第8話 謁見
朝、窓へ柔らかな日差しがマルクの顔を照らす。マルクは煩わしく感じ、顔をしかめる。そして、マルクの意識は覚醒へと向かう。
「……そうか、俺はあのまま寝てしまったのか」
マルクは昨晩泣き疲れ、眠ってしまったこと思い出す。
(はぁ、敵の城で油断しすぎだろ……俺)
自分の行った行動の甘さに溜息をつく。
「おっはよーん! ちゃんと眠れた?」
突然扉が開き、その先からエマが現れる。
「で、心は決まったの?」
エマの言葉を聞き、顔をハッとさせる。
「うるさい、敵にそんなこと教えるか」
「ま、そうなるわよね。帰るんなら親に自分の意思を伝えてから帰りなさいよ」
エマはそう言い残すと、部屋を出ていく。マルクは未だ決めかねている考えに向き合う。
「あいつは大丈夫なのか?」
エマがマルクのいる部屋を出て階段を下りると、階下にいたシュリが話しかける。その静かな声とは裏腹にその目は僅かな殺意を放っている。
「さぁ? でも、多分あの子は大丈夫よ」
エマは何かを察しているらしく、そう、返事をした。
「ま、俺らの障害にさえならなければいいがな」
シュリはそう言い残すと自室へと戻っていく。そんなシュリを見て、やれやれとエマは肩を竦めた。
・・・
ゴートンとメリッサは待っていた。昨晩、マルクをエマから借りた客室へ移動させ、その後自分たちも寝るべきというエマの言葉に従い、布団に入るが、一睡もできなかった。そのため、一晩中話し合っていたゴートンの目元にはうっすらとクマができている。
「……言うべきでなかったか」
「そんなことはないわよ、あの子は私たちが思っているより立派に育ってくれてるわ」
バーンズの暗い声に対し、慰めるような優しい声をメリッサは放つ。だが、その声からは僅かな不安がにじみ出ていた。
二人が頭を抱えていると、コン、コンと2回のノックが聞こえる。振り返ると、そこにはマルクの姿があった。
「……父上」
「……マルク……決心はついたか?」
ゴートンは静かに聞く。しかし、その目からは覚悟がうかがえる。
「……父上、正直に言うと、私にはよくわかりません。父上が魔族と協力している事、母上を甦らせたこと……全てが事実であったとしても、僕にはすべてを信じることはできない」
マルクは自らの思いを静かに語っていく。
「父上には世界を平和にする者たちの言葉を聞き、それに共感したでしょう。でも……僕には納得ができない。教会や学校では魔族は怨敵であり、滅ぼすべきものと教えられました。視野が狭い……そういわれても仕方はありません。だから、時間をください。その間に僕は僕なりの答えを出そうと……そう考えました」
マルクは言い終わると、ふぅと息を吐き出す。この言葉を他人が聞けば、ただの問題の先延ばしのようにも聞こえる。しかし、マルクがこう言ったのも、世間の長年教えられた常識と、最愛の父の言葉、その2つに対し、どうしても折り合いがつかなかったためだった。ゴートンはそれも含め、深く頷く。
「ああ、それでいい。お前がお前自身の考えを出せるまで、私はいつまでも待つさ。それと、昨晩話し合ったのだが、今後、お前が良ければエドワード家はお前に継いでもらおうと思っている」
「……なぜですか?」
「お前の知っての通り、メリッサは何者かに殺された。おそらく、その原因は魔族との関係を持った私に原因があるだろう。だが、メリッサはその時相手の顔を見ていないらしくてな……こんな状態で家をお前に任すこともできないからな。今後はエマさんとも協力してその情報収集をしようと思ってな」
メリッサは小さな声で「ごめんなさい」と呟く。
「そうですか、わかりました父上、。エドワード家は僕に任せてください」
マルクは明瞭に宣言した。その顔には迷いが残っているものの、以前とは違い、晴れやかなものとなっていた。
・・・
朝日が昇りはじめ、少し経った頃、マリウス、エマ、シュリ、ゴートン、メリッサ、そしてマルクは城の門にいた。
