第4幕 //第4話

 二学期が始まり、一週間が経った。

夏休みの延長のような浮かれ気分を引きずっていた雰囲気もすっかり落ち着き、校内にはようやくいつもの日常が戻ってきた。

まあ、落ち着いたといっても単に夏休みらしいキャンプやら旅行やらデートやらの話が収まっただけであって、クラスの賑やかしいことに変わりはないんだが。



 教室の中心では、今日も朝から日高や村上たちが集まって声を弾ませている。


「いやマジで!これやばいって!」

「トモやん、興奮しすぎ」

「いややべーよ!超タイプ!」

「俺は先週の子の方が好みだけどな〜」


 ––––––弾ませてる、なんて軽いものじゃなかった。喧騒だ。というか、一体何の話だ?


「この前金★歌で見た時はふつーだったのにな!」

「だろ?脱いでコレとか萌える!最高!」

「あれは衣装が露出なかったしな〜」


 金★歌?

ああ、そういえば、毎週金曜日夜七時からやっている歌番組が『金曜日の★歌まみれ』みたいなタイトルだったような。玲奈が毎週録画しては、好きなアイドルの所だけ延々と繰り返し再生しているやつ。

で、何でその金★歌が脱ぐ話になるんだ?


 話の内容が気になって、俺は読んでいた本をそっと閉じ、聞き耳を立てる。

流石に輪に入っていくのは気が引けるからな。基本的にフランクに接してくれるやつらだが……あの盛り上がりの渦中に入るのは、勇気がいるとかそういうんじゃなくて、何かちょっと面倒臭そうだろ。

 そんなことを考えているうちに、村上が聞き耳なんて要らないほどの大音量をぶっ放した。


「脱いでも脱がなくても、グラドルはみんなイイだろ!!」


 一言で、しん、と教室が静まった。

 ――理解した。“この前金★歌に出ていた子がグラビアで脱いでて、それがとりあえずやばかった”、こんな感じか?––––朝っぱらから何言ってんだお前ら。



「え、陽介、キモい……」

「男子何やってんの」

 案の定、村上たちを遠巻きに見ていた女子たちがひそひそと小声で話し始めた。皆一様に、おぞましいモノを見るような目つき。

「え?いやいやいや、冗談じゃん!な、日高!」

 慌てて村上が同意を求めたが、時、既に遅し。振られた日高も流石にヤバイだろとでも言うように、苦笑いを浮かべている。極め付けは、夏祭りの時村上が好きだと言っていたが恐怖とも嫌悪とも困惑とも言い難い絶妙な顔をしたことか。

「村上くん……」

「あ、あかねちゃん……」


 ――村上、ご愁傷様。



「玲央、おはよ」

 一部で悲壮な空気が漂い始めた時、大樹が登校してきた。薄い鞄を机上に放り投げ、どっかりと椅子に腰を下ろす。

と、いつもと様子の違うクラスメイトたちに気がついたのか、静かに俺の方へと身を乗り出した。

「……何があったんだ?」

「まぁ、話せば長い」

「いや話せよ」

「端的に言うと、不用意な発言で村上がやらかした。以上だ」

「あぁ……よく分かんねぇけどなんとなく納得」


「大樹納得すんなよぉ!!!」

聞こえていたのか、村上が悲しそうに叫んだ。––––つくづく、可哀想なやつだ。

その代わりと言っちゃ難だが、その一言のおかげで悲壮な空気感は抜け、どっと笑いが広がった。結果的に教室内が元どおりになったんだ、良かったよ、村上。


「にしても、あちぃな!」

 大樹はそう言いながら、胸元のシャツを摘んでパタパタとはためかせた。

一応教室内は冷房が効いているが、確かに大樹は汗だくだ。大樹の家は学校からめちゃくちゃ近いのに(夏祭りの帰りに知った)、何で全身びっしょりなんだ?始業開始にはまだ十分以上もある。それに、見た所走ってきた様子でもない。


「大樹、お前……何してきた?」

「大したことじゃねーよ。そんな不信そうな顔すんなって」

 大分怪訝な表情に見えたらしい。大樹はその細い眉毛を少しだけ下げて、へらっと笑う。

「うちのチビどもを、保育園にな」

「大樹ん家には、ちっちゃい双子の妹がいるんだよぉ」

前の席に座っている片瀬が、ふいに振り返った。相変わらず、化粧が濃い。そんでギリッギリまで短くした制服のスカートで足を組んでいるもんだから……おい、見えるぞ、片瀬。


そんなことを言ったら俺が白い目で見られそうなので、知らん顔でふーんと頷く。––––勿論、さり気なく視線は外したぞ。

「双子の妹か。知らなかったな」

「あれ、言ってなかったっけ」

「聞いた覚えはない」

「そっか。いやさ、あいつら朝の支度がすげー遅ぇから、俺が追い立てて保育園まで連れてってんの」


――羊と牧羊犬か。


「でもめっちゃ可愛くなぁい?あたし、瑠花おねぇちゃんとか言われてみたいんだけど!」

片瀬がぐいと身を乗り出した。その弾みで、高い位置で結んだツインテールが俺の鼻のすぐ先で揺れる。


 お前ら、距離感近いんだよ。


「あー?おねぇちゃん?」

「そー、ちょー可愛くなぁい?」

「や、片瀬は片瀬でいいだろ」

「ちょっとなんでよ?!」

「おねぇちゃん、なんてキャラじゃねーじゃん。どっちかっつーとボスキャラだろお前」

「はぁ!?」

「だって女ども従えてんじゃん」

「ぶっ」

 思わず吹き出したら、片瀬がすごい勢いで睨んできた。メイクの濃さも相まって、めちゃくちゃ目力がある。

「紫村、何笑ってんの」

「や、笑ってない笑ってない」

 慌てて撤回するも、片瀬はつんとそっぽを向いた。


「まぁ、二人ともさ」

 一呼吸おいて、大樹が笑う。

「チビどもに会ったら仲良くしてやってよ」

「大樹に言われなくてたってそうするしー。絶対、おねぇちゃんって言ってもらうから」

「はいはい」

 そっぽを向いたままの片瀬に、後ろに座る友人は珍しく優し気な表情をしていた。

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