第5幕 //第2話
「と、いうわけでだな」
教壇に立った栄は一通り学園祭の詳細について説明を終えると、教壇の上から教室内を見渡した。
「お前らに今日中に決めて貰いたいのは二つ。クラスの模擬店を何にするかってのと、学園祭実行委員二名の選出ってとこだな。これは絶対今日、この時間中に頼むぞ」
二日間に渡る––––いや、前夜祭まで数えれば三日間もある学園祭の模擬店を僅か一時間弱で決めろという辺り、さすが高校。学園祭は一大行事、そう明言し準備期間には一週間の長さを割いているのに、その前段階が疎かってわけだ。時間のかけ方がアンバランスじゃねーのか。
栄は続ける。
「まあ、学園祭はお前たちにとっても前原学園全体を見ても大きな行事だ。来年は就職やら受験やらあるし、今年は思う存分楽しめる模擬店にしろよ。時間が余ったら各担当とかも決めてガンガン進めちまえ」
そこまで言うと、栄は教室の隅に置かれた椅子に座り込んだ。“思う存分楽しめる模擬店にしろよ”なんて一応教師らしいことを言ってはいたが、生徒に丸投げする姿勢全開だ。生徒の自主性の尊重と言えば聞こえはいいが、これはむしろ適当と言った方が妥当だろ。
「じゃ、学級委員、後は頼んだぜ」
「はい」
俺が思った通り生徒に丸投げした栄の後を受けて、学級委員が代わって教壇に立った。お下げ髪に黒縁眼鏡の、いかにも優等生といった風貌をした学級委員はクラス中を見渡すと口を開く。
「では、模擬店を決める前に実行委員の選出からしたいと思います。どなたか、実行委員をしたい方はいますか?」
成る程、先に実行委員を決めるのか。その方が確かに学園祭までの役割分担がしっかりしそうだ。学園祭では実行委員が紛れもない仕切り役、それが模擬店を決める段階からハッキリできるからな。
ただ、実行委員なんて仕事の多そうな役回り、誰もやりたいなんて言わねーだろうが……。
頬杖を付きながら、さり気なく教室内の様子を伺う。クラスメイトたちは、互いにちらちらと視線を交わしながら困惑した表情を浮かべていた。そりゃそうだ、誰も自分がやろうなんて思っちゃいない。
すると、後ろの席に座る大樹がトントンと俺の背中を叩いた。
「何、どーした」
後ろを振り向かないまま小声で尋ねると、大樹は俺の耳元で囁いた。
「玲央、実行委員、お前がやれば?」
「……っ、何でそーなるんだよ」
急なフリに眉をしかめて振り向く。俺の怪訝な表情とは対照的に、大樹は白い歯を見せてニッと笑った。いつもの笑顔だ。
「いや、偶にはお前も目立ってみてもいいんじゃねーのかな、って」
その笑いからするに、冗談でも弄りでもなく、コイツは完全に本気で俺が実行委員になることを提案している。
「……お前なあ、」
ため息を吐きながら、俺は大樹の方へ少し体を向けた。机の下から足を引き出すと、隣の席の希が真正面に来る体勢になってしまう。
いつもなら、ここで希も話に加わってくるんだが。希は俺ら二人のことはまるで視界に入っていないかのように、机の上をじっと見て何やら考え込んでいる風だった。
「再度聞きます。実行委員の希望者はいませんか?」
学級委員の問いかけに応える動きは無い。両隣のクラスも同じように模擬店を決めているのだろう、その賑わう声だけが、静まった教室内に響いた。
「分かりました」
お下げ髪の彼女は二、三度クラス中を見渡して何も反応が無い事を確認すると、再び口を開いた。
「それでは、希望者がいないようなので実行委員は推薦で決めるということに……––––」
「あ、あの」
ふいに、隣の席が––––希が、動いた。
「吉田さん?」
学級委員の凜とした声に、希はビクンと体を震わせる。そして、おずおずとその小さな右手を挙げた。
「あの……わたしで良ければ、実行委員、やります」
聞いているこっちまで緊張してくるような、か細い声。普段の爛漫とした明るい希からは想像もつかない様子。
実行委員をやる、というのも驚きだが、それに対してこんなにも緊張しているのが俺にとっては新鮮だ。
希はいつだって、自分のやりたい事を、やりたいままに、素直にやって来たのだと思っていたから。
「じゃあ、実行委員の一人は吉田さん……ということで宜しいですか?」
学級委員の問いかけに、今度はクラス中が頷いた。元々希望者がいなかったのだから、誰も反対する訳もない。希は緊張か高揚か、紅く染まった頬に手を当てて頭を下げる。
「あ、ありがとうございます……!」
「じゃあ、もう一人を推薦で––––」
「あー、じゃあ、それ、あたしやるわ」
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