第18話 密会

 日も沈み、城下町は日中の活気も太陽が沈むと共に無くなっていく。町で暮らす大半の者は日の出と共に働き、日の入りと共に休む。電気のないこの世界ではそれは当たり前の日常である。そんな城下町でも夜中もその活気を枯らさず営業を続ける店もいくつかあり、コルネの酒場もその1つだ。


「しかし、遅いな」


 酒場には2人の男女が座っている。2人は初めに飲み物を頼んでから特に何を頼むでもなく座っているため、店員からの視線が痛い。


「まぁ、あそこから抜け出すのは元皇帝とはいえ難しいのでは?」


 店員からの視線を浴びる中、変身魔法で人間へと変装しているハルは1時間も前に注文した飲み物を1口飲み顔を顰める。魔族と人間の味覚は違うためか、ハルにはそれがあまり美味しく感じられないらしい。


 2人は城を後にした後、一旦ゴートンの屋敷へ戻り馬車に積んである魔族用の食料で夕食を食べ、ここに来た。ここに来た理由はクロード・リ・マルクスに会うためである。だが、現在獄中にいるためか、その姿を未だに現さない。


「本当に大丈夫でしょうか?」


 ハルは眉間に皺を寄せる。ここに来てからというものマリウスにペースを握られたままであり、またマリウスに振り回されているハルの身体は疲れ切っている。そんな中、自国の敵であり、先代魔王であるマリウスの何かを知っている元皇帝に会おうとしているため、周囲を警戒せざる負えないでいた。


「何がだ?」

「相手は獄中にいたとしても皇帝ですよ? その皇帝が私たちに会いたいなんて・・・・・・なにか裏があるのでは?」

「確かにそう考えるのは自然だな。だが、ゴートンのような行商人さえ見たことのない水晶に奴は反応を示した。何かを知っている可能性がある」


 二人が皇帝について話していると、酒場に背中に麻袋を背負った深くフードを被った男が入ってくる。男は酒場の店員と何かを話し、店員が離れた後、店内でキョロキョロと人を探す。


「ですが……やはり怪しいですよ。やめておくべきでは?」

「気持ちは分かるが、会ってみないことには「待たせて悪かったな」」


 フードの男はハルとマリウスとの会話に割って入る。マリウスとハルは声の方に目をやると、そこにいたのは先代皇帝クロード・リ・マルクスだった。


「すまんな、あそこから出るのに時間がかかった」

「ど、どうも。元皇帝様・・・・・・でよろしいですかね」


 クロードは苦笑いで頷く。ハルは位置関係的にクロードの顔を見ていないので無理はない。


「ここじゃ周りの目が気になる。奥へ移動してもいいか?」

「それもそうだな」


 ハルは何か言いたげだったが、マリウスが即答したためか、何も言わない。その顔は不機嫌なものだったが。


 マリウスたちが立ち上がるタイミングで先ほどクロードと話していた店員がこちらへ来た。3人は店員に案内され、奥にある仕切りのある席とやってくる。ここは入口にカーテンがかかっているため、完全に周りからの視線をシャットアウトできるつくりになっている。また、周囲には意図的か元々か客の姿は無い。これならば盗み聞きの心配もないだろう。


 クロードは頭に被っているフードを脱ぎ、その顔をあらわにする。マリウスたちはクロードの対面に座る。


「来てくれてありがとう。感謝する」


 クロードは2人に頭を下げる。いくら遅れてきたとはいえ、元皇帝が軽々と頭を下げる姿にハルは少し困惑する。だが、マリウスはそうでもないようでその様子を静かに見ている。


「でだ、単刀直入に言おう。お主達はだな?」


 ハルはクロードのという言葉にピクリと反応する。だが、流石は側近というべきか、その顔に変化は見られない。


「いったい何を言っているのですか?」

「いや・・・・・・別に正体を晒せと言っているわけではない。それに罠を警戒するのはもっともだ」


 クロードは「どうしたものか」と溜息をつく。そのタイミングで店員が飲み物と簡単な食べ物を持ってくる。タイミングのせいか、ハルは訝しげに店員を睨み付けた。


 店員がハルの視線に身体を震わせるが、クロードが軽く謝罪をすると、安心したように席を離れて行った。


「で、まずはなぜこれを知っているか教えてもらおう」


 マリウスはテーブルに緑の水晶を置く。


「それもそうだな・・・・・・私が停戦協定を受諾した・・・・・・ってのは言ったか?」

「ああ」

「まぁそれが原因で今協議に掛けられているが・・・・・・それはいいか。ともかく話をしよう。あれは4年前の話だ」


 クロードは愉快に、そしてどこか懐かしそうに話し出す。とても穏やかな顔だ。


「私は5年前、魔族へと勇者を送った。それはもちろん魔族の王、魔王を倒すためだ。その頃の私はなんというか・・・・・・恥ずかしながら焦っていたんだ。年々強くなっている魔族軍に恐れを感じていた。それぞれの戦いの結果は僅かな僅差ののも多かったが、まるで真綿で首を絞められているような・・・・・・相手の手のひらの上で転がされているような・・・・・・実際そうであったが」


