第8幕 //第2話
体育館に反響するバラついた拍手の中、俺は壇上へと進む希の後ろ姿を、唖然として見送った。
言われてみれば朝から姿が見えなかったが、どうせ寝坊で遅刻とかそんな事だろうと思っていたのに。不意打が過ぎる。
「吉田希殿。貴女は、第38回全国高校生写真コンテストにおいて〜」
賞状を読み上げる朗々とした声を、漏らさないように聞き取る。全校生徒と教師の視線を一身に集める希の背中は、小さいはずなのに凛として格好良い。
「以上、写真協会会長、花木田勉」
賞状を受け取った希が一礼すると、体育館は再び拍手に包まれた。
あいつ、せめて一言知らせてくれれば良かったのに。
俺は他の誰よりも先に知っておきたかった、そんなちょっとした嫉妬紛いの気持ちが顔を出す。
春休み中は家の用事があるとかで全然会えなかったから、仕方ないっちゃ仕方ないのかもしれないけどさ……。
悶々としながら拍手を送っていると、「吉田さんって、すげぇんだなぁ」と斜め後方から呟きが聞こえた。勿論、さっき瑠花に殺気を浴びせられた二人に決まっている。
「全国って、日本全部って事だよな?すげぇ、すげーよ!」
「まあ、去年からずっと写真頑張ってたしな。嬉しいだろーな」
バカ丸出し発言の陽介に、大樹は突っ込まずただ同調した。代わりに俺が心の中で突っ込んでやる。この場合の全国は日本だよ、世界なら世界大会ってなるわ馬鹿。
「あ!じゃあ大樹、吉田さんのお祝いみたいなのやんね?俺、前のクラスで久し振りに集まりたいし!」
「は?久し振りってお前、まだクラス替わったばっかじゃねーか」
「いーじゃんいーじゃん!楽しいしさ!」
「陽介お前、茜音ちゃんに会いたいだけだろ……」
「まぁそれもあるけどな!はは!」
「むしろそっちだろ」
むしろどころか完全に茜音ちゃんだろーな。陽介が彼女目当てなのは、多分誰だって分かってる。
それよりもお前ら、煩くしてるとまた睨まれんぞ……って、あれ?
恐る恐る瑠花の方に目を向けてみたが、瑠花は綺麗な巻き髪をくるくると弄るだけで、一向に叱ってくる気配はない。さっきヤバかった怖いオーラもない。おかしい、絶対聞こえている筈なんだが。
「な!やろ、クラス会!」
「あーはいはい、分かった分かった」
二人の声に、瑠花の肩がピクンと跳ねる。もしかすると、これ、結構そわそわしているんじゃないか?
全校朝会が終わって教室に戻ると、案の定、瑠花は一目散に俺の席に飛んできた。
「ねぇねぇ玲央、玲央もさっきの聞こえてたよね!?」
「え、さっきのって?」
十中八九、九割九分九厘大樹たちの話なのだが、一応念のため尋ねておく。だが、瑠花は俺の惚けた返事に唇を尖らせた。
「もぉ、絶対分かってるでしょ!?大樹と陽介が話してたじゃん、希のお祝いしよーってやつ!」
「ああ、あれか」
いや、まあそうだよな。うん、そうだと思った。
「聞こえてはいたけど、どうかした?」
「もー、バカっ!あれさぁ、
「あー、うん」
「でしょぉ?クラス会やるには確かに早いけど、お祝い兼ねてちょっとパーティーとかやるのはいいなって!玲央はどう思う?」
「お祝いは、まあ。でもなぁ……」
パーティーなぁ、と呟いて俺は腕を組む。
「えー?もしかしてあんま乗り気じゃないのぉ?皆でやるのが面倒とかぁ?」
「いや、そういう訳じゃなくてな」
「じゃあなんで!!」
「おいっ、ちょっと落ち着け!」
急かすように詰め寄ってきた瑠花を、慌てて押しとどめる。不満そうながら瑠花がぎゅっと唇を結んだのを見て、俺はゆっくりと口を開いた。
「お祝いはしたいと思うよ、俺も」
それは当然だ。
希が取ったのがどのくらいの賞なのかは全然知らないが、それでも優秀賞、というのだから凄い事に違いはないだろうし。希も自分の夢のために一歩一歩進んでいるのが、俺もめちゃくちゃ嬉しいし。だから、お祝いする事自体には賛成だ。
だけど、
「俺が気になるのはさ、希がそんなでっかい規模のパーティーとかを喜ぶかなって思ったのと」
「と?」
