第3話 悪魔の購入

 あの夜以来、母さんのしつけはさらに厳しくなった。寄り道ができないように車で送り迎えをするようになり、習い事の数も3つ増えた。晩御飯が2日に1日になった。でも、僕はなぜか、前よりも楽な気分だった。理由は簡単で、学校で伸二が話し相手になってくれているからだった。伸二は相変わらずクラスの人気者だったけれど、時々話しかけてくれて、彼の妹たちの話や、好きなものの話なんかをした。僕の知らない漫画なんかをこっそり貸してくれて、家に帰って布団をかぶり、懐中電灯の光で夜な夜な読みふけっていた。彼の貸してくれる漫画は冒険ものやバトルもので、ところどころ妹の落書きなんかがあり、彼の考え方や生活感が見えてきて、すごく面白かった。

 すぐに、どうやって伸二をうちの家に入り込ませるか、という話になった。彼は僕の家を見てからずっと楽しみにしているらしく、うちのことについていろんなことを聞いてきた。彼の言葉を借りると、うちの家は「お化け屋敷」であり、「魔物の棲み処」であるらしかった。たしかに、西洋風の住宅であるうちの家は、いくつかの塔が集まったかのような設計になっていて、鉄の柵が囲っている。また、2年前の父さんが消えた日から全く手入れもしていないから、カラスや蝙蝠が住み着き、東側の父さんの書斎のある塔は窓ガラスも割れていて、まさにそんなかんじだった。

 「放課後はお前の母ちゃんの送り迎えがあるからダメ、当然平日の昼間は学校があるからダメ、と。休日はどうなんだよ?」

 「休みの日は朝からずっと習い事が入っているからダメだよ。母さんに見つかったら、もっと習い事が増えちゃう。」

 「ほぇー。おまえも大変な生活やってんなぁ。そんなに習い事して、将来なりたいものでもあんの?」

 「んー、昔はぼやっと学者さんになれればいいなぁと思ってたんだけど、今は特にないかなぁ。」

 「あぁ、あれか。例の、消えた父さんか。」

 「うん、まあそうなんだけどね。」

 この前、彼に恐る恐る話してみると、すぐに信じてくれた。バカなんだろうな。でもありがたかった。

 「まぁ、だとすると夜に家を抜け出すしかないな。」

 「いや、そんな面白いものでもないんだけど…おじさんに怒られない?」

 「大丈夫だって!父さんは毎日10時には寝る人だから、簡単に抜け出せるよ。」

 「でもなー…」

 僕がなかなか受け入れられないのは、母さんに叱られるのが怖かったからだったけど、書斎に入ることが恐ろしかったからでもあった。1年前に聞いた、妙な声は、今まで聞いたことのないようなくぐもった音で、何か、この世のものではないような、そんな感じがした。

 「じゃ!今夜12時ごろ、おまえんちに行くから!準備しとけよ!」

 「ちょっ!ちょっと!」

 彼は、そう言い残して、走って帰っていった。自分勝手さにびっくりした。12時までなんて、起きていられるだろうか。

 

 学校を出て、校門のところまで行くと、白いアルトの中から、母さんが笑顔でこっちを見ていた。さて、今日はこの人の目を盗んで伸二をうちに入れなければならない。母さんはいったい何時に寝ているんだろうか。どこから入れればいいだろうか。そんなことを考えると、これからやらなければならない塾や習字が、少しだけ楽しそうに思えた。


 夜の12時、僕は布団の中で眠気と闘いながら作戦を考えていた。落書き帳に家の見取り図を用意し、昔の記憶をたどりながら、伸二の入る隙間はないか考えたが、どうやら、東の塔の割れた窓ガラスから入ってもらうしかないことに気が付いた。玄関の近くには母さんがいるリビングがあって、今もまだ明かりがついている。さっき確認したら、お酒を飲みながらパソコンを触っていた。今いる西の塔から東の塔まで行くには、どうにかそこを通過し、彼を引き入れるしかない。

 こんこん、と、窓ガラスに何かが当たる音がした。外を見ると、伸二が柵の外から手を振っている。なんで半袖なんだよ。彼は身を丸くして、ぶるぶる寒そうにしていた。たぶん、家から抜け出すときにいろいろあったんだろうな。ランドセルを背負っているところを見ると、学校から帰ったままの格好で来たらしかった。僕はそこで待ってて、と合図し、作戦を開始した。

