第12話 戦前準備―マハト王国
マハト王国の首都マーセル。その中央にある城の中央広場にはリザードマンやハーピィ、人間の身体に頭が牛のミノタウロス、4mの巨体に一つ目を持つサイクロプスなど多くの種類の魔物で犇めいていた。
城のベランダには変身魔法で魔族の見た目になったシュリとハル、マリウスが立っている。
「皆の者! よく集まっててくれた!」
シュリは眼下にいる異形の者たちに言葉を投げかける。
「今日、人間から宣戦布告を受けた!」
広場の魔族は戦争が始まるという事に対してざわつく。あるものは恐怖に怯え、あるものは猛る。サイクロプス達は宣戦布告という言葉の意味を分からないでいるようで、周囲を飛んでいる平均体長50㎝のデーモンたちやハーピィ達がが意味を教えている。
「決戦は1月後! 場所はここより北東部にあるヘーレン平野だ!」
「「「「「うおぉぉぉぉぉ!」」」」」
シュリの言葉に一部を除く多くの魔族たちが歓喜の声を上げる。
「そこで、お前たちに頼みがある!」
シュリの声に魔族たちの声が止む。
「お前たちには今回の決戦に参加してほしい。参加してもいいという者は明日、またここに来てくれ、以上だ!」
「「「「「うおぉぉぉぉぉ!」」」」」
魔族たちは歓声を上げる。まるで、求めていた何かが目の前に来たかのように。
・・・
シュリとマリウス、ハルが演説を終えて魔王の部屋へと帰る。魔王の部屋はその名前とは裏腹に、壁一面に本棚が並び、その中には様々な本や用途不明の宝石や鉱石などがところ狭しと置いてある。また、部屋の奥には頑丈そうな年季の入った机と椅子が置いてある。シュリの性格を表すようにその椅子は、壁へと放りだされており、本棚に入っている物には薄く埃が積もっている。
マリウスとハルはその地面に敷いてある柔らかな赤い絨毯を踏みしめ、部屋の中央より少し手前にある来客用の2対椅子に腰かける。シュリは本棚で遠隔念話水晶の中が五芒星の魔法陣の形に白く発光しているのを見つる。
シュリはそれを取ってマリウスへと投げる。
「ほらよ、遠距離で対話できるマジックアイテムだ。出てくれ、多分エマだと思う」
マリウスは水晶を受け取ると、しげしげと水晶を観察する。
『シュリちゃんおっひっさー!』
「……!」
マリウスは急に聞こえた声に驚き、水晶を手放しそうになるが、何とか踏みとどまる。
『……あらん? シュリちゃぁーん、いるんでしょ?』
『え、エマか……どうした?』
『あっらん、マリちゃんじゃなぁい。ひさしぶりー』
『ああ、久しぶりだな』
マリウスは若干引きながら対応する。
『ゴートンさんから情報は言ったわよ、なんでも向こうは新しい武器を今回の戦争で使うらしいわよ』
『新しい武器……どんな武器だ?』
『それは分からなかったけど、材料は教えてくれたわよ』
エマはマルクが運輸の際マルクス帝国の城へ持って行った鉱石などをマリウスへ教える。
「……」
マリウスは考える。鉄鉱石を用いた武器は数多くあり、それに水晶を用いて属性を付与し、その武器を強化するというのは過去にも使われたことのあるものだ。
(だが、新しい武器か……あれの事か……?)
『……リちゃん? マリちゃーん?』
『あ、ああ、すまない』
『もぉ、ひどいわね、でもそんなあなたもスキよん!』
『……情報ありがとう。また、何かあったら連絡する』
マリウスはエマの返事を待たずに会話を終える。その顔はとても引きつっていた。
「で、なんだって?」
マリウスが顔を上げるとシュリとハルがこちらを見ている。
「マルクス帝国が今回の戦いで新しい武器を用いるそうだ」
「新しい武器……ですか」
二人とも考えるが、特に思い当たる節は無いようで、答えが出る気配を見せない。
「ま、大丈夫だろ。個々の性能ではこっちが勝ってんだし」
「そう……だな……」
マリウスはえらく歯切れの悪い返答をする。エマの言葉を聞いてから彼の脳裏にはある1つの武器がヘドロのようにへばりついていた。
「ま、それはそれとして。今回の戦いでの戦闘指揮をマリウス、お前に任せようと思っている」
「え、あ、わ、私がか?」
未だ脳裏に張り付いている映像にぼーっとしていた頭が、シュリの声によって現実へと引き戻される。
「私も適任だと思います。マリウス様は先代魔王、また、フィーレ村の件でも魔族の力を最大限引き出したと聞いておりますし……正直、シュヴァルツ様にそういった才能は……」
「うっせぇ、いちいち棘のあること言いやがって」
ハルの言葉にシュリ噛みつく。最近分かったことだが、ハルはシュリに対して少し毒のあるセリフを吐くことが多々ある。魔王の座を開けた腹いせだろうか?
