美加は詐欺師をみつけだす

 隣の市の繁華街にあるファストフード店で早めの昼食を済ませた美加は、またあたりを歩き始めた。 

 土曜日の昼間とあって、日曜日とかわらないくらい街は人で溢れている。雑踏にまぎれるように歩き続ける美加の目的は、ショッピングなどではなく、人捜しだった。自分をまんまと騙した男──竹上を、美加はもう何週間も前からあちらこちらで捜していたのだ。

 平日は仕事が終わってからしか捜せないため、今日は朝から街を歩き回っているが、なかなか男はみつからない。もらった名刺の会社名も住所もでたらめで、当然、セミナーをやっていた雑居ビルにも行ったが、手がかりすら掴めなかった。

 詐欺団から金を盗むと言った言葉は信じていないし、まったく期待もしていなかったが、こんなことなら、芳成に頼って手分けして捜してもらったほうがよかったかも……と、美加は少し後悔する。彼の前では強がったが、こつこつと貯めた三百万もの貯金を盗られたのは、本当にショックだった。寝ても覚めても頭の中はそのことでいっぱいで、諦めようにも、諦められない。貯金が全額返ってくるなら、絶対に知られたくない弱みがもうばれてもいい、とさえ思うようになっていた。 

 しかし、それなら警察に行けばいいのだが、仕事に差し障りが出そうで、大事にしたくない美加はそんな気にはなれなかった。詐欺に引っかかった間抜けな女、とまわりにばれるのも嫌だ。さらに言うなら、両親の大喧嘩もまともに仲裁できなかった警察がもともと好きではない、というのもある。だから、なんとか自分で竹上を捜しだし、談判しようと思ったのだ。だが、この人ごみの中で、簡単にみつかるはずもない。

 面食いの私のバカっ、と途方に暮れた美加は己を叱咤する。普段なら、知らない人間にお金を貸すなどあり得ないのに。出会いを求める気持ちが強すぎて、馬鹿げたことをやってしまった。なんて愚かな女なんだと、自分でもあきれてしまう。

 心の中で散々悪態をついた美加は、考えてる場合じゃないと、また索敵し始めた。不審がられてもお構いなしに道行くそれらしい人物に目をくれていると、見覚えのあるベージュ色のスーツが視界の端をちらっと横切った。慌ててそちらを見る。目標を確認するなり、遠ざかっていくスーツを急いで追いかけた。

「待ってっ、ベージュのスーツの人、ちょっと待ってっ」

 人目も気にせず叫ぶと、当の男が立ち度まって振り返った。まさに、捜しに捜していた竹上本人だった。数週間に及ぶ苦労が、ようやく終わりを告げたのだ。ついにみつけだした美加の心臓が、ばくばくと脈打つ。何かを言うよりもまず、逃げられないように、その腕をぎゅっと掴んだ。気持ちを落ち着かせんと、何度も大きく呼吸した。

 竹上が、酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせている美加を見て、目を丸くした。

「あなたは、確か……」

「山口美加よ、あなたに騙された」

 恨めしく言うと、「そうでしたね」と、しゃあしゃあと竹上が笑った。

 その笑顔が美加の気に障る。

「何笑ってんのよ、私のお金、返してっ」男の両腕に手をかけ、美加は迫った。

 さすがに困ったのか、竹上が美加の手をやんわりとはずす。

「そんなことをしたら、あなたの弱みがまわりの人にばれてしまいますよ?」

「ばらしたかったら、ばらせばいいわよ。だから、お金を返してちょうだい」

「じゃなきゃ、警察に行くわ」と畳みかけると、竹上が考えるように顎に手をやった。

「それは困りますね」美加を冷たく見つめおろす。「だったら、あなたには消えていただかないと」

「えっ!」

 たちまち美加が青ざめると、「冗談ですよ」と竹上が目を細めた。いかにもな作り笑いが、美加の不安をあおる。

 男に得体の知れない恐怖を感じた美加は、だがそれでも気力を振り絞って声を発した。

「お、お金、返してくれるの? くれないの?」ここで諦めたら、今までの苦労が水の泡だ。怖かろうとなんだろうと、引くわけにはいかない。

 人の気も知らず、竹上が優雅に笑った。

「返しますよ、私をみつけだしたあなただけには特別に」

「本当っ?」

「ただ、わけあって口座をすべて解約してしまいましてね、私の家までとりに来てもらいたいのです。もちろん、お金を返したあとで、またここに車で送りますから。──一緒に来ていただけますか?」

「……行くわ」

 詐欺師の言葉を鵜呑みにするのは危険だと、頭の隅では思っていたが、一か八か信じることにした美加は、意を決して首を縦に振った。


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