第5幕『Dream a dream /1』

第5幕 //第1話

 北門へと続く道沿いの木々が紅や黄色と様々に色づき、校内では長袖にベストを着用した制服への衣替えが始まった。あれ程空を埋め尽くしていた積乱雲も消え、吹き抜ける風にも夏の名残の温さは感じない。

 街はすっかり秋の模様だ。

 


「今日ってアレだろ、学園祭の出店決める日?」

「そうそう!今年は何やんだろな」

 二人組の男子生徒が、そんなことを言いながら俺の横を抜かしていく。––––ああ、そう言えばもうすぐ学園祭だな。


 秋といえばスポーツ・文化・食欲と何かと◯◯の秋という名前を兎角つけがちだが、その名前に肖って秋には様々な学校行事が組まれるのも事実。それはここ前原学園も例外ではなかった。例外というか、むしろ推している気もする。

 学校が始まって一ヶ月、大きなテストもないこの月は学園祭に体育祭と行事が続く。勉強嫌いな生徒にとっては万々歳のイベント月だ。


 まあ、今までの俺にとってはクラスで協力する行事なんて怠くて退屈なものだったから去年のこの期間は学校に来なかったが、今年は、たぶん、違う。学園祭も体育祭もきっと––––



「玲央、おっす!」

 ふいに肩を叩かれて振り向くと、そこには今日も爽やかに決めた大樹の笑顔があった。

「おう、おはよ……と、」

 朝から明るい大樹とは対照的に、隣には眠そうに目を細めた瑠花がいる。相変わらずの長い金髪を無造作に横で結んでいる。クリーム色のカーディガンの袖を伸ばして、彼女は一つ欠伸をした。



「片瀬も、おはよ」

「ん」

「何か眠そうだな」

「だよな!お前ちゃんと寝てんのかよ、顔色わりーぞ」

「うるさいなぁ、あたしにも色々あんのよぉ」

 片瀬はもう一度欠伸をして、目を擦る。その指には、いつも美容に気を使っている(らしい)彼女には到底相容れないような、数枚の絆創膏が貼ってあった。


「片瀬、」

「やー、今週から授業はほとんどなし!俺の大好きな!学園祭と体育祭!」

 突然、大樹は両手を挙げて空を仰いだ。その大声に俺の声は見事にかき消される。


 俺たちの前を歩いていた数人の生徒が、何事かと驚いた顔をして振り向いた。俺は内心で謝っておく。勿論当の本人は気にも止めてねー感じだけどさ。

「……大樹うっさい」

「うるさくねーよ!お前らは嬉しくねーの?丸二週間!ほぼ学園祭と体育祭の準備だぜ!」

「……そうだな」

「リアクション薄っ!何でだよ、こんなにサイコーの二週間!」

「……よかったな」

「よかったな、って何だよそれ!いわば春が来たって感じだろ⁉︎」

「……正確には秋なんだけどな」


 淡々とした俺の返しに、ぷっ、と片瀬が吹き出した。


「あー、あんたらヤバいわ、超面白い。紫村ってさぁー、何てゆーかさぁ、すごいクールだよねぇ」

「……クール?」

 聞き馴染みのない言葉に俺は思わず首を捻る。クール、って何だそれ。俺は単に大樹のテンションについていくことを諦めただけだぞ。元々ついていく気力はなかったが。

「確かにな、玲央は馬鹿騒ぎもしねーしな」

 大樹も腕を組んでうんうんと大きく頷いた。


 ––––––馬鹿騒ぎをしない、ってのがクールなのか?何か違くねぇか、それ。


 眉間に皺を寄せた俺の顔を覗き込んで、片瀬は面白そうに笑った。

「いいんじゃなぁい?クールって、どっかのバカなピアス男より全然かっこいいしぃ」

「あ?それって誰だよ」

 すかさず聞き返した大樹を完全に無視して、片瀬は再び欠伸をする。ふわあ、と三度目のそれは人目を気にしないのか躊躇なく大きい。

「おい片瀬、バカなピアス男って」

「えぇ〜?心当たりでもあったのぉ?」

「なっ……」



 軽く傷ついた大樹にご愁傷様と心で声をかけて、俺は空を仰いだ。

 これから二週間は、大樹の言ったように学園祭と体育祭の準備が始まる。俺がどう関わるのかは想像もできないが、何となく、何となく普段より賑やかな二週間になりそうだ。


「玲央、早く行くぞ!」

「おう」


 ––––––まあ、大樹たちといれば当たり前か。



 少し前を歩く二人の姿を見ながら、俺も小走りで坂を登った。

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