「メリッサ、私はしばらく帝国へ戻るよ。引き継ぎのための後処理をしないといけないからね」
「ええ、わかってるわ。マルク、がんばってね」
メリッサはニコリと笑う。それに対し、マルクは気まずそうな顔をしている。まだ完全には蘇った母を受け入れられないでいた。
「マルクちゃん? いつでもここにきていいわよ♡」
「おぇぇ」
そんなマルクにエマはウインクを送るが、それにシュリが顔色を蒼くする。
「私たちも行こうと思う。クリントン、世話になった」
「あっらー、マリちゃんもいつでも来ていいわよ」
「……二度と来るかこんなとこ」
シュリの悪態に対して「ア゛ァ゛!?」というエマの野太い声が聞こえる。その声にマルクやゴートンはもちろん、後ろのゾンビたちも後ずさる。そんなエマに対し、マルクは涙目になる。
「べ、べつにまだお前たちを信用したわけじゃないからな! もし、変な事をしたら俺がお前たちをころ……殺してやるからな!」
「ん? いーわよ、いつでも来なさい」
殺すと宣言するマルクに対してエマは軽く答える。そんな余裕な態度のエマに歯を噛み締めながらマルクはゴートンと共にマルクス帝国へ向かった。
「いってらっしゃい」
メリッサは明瞭な声で二人の背中を見送る。その声に対し、ゴートンだけでなくマルクも手を上げて答えた。
「あなたの息子、きっと立派な人になるわよ」
「ええ、そうなってくれると嬉しいです」
エマとメリッサは顔を見合わせると自然と笑みをこぼす。そして、遠くなったそれぞれの背中を見送った。
「さって、じゃ、俺たちも行きますか」
「そうだな」
シュリとマリウスは2人とは逆方向、南にある魔王城へ進もうとすると、その歩をエマが止める。
「ちょっと、二人とも、歩いて行く気?」
「? そのつもりだが」
「魔王城なんて歩いて行ったら1週間はかかるわよ? この子に乗っていきなさい」
二人が振り替えると、エマは1体の体長3mの鳥型ゴーレムを連れてきていた。身体は金属でできているらしく、その体は金属特有の光沢に覆われている。
「この子はスーちゃん、城の近くまで乗せてってくれるってさ」
「……飛べるのか? そいつ?」
「もちろん飛べるわよ。わざわざゴートンさんに頼んだ特注の軽量金属なんだから」
シュリはエマに訝しげな視線を向ける。そして、隣にいるマリウスに目を向ける。しかし、そこにはすでにマリウスの姿はない。
「シュリ、行くぞ」
マリウスはすでにゴーレムの背に乗っていた。その口はニヤリと笑っている。しかし、その目は少年のように輝いていた。
「……やれやれ。わーったよ」
シュリはやれやれと肩を竦め、ゴーレムの背に乗る。
「スーよ、短い間だがよろしく頼む」
「おうよ! 任せろ!」
スーと呼ばれたゴーレムは名前からは想像できない野太い声を出し、羽ばたく。
トワの湖、別名永久の湖とも呼ばれるこの場所の北部の城では、毎夜ガヤガヤと何かの話し声が聞こえる。通常であればただの恐怖に映るであろう彼らの姿だが、その内情を知った者には少なくとも、恐怖ではない何かを垣間見ることができるだろう。少なくとも、上空から見たマリウスの目には屍たちが楽しげに映っていた。
・・・
トワの湖から約300km、南東部にあるマハト王国、魔王城のある魔族の国だ。現在、魔族が統治する国は2つあり、そのうちの1つであるこのマハト王国へマリウスとシュリは向かっている。
「なぁー、あとどれくらいだ?」
「もうすぐだ!」
シュリの言葉に対して、スーは明瞭な声で答える。100m上空を飛ぶ石の塊は地上の人から見れば大きな鳥の影に見えるだろう。
上空100mを約60㎞で約5時間は飛び続けている。眼下には平原が広がっている。
「しっかし寒いなー」
「そうだな」
