嫌だ。
「いや、その、さっきはすまなかった」
マリウスは言葉を口に出す。シュリの凄みによってかその声はどこかたどたどしい。
「で?」
「私もいろいろ考えた。魔族と人間との懸け橋になることやそれに伴う犠牲。それは私が背負わなくてはならない避けられないものだ」
「御託はいい、やるのか? やらないのか?」
マリウスはスッと息を吸い込む。そして、ハッキリと言い放った。
「どれだけの犠牲を払おうと、やり遂げよう」
「よし、なら次はマルクス帝国だ」
シュリの顔から怒気が抜け、ニヒルな笑みが浮かび上がった。
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