 最初の関門は、床のぎしぎしという音だ。うちの家はもうずいぶん古くなっていて、ところどころ木材が腐っている。僕は、靴下を3枚重ねてはき、ゴム手袋をして廊下に出た。何かあった時のために、チョコを2粒と、武器のはさみをランドセルに詰めている。廊下に出ると、窓がカタカタゆったり、床がギシギシゆうので、いつも見る雰囲気と違って、すごく怖かった。今日は満月で、月の光が明るかったから、それを頼りに歩いた。リビングまで何とかたどり着き、中の様子をうかがうと、母さんは、パソコンにしなだれかかって眠っていた。今なら玄関から入れることもできるかも、と思ったが、玄関の扉を開けた時に出る音を思い出して、それはあきらめた。僕は物音を立てないようにそおっと通り過ぎ、東の塔の、窓ガラスの割れている1階まで行き、外に出て、彼を敷地内に誘い込んだ。よほど寒かったのか、唇が蒼くなっていた。同じ場所から家に入ると、彼はその辺にある布切れにくるまり、キラキラした目で書斎の場所を聞いてきた。そこまでして入りたかったのか。彼を2階に案内し、書斎の前まで行ってみると、そこはむかしのままで、あそんでいたおもちゃが散らばっていた。

 「おい、ここか?」

 「う、うん…でも、本当に入るの?」

 「あったりまえだろ、じゃなきゃ何しに来たかわかんねぇだろ。」

 僕は、びくびくしながらドアノブを引いた。昔は届かなくて、父さんに開けてもらってたんだっけ。なんだか懐かしい気持ちになった。


 父さんの書斎は、昔と何一つ変わらない姿でそこにあった。掃除はしてないので、ほこりまみれだったけど、父さんのコレクションの石や、お皿は、そのままだった。僕は、あの恐ろしい声がいまにも聞こえるんじゃないかとびくびくしていたけれど、伸二は面白がって、そこら中のものを持ったり、においをかいだりしていた。

 「……おい、幸太郎。父さんは、どこで消えたんだ?」

 「……君が座ってるイスの上だよ。そこで本を読みながら、何かに文字を書いている時に突然消えたんだ。」

 「…ふーん……」

 

 ……ギ…ギギ……


 「!!!!!!!!!????」

 僕は驚いて、その場でしゃがみ込み、ガタガタ震えて動けなくなってしまった。この声だ!僕があの時聞いた、恐ろしげな声は!

 ……しばらくすると、伸二がくすくす笑いながら僕を見下ろしていた。

 「くくくくくくく……幸太郎、おまえの父さんの消えた仕掛けがわかったよ。」

 「え?…どういうこと?」

 恐る恐る、彼に手をひかれるまま机の裏まで行き、椅子の下を見ると、見たこともないような文字が書かれた隠し扉と、小さな鍵穴があった。そこから入ってくる風で、金具がこすれあい、例の音が鳴っていた。

 「つまりは、おまえたちに秘密の隠し部屋があったんだよ。おまえの父さんは、研究に煮詰まって、家族に顔を合わさないように隠し部屋から外に出たんじゃねえか?そしてそのまま失踪した。おばさんの言うとおり、原因は浮気かもしれないけど。」

 「…………………」


……ギギギ…ギギ………


 「いや、それはないよ、だって、」


……………………………


 「ここ、2階だもん。」


 瞬間、隠し扉から、ものすごい量の蛇が飛び出した。蛇は大波となって押し寄せ、僕たちは悲鳴を上げる間もなく、隠し扉の中に吸い込まれた。とっさにつかんだ伸二の手は、最初に会った時と同じように、僕の手を強く、つかんでいた。


 どれくらいたったかわからないほどの長い時間流され続けて、僕たちは、洞窟のような場所に流れ着いた。そこら中に隠し扉に書かれていたような文字が描かれ、ところどころに牛やトラなどの絵が描かれていた。僕たちをここへ連れてきた蛇はそこら中にうねりまわり、みるみる干からびていき、最後には無数のロープになってしまった。壁の中に埋め込まれた明かりが洞窟を照らし、今にも何かが陰から現れるような、そんな恐ろしさを見せている。

