幕間『Intermission!/3』

幕間3 〜チョコレート・バレンタイン〜

 もぉもぉもぉ、あの玲央バカっ!

 いきなり何言ってんのよ!ほんっと、心臓止まるかと思った!!バカ、アホ、マヌケ、バカ!

 

 図書室で教科書とノートを広げたあたしは、心の中で思い付く限りの悪口を吐き出していた。悪口といっても、語彙力が貧しいせいで小学生が使いそうな言葉しか出てこないんだけどさ。仕方ないから、ノートにも書き殴ってやる。バカ、アホ、マヌケ、バカ!

 それに、あたしの心臓はまだバクバクしている。ついさっき起こったばかりの出来事を思い出して、また顔が熱くなった気もした。


 それもこれも、全部ぜーんぶ、玲央アイツのせい。


 いつも色々迷惑かけてるし、勉強だって教えて貰ってるから、バレンタインにチョコレートケーキを渡しただけなのに。突然、「瑠花ってもしかして、大樹が好きなのか?」って。フツーそんなの直で聞く?聞かなくない?しかも、みんなが居る教室で!!デリカシーなさ過ぎだっつーの。


 ああもぉ、やっぱり、バカバカバカ!!


 バカを50回くらい繰り返したところで、漸く少し怒りが収まってきた。本当はまだまだ言い足りないけど。出来るなら、直接言ってやりたいくらいだもん。繰り出したばかりなのにポッキリ折れたシャー芯がその証拠。


 新しい芯を詰めながら、でも、とあたしは考える。


 玲央が絆創膏のことに気が付いていたのは、正直ビックリした。しかも最近じゃなくて、学園祭の頃から知ってたなんて。


 玲央だけじゃなくて、勿論希も大分前に気が付いていた。それこそ学園祭が始まる頃、希と二人でご飯を食べてた時に、「大丈夫?怪我してるの?」って聞かれたんだよね。希には隠す必要もなかったし、理由まで正直に打ち明けたんだけどさ。


 実は、自分の好きな人を教えるって事が初めてだったあたしは、そこでめちゃくちゃ緊張した。誰かが好きって言葉にするのって、あんなにドキドキするもんなんだね。

 だってさ、今までは恋バナなんて他人のを聞くばっかりで。誰がカッコイイとか言わされた事はあったけど、あたしは同級生なんかよりジャニーズとか俳優の方が断然カッコ良くてイケメンだと思ってたし。だから、これまでは遊び程度、ネタ程度にしか話した事はなかったのに。

 本気で好きになっちゃったら、少し話すだけでこんなに心臓が煩いなんて。目の前に好きな人がいなくても、その人の話が出るだけで、名前を呼ぶだけで、胸がギュってなるなんて知らなかった。


 そんなあたしの気持ちを希に教えたら、すっごいキラキラ喜んでさ。それで、「全力で応援するよ!」って言ってくれた。

 その言葉の通り、希はいっつも話を聞いてくれて、ダメダメだったケーキ作りの先生になってくれて。玲央たちと居る時は、絶対絆創膏の事にも、恋バナにも触れないでいてくれた。


 でもそっかぁ。玲央も気が付いてたんだ。

 他の奴の事なんか興味なさそーな顔して、実はよく周りを見てるんだよね、アイツ。学園祭の時だって凄かったし。実際話してみるまでは怖がられてる暗いヤツかと思ってたけど、全然そんな事なかったし。

 まぁ、今日の爆弾発言はマジで最悪だったけど、玲央自身はぶっちゃけ良いヤツだと思う。希の事を大事にしてるっぽいのも良い。


 それに比べて――は。


 直ぐに浮かんだ顔に、溜息が出る。

 あいつは、大樹は、あたしの気持ちをきっと知らない。絆創膏にしたって、気が付いてすらないと思う。だって、今まで一度も聞かれた事ないもん。


 大樹あいつにとってあたしは、ただの仲の良い友達。軽口が叩けて、気も許せて、多分女子の中では一番仲は良いと思ってる(思いたい!)けど、きっと恋愛対象には入んないくらいのポジション。

 うぐ。自分で言って、結構キツくなってきた。


 それでも、とまたもや潤みかけた目元を拭う。

 希にも、玲央にも背中を押されたんだもん。ここで頑張らなきゃ、あたしが廃る。折角上手に作れるようになった特製のチョコレートケーキだって、無駄になる。


 だから、決めた。あたしは絶対、今日告白する。




 ***




 思いの外、大樹は直ぐ捕まった。

 体育の授業が終わった後、今日はそのまま放課だったのが幸い。大樹は授業が終わったらさっさと帰るタイプなんだけど、今日はいつもいる男子たちがくっついていないのもめちゃくちゃラッキー。まぁ村上や日高のことだから、バレンタインで誰かから貰えないかって期待して、放課後だらだら残ろうとか考えてるんだろーけどさ。


 大樹が靴を履き替えて歩き出したタイミングを見計らって、あたしはたっと横に並んだ。


「だーいきっ」

「おー片瀬!何だよ、ビックリさせんなって」

「え〜?だって、丁度大樹が帰るの見えたからさぁ〜」

 あくまで普段通りを心がけて、にっと笑う。だけど早くも心臓がバクバクしてて、何が普段通りなのか全然分かんない。 

「お、じゃあ一緒帰るか!」

 でも大樹はあたしの緊張なんて分かるわけなくて、そう言って楽し気に笑い返してきた。無理。無理過ぎる。そんな当たり前に「一緒帰るか」なんて言われたら、告白する前にあたしの心臓が壊れる気がする。

「ん?どーした、片瀬」

 あああ無理!そうやって顔を覗きこむのは反則だってば!お願いだから、誰かこの天然格好良さっぷりを止めて欲しいんですけどぉ!?


