第5幕 //第3話
俺は声のした方を––––正確に言えば前の席を––––信じられない思いでギョッと見つめてしまった。そう、前の席だ。
何故そんなに驚くのかって?
いや、それは一目瞭然だろう?
だって、誰が思うだろう。俺だって目の前に映る光景が信じられない。まさか、実行委員なんて役職に––––まさか、
「マジで瑠花がやんのぉ!?」
「嘘だろ、片瀬!」
「えええ!?」
––––––俺の言いたいことは大体クラス中が代弁してくれたみたいだ。
「嘘だろって何よぉ、こっちはマジだっての!」
当の本人、片瀬瑠花は突如沸き起こった悲鳴やら驚愕やらの嵐にぶんむくれている。
「いやあ、だって誰も予想してねーよ!ってか本当にやんのかよ片瀬!」
大樹も俺の後ろから身を乗り出して声を上げた。その驚きを含んだ声に、片瀬はアイラインをきつめに引いた目を釣り上げ怒鳴る。
「だっから本当だっつってんでしょぉお!」
「うえええっ!?」
「何なのその反応ぉ!紫村からも何か言ってやってよ!」
「え?え、いや……」
「なに!?まさか紫村も文句あるわけ!?」
「や、ちが……」
––––––急に俺に振るな、俺に。
元々整っているであろう顔を濃い化粧で更に強調した片瀬に詰め寄られる、これは結構怖い。何度も言っているが、目力がすごい。
俺が何も言えずにいると、希がこちらを向いておずおずと口を開いた。
「るっ、瑠花ちゃん!ありがとう!」
「えぇ?いやぁ、別に希のためじゃないけどぉ……」
希は両拳をぎゅっと握って、真っ直ぐに片瀬の瞳を見つめる。
「それでも、すっごく嬉しい!」
「……そぉ?」
「うん!瑠花ちゃん、学園祭一緒に頑張ろうね!」
「……そぉね。希とだったら、まぁ、ね」
片瀬は僅かに顔を背けてそう言った。
少しだけツンと尖らせた唇、そして白い頬に差す化粧のそれとは違う赤らみは多分後ろの席の俺にしか分からなかっただろう。
片瀬だって––––なんだ、不覚にも可愛いとこがあるだなんて思ってしまったじゃないか。
「っし、じゃあ実行委員も決まったことだし!吉田、片瀬、さっさと模擬店を決めちまえ!」
栄が丁度タ良いイミングで声を掛けた。
「でも俺も驚いたぞ!片瀬が実行委員やるなんて当日雨でも降んじゃねーのか?」
「あぁ!?」
しかし一言多い。
––––––栄、生徒を放置するなら何も言わずに黙っとけよ……。
「栄まで何言ってくれてんのよ!」
噛み付くように声を荒げる片瀬に栄は楽しげに笑うと、さっきまで読んでいたらしい文庫本を広げた。好き勝手口を挟んで、今度は本気で丸投げのモードに入ったようだ。
「じゃ、後は宜しくな」
そう言って活字を追い始める教師に、今更場の進行を求める生徒はいなかった。俺たちの近くにいる生徒は勿論、遠い廊下側の席に座っている生徒も希と片瀬の様子を伺う。
ちっ、と俺にしか聞こえないくらい小さな舌打ちをして片瀬は席を立った。
「ほら、希、前行くよ」
「あっ、うん!」
片瀬に連れられて、希も席を立つ。
「二人とも頑張れよ!」
大樹が背中越しにそう声をかけた。振り向いた二人の表情は緊張していたが、それでも笑みを浮かべて頷く。俺も大樹の言葉に合わせ頷いてみせた。俺も応援している、その気持ちを込めて。
二人は再び身を翻し、教壇に登る。その姿を見つめる俺は、言い知れない胸の高鳴りを感じていた。
––––––胸の高鳴り?
俺にとっては、これが初めて参加する学園祭だ。同時に、初めて友達と共に参加する学園祭でもある。そして今回は希と片瀬が牽引する形だ。
今まで無関心でいられた、避けてきた行事が、一気に身近にやってきたみたいだ。そして、それが不思議と嫌じゃない。上手く楽しめるかは分からないが、希や大樹や片瀬たちがいるから、退屈はしないだろうし……。
ああ、そうか。
希と片瀬が教壇に立ち、教室を見渡したところで、理解した。
今の俺はきっと––––ワクワク、しているんだ。
すとんと、その答えは腑に落ちた。
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