長時間の飛行と、風による体感温度の低下により、シュリの体温は徐々に下がっている、が、マリウスはそうでもないようだ。その理由はマリウスのマントにあった。マントにはあらゆるものを通過させる能力が備わっている。そのため、前方から来る風の多くを通過させ、体温低下が防がれていた。
途中、シュリに中に入るよう勧めたが、数瞬の沈黙ののちに外気にあたりたいという理由により断られた。
スーは徐々に高度を下げ、平原へと降り立った。どうやら空の旅はここまでのようだ。二人が背を下りる。シュリはよほど寒かったのか、太陽で全身を温めている。
「さて、そろそろだ。俺はこんな身体だからここまでだが、まぁあと30分も歩けばつく。何やってるかしらんが、頑張れよ!」
「ありがとなー」
「感謝する」
スーは二人を激励すると身をひるがえし、空へと飛び去った。
・・・
マハト王国、様々な種類の魔族の住む魔族の国であるこの国はマルクス帝国の南に位置する。その首都マーセルは周囲の魔獣は強力な力や固有魔法を持っているため、周囲に壁を築き、その魔獣たちから町を守っている。また、町の中には商業、工業などあらゆるものが詰め込まれている。そのため、周囲の壁はとてつもない長さを誇っている。そんな町の中心には魔王城といわれる王の住む城があり、そこに国王やその配下の兵士たちが住んでいる。また、町全体もここ10年ほど道の舗装をしているらしく、その道の多くは見事な石畳となっている。
「ここにはいろいろなものがあるな」
そのマハト王国、首都マーセルにマリウスたちは来ていた。検問を抜け、正門から続く広い街道を歩くマリウスだが、様々なものが売られている露店に目を奪われていた。露店には様々な果物をはじめ、アクセサリーや杖、鎧、赤黒い鉱石など、ひと目では用途の分からないものまで多種多様に並んでいる。
「おいおい、お前来た理由忘れてないだろうな?」
「……も、もちろん」
「……なんで言い渋るんだ。にしても腹減ったな」
そんなマリウスを尻目に肩に乗っているシュリはぼやく。トワの湖から出発し約6時間、太陽はすでに真上を通り越し、町の人々は昼の商売に精を出している。
「ならばどこかで昼食でもとるか?」
「いやさぁ、俺あんま魔族の料理口に合わないんだよね……まぁ食えるっちゃ食えるけど……ま、とりあえず城に行こうぜ」
「しかし、どうやって城に入るのだ?」
「ああ、それならまかせとけ」
妙に自信満々なシュリだが、それを気にする余裕などないマリウスはじっくりと周囲の露店の商品を、それはもうなめまわすように見ていた。
「お、ようやくついたな」
マリウスはしばらく露店に視線を奪われながら歩くこと1時間、ようやく開かれた城門が見えてくる。城の周囲には堀が掘られており、門の前には跳ね橋が掛かっている。そして、門の脇には2体の体長2mほどの黒鱗に覆われたトカゲのような生物が2足歩行で鎧を身に着け、槍を携え、立っている。この生物の名はリザードマンと呼ばれる魔族で、その鱗は魔力を流すことで硬度が増し、時に鋼でできた剣をも通さない鉄壁の盾になることもある。マリウスはその者たちを尻目に、進んで行くが、当然のごとくリザードマンたちに止められた。
「貴様ら、何用だ」
「ちょっと用があってな、失礼する」
マリウスの言葉に対し、怪しいと感じたリザードマン達は、進もうとするマリウスとシュリの喉元に槍を突き立てる。しかし、当のマリウスはなんとも涼しげな顔をしている。
「ちょ、ちょっと待てお前ら! てかマリウス、なに勝手に返事をしてんだ!」
勝手な発言により窮地に立たされたマリウスを見て、シュリが慌てて止めに入る。
「ちゃんと謁見許可証はあるから、な、一旦槍を戻してくれ!」
その言葉を聞き、リザードマンの1人はシュリに向けられた槍をマリウスに向ける。
「ならばそれを出せ、反逆の意思があると認識したら貴様の連れの命が無くなると思え」
「わーってるよ、このカバンの中にあるからちょっとまて」
シュリが背中のカバンをおろし、その中から折りたたまれた1通の便箋をリザードマンに差し出した。
