第6幕 //第5話
学園祭、一日目。
絶好の秋晴れに加え、前原全体が注目する学園祭だということもあってか、校内は朝から賑わっている。
少し早めに登校した俺たち二年二組のメンバーは、各々着替えや最後の調整を済ませ、いざ開店に臨もうとしていた。
「いーい?みんな」
天幕を張って薄暗くなった教室内で、片瀬は声を張り上げた。
「絶対、ぜーったい、クラス賞取りにいくんだからねぇ!」
***
「二年二組の『脱出型お化け屋敷』、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
「前原唯一のお化け屋敷!今ならすぐに入れるぜっ!」
日高と柏木の二人組が、唐傘お化け型をした大きな宣伝看板––––勿論これも俺が作ったわけだが––––を担いで廊下を練り歩き始めた。二人とも、たくし上げた青い浴衣に黒いスパッツのようなものを履いて、まるで時代劇の行商のような格好をしている。
当日はお化け役も宣伝担当も、クラス全員が何かしらの衣装を着るんだから、衣装担当は随分頑張ったに違いない。当日は受付のみの俺ですら、真っ黒な浴衣に白い帯を締めて、頭には編笠を被っている。俺の衣装を担当してくれた前迫茜音––––村上の想い人茜音ちゃんなわけだが––––いわく、お化け屋敷の番人のイメージらしい。
「クオリティ最高のお化け屋敷!クイズも楽しめること間違いなし!」
「寄っていかないと絶対損だぜー!」
次第に賑わいを増していく廊下に、日高と柏木の声は響き渡った。さすが、宣伝担当に選ばれるわけだ。
軽やかに進む二人の後ろ姿を見送って、俺は目の前のビラをトントンと整えた。
「あのー、三名入りたいんですけど」
ふいに、手元のビラに影が落ちた。顔を上げると、そこには三人組の女子生徒が立っている。胸元のリボンから察するに、一年生。ちなみに前原学園では、三年が青、二年が赤、一年が緑色という色分けになっている。
「分かりました。じゃあ、これ」
俺はビラを差し出した。受付で配るビラは校内に貼った宣伝用の物とは少し違う。表面は宣伝用と同じだが、裏面にはお化け屋敷のマップと、お化け屋敷からの脱出に必要なクイズの回答欄やスタンプ欄が設けてある。
「裏にマップと、回答欄があるからよく見て下さい」
「あ、はい」
「あ、ありがとうございます……」
互いに顔を見合わせ、彼女たちは恐る恐るといったようにビラを受け取った。––––まぁ仕方がない、関わりの薄い他学年にとって、俺はまだそういう存在だ。でももう気にしない。気にしなくてもいいのだと分かっているから。
「片瀬、早速お客様だぞ」
「まじ?!もぉ?!」
俺の呼びかけに、教室の入り口から片瀬が顔を出した。その顔を見て、一年生三人組はひっと小声を漏らし後ずさる。––––気持ちは分からなくもない。
「待って、今行く!」
そう言って出てきた片瀬の衣装は、お化け屋敷の案内人といったイメージから、全身真っ黒のメイド服だ。そして真っ赤なカラコンを入れた、普段より二倍は濃い化粧。着替えたばかりの片瀬を見て、俺もびびった。だって、顔だけで十分怖い仕上がりだ。ひょっとするとお化け屋敷のお化けたちより……
––––––と、睨まれそうだからさっさと視線を躱すとするか。
逸らした目の端で、片瀬が三人組にはい!と小さな懐中電灯を手渡すのが見えた。その、はい!に再び三人組が後ずさったのもバッチリ。
「それじゃぁ、マップと懐中電灯の明かりを頼りに、無事スポットを巡ってお化け屋敷から脱出してくださぁい!」
半ば強引に、三人組の肩をお化け屋敷に押し込む。
「あ、お化けには攻撃しないであげてくださいねぇ!彼らも危害は加えないと思うんでぇー!」
完全にこちら側の都合で付け加えられた一言を最後に、三人組はお化け屋敷の中へと姿を消した。
十分程して、三人組は帰ってきた。随分時間がかかったなと思って見れば、魂を抜かれたような表情になっていたから、無事に帰ってきたとは言い難い。
「ご帰還おめでとうございまぁす!ご来店ありがとーございましたぁ!」
満面の(怖い)笑顔で、片瀬が三人を見送る。どうやら精神的な危害があったようだが、まぁそこはお化け屋敷だから大目に見て貰えるか?
足取りの覚束ない三人組の後ろ姿に、俺はそっと手を合わせた。
***
その後、『脱出型お化け屋敷』は長蛇の列ができる人気を博した。詳しい理由は分からないが、どうやらガチで怖いお化け屋敷とかお化けも案内人もえぐすぎるとか心臓に悪いけどハマりそうとか、俺たちが考えてもいなかった宣伝文句が一人歩きしているようだった。
途中帰ってきた宣伝担当の日高・柏木によれば、あの紫村が受付をしているお化け屋敷––––というのも注目を集めている一つの要因らしい。それが本当ならクラスの売り上げに貢献できそうだが、俺の噂が出発点なわけで、いまいち素直に喜べはしないけどな。
ともあれ、初日の売り上げは中々見込めそうだ。片瀬がニヤニヤと怖い笑顔を浮かべているのだから間違いない。
「じゃー、そろそろ紫村も休憩行っていいよぉ」
午後一時を前にしたあたりで、片瀬がそう告げた。昼時だからか入校者は飲食店をメインに周っているようで、列はだいぶ短くなっていた。
「希もそろそろ写真部の方抜けてくると思うしぃ、一緒に学園祭周ってきなよぉ」
写真部の方で撮影業務に忙しい希とは、朝教室で挨拶を交わしたきり会えていない。折角の学園祭なのに希と会えないのはなぁ、なんて内心蟠っていたから、片瀬にしてはナイスな提案だ。
「じゃあ、希が戻ってきたら休憩貰うわ」
「おっけー」
お化け屋敷が開店してから、いつの間にか四時間近く。長蛇の列を捌くのに一生懸命だったから気が付かなかったが、肩やら腰や座りっぱなしのケツが痛い。希が来る前に、少し体でも動かすか。
受付席から立ち上がろうとして、よっこらせ、と自分でも引くほど年寄りな掛け声が漏れた。これは思っていたより重症だ。今のを希や大樹に聞かれでもしたら恥ずいな、と思いながら、うーんと精一杯背伸びをしようとして––––
「え、おにーちゃん……マジ?」
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