三人は一計を案じる
アナンの許から戻ってきた三人は、アジトを出て、来たときと同じようにフィットに乗っていた。フィットは、ここから一番近いコンビニを探して田舎道を走っている。
「うしろから、奴らの車がついてきてるな」
バックミラーを見た助手席の西沢が、前を見たまま言った。それから双眼鏡でこっそり背後を窺い、「乗ってるのは、竹上一人だよ」と報告した。
それを聞いた高橋の眉が寄る。
「竹上一人でも、見張られてるなら、いったん逃げて作戦を考えなおすわけにはいかないな」
頷いた西沢のうしろで、柊が「えっ」と声を発した。
「逃げるってなんだよ、貯金をおろしに行くんだろ?」
高橋と西沢は、とっさに顔を見合わせる。
すぐ前を向き、「まじか……」と高橋はため息をついた。
「ちょろすぎるだろ」西沢も完全にあきれている。
竹上の前に、たやすく催眠術にかかってしまったらしい柊をなんとかしないと、と焦った高橋はハンドルを操りながら西沢に目配せした。
それに気づいた西沢が、ひどく嫌そうに息を吐いた。上体を捻ってうしろを向き、「なあ」と柊に話しかけた。
「まさか、クソ詐欺師なんかの催眠術にかかってないよな?」
「あ? かかってねーよ、そんなもん」
「じゃあ、俺達はこれから何するんだっけ」
「だから、貯金をおろして教団に寄付するんだろ?」
「……」
無表情にこちらを見た西沢が、また柊に目を向けると、彼に向かって手招きした。
「なんだよ」と柊が西沢に顔を近づける。──次の瞬間、西沢の左手が柊の顔面を殴りつけた。
「いってぇーっ!」
不意打ちを食らった柊の叫びが車内に響く。その後噛みつかんばかりの勢いで、助手席を覗きこんだ。
「おまえっ、何いきなり殴ってんだよっ」
対する西沢は、恐ろしく冷静だ。
「催眠術がとけるかと思って」
「とけるもくそも、かかってねーって言ってんだろうよ」
ちらっと見ると、彼の額は赤みを帯びていた。相当思いきり殴ったのだろう。自分は催眠術にかからなくてよかった、と高橋の胸に感想が浮かぶ。
西沢が、柊に顔を向けた。
「自覚ないみたいだけど、金をおろすとか、寄付するって言ってる時点で、ばりばり催眠術にかかってるからな」
「えっ……そうなのか?」
「俺達は金もおろさないし、寄付もしないけど、あんたはそうしたいんだろ?」
「しっ、したくねーよ、俺だって」意地になった子供のように柊が言い張る。
「本当に?」
「ほんとだって」
「いや、絶対金おろすよな、バカだから」
「だからバカって言うなっ──……あれ?」
いつものようにバカ呼ばわりされて怒鳴った柊が、なぜか「あれ?」と繰り返す。わけがわからないといった顔で頭をかいた。
「俺って、何しようとしてたんだ?」
どうやら運よく催眠術がとけたらしく、ぽかんとする柊を横目に、珍しく西沢が笑った。
「バカがキーワードとか、うける」
「そういやおまえ、また俺にバカって言ったよな? あとすげー思いきり殴ったよな?」
柊が怒った口調で言うも、西沢の顔はまだにやついている。
「しょうがないじゃん、あんた、催眠術にがっつりかかってたんだから」
こう言われては、柊も返事を返せない。
「なんにしても、催眠術がとけてよかったな」
高橋がフォローすると、「おう」と柊がようやく納得した。
しかしもうあまり時間がないため、高橋はすぐに真顔になる。今走っている山道を抜ければ、コンビニもそう遠くはないはずだ。
「どうする? うしろをぴったりついてきてる竹上をなんとかしてまくか?」
提案すると、「あんたにそんな運転テクニックがあるの?」と即座に西沢が訊いてきた。
「いや、ないな」
「じゃ、だめじゃん。それに見張られてるのに逃げたら、ミカさんとやらがやばいんじゃないの?」
「確かに……じゃあ、どうしようか」
困惑していると、柊が身をのりだした。
「つかまえようぜ、あいつ」二人へと交互に顔を向ける。「そんで人質コーカンすりゃよくね?」
