第10話 マリウスの研究室

 金属製の厚手の扉の向こうには、むき出しの岩盤に囲まれた、長方形の部屋があった。奥に鎮座する”戦車”と呼ばれる武器のほか、左右には棚とそこに納められるいくつもの金属や箱、中央に何かの設計図のようなものが置いてあるシンプルな木製の机と椅子。そして、左奥には木製の扉が左と奥の壁に備え付けられている。


 ”戦車”は欠損が激しく、また、ところどころ錆によって穴が開いている。どうやら、とても動く代物ではないことが分かった。


「おいおい、ありゃ古代の遺物アーティファクトじゃねぇか!」

「……古代の遺物アーティファクト?」

古代の遺物アーティファクトてのはな、現代にはない技術で人工的に作られた物の事を指すんだ。……あれってたしかバロス皇国の砂漠にあったものじゃ……?」


 シュリは説明する。古代の遺物アーティファクトとは、過去、人類の記録している歴史よりも前につくられた、その当時ではありえない技術によってつくられた物や技術そのものを指しており、その多くのものは今の各国の技術水準を大きく凌駕するものがほとんどである。そのため、多くのものは使用用途が不明であり、シュリの知る、現在使われている古代の遺物アーティファクトはマルクス帝国にある”聖剣・カリバーン”と”封魔の杖・シール”。これらは魔族に対して絶大な効力をもたらすそうだ。他にもマルクス帝国には古代の遺物アーティファクトあるらしいのだが、覚えていないらしい。


「しかし、シュリは勇者だろう? なぜ、そのカリバーンを持っていないのだ?」

「そりゃぁ、俺は単身で魔王城に行ったからな。俺が捕まった時に聖剣を奪われる危険性を考慮したんだろ」


 「ちなみに俺はマルクス帝国の勇者な」と、思い出したように付け加える。どうやら、勇者とは各国それぞれいるようだ。


 二人は部屋のものを漁っていく。左側の棚には黒い粉末の入った箱や、金属の筒、円柱形で先の尖った人差し指サイズの金属など、用途不明の様々なものが収められている。右側の棚には主に今は使われていない魔法陣についての資料などが置いてある。しかし、資料の置いてある場所はところどころ試料を抜き取られたような空間があった。


 左側の棚にあった試料には主にそれら金属の設計図、右側の棚には五芒星に関する情報がマリウスの字で書かれている。しかし、どれも研究途中のためか明確な答えのようなものは出ていない。


「なんだこれ? 意味わからん」

「シュリが知らないとなると、ここにあるものは古代の遺物アーティファクトに関する研究らしいな」


 マリウスは様々な資料をぱらぱらと流し読みをしながら言う。が、その資料の中には魔法陣や武器に関する研究内容のみで、それがいつ、どこで作られたなどの歴史的背景は書いていない。


 ”戦車”を調べると、遠目で見た通りボロボロの姿であるが、誰かが人為的に弄ったようにところどころ解体されている。また、その戦車の足元には五芒星からなる魔法陣が描かれてあった。


「……魔法で転移させたのか?」


 マリウスは魔法陣を見ながら呟く。


「さて、次はあそこだな」


 シュリとマリウスは木製の扉に向かい、左側の扉を開ける。扉の向こうは同じ大きさ、同じ形の部屋があり、入ってきた扉と対になって扉がある。そして、同じ様に本棚や机が設置してあるが、前の部屋で戦車のあった場所には様々な植物が乾燥状態でコレクションのようにおいてある。どうやら植物に関することについての研究室のようだ。


 二人は一旦すべての部屋を見て回る。すると、長方形の部屋は横並びに続いており、最初に入った古代の遺物アーティファクトや植物以外にも土壌、魔獣や獣など野生生物、文化、気候などについて調べる部屋が続いていた。また、古代の遺物アーティファクトについての部屋のもう1つの扉の向こうは、大きな広場になっており、爆発跡や銃痕など、様々な実験を行った跡が伺えた。


「こんなとこが地下にあったのか」

「……」

「どうした、マリウス?」


 マリウスは疑問を抱いていた。これほどの様々なものを対象とした研究を行っているのに、なぜか歴史に関する研究がされていないことに。


「すまないシュリ、私はしばらくこの部屋にある資料を読むことにするよ」

「どこまで読むんだ?」

「全部だ」

「……は!?」


 シュリは驚愕する。ただ目を通すだけでも1週間はかかりそうなここにある資料をすべて読むと言うマリウスに対して。


「……いやいやいや、これ全部読んでたら半年はかかるって」

「安心しろ。必要ないと判断したものは飛ばすつもりだ。それに記憶喪失の原因が分かるかもしれないからな」

「……まじかよ」


 肩を落とすシュリとは対照的に目を輝かせるマリウス。


「じゃ、俺は魔王業務もあるし一旦出るわ……そういえばさっき覚えた魔法ってなんだ?」

「……一度試してみるか」


 マリウスは先ほど解放された魔法を試みる。マリウスが魔法を発動すると、マリウスの身体は青白い光に包まれる。そして、光が消えると、先ほどマリウスがいた場所にはが立っていた。