「場所、どうすんだよ。まさか駅前のカラオケルームとかでお祝いしたいわけじゃねーだろ?」
「あー……」
俺の指摘に、むうう、と瑠花は唸る。
ただ皆で話して飯を食うくらいのクラス会なら、駅前のカラオケなり学園祭の打ち上げで使った焼肉なりそれなりに候補はある。が、瑠花はお祝いパーティーって言ったからな。もうちょっと華やかな感じを想像してただろう。
後、俺のもう1つの懸念は、希がクラス会規模で祝われるってのを遠慮しそうな事。あいつは謙虚だから、突然皆に祝われたらぺこぺこしそうだもんな。他に部活をしてるメンバーに申し訳ないし!とかも言いそう。謙虚で慎ましくて優しくて可愛いからな、うん。
「んー、お祝い自体は希はそんなに嫌じゃないと思うんだけどぉ」
「そうか?」
「うん。だってさぁ、玲央も仲良い友達とかなら、お祝いされるのは別に嫌じゃないでしょ?それとも、あたし達に祝われるとかも嫌?」
「……それは嫌じゃない、な」
「でしょぉ?」
今度は俺が唸る番だった。
確かに希や大樹や瑠花に祝って貰えるってのは、素直に嬉しいかもしれない。学園祭の看板を描いた時も、褒められるのに慣れてなくて小っ恥ずかしくはあったけど、別に嫌じゃなかったしな。
「あ、じゃあさ!」
「ん?」
「希が遠慮しちゃわないよーに、部活動大会頑張ったメンバーのお疲れ様会も兼ねちゃお!どぉ?」
「そーだな」
それなら、希も遠慮はしないだろう。瑠花にしてはめちゃくちゃ良い提案だ、なんて事は口が裂けても言わないが。
俺がやたら失礼な事を思っているとはつゆ知らず、瑠花は腕を組んだ。希よりも豊かな胸が強調されて、ちょっとだけ目のやり場に困る。
「んー、じゃあ後は場所かぁ。どぉしよっかなー」
「それなら、オススメの場所があるわよ」
「「っ?!」」
突然背後からかけられた声に振り向くと、そこには亜麻色の髪をたなびかせた生徒が立っていた。澄んだ切れ長の瞳に、堂々とした佇まい。この学園に二人といない強さを持つ学園理事長の孫娘、倉持麗華だ。
進路選択によってクラス替えが行われた今回、倉持は俺と希、そして瑠花と同じクラスになった。
「もぉー、倉持さん!ビックリしたじゃん!」
「いきなり声かけるのは止めろよ……」
「なあに?そんなに驚かなくてもいいでしょうに」
俺らの反応に、倉持はあからさまに眉間に皺を寄せる。そしてその表情のまま首を傾げた。
「それとも、私は関わらない方が良い話なのかしら?」
「いやいやいや、そんな事はないぞ。なぁ、瑠花?」
反射的に否定して、瑠花に同意を求める。
頼む瑠花、とりあえず頷いてくれ。この女生徒は、機嫌を損ねると大変なタイプだぞ。
果たしてその願いが届いたのかは分からないが、瑠花はにっこりと笑顔で答えた。
「うん、倉持さんって希と仲良いもんね?ぜんっぜん大歓迎だよぉ!」
「そう?それなら良いのだけれど」
「もちろんあ!あっ、でもぉ、去年のクラスのメンバーばっかりになっちゃうけど大丈夫?」
「あら。私は希のお祝いに大賛成なのよ?貴方達が私を加えて下さる事には感謝しこそすれ、既知の者が少ない事に文句などないわ」
「オッケー、了解!」
そりゃそうだろうよ。倉持は、希の事が大大大好きっぽいしな。その点は俺も負けてねーけど。
内心で張り合う俺を他所に、瑠花はそうだ、と倉持に尋ねた。
「それでさ、倉持さんのオススメの場所ってどこぉ?」
「ああ、そうだったわね。貴方たちはそれなりの人数が楽しめて、普段のカラオケや飲食店ではない場所が良いのでしょう?」
「うん!」
「そうだけど……一体、前原のどこにそんな場所があんだよ」
俺の疑問に、倉持はふふんと鼻を鳴らす。何だか、すっごい馬鹿にされた気分だぞ。
「そもそも、屋内を基準に考えるから思い付かないのよ。この折角の季節を利用しない手はないわ。今、
「桜ぁ?」
「そうか、花見か!」
思わず叫んだ俺に、倉持はその通りよ、と誇らし気に胸を逸らした。
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