「とにかく承知した。作戦指揮は私が取ろう。……シュリはどうするのだ?」
「俺か? 俺は前線で戦うよ。ま、上手いこと使ってくれ」
自分の上に立つ王が自ら前線へ立つことによって、兵士たちの士気は格段に上がるだろう。ハルもシュリの強さを信頼してか、特に反論はしない。
「そういえば、兵を集めるときはいつもああなのか?」
「ああとは?」
「いや、この国に軍や兵はいないのか?」
シュリはマリウスの疑問に気付いたようで、「ああ、そのことか」と始める。
「魔族の大半環境のせいか元々血の気の多くてな、お前みたいなのは珍しいくらいだ。ま、そんなんだから普段から周囲の魔獣を狩ったりしてるやつらがいて、そいつらののスペックはすごいわけよ。そういうやつらは戦いを求めているものが多いから、こういった事には参加するやつが多いんだよ」
シュリは明る言うが、その顔には陰りがある。戦いでは多くの死者が出るもので、それは魔族の側でも例外ではない。そんな戦いに理由はどうあれ自ら進んで参加しようとする者がいることに苦心しているのだろう。ハルも同様に顔に陰りを見せている。
「ともかく、作戦指揮を執るのなら集まった魔族たちのリストを作りたい。ハル、それぞれの種族なども記載するようにしてくれ」
「そうですね……そうするようにしておきます」
魔王の部屋には重い空気が流れる。マリウスは沈黙の中、戦法について考え始めた。
・・・
―-翌日
城の広場には昨日と変わらないくらいの魔族たちが犇めいている。パッと見ればそのほとんどが男の魔族だが、中には女の魔族も確認できる。
広場の門からシュリとハル、マリウスが出てくる。
「皆、昨日の今日で良く集まってくれた! 皆に今回の作戦指揮を執るこいつを紹介したい。マリウス、頼む」
マリウスはシュリの前に出て、視線が集まる。
「私の名前はマリウス。今回の作戦指揮を執る。皆の力を最大限引き出せるよう心がけよう。皆、よろしく頼む」
簡潔に挨拶を終わらせるマリウス。マリウスの言葉に不安を抱く者もいたが、サイクロプス達、知能の低い者たちにはちょうど良かったようだ。
「これから戦いに参加してくれるものには署名の後、資金と武具の手配をする! 1週間後、ヘーレン平野へ向かうからその日の明朝、門前へ集合してくれ!」
魔族たちは続々と署名をしていく。中には自分の名前を忘れたものなどがいるのは、多くの種族の住むここならではの事だろう。
・・・
マハト王国、そこは多くの魔族の住む国で独特の文化を育んでいる。元々、この国はただ魔族に追いやられた者たちの住む王国で、その者たちには共通言語はなく、そのため統率性もない。人間との戦いでも、力こそ勝るもののその戦いは拮抗したものだった。だが、新たにマリウス・リ・ファーロードが玉座についてから数年で市場にあるマジックアイテムが出回った。そのマジックアイテムは種族の、言語の違う魔族たちにとって初めて対話というものが成り立ち、その持ち前の能力とマリウスの指揮によって人間との戦争に停戦協定という終止符を打った。
そんな血気盛んなものの多いこの町では喧嘩も多々あるものの、周囲の過酷な環境から種族を超えた防衛を行う種族である彼ら。種族のためか、はたまたそれ以外の為か、今回の作戦では人型のトカゲのような風貌をしているリザードマン582名、全員2mを超える巨体を持つミノタウロス485名、4mの巨体に一つ目を持つサイクロプス131名、耳や鼻が極端に長い1.3mほどの体長のゴブリン878名、動かなければ巨木と見紛うであろう木肌のような肌に3mの身体を持つトレント113名、ハルと同じく、腕に羽の生えているハーピィ237名、1.3mほどのワニのような青い皮で覆われた皮膚と皮を張ったような翼が腕に生えているデーモン374名、見た目は人間だが、首から上を腕に抱えているデュラハン320名、狼が立ち上がった様なワーウルフ271名、下半身が蛇になっており、上半身も所々鱗のあるラミア142名、青白い肌を持つヴァンパイア87名、背中から黒い翼の生えた妖艶な雰囲気を纏うサキュバス52名の総勢3672名の異形の者たちが集まった。