「ふむ、どうやら変身魔法のようだな」


 マリウスは話しながら人間やリザードマン、ハーピィなど、様々なものに変身していく。どの姿も色や形は独自のもので、誰かの姿をコピーしたものではないようだ。


「そういえば、お前は人間だろう? 人間が魔族の前に出て大丈夫なのか?」


 マリウスはハーピィからドリュアスに変身しながら聞く。


「ああ、それは大丈夫だよ」


 シュリは首に下げた丸い宝石をコツリと叩く。すると、宝石を中心にシュリの肌がマリウスと同じように青く変化していく。また、耳の先も尖っていき、額からは小さいながらも赤い角のようなものが生えた。


「ま、簡単な魔法だが、案外これでばれないから大丈夫だ」


 マリウスと同じ種族の格好をしたシュリは明るく言い放つ。


「そうか、ならよかった。あと、1つ実験に付き合ってくれ」

「へ?」


 マリウスはシュリの返事を待たずにその肩に手を添える。直後、シュリの身体が光に包まる。その光から出てきたのは、マリウスが初めに会った白いネズミだった。


「おい! 何してくれてんだ!」


 ネズミとなったシュリは体が縮んだことによって地面に落ちた服を集めながら叫ぶ。


「すまんすまん、今戻そう」


 マリウスはシュリに手を当てようとするが、シュリはそれを避け、首に下げた宝石や服などを器用に持ち上げ、走り去っていった。


「……?」


 シュリの脱走に首をかしげるが、「まぁいいか」と呟くと、マリウスは資料に目を通し始める。


 マリウスは古代の遺物アーティファクトの部屋の机の上を見る。すると、設計図の下に何かあることに気付いた。


「なんだこれは?」


 手に取ってみると、それはエマの城で手に入れたものと同じ便箋だった。


・・・


「シュヴァルツ様ー! どこですかー!」


 ハルは叫ぶ。シュリが会議室から出て行ってから約1時間、シュリを探すべく城のあちこちを見回ったが、シュリの姿を見つけられないでいた。 


「シュヴァルツ様ー、いい加減出てきてくださーい!」


 ハルは現在、場内地下を捜索している。初めは玉座の間にいると考えたハルは一階にある玉座を見て回った。しかし、そこにシュリの姿は認められず、そこから上へ上りながら調べるものの、地下にいるシュリは見つかるはずもなく、最上階まで探しつくしたハルは地下へと来ていた。


 ハルがあてもなく探していると、地面に魔法陣の描かれている部屋の扉から青白い光の漏れていた。この部屋はネズミの姿で出て行ったシュリが元の姿に戻る時に使用する部屋だ。ちなみに、シュリのネズミ姿を知るものは、現在マリウス、ハルピュイア、エマの3人のみだ。


 変身魔法は特定の魔族のみが持つ固有魔法で、通常変身魔法の行使にはそれほど魔法を必要としない。しかし、シュリのように体の体積が大きく変わる場合はそれなりの魔力を消費する。魔族が変身魔法を行使する際、体内にある魔力で事足りるが、シュリの場合それが無い。そのため、効率化などの理由から1時間前にシュリはこの部屋を用いて、人間の姿へと戻った。因みにシュリが首に下げていた宝石には変身魔法とマリウスの念話のような言語変換魔法、そして、その魔法に必要な魔力が組み込まれている。


(……ここかしら?)