「これだよ、中身を確認してくれ」
リザードマンは便箋の中に入っている1枚の紙に書かれている内容を確認する。すると、リザードマンの顔は次第に青くなってく。
「おい、槍を下せ。その方々は丁重に扱うんだ。俺は報告をしてくる」
便箋の中身を呼んだリザードマンは青い顔をしたまま城の中に入っていった。そんなリザードマンを見たもう一方のリザードマンは首をかしげながら槍をマリウスの首からどける。
「はー、やれやれ。どうなることかと思ったぜ……なんで勝手に入ろうとすんだよ」
「いや、自由に出入りできるものかと思ってな」
シュリは呆れ顔でマリウスを見る。そして「こいつってこんなだったっけ?」と呟き溜息を1つついた。
約3分ほどの時間が経過し、橋の上でマリウスが跳ね橋を興味津々に見ていると、先ほどのリザードマンと共に1人の腕が灰色の羽毛で覆われた銀髪の女魔族が胸に持つ双丘を揺らしながら駆けてきた。
女魔族の肌は日に焼けており、耳は羽毛に覆われ、その金色の目は黒い瞳孔部分が縦方向に伸びている。その服装は黒色の袖の短いシャツに灰色のネクタイ、黒の細身のズボンを履いており、首元で1つにまとめられた銀色の髪が黒色の服と重なりその銀が映えており、そのボディラインはまるで作られたもののように美しい形をしていた。
「お、よぉ! 久しぶり!」
「……! と、とにかく中へどうぞ」
駆けてきた女魔族はマリウスの肩の上で座っているシュリを見ると、マリウスの手を鳥の足のように筋ばった手で掴み、引きずるようにして連れて行った。
一行は城の中に入り、見事な廊下を抜け、その先にある地下へと歩いて行く。
「おいハル、そう焦んなって」
「なにが焦るなですか! どんだけ人を待たせれば気が済むんですか!」
二人が口論している間も城の中を進み、地下の1室へ一行は辿り着く。ハルと呼ばれた女魔族はその鋼鉄で作られた扉についている頑丈そうな錠を鍵を取り出し外し、部屋へ入る。部屋は周囲が意思煉瓦で覆われ、地面に白で書かれた六芒星からなる魔法陣とその中央に置いてある水晶と宝石の付いたネックレス以外、何もない部屋だった。
「さ、とっとと戻ってもらいますからね」
「わかったよ、わかったからお前ら一旦出ろ! あ、あとハルは服よろしく」
シュリはそういうと、部屋から2人、マリウスとハルを追い出す。
「ふーっ、じゃ、あなたはこちらへどうぞ」
マリウスはハルに連れられ、扉の隙間から青白い光の漏れだした部屋を後にし、上階に上がっていく。
マリウスは城の二階部分にある会議室のような場所に通される。床には金の刺繍がしてある赤い絨毯が敷き詰められており、部屋の中央には円形の細かく彫刻の施された長いテーブルと、その周囲に置かれたこれまた細かい彫刻の施された革張りの椅子。扉とは反対の方向には天使や悪魔などのデザインが施された金時計が置かれており、今もその時を刻んでいる。また、周囲の壁には草原や戦中の絵が掛けられており、どれも素晴らしい出来となっている。また、扉の上にはこの国の国旗であろう黒い旗が貼り付けられており、そのデザインは六芒星からなる魔法陣でできていた。
マリウスはハルに勧められた最奥から1つ手前の椅子に座り、瞬く間にハルが用意した紅茶を飲んでいる。ハルは用事があると言って部屋を出て行った。
マリウスが部屋に3枚あるうちの1つの窓から外の光景を楽しんでいると、バァンと扉が荒々しく開かれる。そこには、褐色の肌をした短い黒髪の人間の少女が立っていた。少女はつかつかと歩き、扉とは対照にある椅子に座るとマリウスへ顔を向けた。
「よ、マリウス。待たせたな。俺は現魔王シュヴァルツ・リーベルト。ここまでお前と一緒にきたネズミ、シュリだ」
マリウスの目は自らを魔王と名乗る少女に釘付けとなった。
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