 「……なあ、幸太郎?」

 「……なぁに?」

 「今のこの状況、理解できるか?」

 「できるわけないじゃん……でも、僕たちがあの扉を超えて、ここにたどり着いたのは確かだよ。」

 「そりゃあ、そうなんだけどさ……」

 伸二は、辺りを見回し、僕の手を強く握った。

 「お前の親父も、ここにいるのかな?」

 「どうなんだろうね……父さんが消えたのは多分、さっきの仕掛けのせいだと思うんだけど、僕は蛇なんて見てないし、どこか違うところに飛ばされたのかもしれない。」

 この世界に流されてきてから、ずっと頭の中で考えていることがあった。この世界は、もともと僕の家にあったものなのだろうか。それならば、父さんは巻き込まれてこの世界に来たのかもしれない。父さんは僕たちを裏切るつもりはなかったのかもしれない。でも、父さんがこの世界を作り出した可能性もある。それならば、僕たちは父さんに試されているのだろう。ここでいくら考えても、答えが出るはずがない。

 「とりあえず、明かりのある方向に先に進んでみよう。何か元の世界に戻る手掛かりがあるかもしれない。」


 僕たちは、洞窟の先を目指して歩き出した。道はいくつも分かれていたが、明かりのついている道は一つだけで、進むうちにだんだん、広くなっていく感じがした。しばらく歩くと、道の先から、誰かの話し声が聞こえてきて、洞窟のくぼみに隠れた。

 「困った困った、ああ困った。どうにも最近、悪魔が集まらない。昔はあんなにいたやつらも、今ではこのとおりだ。まったく、最近の人間は、欲のないことだねぇ。」

 「本当にその通りだよ、まったく。おかげでうちの国は子供不足で参ってんだよ。」

 「ああ、おまえの国は、性欲の悪魔の集まる国だったか。昔はすごかったのになぁ。人間どもが互い違いにまじりあい、ドロドロのいい感じだったのに。」

 「ほんとほんと。今じゃあどいつもこいつも外聞を気にして好き勝手やらねぇんだよなぁ。つまらんなぁ。」

 「ほんと、つまらん世の中だよなぁ。」

 2人は、僕たちに気づくことなく通り過ぎていった。どうやら、この世界は悪魔の住む世界らしかった。話している内容もそのようだったが、僕たちの隠れていた横を通り過ぎた時に見た横顔は、ヒツジのようなものと、カマキリのようなものだったからだ。また、身長は僕らの膝くらいまでで、2,30センチくらいだった。

 「……おい、いまの見たか?」

 「……うん、……しゃべってたね。」

 「おう……しかも、日本語だったよな。日本人なのかなぁ。」

 「いや、人じゃあないんだろうけど、言葉がわかるってことは、コミュニケーションもとれるかもしれないよね。」

 「…………できるか?あれと。」

 「………………さあ。」

 とりあえず、何の手がかりもない世界ではなくなったのは確かだった。僕たちはとりあえず、先に進むことにした。


 明かりをたどると、小学校の体育館くらいの広い空間にたどり着いた。そこではたくさんの数の悪魔らしき生き物がわあわあと声を上げていて、どうやら真ん中の大きな悪魔に話しかけているようだった。そいつはほかの悪魔とは異なり、3メートルくらいの顔だけでできていて、目が3つ、耳が体中についていて、4つある口から小さな悪魔を吐き出していた。

 「ムル様、どうか悪魔を売ってくださいませ。私の国は食欲の悪魔の住む国なのですが、最近の人間はダイエットなどといい、余計に食べようとせんのです。このままではお務めを果たすことはできません。」

 「そんなものは、どこの国でも同じじゃ。それぞれ努力することで、人間に悪さをさせとる。おまえの国ではどんな努力をしたのじゃ。」

 「ははあ、私の国ではポテトチップスなるものを発明し、人間どもに暴飲暴食をさせております。ほかにも、ラーメンや、とんかつなども作っております。」

 「ほう。なかなかの努力ではないか。どれ、おまえの国には3匹の赤ん坊をくれてやろう。」

 「ははあ、ありがとうございます。これからも悪魔らしく、頑張りたいと思います。」

 真ん中の悪魔の口から、3匹の悪魔が転がり出てきた。それぞれおぎゃあと泣くわけではなく、くっくっく、とほくそ笑みながら出てきて、すぐに立って歩いていた。

 どうやらここは、悪魔の市場らしい。おそらく、真ん中の奴だけが悪魔を生むことができて、それぞれの国に振り分けているのだろう。たぶん、気の小さい人が見たら一目で倒れるくらいに気持ちの悪い光景なんだろうけど、僕らは目の前で起こっていることが、すごく面白かった。

