第8幕 //第3話

 そんなこんなで、クラス会兼希や部活動生のお祝い&お疲れ様お花見会(瑠花の命名が長すぎるからもう花見で良いよな)は、次の日曜日に決まった。

 当日の天気は少し雲が多いものの、一応晴れ。前原の春はコロコロ天気が変わるから心配していたが、幸い雨の少ない一週間だった。花見や、キャンプや祭りみたいなイベントは天候にめちゃくちゃ左右されるからな。雨天時の予定までは決めてなかったから、正直助かった。



 待ち合わせは、前原駅前の大広場。現地集合が楽なメンバー以外は駅前に集合し、そこから10分ちょっと歩いて糸流川沿いに出る。

 集合をかけるのが急だった事もあって、参加するのは前クラスの約半分くらいだ。それでもざっと20人はくるわけだから、瑠花の呼びかけ力とか働きかけ力みたいなものは凄いんだと思う。さすがは二つ名––––ケバめ金髪守銭奴JK支配人月の元学園祭実行委員ってとこか。


「やっほー!玲央、おっはよー!」


 懐かしい代名詞と強烈なメイド服姿を思い出していたところで、当の本人が道路の向こう側から駆けてきた。隣には当然のように大樹もいて、でかいクーラーボックスを持っている。

「おはよ、瑠花、大樹」

「よっ!もしかして玲央、一番乗りかよ」

 やって来るなり、大樹はにやっと含んだ笑みを見せる。左耳についた銀色のピアスが、雲間から差す日差しにキラリと反射した。

「なんだ、案外玲央もノリノリじゃねーか」

「馬鹿。そんなんじゃねーよ」

「そーか?ま、俺はめっちゃ楽しみにしてんだけどな」

 そうさらりと言ってのけて、大樹は肩からかけていたクーラーボックスを足元に置く。硬いアスファルト上に、どん、と鈍く重たい音が響いた。

 思わず訝しげな視線を送ると、それに気がついた大樹が「ああ」と頷く。

「これな、今日の飲みモンとか。他の奴らがコーラとかオレンジジュースとか好き勝手頼むせいで、すっげー重い」

 俺が担当だからってひでーよ、と愚痴にも似た溜息が漏れた。ちなみに、俺は確かお茶を頼んだ。弁当食べてる時にジュースとか、ちょっと苦手なタイプなんで。


「玲央は?何の担当だっけか」

「俺は割り箸とか、ビニール袋とか。ウエットティッシュも一応リュックに入れてある」

「うっわ、地味!」

「地味で悪かったな……」

 だって食べ物系のチョイスは難しいし、大きなレジャーシートなんて持ってない。箸とかの消耗品なら、コンビニでも買えて軽くて楽じゃねーか。

「まあ、玲央らしいっちゃ玲央らしいな」

 大樹はふっと口元に笑みを浮かべた。

「それで、肝心の弁当って誰だっけか」

「んっとねぇ、確か希と茜音と美香がお弁当を見繕ってくれてー、お菓子係は村上と日高に頼んだよぉ」

「お、まじか。吉田さんとか、料理上手そうなイメージだよな」

 

 そう、正にそうなんだよ。

 陽介たちは置いておいて、俺としては希の持って来る弁当が気になって仕方がない。希自身の手作りなら尚更、でも買ったヤツでも希のチョイスなら全然構わない。希のくれた弁当が食べれる、俺はそれだけでめちゃくちゃ嬉しいから。

 

 グッと拳を握り締めていると、「おーい!」「お待たせ!」と後ろから声がかかった。振り返れば、駅前待ち合わせの元クラスメイトたちが走って来るところだった。


「大樹に玲央に片瀬、おっはよーう!」

 先頭を走る陽介が、ブンブンと右手を振った。反対の手にはパンパンに膨らんだ大きなスーパーの袋を提げている。透けて見える色取り取りの柄から、とりあえず陽介あいつがやたらめったら菓子類を買ってきたことが分かった。それくらい、陽介あいつも今日が楽しみだったんだろう。


「よし、揃ったしそろそろ行くか」

 よいしょ、っと大樹がクーラーボックスを持ち直す。

「だね、行こっ!」

 瑠花が頷いて、歩き出した大樹に並ぶ。高い位置で括った茶色のポニーテールが、軽やかに揺れた。


 俺は陽介たちが追いつくのを待ってから、二人の後をゆっくりと歩いた。




 ***




 糸流川沿いの土手には、満開の桜並木が広がっていた。

 開花が三月末で既に見頃は終えたかもしれないと思っていたが、それは杞憂だったようだ。川の流れに沿って並ぶ桜は、むしろ散り際の美しさを見せつけるように咲き誇っている。

 空と川の青さに引き立てられた春色の景色に、俺の心も自然と高鳴っていた。


 川沿いをもう少し行くと、中洲の近くに陽光を反射する銀のレジャーシートが広げてあるのが見えた。周りには数人の姿もある。

 その集団に黒髪の少女を見つけて、俺の胸はまたとくんと弾んだ。


「あっ、見て見て茜音。瑠花たち来たよ!」

「ほんとだ、おーい!」

 茜音ちゃんたちがこちらに気づいて、大きく手を振る。

「あっかねちゃーん!!おっはよー!!待ってて、すぐ行くっ……ってぐはぁっ」

「茜音、お待たせー!」

 鼻の下を伸ばした陽介が駆け出そうとしたところを、後ろを歩いていた女子たちが思いっ切り突き飛ばした。

「おい、お前ら何すんだよっ」

 つんのめった陽介の抗議をガン無視して、女子たちは土手を駆け下りて行く。残された村上には、日高がそっと肩に手を置いてやっていた。


 公然とした茜音ちゃん推しの村上は、裏では一歩間違えればストーカーだとか既にストーカーだとか言われて、茜音ちゃんの周りの女子たちから警戒されている。

 世間はうららかな春なのに、村上に春が来る兆しは一向にない。そう思うと、可哀想な気もするが……。

「畜生、こうなったらお弁当の時は絶対!絶対、茜音ちゃんの隣に座るんだからな!俺はめげない男になるんだ!」


 まぁ、こういう所が問題なんだよな、多分。


「何だよ玲央、彼女いない勢だからって俺の邪魔すんなよ!」

 呆れと憐れみが混ざった俺の視線に、陽介が目を吊り上げる。怒った内容は全く見当違いもいい所なんだが。

「大丈夫だよ、邪魔はしねーから」

「マジか?マジだよな?」

「あーうん、マジだよ」

「言ったからな?例え玲央でも、茜音ちゃん目当てだったら俺の敵だから」

「あー、安心しろ。それは絶対ない」


 だって俺、希一途だし。


  最後の一言だけ飲み込んで、代わりにひらひらと手を振る。

「そーか、ならいいや。悪ぃな」

 俺の答えに陽介は漸く機嫌を直したらしく、それ以上は突っかかって来なかった。


 この単純素直さが美徳であり残念な要因にもなるんだよなぁなんて事は、そっと教訓として胸に刻んでおくことにした。

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