 ハルはそっと部屋の扉を開ける。どうやら魔法の行使が終わったようで魔法陣の光が収束していく。そして、そこに立っていたのは裸のシュリだった。


「シュヴァルツ様! なんて格好してるんですか!」

「! ……ハルかぁ、びっくりした。服なら今着るとこだ」


 部屋の隅を見ると、先ほどまで来ていた服が投げ出されている。


「こんな服じゃなくてちゃんとした服があるんですから。そっちを着てくださいよ」

「あー、はいはい」


 シュリは面倒くさそうに返事をし、部屋の隅にある服を着ていく。どうやら他の服を着る気が無いようだ。


「ま、公務が溜まってるし、それを済ましてからな」

「……人前に出るときはちゃんとした服を着てくださいよ?」

「はいはい」


 ハルの言葉に、またシュリは適当な返事を返した。


・・・


――2か月後


「よぉ、調子はどうだ?」

「ああ、あと少し時間が欲しい」


 マリウスはこの2か月間、魔王城の地下にある秘密の研究室にこもっていた。シュリはそんなマリウスにハルの作った食事などを運んでいた。


 マリウスは約1か月という驚異の速さで、研究室内のほとんどの書物や資料を読み終わっていた。


 マリウスが資料を読むことによってわかったことがいくつかある。


 たとえば古代の遺物アーティファクト。これには魔術に関するものと鉱物や石炭などの地下資源を用いたものの2種類あり、そのどれもが独自の技術を有している。たとえば魔術に関してだが、魔術には五芒星を用いた今は無き魔法技術が多くあった。また、”戦車”など、兵器や機械と呼ばれる魔術を用いていないものの技術は多くのエネルギーを作り出す技術やそれを用いた様々な道具を作り出す技術があった。


 人間や獣人と魔族や魔獣など、種族に魔と付くものと付かないものの違いだが、以前に図鑑に載っていた通り、味覚の違いや魔力の有無以外にも栄養摂取についての違いもあった。人間は、体内に住む生物や器官などを用いて食べ物から栄養を摂取するが、魔族たちは食べ物に含まれる魔力を用いて栄養を変換するため、魔力のない土壌で育った食べ物を摂取しても人間ほどの変換効率で栄養を摂取することができない。


 また、この世界の土壌についてだが、土壌の性質が南北で大きく分かれている。南は魔力を含む土や岩が多く、そこに植生する多くの植物は、南北の境目にあるフィーレ村のようにその魔力を吸い出してしまうため、人間は食すことができず、またその土地に住めば人間は少しづつ衰弱してしまうという、魔族に適した土地になっている。逆に北には魔力を含む土壌は極端に少なく、人間に適した土壌となっている。


 ほかにもさまざまな知識を身に着けたマリウスは2つの疑問が浮かび上がった。1つ目は、なぜ古代の遺物アーティファクトの中に魔術とその他のものが混在したものが無いのか。2つ目はなぜ人間や魔族は住みにくいこれらの領地の奪い合いをしているのか。


 シュリ曰く、後者に関しては魔族は神々の怨敵であり、不浄の者なので排除すべきらしい。(とはいっても、人間の国によって進行する神は違うため、その間でも争いは起きているらしいが)


 また、シュリに「神を信じるか?」という質問をしたところ、「さぁ?」と一言返された。それに対し、マリウスは「さすが魔王だな」と返事をしたが。


 マリウスの発見した手紙は相変わらず自分が書いたもので、その内容は”決して古代の遺物アーティファクトを戦いのために用いてはならない”というシンプルなものだった。


 資料を読み終えたマリウスはその後、何かの試作に没頭している。


「しっかし、何作ってんだ?」

古代の遺物アーティファクトの技術を用いたものをな」

「おいおい、手紙には使うなってあったんじゃ」

「非殺生系の道具だ。安心しろ」


 マリウスは正八面体の青く透き通った水晶に魔力を流し込んでいる。魔力により正八面体の内部から五芒星の魔法陣が浮かび上がる。


「で、なんなんだそれ?」

「これか? 古代魔術の中に時間操作系の魔法があってな、それを応用したものだ」

「……もしかして、時間を戻したりもできるのか?」


 シュリは期待に目をキラキラとさせる。が、対照的にマリウスは少し顔を暗くする。


「原理的には時間も戻したり止められるらしいのだが、膨大な魔力が必要らしくてな……これは一定範囲の時間の流れを遅くするものだ」

「……そんなもの何に使えるんだ?」


 シュリの質問を無視し、マリウスは黙々と水晶を弄ってる。


「……無視かよ。てかそんなことより仕事手伝ってくれよぉ」

「……シュリよ、一つ疑問があるのだが。元勇者であるお前の今のマルクス帝国での立場はどうなっているのだ?」

「ああ、なんか死んだことになってるらしいぜ。単身魔王城に乗り込んで戦死した英雄として祭り上げられてた」


 シュリは顔をブスッとした顔になる。どうやら戦死したという事を不服に感じているようだ。


「実際あんときだってエマがいなけりゃ……」

「何か言ったか?」

「なんでもない」


 シュリはくるりと振り返ると部屋を出て行く。背を見送ったマリウスは、また試作に没頭し始めた。


・・・


「バーバー様! 大変です!」


 マリウスが地下研究室にて試作をしている頃、1匹のリザードマンがハルの元に走ってくる。


「どうした、そんなに騒いで?」

「バーバー様、これを見てください!」


 リザードマンは1枚の便箋をハルに渡す。


「……なんだこれは?」


 リザードマンは言葉の前に深く深呼吸をする。その後、低く、重い声色で言葉を放つ。


「マルクス帝国からの宣戦布告です!」

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