「片瀬?」

「いや、何でもナイ、よ?」

 明らかに裏返った声で答えて、あたしはふいっと目を逸らした。完全に不自然なのは分かってるんだけど、他にどうしようもないんだもん。こんな至近距離で直視しようものなら、あたし、絶対耳まで真っ赤になるに決まってる。


 なんでこんなに無理なんだろ。希と玲央が一緒にいる時はまだ平気なのに。

 この前だって、「片瀬は化粧とか服のことが好きなんだろ」って大樹の言葉に、思わず希にしがみつく所だった。二人がいて、しかも進路ってゆう真面目な話をしてたから何とか平気ぶった顔ができたけど。

 大樹と二人きりになると、途端に調子が狂う。ドキドキして、ちょっとした事で舞い上がったり泣きたくなったりもして、そしてずっと自分の鼓動が聞こえてくる。こんなの、ズルい。あたしばっかこんな気持ちになるなんて、どうしたら良いのか分かんないよ。


「片瀬」

 不意に張り詰めた声で名前を呼ばれて、あたしは弾かれたように顔を上げた。20センチも高い所からあたしを見つめる大樹は、物凄く真剣な顔をしていた。

 その顔を見たら、ぎゅっと、思いっ切り心臓が掴まれたように胸が苦しくなる。鞄を握り締める自分の手が小刻みに震えているのがありありと分かって、思わず両手を背中に隠した。


「片瀬」

 もう一度あたしの名前を呼んで、大樹はゆっくりと口を開く。

「頼むから、あんまり無理はすんなよ?」

「……え?」

「お前、今日もずっと自習してたろ?進路のために頑張んのはすげーと思うけど、根詰め過ぎんなよってこと。それに、」

 思ってもいなかった言葉に目を丸くしていると、大樹は怒ったように眉根を寄せて、首筋をポリポリと掻く。

「俺は何だかんだ、片瀬の元気でめちゃくちゃ言ってくるとこ、良いと思うからさ」


 ひっと、喉の奥で声にならない悲鳴が上がった。

 ああもぉ、無理!これ以上はぜっっったいに、無理!無理無理無理無理無理!!だから、もう、ここで――ここで、あたしは、告白する!


「大樹、これ!バレンタイン!」

 勢いのまま、あたしは綺麗に包装したチョコレートケーキを差し出した。包みは玲央にあげた物より二回りは大きくて、中には普通のチョコレートケーキと、ミックスナッツを沢山入れたチョコレートケーキの二つが入っている。甘党の大樹のために希と考えた、特別なバレンタインケーキ。

「大樹って、甘いもの好きじゃん?だから色々考えて、チョコレートケーキにしてみたんだよね」

「おい、片瀬、これ」

「しかもナッツも入れてあんの!前さ、アーモンドとかよく食べるって言ってたでしょ?覚えてるって偉くない?」


 いや、偉くない?じゃ、なくて!そんなのが言いたいんじゃなくて!


 開けばどんどん脱線しそうな口を一回閉じて、あたしは心の中で必死に繰り返す。だいじょうぶ。絶対だいじょうぶ。あたしは頑張れる。次こそ、ちゃんと、ちゃんとうんだから!


 ぐっと意を決して、あたしは勇気を振り絞る。

「大樹。あのさ、あたし――」

「片瀬、ちょっと待った。これ、どっちの意味?」

 振り絞った勇気は、告白しきる前に大樹に止められた。さっきよりも真剣な瞳に真っ直ぐ射抜かれて、あたしの頭は真っ白になる。


 はぁあ??ばかばかばか、何でよぉ。どうしてこのタイミングで、ちょっと待ったとか言うわけ?

 しかもどっちの意味って――なんて、そんな質問、突然聞かないでよ。ねぇ、希、玲央、あたしは一体どうしたら……――!



 ぐちゃぐちゃになった心で立ち竦むあたしの頭に、不意にぽん、と大きな掌がのった。


 恐る恐る見上げてみたら、大樹がすんごく優しい顔で笑ってて。その笑顔に、悔しいくらいドキッとした。


「大樹……?」

「わりい。困った顔が可愛くて、ちょっと意地悪した」

「なっ」

 何も言う言葉が見つからずに口をパクパクさせていると、のせられたままの掌が、そっとあたしの頭を撫でる。その撫で方は、勘違いしちゃいそうなほど優しくて温かくて。

「安心しろ、なんてちゃんと分かってる。――でも、告白それは俺から言わせろよ」

「へっ!?」


 固まるあたしの耳元に、大樹はそっと唇を近付けた。

 そして多分林檎よりも赤くなっている耳に、ゆっくりと、甘い響きが流れ込んでくる。それはあたしが言いたくて言えなくて、ずっとずっと、どうしようもなく恋焦がれた言葉だった。



(幕間3 〜チョコレート・バレンタイン〜 終)

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