第4話 レヴィ~嫉妬の炎~
暗がりの中、レヴィに従って洞窟を進むと、辺り一面を見渡せる高台に出た。遠くには海が見え、ジャングルが延々と続いていた。人間界と違うところは見当たらなかったが、日本ではないようだった。
「この世界は、人間界の写し鏡になっている。ほとんどのものは人間界にあるものをそっくりそのまま左右逆にしたものだ。違いは、この世界の支配者は悪魔だということ、ただそれだけだ。そこにある岩をどけてみろ。」
そばにある少し大きい岩をどけてみると、岩の隙間から、紫色の蒸気が噴き出していた。
「それが、私たちにとっての食べ物であり、エネルギー源だ。ウラムと呼ばれている。人間の悪い感情が世界を超えてこちらに噴き出し、私たちを生んでいるのだ。」
「へー。じゃあ、これを食べれば力を蓄えることができるの?」
「いや、そんなもんじゃあだめだ。それらはその辺の小さい奴らの食い物で、私のような一国を束ねる大悪魔の食うものではない。私の国に、世界の大きな亀裂がある。そこから噴き出す蒸気を長い時間食うことで、空間をつなぐほどの力が蓄えられる。」
「僕たち、変な文字の書かれた扉からこっちに来たんだけど、それはもう使えないの?」
「なんだと!魔法陣のことか。……なぜそれがお前の世界にあったのかはわからんが、それはあちらからこちらへの一方通行だ。魔法陣は人間が発明したもので、大昔、人間と悪魔が争っていた時、こちらへ攻め込むために生まれたのだ。」
「僕の父さんは、考古学を勉強していたんだ。それで、ある時何かを見つけて、それから変になったんだ。何か関係あると思う?」
「うぅむ………、ただの人間が短時間で魔法術を理解するのは不可能だと思うが、どうだろうなあ……、まあ、少なくともそれならばおまえの親父がこの世界に関係したことは間違いないだろう。」
「そっか………」
父さんはあの時、何かを見つけたんだ。もしかしたら、こちらの世界で生きているのかもしれない。僕を見つけたら、喜んでくれるかなぁ。
「ところで、ここからどうやって降りんだ?100メートルはあるんじゃあねーか?」
伸二は、レヴィの話を聞いてからというもの、そこらじゅうの石を動かしまくっていた。もう体中泥だらけで、背中の悪魔は白目をむいていた。
「われらの食い物は、人間の悪い感情だ。特に、私は嫉妬の感情、サタンは憎悪の感情に敏感にできている。つまりは、おまえ達がその感情を引き出せば、われらは新たな力を使うことができるのだ。」
「嫉妬の感情って?」
「つまりは、誰かをうらやむ気持ちのことだ。」
誰かを、うらやむ気持ち……
「憎悪の感情っていうのは何なんだよ。」
「………ケッケッケ、何も知らんクソチビめ。おまえは憎悪の感情を引き出す必要がある。つまりは、誰かに怒らなければならんのだ、そうだろう?」
「お、おお……」
「つまりは、私がお前に仕返しをすることも許される!そうだなあ!」
サタンは、今までやられた分をぶちまけるように、ランドセルから伸二の頭をポコポコ殴りだした。どうやら、主人の了解を得なければ反逆できない仕組みらしかった。
「痛い痛い痛い痛い!おまえ!ちょっと待てって!」
「ふはははははははは!誰が待つかバカめ!ほれほれほれほれ!」
「いっつ!………この野郎!」
伸二が反撃しようとした瞬間、サタンの体が一回り大きくなり、翼が1メートルほどの大きさになった。サタンは一気に飛び立ち、伸二はランドセルに引っ張られるようにして飛び立っていった。あまりに突然のことで、茫然としてしまった。
「うおおおおおおお!すげえ!俺飛んでんじゃん!」
「伸二ー!大丈夫ー?」
「おーう!」
「おいクソチビ、このまま俺の国に行くぞ。」
「はあ?い~じゃんもうちょっとゆっくりして。それにレヴィの国に行ってもいいんじゃないのか?」
「駄目だ。俺たちはそもそも違う種族で敵同士だ。馴れ合いは好かん。」
「ふーん。まあ、いいか。……おーい幸太郎ー!」
「なーにー?」
「俺ちょっとこいつの国に行くことにしたわー!じゃあまたなー!」
「え?ちょっ!ちょっと!伸二!?」
伸二は振り返ることもなく、サタンに連れられて、ふらふら揺れながら飛んで行った。
「あいつを心配する必要はない。そもそも俺様もサタンを俺様の国に入れるつもりはなかったんだ。それに、契約者を殺すようなこともないだろう。」
「……それでも、説明くらいあってもいいじゃないか……」
僕は、伸二が去った後、茫然としてしばらく立ち尽くしてしまった。彼にとって、僕は友達ではなかったんだろうか……
……なあ、坊主、おまえはあいつを、うらやましいと思っているんじゃないのか?
……妬ましく思っているんだろう?
