第9話 魔王となった理由

「俺は現魔王シュヴァルツ・リーベルト。ここまでお前と一緒にきたネズミ、シュリだ」


 魔王と名のった人間、シュヴァルツ……もといシュリは自慢げに胸を張る。もっとも、その胸は楯状火山のように僅かな膨らみがあるのみ。先ほどいたハルとは対照的なものだった。 


「……魔王……?」


 先ほどのハルとシュリの会話から城の関係者とは感じていたマリウスたが、あまりにも唐突なカミングアウトによりその口は空いたままの状態で一向に塞がる気配を見せない。


 また、マリウスが唖然とする理由は他にもある。まず、目の前の少女はどう見ても魔族ではない、それも魔族とは敵対関係にある人間であること。そして、その服装にも原因がある。上半身は黒いキャミソールに革製の真っ赤なショートジャケット、下半身は真っ赤なホットパンツというとても王とは思えない軽装をしており、首に下げた丸い宝石以外、機動性を重視している服装だ。


 さらに、その身長はマリウスよりも頭1つ分小さく、人間でいうと年齢は15歳ほどに見えた。そんな彼女には”少女”という言葉が似合っている。


「……なに疑ってんだよ」


 シュリはその黒い目を細め、顔をムッとさせ露骨に不貞腐れた表情をする。


「いや、シュリはもっと白かったが……」

「魔法の影響だよ」

「……というか、そもそもシュリは男のはずだが……?」


 シュリはマリウスの言葉を聞くや否やわなわなとその褐色の肌を赤く染める。


「え! 俺を男が男だって!? はぁ? たしかに言葉はちょっと荒っぽいけど……そりゃぁねぇだろ!!」

「……それはすまなかった」


 マリウスが謝罪をすると、シュリはため息をつきながら全身の力が抜けたように全身を椅子の背に任せた。


「そっかー、男かぁ……はぁーぁ」


 シュリが深い深いため息をついていると、扉が開く。扉を開けた人物はその胸に蓄えた双丘を揺らしながら、両手に王族らしい黒を基調とした服と白を基調とした服を両手に持ってシュリの元へと駆けてくる。


「シュヴァルツ様! なんでこんな服を着てるんですか!! はやくこれに着替えてください!!!」

「えー、いーじゃんかー……てかさ聞いてよ、こいつ俺の事男だと思ってたんだってさー」


 シュリの元へ駆けてきた魔族、ハルは未だ項垂れるシュリにマシンガンのごとく言葉を放つ。一方シュリは柳に風と受け流し、だらけきった声でマリウスを指さした。


「当たり前ですよ! いつも言ってるじゃないですか! シュヴァルツ様は王にもかかわらず言葉が乱暴なんですよ!! 大体、いつも言ってるじゃないですか――」


 ハルはシュリに思うところがあるのかその説教は止まらない。そんな中、シュリはそのだらけた姿勢で「……腹減ったなぁ」とぼやく。また、マリウスは我関せずと言った様子で紅茶を飲みながらシュリの言葉に嘘が無いか考えていた。


 約10分間続いたハルの説教はシュリのあまりの聞く気のなさにやる気をなくしたためか、終わりを迎えた。


「ま、そういう事ですから。これからは王様らしくきちんとしてくださいね!」

「へいへい」

「はいは1回! まったくもう」

「で、そろそろマリウスと話したいんだけど」

「……!」


 ハルはマリウスの存在をすっかり忘れていたようで、今まで百面相だったその顔を笑みに固定する。


「コホン、すみませんお客様、この度はこのを連れてきてくださってありがとうございました」

「……駄目魔王って……まぁいいや、ハル、俺たちまだ飯食ってねぇから用意してくれよ。もちろん俺のは人間用のな」

「かしこまりました。お二人とも少々お待ちください」


 ハルは背筋をすっと伸ばすと一礼したのち、部屋を出て行った。


「とにかく、あなたがシュリだったという事は納得した。特に利点が無いからな。で、どういう事か説明してくれ……魔王殿」

「シュリでいいよ、今まで通り。ま、まず俺はさっきも言ったとおりこの国を治める魔王だ」

「なぜ人間が?」

「どこまで言っていいのかな……」


 シュリは数秒考えたのち、「ま、いっか」と軽く呟いた。


「俺前は勇者やってたんだけど、前の魔王に頼まれて今こうして魔王やってんの」

「……勇者とは?」

「あー、そこからか……面倒だなー」


 シュリは頭を手でボリボリと掻いていると、ハルがワゴンの上に2人分のパンやステーキ肉、サラダなどを乗せてやってきた。あからさまに早い準備であり、ハルの手際の良さを感じる。