 「おいおい、スゲーなこれ。漫画みたいじゃん。」

 「確か、伸二の貸してくれた漫画に似たようなシーンあったよね。まあ、あれはかわいらしい女の人だったけど。」

 「ああ、あれな。でもあれだな、ほら、ことわざであるじゃん。事実は小説よりもいなりってやつ。」

 「ほんとだよねー。まあ、この世界が現実なのかどうかというと、よくわからないんだけど。」

 訂正はしないでおこう。大体合ってるし。

 「でも、どうする?飛び出してみるか?」

 「いやいや、それは危なすぎない?やっぱり人間だとわかったら殺されるんじゃあないかなぁ。」

 「まあ、そうかもしれないけどな。」

 「……そうだ、変装をして出て行ってみない?あそこに、僕たちくらいの大きさの悪魔もいるし、大丈夫かもよ。」

 「なるほど!それでいこう。」

 適当に提案した考えが、通ってしまった。生きるか死ぬかの変装をしなきゃならないのか。まあ、落ち着いて考えても他の案が出そうになかったので、従うことにした。そばのくぼみに入り、落ちていた葉っぱや布を持ってきていたはさみで切り、顔が見えないように傘を作って、どんぐりのような変装をしてみた。我ながら、へたくそだった。

 「よし、じゃあ、俺が先に行くから、幸太郎は後からついてきて話しを合わせてくれ。」

 「おっけー。」

 少しだけ不安を感じたが、伸二は自信満々でそう言ったので、とりあえずついて行くことにした。僕たちは、目立たないようにこそっと列に加わり、自分たちの順番を待った。近くまで来てみると、悪魔たちはそれぞれ願う悪魔が違うことが分かった。人の注意を散漫にするやつだったり、突然便意を催す奴だったり、様々だった。そして、それぞれ生まれてきた悪魔は多少の違いはあるものの、購入した悪魔と同じような顔、形をしており、親には不満ひとつ言わずに従っていた。彼らにも親子関係があるのだろうか。何のために生きているんだろう。悪魔を観察しながらそんなことを考えていると、僕たちの順番がやってきた。

 「ムル様、どうか悪魔を売ってくださいませ。人間界へ行くための力を持つ悪魔を頂けないでしょうか。」

 「ほう、繋ぎ屋か。なぜいつもの格好で来んのじゃ。」

 「ははあ、実は先日人間どもに悪さをした時に、あるエクソシストから反撃にあってしまい、見苦しい姿になってしまったため、このような姿をしております。」

 「ほう、そうか。それは厄介な奴に捕まったなあ。奴らはほとんどわれらの姿など見えないイカサマ師だが、時々ものすごい力を持つ本物がおる。気を付けることじゃ。」

 「ははあ、ありがたいお言葉でございます。」

 「して、お代は何で支払うのじゃ。」

 「…………はい?」

 「だから、お代じゃ。悪魔の代わりに、わしに何を差し出すのか。他の悪魔は、人間に悪さをして、新たな悪魔を作る手助けをすることでお代としておるが、人間界と悪魔界をつなぐ能力を持つ悪魔は貴重じゃ。いつも、人間の魂3000と交換するが、今回はどうすると聞いておる。」

