第3幕 //第5話

 一学期も昨日で終わり、俺たち前原南高校には夏休みが訪れた。俺にとっての夏休みは大抵長すぎて暇なのだが、部活や補修がある生徒にとっては長いようで短いんだろう。この間栄に呼ばれていた日高・村上は、昨日補修の時間割を手渡されて真っ青になっていたから……––––余り想像はしたくないが、一週間みっちりしごかれるに違いない。


 え?俺も補修を受けてそうだって?


 残念ながら俺の場合、暇な毎日が幸いしてか基本的にテストはいつも平均以上だ。得意な教科はないがこれといって不得意な教科もないし、普通に授業に出て課題をやっていればある程度の点数は取れる。その代わりと言っちゃ難だが、平均そこそこの成績で生徒会にも部活にも入っていないから、通知表のコメント欄はスッカスカだけどな。所謂平凡な生徒、ってものを想像して貰えばいい。

 

 まあ、何にしろ俺にとっての夏休みってのは学校がある時よりも暇なわけだ。



 「あ––––––!やることねぇ!」

 ボフン、と勢い良くベッドの上に倒れ込む。

 起きたまま放置していた掛け布団はひんやりとしていて、仰向けになった俺の肢体にさらりと触れた。柔らかな肌触りが心地いい。

 いっそのこと、このままもう一眠りしようか。母さんも妹も出かけているから、俺が何をしていようと文句は言われまい。

 うーん、とベッドの上で一つ伸びをして、寝返りを……––––



 チャ~チャララチャッチャッチャチャララララ~♪



 突然、携帯の着信音がけたたましく鳴り響いた。

 白く光る液晶画面に写された名前は、中嶋大樹。登録したばかりのその番号から電話がかかってくるのは、これが初めてだ。


 俺は寝転がった体勢のまま、携帯を耳に当てる。

「もしもし」

「おう、玲央!元気か?」

 携帯の向こう側から明るい声が響く。友達から休日に電話がかかってくるというのも、俺にとっては久しぶりのことだった。

「元気も何も、昨日まで顔合わせてただろ」

「ははっ、確かにな!」

 大樹は快活に笑った。屈託のないその笑い方が瞼の裏に浮かぶ。


 大樹と話すようになってから、確かに徐々にではあるが他のクラスメイトとも挨拶くらいは交わすようになった。自分から話しかけることはまだないが、大樹を混ぜた数人の輪に加わったりはする。俺的には大きな進歩だ。

 勿論、今でも俺を嫌ったり避けるやつは多い。俺だって、できるだけ人と、特に面倒ごとには関わらないスタンスは崩していないし、今でも一人で行動することばかりだ。


 けれど、少しずつでいいと言われたのもあって、人と関わろうとすることが以前よりも苦ではなくなった。それは確かだった。



「で? 何か用でもあったのか」

 俺が促すと、大樹は「そうそう!」と声を上げる。

「今度の日曜、商店街の夏祭りがあんじゃん?」

「夏祭り?」


 聞き慣れないその言葉に、俺は首を捻った。夏祭りって、この街にそんなのあったのか。高校入学と同時に引っ越してきた俺にとっては、この街で過ごす二年目の夏。夏祭りがあるなんて知らなかった。


「お前まじか、知らねーのか」

「仕方ねーだろ。二年目だし、そもそも俺が友達と夏祭りに行くと思うのか」

 大樹がぶっと吹き出す音が聞こえた。

「大樹……お前な……」

「わりぃわりぃ、そうだったな」

 

 ––––––その笑い方じゃ、悪いとか思ってねーだろ。


「俺ん家、商店街からちょっと遠いし。妹だって知らないと思うぜ」

 妹には悪いが、ちょっとここで引き合いに出させてもらう。俺の三歳下の妹だって、去年は夏祭りに行っていないし夏祭りがあるなんて知らない筈だ。そう思いたい。万が一、億が一、行っていたりなんかしたらそれは結構辛い。


 ––––––って、何で心痛めんだ、俺。


「じゃあ、今年は行こーぜ」

 そんな俺の心情など微塵も知らない大樹は、さらりとそう言った。

「別にずっとぞろぞろ周るわけじゃねーしさ。商店街で会って、数人でちょっと遊んだりとか。な?」



 俺には初めての提案だった。夏祭りなんて、中一の時以来行っていない。あの頃は近所の公園で開かれる夏祭りに出かけては、焼きそばだの焼きトウモロコシだのかき氷だの、祭り特有の出店を制覇するんだって楽しみにしていたっけ。


「で、行くだろ?」

「まあ、少しなら……」

「少しって」

「や、大樹だけじゃねーんだろ? 俺がいても……」

「なぁに遠慮してんだよ、ばーか」

 曖昧に答えた俺を、大樹がからかうように笑う。

「何人か声かけてるけどさ。そいつらは玲央のこと、もう怖ぇとか思っちゃいねーよ。一緒に話したことあるやつらだし。だから来いって」

「……おう」

「俺は一緒に遊びてーんだからな」

「……おう」



 ––––––相変わらずいいやつだな、お前。



 口には出さないが、内心で感謝する。大樹の言葉が、率直で裏のない言葉だと分かっているから俺も素直に受け取れる。俺を他人と関わらせようとする好意に感謝するなんて、二か月前までの俺は、きっと想像だにしなかった。


「分かった。じゃあ、行く」

「はっ、当たり前だ!」

 再びははっ、と笑う大樹の声が、ワントーン上がったような気がした。


「んじゃ、日曜日の5時、商店街西口な」

 そう言って、大樹は通話を切るように見せかけ……––––最後に爆弾を放り込む。

「あ、そーだ。俺は片瀬たちも誘ってんだから、玲央は吉田さん誘って来いよ!」

「えっ」

「じゃーなっ!」

「ちょっ、待っ」

 


 ツーツーツーツー



「あいつッ……」

 俺の部屋に、電話の切れた音だけが空しく響いた。

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