そんな彼ら彼女らは現在、マハト王国の北東、フィーレの密林から山を1つ超えたところにあるヘーレン平野手前に建てられたテントで作戦を整えている。
「……で、ハーピィを筆頭にヴァンパイア、サキュバス、デーモンは上空から攻めてくれ。デュラハン達騎馬部隊は後方で待機、出るときは私が指示を出す」
「承知した」
「あと魔王殿、貴殿には皆の士気を上げるために前衛を任せたい。できるか?」
「まかせろ!」
シュリは周囲に響き渡るような声で叫ぶ。マリウスたちがここに来てからというもの、マリウスはシュリに対して”魔王殿”と、周囲の事もあって敬意を込めて呼んでいる。
「……死ぬなよ」
「……ああ」
平原にはすでに人間たちも到着しているようで、平原の向こうの密林からはいくつもの煙が上がっているのが見える。
マリウスは平原の手前まで行く。マリウスの左右には鎧を着た魔族の兵士が待機しており、向こう側には人間の兵士が待機している。皆、それぞれ武器を磨いたり、祈りをしたりと、戦いに向けて準備を行っている。
(……できればしたくないのだがな)
マリウスは目を細め、平原に訪れるであろう未来を見据える。
「おい、大丈夫か?」
いつの間にかシュリが隣に来ていた。相変わらず、その肌は青く、その見た目は魔族そのものだ。
「いや、あまり気が進まなくてな」
「……そりゃそうだろ。大勢死ぬ。それが戦うってことだ」
マリウスはこの1か月、いかに戦死者を出さないように戦闘をするかを考えていた。そして、そのための対策として様々なものを作っていった。だが、マリウスの脳裏には”新しい武器”がいつも廻っており、その言い知れぬ不予感はマリウスの不安を今も加速させている。
「さて、そろそろ始まるぞ。お前は”俯瞰”しながら指揮を執るんだろ? 後ろで指示を頼むぞ」
「ああ、任せろ」
・・・
ヘーレン平野に兵たちが並ぶ。魔族側は今にも走り出しそうなリザードマンやゴブリンが。人間たちはラージシールドを構える兵士たちが。
ゴーン
平原に開戦の銅鑼が鳴り響き、魔族側の地上部隊がシュリを先頭に雄叫びと共に走り出す。人間たちはラージシードの間から何かをこちらに向ける。それの先端には丸い穴が開いており、その鋼鉄の塊は光を反射し、存在感を主張するように輝いている。
(……新しい槍か?)
前線で走るリザードマンの1人が疑問に思うその刹那、
バババババァン!
兵士たちの雄叫びをかき消すような何かが弾けるような音が連続して鳴り響く。音が響くと同時にリザードマンは腹部に痛みを感じた。
「いっでぇぇぇぇ!!」
その身を貫かれたような痛みは兵士の足を止めるのに十分だったようで、多くのものがその場にうずくまる。
間髪入れず、何かが弾けるような音とともにうずくまった兵士たちに新たな痛みが走った。
「ぐあぁぁぁ!」
・・・
「まさか……本当にあれを……」
平原の状況を”俯瞰”で見ていたマリウスの顔は絶望に染まる。
謎の爆発音と共に倒れ行く兵士たち。その爆発音はマリウスの聞き覚えのあるもので、そして、それを魔術を用いて改良した製造方法を知っている。マリウスはその武器の名前を小さく口にした。
「……魔導銃器―ブラスター」
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