 「…………ただじゃダメ?」

 「なんじゃと!?ただとな!」

 僕は、手に持っていた葉っぱを伸二の口に突っ込み、口をふさいだうえで、ムル様との交渉を受け継いだ。

 「失礼いたしました、ムル様。この物はあまり頭が良くなく、失礼な口を聞いてしまいました。なにとぞご容赦くださいませ。」

 「うむ、まあよい。ではそち、お代はなんとするか?」

 僕は、ランドセルを探り、チョコを取り出した。人間の魂と比べると足りないかもしれないが、それ以外に何もなかったため、仕方がなかった。

 「これでいかがでしょうか。人間界に存在します、チョコという食べ物でございまして、その中でも一級品でございます。」

 瞬間、その場がわあっという歓声に包まれた。中には、僕に対して尊敬のまなざしで見つめてくるやつもいた。

 「貴様、これをどうやって手に入れたのじゃ!?これは人間界でしか作れないものであるぞ?」

 「ははあ、私たちは人間界のものを少量ではございますがこちらの世界に持ち込む技術を発明いたしまして、それを用いて手に入れたのでございます。」

 「ほほう、そんな技術が生まれておったとはのう。これからは他にも持ってくることができるのであろうか。」

 「もちろんでございます。ムル様の望むもの、すべて用意してご覧に入れます。」

 「ほっほっほ。よかろう。ではそれと引き換えに、強力な悪魔を2匹くれてやろう。1つは嫉妬の炎を持つ悪魔で、1晩で国を亡ぼすことができる。もう1つは憤怒の雷を持つ悪魔で、1撃で大地を割ることができる。どちらも空間をつなぐ能力を持つほかに、様々な能力を備えておる。うまく使いたまえ。」

 「ははあ、ありがとうございます。これからも悪魔らしく、より一層頑張りたいと思います。」

 「うむ。」

 ムル様は大きく息を吸い込むと、鼓膜が割れるんじゃないかというほどのけたたましい音とともに、2つの卵を吐き出した。赤と黄色の色が鮮やかで、ダチョウの卵より一回り大きいほどだった。

 「これより半時以内に袋に包み、自らの体温をもって孵らせたまえ。さすれば、それは無限の力を与えるであろう。」

 僕はムル様とほかの悪魔へ一礼して、葉っぱにむせかえっていた伸二の手を引き、急いで元の洞窟に戻った。

 


「げほっ!ごほっ!…おまえなぁ、何も葉っぱを突っ込むことはなかっただろうが。」

 「何を言ってるんだよ。自信満々だったくせに、ノープランだったじゃないか。あのままだったら殺されていたかもしれないよ。」

 「前の奴にはそんなこと言ってなかったから、タダだと思ったんだけどなぁ。失敗失敗。」

 「まったく……でもまあ、交渉はなかなかうまくいってよかったよね。2人とも何とかなりそうだよ。」

 僕は、もらった卵を伸二に見せた。

 「どっちがいい?どっちにしても、強い悪魔らしいんだけど。」

 「んんーーー、おれは、、、、こっち!」

 「黄色いほうね。まあどっちでもいいや。じゃあ、ランドセルにしまってちょっと様子見ようか。」

 卵をそれぞれのランドセルにしまい、温めながら、来た道を歩き出した。

 「なあ、元の世界に戻ったら、こいつらどうするんだ?」

 「そうだねぇ、まあ、僕たちに従ってくれるらしいから、そのままでいいんじゃないかなぁ。でっかくなるようなら、何とかしなくちゃならないけど。」

 「人間のご飯食べるのかなぁ。」

 「どうだろうねぇ。悪魔だし、案外何もあげなくてもいいかもね。それだとうれしいなぁ。」

 僕は、これから生まれてくるであろう悪魔が、どんな姿で生まれてくるのだろうかと考えて、とてもワクワクしていた。それは伸二も同じようだった。手はつないでなかったけど、何か見えないものでつながれたような気がして、いつもよりも暖かかった。。


 「…………コツコツ、コツコツ、……ガリガリ、ガリガリ、…………」


 腕の中で、新しい命が動いているのを感じて、僕は今までにない充実感を感じていた。


 「コツコツ、コツコツ、……カリッ!」


 「あ、生まれる!」

 卵は、ランドセルの中でフルフルと震え始めた。殻に少しずつ亀裂が入り、内側から何かでつついているのがわかった。

 「おい、これ、割ってもいいのか?もう出してやってもいいんじゃないのか?」

 「駄目だよ!殻から出るのは赤ちゃん自身でやらないとダメなんだよ!じゃないと、丈夫に生まれてこないかもしれないよ。」

 「お、おお……そうか……」

 卵にはすでに小さな穴が開き、そこから中でのたうち回っているのが見えた。どうやら、爪のようなもので器用に穴をあけているみたいだった。

 

