南條は特技をひろうする
ようやく戻ってきた高橋達が、まだ意識のない竹上をカウンセリングルームに運びこんでソファーに横たわらせると、南條がすかさず彼に耳栓をし、アイマスクで目を塞いだ。
「脚も縛っておいたほうがいいよね」準備しておいたらしいビニール紐を、手早く足首に巻きつける。ぎゅっと縛ると、「これで安心だ」と南條が笑った。
「何? これから皆で袋叩きにでもするつもり?」その様子を面白そうに見ていた西沢が問いかけた。
「一応紳士的だった彼に、そんなひどいことはしないよ」南條が苦笑する。「今のうちに持ち物を調べておこうと思ってね」そう言ってスーツのポケットに手を突っこんだ。とり出した竹上のスマホを見て、高橋は嫌な顔になる。
「奴の携帯が、ここに来るまでの間に何度か鳴ったんだが……」そのたびに三人は、ものすごくどきどきしていたのだ。
「あれは、超キンチョーしたぜ」柊も、そのときの緊張感を思いだしたのか、顔をしかめている。
「そりゃ、一時間以上も連絡がなきゃかけてくるよな」
「だよね」西沢に応えた南條が、次々にポケットを調べていく。財布やシガレットケースだけでなく、パスポートをみつけ、ニッと笑った。
「やっぱり、もってると思ったよ」
「いざってときに、すぐ高飛びできるようにってこと?」
西沢が訊くと、高橋の予想どおり南條が頷いた。「海外にもアジトがあるそうだからね、これがなかったら、私の計画が実行できないところだったよ」
「あんたの計画?」
高橋が首を傾げた直後、南條が手にしていたスマホの着信音が鳴り響いた。画面を見ると、やはり梅木からだ。またか……と三人が緊張に息を飲む中、南條があっさり電話に出た。
私だ、と南條が声を発した瞬間、三人が一様に目を見開く。
南條は、竹上の声音を真似ていたのだ。
さらに南條の声真似が続く。
「実は非常にまずい情報を掴んだ。警察が数時間後には逮捕状をもってそっちに行くらしい。だから今すぐアナンさんをつれて日本を出ろ。私も直接向かうから、あっちで合流しよう。……ああ、金はそのままにしておいて、ほとぼりがさめたら回収すればいい。今は逃げることだけを考えろ──女? 眠らせてアジトの外にでも転がしておけ。とにかく、急いでそこから離れるんだ」
三人が呆気にとられている中、電話を切った南條が、「これでよし」とスマホを竹上のポケットに戻す。続いて出した物も全部彼のポケットに戻していった。
「なんなの? 今の声帯模写」普段クールな西沢も、さすがに驚きを隠せないようだった。
南條が軽く笑う。「ちょっとした特技だよ」
「すげー特技もってんじゃんか、ペンキぬりもできるしよ」柊がわかりやすく感心する。
「声帯模写もすごいが、今の内容って……」戸惑う高橋に、南條が真顔を見せた。
「こう言っておけば、アジトは空っぽになるから金を探せるだろう? 美加さんの扱いがぞんざいになってしまったのは謝るよ。逃げるときに足手まといになった彼女に、もしものことがあったらいけないと思ったんだ」
「美加が無事ならそれでいいが、彼女を助けるだけでなく、金を盗むために竹上をわざわざつれてこさせたってわけか」高橋も心底感心してしまった。自分が連絡したときのわずかな時間で、そこまで思いつくとは。
「だって、もともとはそれが目的だっただろう?」
さらっと言った南條に、高橋の唇がゆるむ。「策士だな、南條さん」
「サクシって、なんだ?」
きょとんとした柊に、西沢が冷たい横目をくれた。
「わからない言葉は、いちいち辞書で調べるといいよ」
「俺、辞書もってねーし」
「うん、やっぱりね」と笑んだ西沢に、めげずに柊が迫る。「だからなんなんだよ」
「バカとは反対の人、みたいな意味だよ」
「あー、なんかそんな気がしてたぜ」
「南條さんとあんたは正反対だしな」
「それは言うなよ、わかってるっての」
代わり映えのしないやりとりをする二人はほうっておくことにした高橋は、動かない竹上へと視線を移した。
「それじゃ、こいつはどうするんだ?」
訊くと、南條も竹上を見おろす。
「君達がアジトに行っている間に、私がなんとかするよ」
「まさかとは思うが……」消す、処分する、などの物騒な言葉が浮かび、嫌な予感を声にこめて見やると、いやいや、と南條が手を振った。
「いくら犯罪者が相手でも、危ないことをするつもりはないから安心していいよ。私も捕まりたくないしね。彼の意識が戻ったら、話し合いをするだけさ」
「二人で紳士的に脅し合うんだ」からかう口調で言った西沢に、「そうなるかもね」と南條もにやつく。
「なんかそっちのがこえーよ」そういう駆け引きが苦手に違いない柊が眉根を寄せた。確かにそうだな、と心中で彼に同意してしまった高橋は、だが美加のためにも急がなければ、と気持ちを切り替える。
「とにかくさっさと行こう。助けに向かってることも、なんとか美加に伝えなきゃならないし」
厳しい顔つきになって言うと、「おう」「だね」と二人も力強く頷いた。
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