 クロードは笑う。それは苦笑いだったが、悔しさというのは見られない。


「それでシュリ・・・・・・シュヴァルツを送ったと?」

「ああ、今考えれば成人しているとはいえ、齢17歳の少女に行かせるなど当時の私はどうかしていたな・・・・・・」

「なぜシュヴァルツ様だったのですか?」


 ハルはキツイ視線をクロードへと向ける。クロードは申し訳なさそうな顔をして話を続ける。


「それは固有の体質もあったが、一番の理由は彼女が過去に奴隷解放をしていたからだ」

「奴隷・・・・・・解放・・・・・・」


 ハルは顔をハッとさせる。シュリがおそらくはハルを助けたのもその一環だったのだろう。ハルは何とも言えないような顔で歯を噛み締める。


「彼女は奴隷解放など魔族や人間、獣人など関係なく接していた。私は魔族とも良好な関係が築ける彼女ならば、他の者よりも潜入しやすい。そう考えて送り出したんだ。だがその結果はお主達も知っての通りだ。彼女は帰らず、代わりに先代魔王が私へ会いたいと対談を申し出た。私はそこでいろいろ話を聞いたよ。魔族の事、人間の事、そもそも魔族と人間に争う理由が無いという事・・・・・・。彼は私の知っている中で最も博学でその理由も反論の余地がない内容だった。それから私は魔族と停戦をするために1年かかってしまったが、何とか協定を作ることができた。シュヴァルツを戦死扱いにしたのもその時だ」


 クロードは一旦話を区切り、眼前の飲み物をグビリと一口で飲み干し溜息をついた。


「いまやそれも意味のないものになってしまったが・・・・・・まぁそうして私は先代魔王と出会ったわけだ。そして半年前、彼はこれを持って私の元へ来た」


 クロードは麻袋から水晶を取り出した。それはマリウスが求めている青の水晶だ。


「もっていたのか」

「ああ、これを渡すために今日は来た。魔王から頼まれていたからな。それと、その件でお主達に謝らねばならない」

「どういうことだ?」

「先の戦いで用いられた武器だが、あれは私のせいで作られた」


 クロードは顔を伏せる。そして、飲み物を飲もうとするが、空となったことに途中から気づき、途中まで上げられたコップを机に置く。


「聞いているかはわからんが、いや、伝えてほしい事だがあの武器は先代魔王から預かった設計図を息子、つまり現皇帝が今回の戦闘で使用してしまったんだ。これは私の責任だ、申し訳ない」


 クロードはその頭を深々と下げる。勢いよくぶつけたせいで机とクロードの頭とぶつかり鈍い音が響く。


「か、顔を上げてください! 仮にも元皇帝なんですから!」


 ハルは慌てて顔を上げるように促し、クロードは頭を上げた。マリウスは何かを考えた後、沈んだ顔をしているクロードに話しかける。


「その件について詳しく聞きたいが・・・・・・いい加減私の正体を明かそうか」


 ハルが止めるのも無視してマリウスの身体は淡い光に包まれる。マリウスの姿は元の魔族の姿になった。マリウスが元に戻っていく様を見て、ハルは眉間に手を当てていたが。


「私の名前はマリウス・リ・ファーロード。先代魔王だ」


 マリウスの元々の姿を見てもクロードの顔には変化が見られない。むしろ、疑念が確信に変わったような顔をしている。


「やはり・・・・・・か」

「やはり、とは?」

「マリウスという名前にどこかで聞き覚えがあったんだ。あれほど様々な事を教えてもらったのに、なぜかまるで記憶に靄がかかったようにその顔を思い出せないでいたんだ」

「いや、それは仕方のない事だ。なぜか私の記憶にブロックがかかっているらしい。それがどれほどの範囲かはわからないが。私自身、今は3か月前以前の記憶が無い」

「そうか・・・・・・大変だったんだな」

「そうでもないさ」


 暗くなるクロードに対し、マリウスは明るい。また変身魔法で人間に戻るマリウスにハルは何か言いたげな顔を向ける。


「・・・・・・なんで明かしてしまったんですか?」

「こうしないと対等な話ができないだろう」

「それは・・・・・・そうですが・・・・・・」

「それに私を捕えるのであれば牢に入った時点でそうすべきだ。いくら牢に入った皇帝といえど、それくらいの権力はあるだろう」

「・・・・・・」


 ハルはクロードに目を向ける。クロードはハル達の会話の間に呼んだ店員に飲み物を注文しており、視線には気付いていない。クロードは飲み物を受け取り、二人の会話が終わったのを確認すると、話を再開する。


「それで、実はな、エドワードが私の部屋から持って行ったものだが、武器の設計図の他にお主から預かったコインも持って行ってしまった」

「コイン・・・・・・それはこれくらいの大きさの物か?」


 マリウスは以前エマの城で手に入れた水晶の大きさを手で示す。クロードは「おそらく」と頷いた。


「なにやらあれには膨大な魔力が詰まっているらしくてな。それに興味を持ったエドワードが持って行ってしまった」

「父親ですよね? なんで止めなかったんですか?」


 ハルは疑問を投げかけるが、それに対してクロードは「申し訳ない」と返す。


「私も止めようとしたが、半年前、現皇帝であるエドワードに牢にぶち込まれてしまった」


 クロードは笑う。その笑い声は決して楽しそうでない、乾いたものだったが。


「とにかく伝えたかったことは以上だ。申し訳ないが、現状私ができるのはこうして少しの間牢から脱出することのみ。今はなんとか元皇帝という事で死にはしないが、あまり手が出せない状況だ。コインはおそらく城の東にある魔法研究所にあるだろう。必要であるならそこに行くといい」

「そうか、ありがとう」


 クロードはまた飲み物を一口で飲み干す。そして、首にかけた銀のプレートをマリウスに渡す。


「時間だ、私に用があったらあったらルッツという男に話してみてくれ。これを見せれば話が通せるようにしておく」


 クロードはもう一度「すまなかった」と頭を下げ、フードを深々と被り、酒場から去っていった。残された二人は飲むことのない飲み物と食べることのない食べ物を前にクロードを見送った。

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