 「カリカリカリカリ………、おい、坊主。」


 どこからか、野太い声が聞こえてきた。辺りを見回すが、そばには伸二がいるだけで、ほかには誰もいない。卵を見ると、中から鋭い目が見つめていた。

 「坊主、おまえが俺様の主人なのか?」

 「………………しゃ、しゃべった…」

 「坊主、俺の質問に答えろ。人間のおまえがこの俺様の主人で合っているのか?」

 「う、うん………」

 「ありえない……なぜ俺様が人間などの下につかねばならんのだ……。この世に生を受けて2000年、これほどの屈辱は初めてだぞ……」

 悪魔は、卵の中から僕をにらみつけ、ふるふると震えていた。どうしたものかわからずおどおどしていると、カバンを抱きかかえながら伸二が話しかけてきた。

 「なあ、俺の悪魔全然動かないんだけど、どうしたらいい?」

 「ちょ、ちょっと待って、今話してるから……」

 「もう1人……おい!そこのおまえ!カバンの中を見せろ!」

 「え?おお、すげえ!こいつしゃべってるじゃん!」

 「いいから見せんか、このガキめ!」

 「生まれたばっかりのくせに偉そうなやつだなぁ。ほれ。」

 伸二のほうの悪魔は、卵の割れ目から首だけ出して、辺りを見回していたが、僕の悪魔を見て、ひひひ、といやらしい声を上げた。

 「ひひひ、ひひひ、おいレヴィ、なんだその姿は。昔の威厳など全くない、しなびたヒナのような姿じゃあないか。」

 「サタンよ、おまえだって似たようなものだぞ。どうやら俺たちは何かの手違いによってこいつらにあてがわれたらしいなあ。」

 「まったくその通りだ。どうしたものだろうか。こんな細腕では何もできそうにないぞ。」

 サタンと呼ばれた伸二の悪魔は、ヒツジのような体に小さな翼を持っており、赤ん坊とは思えないほど恐ろしい顔をしていた。

 「おい、坊主。」

 「はい?なに?」

 「何でこんなことになった。理由を説明しろ。」

 ぼくは、2匹の悪魔にこれまでの経緯をかいつまんで説明した。

 「なるほど、ムルをだますとはなかなかやるじゃあないか。だがそれは我々にとって最悪だ。正当の手段でもって契約はなされている。我々はお前たちが望むままに従わなければならない。」

 「じゃあ、僕たちをもとの世界に帰してくれるの?」

 「今は無理だ。我々もまだ生まれたばかりで、力が不足している。人間界への扉を開けるには、力を蓄えなければ。」

 「それにはどのくらいかかるの?早く帰らないとお母さんに怒られちゃう。」

 「俺は別にこのままでもいいけどなー。」

 伸二はサタンという悪魔で遊んでいた。サタンはされるがまま、こそぐられたり撫でられたりしていた。

 「くそっ!なぜこんなめにあわなければっっっ!!!くくくくく、はははっはははっはははは!」

 「ちょっとやめなよ!かわいそうだよ!」

 「ワハハハハハハ!変な顔変な顔ー!」

 「やめっっっ!た、たすけてくれえええええ!」

 伸二はランドセルをもって走り回っていた。少し悪魔のほうがかわいそうになった。

 「………あまり調子に乗らないほうがいいぞ。主従関係にあるとはいえ、これから一緒に生活するのだ。」

 「あ、後できつく言っておくよ……」

 たぶん、言っても変わらないだろうと思った。

 「それで、どのくらいかかるの?」

 「そうだなあ、これから私の国に行ってもらいたい。そしてそこで力を蓄えれば、3か月くらいで帰れるだろう。」

 「3か月!?そんなにかかるの?」

 「まあ、仕方がないだろう。それ以外に帰る方法はないからな。だが安心していい。この世界の時間の流れは人間界のそれよりもかなり緩やかなのだ。おおよそ、3時間ほどになるだろう。」

 「そ、そっかー。」

 こっちに来てからも母さんのことは気になっていたが、何とかバレずに済みそうで、安心した。

 「おい!話は終わったか?」

 伸二はボロボロになって帰ってきた。悪魔のほうは、ぐったりとしていた。……仕返しとかされるんじゃないかなあ。こわいなあ。

 「うん。なんとか元の世界に帰れそうだよ。でもそのためには、悪魔の国に行かなければならないんだって。」

 「おおおおおお!悪魔の国!ワクワクするなあ!」

 「そ、そうだねえ……」

 もはや彼の興味は次のことに向かったようだった。……むこうについたら恐ろしいことになりそうだ。

 

 僕たちは、ランドセルをしっかり背負って、洞窟を進みだした。レヴィの国はここからかなりかかるらしい。これからのことを考えるとやっぱり恐ろしかったけど、今まで見たことも聞いたこともないようなことが待っていると考えると、なんだかワクワクしていた。


 

 


 




 

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