「お食事をお持ちしました」

「お、丁度いいところに。こいつに勇者について教えてやってくれ。あ、準備しながらでいいから」

「かしこまりました。マリウス様、自己紹介がまだでしたね。私はハーピィのハルピュイア・バーバー。魔王シュヴァルツ様の側近をしております。ハルとお呼びください」

「ああ、ありがとう。私の名前はマリウス。あいにく記憶を失っていてこれ以上私に関しての情報は私も知らない」

「左様ですか。では、お食事を並べながらで恐縮ですが、お話を」


 ハルは一礼すると、ワゴンに乗った食事をシュリとマリウスの前へ準備をしていく。


「勇者というのは人間が単身で魔族の元へ送り込む刺客の事を指します。その者たちは総じて強力な力を有しているのが特徴です。たとえばシュヴァルツ様の場合、再生能力を有しており、通常人間は魔力にさらされ続けると体が弱っていきますが、シュヴァルツ様は再生能力によってそういったことがありません。そのため、たとえば魔力が含まれる食物を食べたとしても体に悪影響が出ません」


 マリウスはシュリがエマの城で自分と同じものを食べていたのを思い出す。シュリは「ま、全部不味く感じるけどな」と言いながら、とても幸せそうな顔でステーキをほおばっている。


「ま、その弊害か、体の成長が止まってますが」

「うっせ! ……そんなわけで、5年前俺はここへ来たわけよ」


 なぜかシュリの胸元を見るハルから説明をバトンタッチしたシュリは語っていく。その内容は魔王になった経緯だった。


 シュリは5年前、魔王を倒し、人間に平和をもたらすべくここへ来たそうだ。だが、人間が魔族の町に入れるわけもなく、城門で隙をうかがっていたところ、1人の魔族が話しかけてきた。最初は魔族に警戒していたシュリだが、魔族の話を聞いてく内にその話に共感を覚えたそうだ。その魔族とは先代魔王だったのだが、魔王には果たすべき目標があり、それからというもの、その魔王と共にその目標へ近づくべく、行動を共にしていた。ちなみにこの時にエマとシュリは知り合ったそうだ。だが、1年半前、突然魔王はシュリに王位を継いでほしいと言い、その必死の説得から魔王を引き継いだという。


「ってわけだ。だから、俺は今魔王をしてんの」

「で、その先代魔王とはどんな奴なんだ?」


 その言葉にシュリはマリウスに指を指す。マリウスは後ろを振り返るが、誰かがいる様子はない。顔を戻すと、シュリはニコリとする。その指先は未だに動く気配がない。


「……まさかとは思うが、私か?」

「あぁ! そうだよ!!」


 シュリは机を バンッ! っと叩くと早口で捲し立てる。


「お前、あんとき王位を押し付けたと思ったら急にどっか行きやがって! そんで帰ってきた思ったら記憶無くなるとか言い出すし! ほんとしんぱ……迷惑掛けやがって!」


 最後の一言を頬を赤らめながら訂正する。記憶の持たないマリウスはもちろん、ハルまでも目を点にしていた。


「え? この方が……先代魔王?? いや、違う。だって……あれ? どんな方だっけ?」

「……私が……魔王……」


 ハルは目を白黒させながら必死に先代魔王の姿を思い出そうとするが、どうにも思い出せない様子だ。一方マリウスは、驚きはしたものの、人間を魔王にしたものが自分であるというところに納得をしたようだ。


「ま、こんなことを言ってもどうせ覚えてないだろうがな」


 フンッ とシュリはそっぽを向く。が、まだ熱が冷めていないのかその頬はほんのりと桃色に染まっている。


「コホン、えー、先代魔王様、先ほどは失礼しました」

「仕方のないことだ。私に関する記憶はシュリ以外覚えていないのだから」

「そ、そうですか……」


 自分の過ちではないとはいえ、間違えたことで無礼を働いたハルはと感じたほっと息を吐く。


「ま、そんなわけで魔王になったわけだ」

「……ところで、水晶はここにはないのか?」


 マリウスは自分の記憶や魔法がが入っている水晶のありかを尋ねる。


「あー、忘れてた。その場所に案内するからついてこい」


 シュリは最後の一口を飲み込むと、立ち上がる。


「ほら、行くぞ!」

「ああ、わかった」

「シュヴァルツ様! あなたには出て行った間の仕事がたまってますよ!」

「後でやるよ」


 シュリは少女とは思えない腕力でマリウスの腕をつかみ、マリウスを半ば引きずる様な形で部屋を出て行った。


・・・


「痛い、痛いぞシュリ!」

「あと少しだから我慢しろ! ハルに見つかっちまう!」


 シュリはマリウスの手を引っ張り、また地下の通路へと向かっていく。周囲はいつの間にか石造りの無骨なつくりの通路になっていた。通路に掛けられている煌々と輝く松明が歩く二人を橙色に照らしている。