……わかるさ。契約者のことは、なんだってわかるんだ。
……あいつの家に行った後、おまえの母親はおまえの目にどう見えた?
……恐ろしい悪魔に見えたはずだ。私などよりも、よほど、恐ろしい……
……なあ、どうなんだよ。
僕は、答えることができなかった。しかし、背中のレヴィは知らないうちに殻を破り、伸二と比べても一回りも二回りも大きくなっていた。その姿は悪魔というより不死鳥のようで、体中に炎をまとい、頭には恐ろしいしゃれこうべをかぶっていた。
……素晴らしいよ坊主。私たちはきっと、いいパートナーになれる。
……おまえもきっと、気に入るだろう。
何も考えられなかった。今まで味わったことのない感情で胸がいっぱいになって、苦しくなり、急に眠気が襲ってきた。僕は気を失うようにして眠りについた。
目を覚ますと、砂漠の上空だった。僕はランドセルに引っ張られるようにしてぶら下がっていた。レヴィは、前に見た時よりもさらに大きくなっていて、羽を広げるとその大きさはおおよそ5メートルといったところだった。
「おお、起きたか。ちょうどいいところだ。あれを見てみろ。」
「ええ?」
目の前には、砂漠の中に砂の城が建っていた。建物を覆う砂は絶えず動いていて、1秒ごとに表情が変わった。
「ここが俺の国だ。地上に出ている城はただの玄関口で、地下にはこれの数百倍の空間が広がっている。悪魔界でも有数の、広大な国なのだ。」
そう言うとレヴィは、城の玄関に降り立った。地上につくとレヴィはランドセルに収まるサイズに小さくなり、体中の炎も収まった。砂の城に近づくと、うごめく壁の中からマイクがいくつも飛び出し、けたたましい声が聞こえてきた。
「侵入者よ!名を名乗れ!名を名乗れ!名を名乗れ!」
「………主の帰還にも気づかんとは。俺様のいない間にたるんでいるらしいなあ。」
「名を名乗れ!名を名乗れ!名を名乗れ!名を名乗れ!」
「やかましい……シェザ、私だ。早く扉を開けろ。」
「名を名乗れ!名を名乗………レヴィ様!?」
すぐに砂の扉はゴゴゴと音を立てて開いた。それと同時に地下への階段が顔を見せ、中からニワトリのような悪魔がぴょこぴょこと登ってきた。
「レヴィ様!レヴィ様!転生なされたのですね!……あれ?」
「こ、こんにちはー。」
「なんだ貴様は!人間か?レヴィ様はどこにいるのだ!」
「ここにおるわ。」
「え?……………レヴィ様!?どうなされたんですかその姿は!」
「それは後で話す。とりあえず宮殿に通せ。」
シェザと呼ばれた悪魔は、僕をにらみつけて不審がっていたが、とりあえずは従うことにしたようで、しぶしぶ案内をしてくれた。内部はピラミッドの内部のように石造りでできていて、階段がずっと下まで続いていた。側溝には光る水が下へと流れていて、それのおかげで室内は明るかった。
「ねえ、レヴィ、この光る水は何なの?」
「レヴィだと!?貴様人間の分際で……」
「シェザ、この坊主はいいのだ。俺様は今、こいつと主従の契約を結んでいる。おまえが身の回りの世話をしてやってくれ。」
「な、なんと!……分かりました。王がそうおっしゃるのであれば従いましょう。坊主、名は何というのだ。」
「松戸幸太郎です。これからお世話になります。」
「うむ、人間にしては礼儀正しい奴だ。気に入ったぞ。この水のことだったか。これは、水自体が光っているのではない。この水の中に含まれている小さな悪魔が光っているのだ。地表に出て光を吸収して、地下に流れ込んで明かりを放っている。これは、この国の中央にあるウラムの間欠泉を利用して、水を巡らしているからできることなのだ。」
「へー。この世界には電気とかないの?」
「電気自体は存在しているが、この国ではそんなものはない。悪魔同士はそれほど横のつながりがないのだ。文明が発達している国もあるが、この国のように他の悪魔や自然現象を利用して生活しているところもある。」
「そうなんだ。人間界とはかなり違うところもあるんだねえ。」
しばらく階段を下りると、巨大なドーム状の空間に出た。そこには一面に悪魔が集まっていて、レヴィの帰還を喜んでいた。レヴィは彼らにとってとても大事な存在だったということがわかり、僕はいたたまれなくなった。足元に広がる彼らを踏んでしまわないように先へ進むと、ドームの中央には祭殿のようなものがあり、きれいな女の人が不安そうな顔で立っていた。一見小さいだけで僕とそこまで変わらないようだったけど、背中に小さな羽がついていて、耳もやや長細かった。
「あ、あなた!その姿はいったい………」
「ああ、まあ、いろいろ手違いがあってな。しばらくはこのままだ。俺様の不在に何か変化はあったか?」
「………ええ、実は、間欠泉から噴き出すウランの勢いが、だんだん弱くなってきているのです。あなたがいなくなってからそれはほとんど半分になってしまって、仕方なく国の規模を縮めることで何とかやりくりしているのです。」
