第6幕 //第8話
学園祭の一日目は、希と校内を周るうちに幕を下ろした。
校内を周ったと言っても、俺たち二人とも相当腹が減っていたのか、ほとんど食べ物の屋台やカフェを巡って時間が過ぎた。本当はもっと色々、弓道部主催の射的や、映像研究部の作ったミニ映画とか、体験ものの場所も周ってみたかったが仕方がない。
ただ、写真部の部室に寄って希の撮った写真を見ることができたのは良かった。希が展示していたのは、俺に見せてくれた夏祭りの写真が数枚と、学園祭準備で慌ただしい学園が夕焼け色に染まっている写真。どれも鮮明で、その場の音や熱気が伝わってくるような臨場感があって――素人の俺でも分かる、多分希の腕は確実に上がっている。
俺も、負けていられない。希が一場面を写真として切り取るように、俺だって。
***
学園祭二日目も、朝からクラスの士気は高かった。昨日の売り上げは予想よりも大幅黒字だったらしい。
「学園祭は今日の五時までだからね!ガンガン稼ぐわよぉ~!」
相変わらず目を爛々と輝かせた片瀬が、拳を高く突き上げる。守銭奴っぷりは昨日に増して高そうだ。触らぬ片瀬に祟りなし、今日は昨日よりも影を潜めて受付に居るとしよう。
と、思っていたのだが。
「ちょっと紫村ぁ、もっとお客さん呼び込んでよぉ」
丸めたお化け屋敷のパンフレットをポンポンと肩に打ち付けて、片瀬は真っ赤な唇を尖らせた。
「売り上げ、受付にかかってんだからね~?」
俺は悪目立ちしないようにと静かに受付席に佇んでいたのだが、それが片瀬のお気に召さなかったらしい。俺的には客入りは上々だと思っているのだが、更なる売り上げを目指す彼女に言わせればまだまだだそうだ。
「ちょっと紫村ぁ、聞いてる?」
「……聞いてるよ」
今日も漆黒のメイド服に真っ赤なカラコンを入れた、迫力のある姿。その片瀬に睨まれて、反駁する気は更々起きない。
ただ、普通メイド服を着たやつはそんなこと言わないからな?
曲がりなりにも奉仕する立場の服を着ているのに、腰に手を当ててクラスを牛耳っているのは……どこから見ても恐怖政治を敷いている支配人の類だからな。
こっそり、昨日付けた「ケバめ金髪守銭奴JK」に「支配人」の言葉を加えておく。
「とりあえずぅ、昨日みたいに女の子でも呼び込んでよね~」
無茶を言う支配人に、俺は内心で嘆息する。一体片瀬は、俺に何をやらせたいんだ。俺が、どうやって女子生徒を呼べると思ってんだ。むしろ逆だろ––––––女子生徒を怖がらせる方だろ。
散々疎ましく思っていた自分の噂をダシに思えるあたり、俺も成長したよな。
「瑠花ちゃん、心配しなくても大丈夫だよ」
そんなことを思っていたら、見るに見かねたのか、隣の受付席に座っている希がやんわりと片瀬をいなした。
「まだ始まって一時間ちょっとだし、これからお客さん増えるんじゃないかな?昨日の写真部もそうだったから」
やっぱり希はいいやつだ。俺と同じ黒い浴衣に白い帯を締めて、俺のより二回り小さい編み笠を被っている。全身お揃いの衣装に、思わずガッツポーズが出そうになったことは誰にも言えない。
「そぉかな~?」
「うん!大丈夫だよ!」
今日は下ろしている艶やかな黒髪が、強く頷いた拍子に華奢な肩の上でちょんと跳ねた。
「まぁ、希がそぉゆうなら」
希の言葉に、渋々ではあるが片瀬も納得したようだ。
「じゃぁ二人とも、頑張ってねぇ。あたし、中の様子確認してくるからぁ」
そう言って、片瀬はお化け屋敷に帰っていく。と、去り際に俺を一瞥して小さく口を動かした。真っ赤な口紅を引いた唇が動く――――や・れ・よ?
ケバめ金髪守銭奴支配人JKは、どうやら俺にはお優しくないようだ。
***
それからまた一時間少しが経った。
希の言った通り、十時半を過ぎたあたりからお客さんは増え始めた。増えたのは主に小中学生や年配層。所謂地域のおじいちゃんおばあちゃん、といった人たちにお化け屋敷はウケないのだが、小中学生はほとんど全員と言っていい程立ち寄ってくれている。
娯楽施設が駅前のカラオケと小さいゲームセンターしかない前原だから、まぁ当然と言えば当然か。
「すごいね、玲央くん。お客さん、本当にたくさん来るんだねぇ」
列の先頭に並んでいた小学生の集団にパンフレットを手渡しながら、希が小声で話しかけてくる。
「まぁ、お化け屋敷やってんのがうちのクラスだけだしな」
娯楽的な要素があるのもそうだが、『脱出型お化け屋敷』なんて聞いたら、そもそもどんなものか気になるだろうからな。俺だって、もし小中学生だったら一度覗いてみようと思うだろう。さっきから、「あったぞ!」とか「お化け屋敷あそこじゃん!」とか「怖そう!」とか大声で叫びながら、廊下を駆けてくる子どもが目立つ目立つ。
まぁ、楽しんでくれればそれでいい。子どもたちは怖いながらも楽しんで、俺たちは僅かばかりだが入場料としてお金を貰う。支配人片瀬いわく、うぃんうぃんってやつらしいからな。
「お、あれじゃねェ?」
「あったじゃんよ」
廊下の向こうから、一際大きいダミ声が聞こえた。
「マジか、マジでお化け屋敷やってんじゃん」
「やっべ笑える」
随分口の悪い子どもが来たもんだな、と思いながら、俺は並んでいた女子生徒にパンフレットを手渡す。片瀬に近いくらいの金髪を綺麗に巻いている三年女子の二人組は、俺にビビる様子もなく「ありがと~」と手を振ってお化け屋敷に入っていく。
昨日は受付に座る俺に戸惑っている生徒が多かったが、今日はそうでもない。勿論、身構えてるなあと分かる生徒もチラホラいるが、大半はさっきの二人組のようにさらりと来ては俺の噂など知らないかのように流れていく。所詮、噂は噂、その域を出ないってことなんだろうか……。
と、俺の浴衣の袖がツンツンと引っ張られた。引っ張っているのは、勿論希だ。
「玲央くん、あれ……」
「ん?」
どうした、と希の方を向く。希は珍しく強張った顔をして、振り向いた俺の丁度背後の方を指差した。
伸ばしたその細い人差し指は、小刻みに震えていた。
「おい、希、どうした」
慌てて尋ねても、希は強張った表情のまま、ただ俺の後ろを指している。開いたままの小さな唇から、嘘でしょう、と擦れた声が漏れた。――――一体、何が。
俺は眉をひそめ、真後ろを――――先程口の悪い声が聞こえた方を振り向いた。
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