意外にも柊から名案が出て、おお、と高橋の口から声がもれる。「悪くない案だな」
「おバカにしては……」
「なんか言ったか?」
「言ってないよ」と、西沢がすぐさま毒舌を引っこめた。憎まれ口をたたかないところを見ると、彼もその案に反対ではないらしい。
これで決定と判断した高橋は、策を練る時間を稼ぐため、怪しまれない程度にスピードをおとす。そしてバックミラーを一瞥してから、二人に言った。
「とにかく、奴をどうやって捕まえるか、急いで考えよう」
山を越えてから国道にはいると、道沿いに飲食店などの店舗を見かけるようになり、そのうしろには相変わらず田んぼが広がっていたが、少しだけ街らしい風景になってきた。
さらに進むと、ついにコンビニの看板が見えてきて、車内が緊張に包まれる。
「いよいよか、どきどきすんなー」緊張の面持ちで柊がポキポキと指を鳴らす。黙ったままの西沢の無表情も、どこか強ばっているようだった。
「二人とも、うまくやってくれよ」言いつつ高橋は、コンビニの駐車場へとハンドルをきり、店のすぐ横に車を停めた。おりる前に確認すると、竹上の車は駐車場ではなく路肩に停車している。
「俺達が逃げたときのために、備えてるみたいだな」シートベルトをはずしながら西沢が言う。
重々しく高橋は頷いた。
「向こうも催眠術がちゃんとかかってるかどうか、確信がないんだろう」言って高橋は、少し不安になる。自分は、できる限り催眠術にかかった振りをしていた。そんな打ち合わせはしていなかったが、機転がききそうな西沢だってうまくやったはずだ。
「俺、サイミンジュツとけちまったけど、かかった振りしてたほうがいいよな?」
彼なりに考えているらしく柊が訊くと、西沢が悪戯っぽい目を向けた。
「かかった振りって、どうやるかわかってんの?」
「そういや、どうやるんだ? かかってた俺って、どんな感じだった?」
「いつもどおりバカっぽかったから、そのままでいいんじゃない?」
「そうか……って、なんだよ、バカっぽいって」
「普通にしてればいいと思うぞ」
またケンカになると困る高橋が割ってはいると、さすがに二人が口を閉じた。一応、緊迫した状況であると把握はしているらしい。
そして車をおりると、三人はなるべく自然な感じで店内にはいった。幸いなことに客はおらず、柊と西沢がすぐさまATMに向かう。一方高橋は、セロテープを手にしてレジに行った。
支払いが済むや否や、おとなしそうな若い男の店員へと顔を寄せる。「すみませんが、従業員用の出入り口から出させてもらえませんか? わけあって店の入り口からは出られないんです」
切羽詰った表情で懇願すると、やはり店員が戸惑いをみせた。「それは……ちょっと……」
「そこをなんとかお願いしますっ」焦った高橋は、頭をさげて頼みこむ。時間がかかれば、店を出る前に怪しんだ竹上が来て、せっかくの作戦が台無しになってしまうかもしれない。見知らぬ他人に頭をさげるのが恥ずかしいとか、ためらっている場合ではなかった。
するとその勢いに押されたのか、店員が、「わ、わかりました」と了解した。それを聞くなり、「いいぞ」と高橋が声をかけると、金をおろす振りをしていた柊と西沢が、外から見えないように頭を低くして目的のドアの向こうに消えた。
「もし、あとで三十代くらいの男が訊きに来たら、正直に話してもらっていいですから」
そう告げて高橋もレジから立ち去る。もし、と言ったが、このあと竹上が来なければ作戦は失敗だ。鼓動がはやまるのを感じながら店の裏に出ると、柊が待っていた。
「西沢は?」との問いかけに、「サルみたいにのぼってったぞ」と柊が上を指差す。見あげると、西沢は打ち合わせどおり店の屋根にあがり、目立たないようにその縁にしゃがんでいる。
「よし、じゃあ俺達はここで待つぞ」
「おう」
