第6幕 //第4話

 その後、二週間は慌ただしく過ぎていった。

 俺のクラスは、体育祭というよりも主に学園祭の『脱出型お化け屋敷』の準備に追われていた。

 特に切羽詰まっていたのは、大樹や村上のいる大道具担当と、その大道具に装飾を施す装飾担当の二つだ。




 校庭で懸命に釘を打っている、大道具担当。

「おい!ベニヤ板の残りまだあるか!」

「こっちにはない!」

「ねぇ、装飾担当が持ってるっぽいから私借りてくる!」

「おう頼む!」

「さすが茜音ちゃん、天使……!!」


 恍惚とした表情で茜音の後ろ姿を見送る村上。その村上のジャージの襟を、大樹がぐいと掴んだ。


「おい村上、惚けてる余裕はない」

 大樹の目つきは鋭い。

「まだお前のできてねぇんだろ、早くしろ」

「あ、おう……ごめんなさい……」

 村上は首を竦めて、打ち掛けの板に向き直った。




 教室でペンキや布やその他諸々を使って奮闘している、装飾担当。

「ちょっと、井戸の色ってこれでいい?」

「んー、どうせ暗いんだから大丈夫でしょ!」

「適当かよ!いいよ、紫村に聞いてくる」


 絶賛、お化け屋敷内部の重要スポット––––お化け屋敷から脱出するためのクイズやスタンプが置かれる場所なのだが––––を作っている装飾担当たちは、全身ペンキや糸くずまみれだ。大道具担当の作った墓場や井戸や行灯の装飾、壁の装飾を一手に引き受けているのだから仕事量が半端ない。

 前夜祭を前に、彼らはかなり切羽詰まっていた。


 そこに、校庭から戻った茜音が駆けて来る。

「ごめーん、大道具さんがベニヤ板欲しいんだって!余ってない?」

「分かんねー!!」

「ベニヤ?自分たちで何とかしろよって言ってて!」

「え、ええ……」


 中々殺気立った状況にたじろぐ茜音。どうしよう、大樹くんに頼まれたのになぁと困惑した表情を浮かべていると、小さな声で助け舟が入った。


「四、五枚ならこっちにありますよ」

 今日もキッチリとしたお下げ髪の委員長が、茜音にベニヤ板を渡す。彼女もまた顔や手に赤いペンキをつけていたが、その顔はいつもより明るかった。

「はい、どうぞ。使って下さい」

「委員長ありがとう!」

「いえ、このくらい。––––それに、委員長は私ではないですし」

「へ?」

「今は学園祭期間。片瀬さんと吉田さんが実行委員長なので、私はしばらく一生徒として過ごすつもりです」

 黒縁眼鏡を親指でクイと押し上げ、委員長は控えめに微笑んだ。

「たまには、皆さんに混ざってみるのも良いものですね」


 いつもはクラスをまとめることに気を配り、クラスの仕事をこなしていた委員長。でもこの二週間だけは、一人の生徒として楽しんでいる––––そんな微笑みに、茜音は大きく頷いた。


「じゃ、これ、大道具さんまで届けてくるね!」

「はい、いってらっしゃい」

 再び駆け出した茜音を見送って、委員長はまた目の前の仕事へと向き直った。今度は、ふんふんと愉しげに鼻歌を歌いながら。




 ***




 さて、そんな教室や校庭のやつらを置き去りにして、俺と希と片瀬は校内を周っていた。周っていた、といっても別に暇を持て余しているわけではない。宣伝の一環として、俺の描いたビラを貼って周っている。


 これまで中庭の掲示板、体育館前、教室棟を周り終え、最後は家庭科室や美術室などがある専門教室棟だ。学祭では、調理場によるお菓子販売や、ロボット部によるロボ大会など、ある種目玉となる棟ではある。



 その専門教室棟、一階。

「玲央くん、ここはもう大丈夫かな?一応三枚くらい貼ってみたんだけど……」

 ビラを貼り終えた希が振り向いた。

「おう、いいんじゃね」

 調理場やロボット部のポスターの隣に、俺の描いたお化け屋敷の宣伝ビラが三枚、丁寧に貼られている。これだけあれば十分だろう。

 というか、いくら何でも貼りすぎなんじゃないだろうか。


「いや、希、まだ貼れるでしょ!とりあえず後一枚、一枚でいいからお願ぁい!」

 今日はポニーテールの片瀬が、相変わらず絆創膏だらけの手を合わせた。

「片瀬、どんだけ貼る気だよ……」

「うるさい、とりあえず刷った分は全部貼るの!」

そう言いながら、片瀬はセロテープを切ると希に手渡した。


「なんでそんな気合入ってんだよ」

「だってぇ、投票で一番だった模擬店には、クラス賞で駅前カラオケクーポン貰えるんだよ!取るっきゃないじゃん!」

 片瀬が唇を尖らせる。––––あぁなるほど、景品に釣られたのか。


「それにさぁ……」

「ん?」

「紫村の看板もビラもめっちゃイイし、大道具とかは大樹たちが頑張ってるじゃん?だから、あたしはせめて宣伝しようと思って」

 ツンとした唇のままそう呟いた片瀬に、希が嬉しそうに笑いかけた。

「瑠花ちゃん、なんだかんだ一生懸命なみんなに感謝してるもんね」

「ばか、希ぃ!」

「だって本当のことでしょ?」

 慌てて否定する片瀬を物ともせず、にこにこと笑顔を浮かべる希。

 ––––––あれ、俺、邪魔?



「とっ、とりあえず、最後に表看板掲げにいくからねっ!」

 そう言って、片瀬は踵を返すとスタスタと歩き出した。金色のポニーテールが、歩みに合わせてゆらゆらと揺れている。

 照れてんだな、とは口に出せない。が、内心では可愛いとこあるんだなとか思ってしまった。


「はいはい。じゃあ行くか、希」

「うん!」

 さて、最後のひと仕事だ。俺はプレハブから看板を取って、教室に向かうことにした。




 ***




「っしゃぁあ!終わったぁ!」

 ––––––校庭で、大道具担当の勝どきがあがった。


「やっと終わった、、!」

 ––––––教室で、装飾担当の安堵の声が漏れた。


「よし、表看板もこれで……大丈夫だ!」

 ––––––教室前に掲げた看板を見上げて、希と俺と片瀬の三人は頷いた。



 前夜祭、三十分前。

 学園祭の準備を文字通りギリギリで終わらせた俺たちは、ひと時の開放感と達成感を味わっていた。 全員が各々の仕事をやりきった、そんな雰囲気が流れている。



「んじゃ、明日からガンガン売るわよぉー!」

「頑張りましょうね!」

「「「おおお!!!」」」

 片瀬と希、実行委員二名の声に、クラス中から歓声が上がる。

 二日間の学園祭が、いよいよ始まろうとしていた。

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