「そういえば、お前、歳はいくつなのだ?」

「……ん?」

「いや、その見た目だととても若く見えるが」

「お前、出会った時もそれ聞いてきたよなぁ。デリカシーってもんを忘れてきやがって」


 シュリはため息を吐く。


「俺は今22だ。だからお前と初めて会ったときは17だな」

「ほう、ところでその体は成長しないのか?」

「あ゛?」


 シュリはマリウスをキッと睨み付ける」


「……そう睨むな。もしかしたら不老不死になった可能性もあるか……と思っただけだ」

「少しづつだが成長はしてるよ……うん、背は伸びたし……」


 シュリは自分の胸を見つめ、ながら呟く。その目はどこか虚ろになっているようにも感じる。


「よし、ついた。ちょっと待ってろ……えーっと、どこだっけ」


 二人が辿り着いたのは通路の最奥の石煉瓦でつくられた壁だった。周囲に部屋へつながる扉はなく、松明の光も近くにはないため、薄暗い。シュリは壁をぺたぺたと触り、「あ、これだ」と1つの石煉瓦を押す。


 すると、 ゴゴゴゴ という地鳴りと共に後ろ側壁と前の壁が動き出す。そして、後ろの壁が閉じると同時に、地鳴りがやむ。逆に前の壁はまるでそこにはもともと壁など存在しなかったかのように開き、その先には地下へ続く階段があった。


「さ、いくぞ」

「……ああ、わかった」


 マリウスは後ろの壁を見る。どうやらこの下にはよほど知られたくないものがあるらしい。


 階段には緑色に発光する石が埋め込まれており、あたりを薄ぼんやりと照らしている。二人が階段を下りると、小さな空間に出た。


 周囲は岩壁がむき出しになっており、階段と同じく緑色に発光する石が埋め込まれている。正面には人一人が余裕を持って入れるほどの大きさの金属製の門が2つと、その手前には台座が置かれている。


「ほら、あそこにあるぞ」


 シュリは台座を指さす。台座の上には緑色の水晶と青色の水晶が置かれている。


「……なんだここは?」

「さぁ? でもお前がここについたら案内しろって言われてな」


 「もちろん、過去のお前にだが」と付け足す。シュリは台座の上にある緑の水晶をマリウスに渡した。


「ま、とりあえず記憶を戻せって」


 マリウスは緑の水晶を額に当てる。いつも通り、いくつかの情報が流れていく。シュリが魔王であること、自分がそれを譲った元魔王であること、次に行くべき場所であるマルクス帝国、そして


(なんだ、これは?)


 マリウスの脳内にはの映像情報が流れてくる。しかし、その武器は今まで見てきた杖や剣、盾とはまるで違っていた。それらはどれも金属でできており、大きさや形はどれも違うものの、その全てに円柱形の中央に穴が開いた筒がつけられている。そして、映像は切り替わり、マリウスは手で持てるサイズの筒の付いたと呼ばれる武器を持ち、遠方の木製の的にその筒を向ける。人差し指でその武器のトリガーであろう場所を引く。


ドンッ


 その瞬間、筒の先から何かが飛び出し、その反動でマリウスは後ろへ吹き飛ばされた。その先の的には小さな穴が開いていた。そこで映像は終わる。


「……なんなんだ、これは?」

「どうした?」


 自分の見たことも聞いたこともない武器の映像にマリウスは戸惑う。シュリに一旦手に入った記憶を伝える。が、シュリもそのような武器は知らないらしく、「さぁ?」と首をかしげる。


「ま、わかんねぇ事を考えても仕方ねぇだろ、ほら」


 シュリは青の水晶を渡す。マリウスは考えを一旦止め、青い水晶を額に当てる。マリウスの脳内で何かがはずれる音とともに1つの魔法が使えるようになる。


「ところで、この門はなんだ?」

「さぁ? 押しても引いても上げても下げても開かね―んだよ」


 ためしにマリウスが扉を押すが、びくりとも動かない。マリウスは次の手と台座を見る。台座には五芒星からなる魔法陣が掘られ、五芒星の各頂点に円形の形をしたくぼみがある。


「この魔法陣、見覚えはあるか?」

「……五芒星か、知らないな。普通の魔法陣は六芒星だしな」


 マリウスは透き通ったコインを取り出し、くぼみの1つに入れる。すると、コインはぴったりとはまる。その途端、五芒星の魔法陣は青く輝きだす。それと同時に左側の扉に同じ青い魔法陣が浮かび上がった。


ゴゴゴゴ……


 重厚な音と共に魔法陣の浮き上がった左側の扉が開く。その先には広い部屋があった。


「……なんだ? これ?」


 扉の向こうには様々なものがある。そして、その中でも一際大きな金属の箱がある。その箱の足元にはいくつもの車輪と、その周りを1周する金属が付いている。また、その箱の上部には大きな筒が付いている。その箱は先ほど手に入れたマリウスの記憶の中の武器の1つ、と呼ばれるものだった。

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