高橋と柊は、ドアが開いたときに姿が見えない位置に移動すると、並んで壁にぴったりと背をつけた。
目の前には、収穫が終わった田んぼが広がっている。ラッキーなことに人の姿もない。
これなら人目を気にせず竹上を捕まえられると思ったが、失敗もあり得るため、高橋は全神経をドアに集中させていた。それは隣に立つ柊も、屋根の上にいる西沢も同じだろう。
その状態で待つこと数分、ガチャと音がしてドアがあけられた。出てきた人物に、間髪入れずに西沢が屋根から飛びかかる。すかさずドアを閉めて見ると、竹上の上半身におぶさるようにして首を締めあげていた。竹上は、苦しげにもがいている。声も出せないようだ。
そして柊ががら空きのみぞおちを殴ると、その瞬間呻いた竹上の体が弛緩して、ばたりと地面に倒れこんだ。
西沢がのびている彼の体からおりて両腕をうしろにまわす。高橋は身を屈めると、竹上の親指と親指を合わせ、さっき買ったセロテープでぐるぐる巻きにして固定した。こうすれば、目をさましたとしても竹上は両手が使えない。
「急いで車へ」
高橋の言葉に頷いた柊と西沢が、両脇を支えて竹上を起きあがらせる。フィットの後部座席に竹上を間に挟んで二人が乗り、運転席に座った高橋は、急いで駐車場をあとにした。
「やったな!」喜びの声をあげた柊に、「声がでかい」と西沢が注意する。「やべっ」と小声で言った柊は、竹上が気絶したままであることを確認して「セーフだぜ」と安心すると、運転席に顔を寄せた。
「作戦はうまくいったけど、このあとはどうするんだ?」
「とりあえず、南條さんに連絡しようと思う」応えた高橋は、パチンコ店をみつけるや、その駐車場に車をいれた。店から見えないようにできるだけ端に駐車し、シャツの胸ポケットからスマホを出すと、南條に電話をかけた。
『もしもし』と、すぐに南條が出た。
竹上達にみつかってから今に至るまでの説明をした高橋が、自分達は彼と美加を交換したいと言うと、なぜか南條が待ったをかけた。
『とにかく、まずはそのままこっちに戻ってきてくれるかな』
「あまり時間がかかると、美加が心配なんだが。ほかに仲間がいるかもしれないし」
『アジトでは、竹上とマツイと、催眠術師のアナンしか見てないんだよね?』
「ああ」
『じゃあ奴らは、私を襲ったときにいた梅木を加えた四人組だよ。もしほかにいたとしても、きっと肝心なことは知らされずに上からの命令待ちをしてるような雑魚達さ』
「なんでそう言い切れるんだ?」
『まあ、勘なんだけど』
「おい、勘って」
『いやでも、役割りがはっきりしてるから、そう思わないかい? ボス格の竹上に、戦闘担当らしいマツイ。梅木はたぶん、竹上の右腕なんじゃないかな、色々使えそうな女性だったし。そして、この詐欺団に絶対必要な催眠術師。この四人がいれば、じゅうぶんな気がするけどなぁ、へたに仲間を増やせば、分け前も減るし』
「……なるほど」
『だから、竹上がそこにいる限り命令する人間がいないから、奴らも動かないと思うんだよね。美加さんが今どういう状態なのかわからないから、心配する気持ちはわかるけど』
「そうか……」
またしても南條は自信があるようで、竹上を捕まえたその後までは具体的に考えてなかった高橋は、戻ってきて、というその指示に従うことにした。口調から察するに、彼はきっとうまくやってくれるだろうと思えたのだ。
スマホを切った高橋は、振り返って二人にも南條との会話の内容を伝える。
「南條さんが言うなら、そうしたほうがいいんじゃね?」
「あの人なら、失敗しなさそうだしな」
高橋と同じく柊と西沢も、いかにも如才なさそうな南條を信頼しているようだ。
「じゃ、戻るぞ」
言う間にもエンジンをかけて発車させた高橋は、南條のいる相談室へと早急に車を走らせた。
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