「なんだと!大ごとではないか!原因は分かったのか?」
「いいえ。吹き出し口や、亀裂を調べても、特に異変は見つからないのです。」
「ううむ……まあ良い。それは後で調べることにしよう。とりあえず、こいつの住むところと、身なりを何とかしてくれないか?」
「ええ、わかりました。では契約者様、こちらへお越しください。」
僕は、レヴィの入ったランドセルをシェザに渡し、つれられるままにより奥へついて行った。それからさらに階段を下へと下ると、間欠泉の吹き出す噴気孔までたどり着いた。紫色の蒸気はものすごい勢いで、周りの光る水を地上へと打ち上げていて、ものすごい迫力があった。
僕の部屋はそれに面したところで、僕の家の部屋くらいの大きさだった。いすや机、ベッドなどがあり、タンスのような家具の中にはカラフルな服がたくさん収納されていた。部屋の使い方を紹介されているときに不思議に思ったのは、服や家具などが人間のサイズでそろえられていることだった。
「あの、王妃様、」
「アリスとお呼びください。契約者様にそのように呼ばれては、主人に怒られてしまいます。」
「そ、そうですか。じゃあアリスさん、一つ質問があるんですけど、なんでこの部屋は、服や家具がこんなに大きいんですか?広場にいた悪魔たちや、皆さんが使うには少し大きすぎるような気がするんですけど。」
「ああ、それは、この部屋は人間の客人が来た時の客間として作られているからですよ。昔は人間と交流していた時期があって、その時の名残なんです。」
「へぇー。戦争していたとは聞いていたけど、交流もあったんですねぇ。」
「ええ。昔は人間と悪魔はとても仲が良くて、協力し合っていたんです。でも、私たちは憎しみ合わないと、互いに滅んでしまう運命だった。だから、世界を二つに分けて、憎みあうように仕向けた、と言われています。」
アリスさんは、悲しそうにそう言って、微笑んだ。この人にとっても、僕は憎しむべきものなんだろうか。そう考えると、なんだかとても仲間外れの気持ちになった。
「少し暗い話をしてしまいましたね。こういう話はシェザのほうが詳しいかもしれません。気になるところがあれば、聞いてみるといいでしょう。」
「そうですか。じゃあ、後でいろいろ聞いてみることにします。ありがとう。」
「いえいえ、何でもおっしゃってください。それでは、主人の部屋に行きましょうか。」
間欠泉に沿った階段をさらに降りると、深い横穴が開いていた。そこにはたくさんの像が飾られていて、いまにも動き出しそうで恐ろしい雰囲気だった。びくびくしながら奥に進むと、いろんな装飾の施された重厚な扉があり、その前でシェザが待っていた。手には髑髏があしらわれた杖を持っていて、暗くて表情は分からなかったけど、雰囲気がピリピリしていた。
「……坊主、ここが玉座だ。本来、人間などが入ることが許されるはずはないが、今回は特例だ。しかし、この中でうそをつくことは許されない。王に聞かれたことは素直に答えよ。さもなければ、この杖が貴様を許さぬ。」
杖をよく見ると、髑髏の中から暗い瞳がのぞいていた。
「うん、大丈夫。決して嘘はつかない。」
シェザは僕をじっと見つめて、黙って髑髏の頭をひと撫でした。ゴゴゴゴゴ、という音とともに扉が開いた。しかし、中は暗闇で何も見えない。部屋の中は、ドロドロとした黒い液体で満たされていて、扉の所に見えない壁があって、液体が漏れるのを阻んでいるようだった。シェザは何でもないようにその中に入っていった。その姿はすぐに見えなくなった。
「契約者様、これは特殊な悪魔が液状に溶けだしたものです。中では何も見えないでしょうが、息はできるようになっています。どうぞお入りください。」
「う、うん………」
そうはいっても、悪魔の中に飛び込めと言われて恐れないというのは無理だった。僕は一つ深呼吸をして、一気にその中に飛び込んだ。
液体の悪魔の中は、本当の暗闇だった。見えるものは何もなく、上も下も、右も左も、何もわからなかった。
……来たな、坊主……
……ここは我々にとって神聖な場所だ。……
……この液体悪魔は、すべての生物の原種だと言われている。……
…………………………
……まあ、ただの言い伝えだ。……
…………………………
……さあ、話してくれ。あちらの世界で何があったか、おまえが何を感じてきたか。……
……なあに、力が蓄えられるまでずいぶん時間がある。……
……ほんの時間つぶしさ……
玉座の中は、ひんやりとした感じがあった。なぜだか心が穏やかで、この世界に来て初めてというくらいに落ち着いていた。そこで僕たちは、いろんなことを話した。家族のこと、伸二のこと、そしてこれからのこと。僕は、悪魔に包まれながら、安らかな時を過ごしていた。
In The Bag ナスカ @nasuka
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